東奔西走~刀剣迷走録~
「この本丸の審神者は無遠慮な奴だな」
そう言ってへし切長谷部は厚手のファイルをパラパラと別段興味もなさそうに捲っていく。
手入れ部屋の畳に胡座で座り込み目を通しているのは、この本丸の審神者の活動記録だった。
ページの一枚一枚には日報として提出したデータの他に審神者が見たこと、感じたこと、学んだことなどが綴られた日誌のような物も挟まっている。
ファイル一冊で一年分。かなりの厚みがあった。
それがあと二冊、長谷部の傍に転がっている。
「また随分トゲのある…ただ友好的なだけでは?」
そう話すのは手入部屋の奥で膝を崩している藤代だった。
本日分の手入が終わり一息ついている様子だが、常時着けている狐を模した加護の面はそのままで、休息の時くらい外せばいいだろうにと長谷部は思う。
「馴れ馴れしいのは考えものだ」
長谷部はファイルを閉じるとそう言った。
二年と少し。この本丸の審神者が懸命に築いてきた刀剣達との絆に対し何の感慨もなく言いきった言葉は冷たい。
「うーん・・・本部と違って、本丸は審神者が一人で皆さんをまとめないといけないから対応の違いはかなりあると思います」
「その違いは分かっているつもりだ。だが、毎日のように自分の刀を褒めそやしているこの日誌は何なんだ。刀剣の性能を褒めるならともかく「可愛い」、「格好いい」、「楽しい」、「面白い」?そんなのばかりだ。意味が分からない」
「・・・長谷部さんは厳しいなぁ」
「なんだと?」
ぽつりと呟く声に長谷部がするどい視線を向ければ、藤代は慌てたように背筋を伸ばした。
「皆さんの礼儀正しさや穏やかさ、あと愛嬌なんかは人間の目から見るととても好印象に映るもんなんです。審神者が未熟でもそれを支えていこうと背中を押してくれるから、皆さんを刀剣の付喪神と言うより人間のように見てしまうんでしょうね」
「刀剣を人間のようにか・・・」
そんな言葉に長谷部はふっと鼻で笑う。
「だからか。誰それと買い物に行った、誰それと遊んだなど毎日そんなことばかり・・・職務怠慢だ。そんなものを充実させるより戦績を充実させろと言いたいな。それを許しているここの俺も腑抜けている」
すっと冷たい目線を向けたのは藤代の背後にある壁。
本丸内のどこにいるかは知らないがこの本丸のへし切長谷部にこの苛立ちが届けばいいと思った。
ふと視線を戻すと藤代が顔を逸らして俯いているのに気が付いた。長谷部は腰を浮かせて声をかける。
「どうした?具合でも悪いのか?」
日暮れとなり暑さは和らいでいたが、窓を解放した広縁からの微風に涼感はない。
日中はエアコンを使っていたが、あれは冷えすぎて体に障ると長谷部は定期的に換気をしていた。
手入に集中する藤代を思っての行動だったが、温度の変化に体に疲労が溜まったのかもしれない。
長谷部がそこまで考えを巡らせると、藤代は首を横に振った。
「長谷部さん・・・めっちゃ怖っ!俺が睨まれてると思いましたよ」
「なんだ、それは・・・」
肩を抱いて震えるふりをする藤代に長谷部は脱力感を覚えた。なんだ。心配したじゃないか、と。
「俺も馴れ馴れしいところがあるからやっぱ嫌だったのかなー、と・・・」
「お前は仕事を真面目にこなしている。であれば文句はないな」
「そんな風にさらっと人を褒めるから、長谷部さんは審神者にモテるんですねぇ」
息をするように誠実な言葉を吐く長谷部に藤代は軽口で返す。
政府の刀という特性上、彼を借り受け一時的に"主"となる審神者は本部には数多くいる。次々と変わる主に対して長谷部は「丁寧」かつ「完璧」に相手の期待に応えてきた。
そんな真摯さを買われている長谷部が今回随行する「主」には仲間内で使うような言葉や姿を見せているなど本部の審神者は誰も想像しないだろう。
「それはいいとして」
「モテることを否定しないんですね」
「事実だからな」
「うーわー」
「政府が本丸の解体を決めたそうだ」
それは話しづらさも憂いもないただの報告のようだった。「話題の温度差ひどいな…」と藤代が小さくツッコむのを気にせず長谷部は胡座のまま姿勢よく言葉を続けた。
「審神者の捜索をしている管狐から聞いた。政府にしてみれば活動の停止した本丸は不要なものだからな。捜索を続けるのにも金がかかる。大侵寇の猛攻に戦力の減った今、本丸の連中を引き入れたい考えもあるだろう。まぁ、妥当な判断だ」
時の政府の冷徹なまでに合理性を重視した判断に長谷部も異論はなかった。
大局を見据えている上層部の人間にとって審神者が消えたことなど小事でこれ以上の慈悲をかける理由もないのだ。
「今、手入の終わった本丸に「本丸を解体する」か「新たな審神者を迎える」かの回答を聞いて回っているようだ。解体したがっているくせに貴重な戦力の機嫌を損ねないように選択肢を与えたかな」
「・・・」
「しかし・・・すでにこの本丸にも話しは来ているはずだが、今後の身の振り方の話し合いをしているのか?どうにもこの悠長さが解せない。ここの審神者は刀剣男士に対して人間のように接して大事にしていたんだろう?だがここの連中は自分の主の心配も、本丸がなくなることへの危機感もない。どこか楽観的だ。そう思わないか?」
政府の判断は妥当だと理解は出来るが、長谷部とて刀剣男士である。人間に対する情というものにもまた理解があり、大事にされたら働きで返したい気持ちはある。だから本丸の態度に違和感を覚えていた。
長谷部の話しを黙って聞いていた藤代は居ずまいを正すとゆっくりと正面を向く。
「・・・長谷部さん。前から言ってますが、その件に俺は関わりません。俺は俺の仕事をするだけです」
長谷部の問いかけに答えることを断る藤代の声は、先程までとは打って変わって冷たいものだった。
政府の命令で六振りの刀剣男士を連れて藤代が訪れているのは、審神者の消えた本丸。その数十三。
それは新緑の清々しい季節から始まり、真夏の猛暑を乗り越え、残暑の厳しい現在までかかる長期任務で、藤代は「対大侵寇防人作戦において負傷した刀剣男士の修理」を己の役目として注力してきた。
そのため消えた審神者の行方には一切関わらず、以前から審神者のことは別の調査隊に任せるか本丸の刀剣男士達が考えることだと言い切っている。
けれど自分を巻き込まないのであれば長谷部達が独自に調査することは構わない、と好きにさせていた。
「そうだったな」
「それにこうなることは皆さんも分かっていたじゃないですか。本丸の機能を果たさなければ取り壊しの恐れがある。それが分からないはずがない、と」
「・・・」
「それなのにわざわざ・・・どうして頼まれたわけでもないのに関わろうとするんですか?」
「・・・ん?」
突き放すような言い方をする藤代を長谷部は不思議そうに見る。
今、面の下ではどんな顔をしているのか。透けて見えないものかと凝視してしまう。
「おかしいな。お前は審神者の捜索に関しては頑として協力しないが、だからと言って審神者に無関心と言うわけではなかったはずだ。むしろ審神者の人間性を認め、俺達が否定的な言葉を使えばわざわざ訂正もしている」
先程もこの本丸の審神者の印象を「馴れ馴れしい」と言い切った長谷部に対して審神者を庇うような発言を返した。それだけでなく、これまで赴いた本丸でも藤代は冷たい態度を取るようでさりげなく審神者を立てる節があった。
そう思っていただけに、三ヶ月という月日を経て尚不明となっている審神者の居所や健康状態など心配して当たり前なところにまで無関心を貫こうとする姿に違和感があった。
「お前・・・やはり何か知っているな?」
三ヶ月の間、本丸の様子だけでなく藤代にも目を向けていた長谷部はそう思うようになっていた。
本丸の者達と同じように藤代も何かを隠している。
それに対し藤代は首を横に振っていた。
「長谷部さん、俺達は何も知らない。他人の問題に関わらない。そうであった方がいいこともあるんです」
「・・・」
それは否定ではなくこれ以上の詮索の拒否で、つまりは肯定を意味しているようなものだった。
「山姥切、三日月」
「ああ」
「呼んだか?」
藤代から目を離さずに長谷部が呼び掛ければ、それに呼応して夕空を隠すように二つの人影が広縁に立ち上がった。
室内からは影となり顔は見えないがそれは三日月宗近と山姥切国広のシルエットだと分かる。
「三日月、乱を呼んでほしい。薬研の手伝いをしているはずだ。その後は引き続き見張りを頼む」
「ああ。すぐに連れてこよう」
長谷部の指示を受け、一つ分の影が手入部屋の前から離れていった。
「山姥切は中へ入れ。主を逃がすなよ?」
「了解した」
返事をするもう一つの影が手入部屋に足を踏み入れると同時に長谷部も立ち上がる。夕闇が近づき、仄かに暗くなる中でもその眼光は冷たく光っていた。
「どういうつもりですか」
山姥切に後ろ手を捕られ正座をさせられている藤代が狐面の下から訝しむように尋ねてくる。
正面に座る長谷部は答えず、隣にやって来た乱藤四郎に顔を向けた。
「長谷部さん、何かあったの?」
捕らわれる形の藤代が気になるのだろう。
乱は呼び出した長谷部とを交互に目をやりながら小首を傾げた。
「主に二三聞きたいことがあるが本丸の連中には聞かれたくない。周囲の警戒を頼めるか」
それだけ言えば通じたようで、その花のように可愛らしい短刀は小さく頷く。
「任せて。本気のかくれんぼをした短刀だって見つけてみせるよ」
にこっと笑うと乱は長谷部達から少し離れたところにちょこんと座る。
この中で乱以上に気配の察知に長けた者はいない。
そこを信頼しているから長谷部は乱を呼んだのだ。
ちらっと広縁を見れば松の木と木塀しかない庭を眺める三日月の後ろ姿が見えた。
三日月は結界だった。
ここの者達は遠慮を知らない。
よそ者であるはずの長谷部達に友好的で、いやに距離が近いのだ。手入れの際には動ける者は手入れ部屋まで着いてきたり、様子を覗こうとしてきた。
まるで審神者の性格のように馴れ馴れしい。
けれど三日月だけは明確に避けていた。
そういう意味での結界であった。
「さて・・・」
これで本丸の刀剣男士達に話を聞かれる心配は格段に減っただろう、と長谷部は顔を正面に戻した。
「主。俺達はこの件に関わるし、お前も巻き込むつもりだ。誰の為にならないか知らないが押し通らせてもらう」
「長谷部さんって意外とお節介ですよね」
「お前に似たのかもな」
この期に及んで茶化すように叩く軽口に皮肉で返してやれば狐面の奥から、それは違うでしょと聞こえてくるのを長谷部は無視した。
「まず先にその面は取ってもらおうか。嘘偽りごまかしなく話すように」
長谷部は山姥切に目で促してそっぽを向いている藤代の狐面を外させる。
顕になった顔は血色の悪い色白で、疲労感が漂うのはこの状況のせいだけではないだろう。
「何の尋問ですか」
「今回の任務地である「審神者の消えた本丸」は全部で十三。この本丸で最後だ。あとは軽傷ばかりで順調に行けば明日には終えられるはずだな」
「無視か。・・・あー、そうですね。なのにその功労者を捕まえて取り調べですか?」
頭を斜めにして呆れたようにため息をつく藤代に長谷部は眉一つ動かさない。
「仕事振りは見事だと思っている。文句も言わずここまで手入れに集中出来るのは本部でもお前くらいだ」
「自分で自分を褒めたいくらいです」
「手入が終われば、先程話した通りこの本丸も解体か新たな審神者を迎えるかの選択を迫られるはずだ。どちらの選択をしようと俺達には関係ない。それは分かっている。だがその前にはっきりさせたい」
長谷部は数分前に目の前の青年が「わざわざ」と言うのを聞いた時に、それが「そうなることを望んでいるのにどうしてわざわざ…」と言っているように聞こえた。
それを確認するために言葉を続ける。
「この解体は本丸の連中が待ち望んだことなんじゃないか?」
「・・・」
「は?」
「えっ。どういうこと?」
長谷部の言葉に反応したのは山姥切と乱で、問いかけられた当人は表情もなく黙っていた。
「本丸の活動を停止させ、いつか解体の方向に動き出すのを待っていた。・・・その為に審神者を隠した。違うか?」
「いや俺は関係ないんですから、本丸のことは本丸の人達に聞いてくださいよ」
「その連中が話さないから、お前の考えを聞いている。お前は何か知っているようだからな?」
「それならこじつけでもいいわけですか」
「いいわけあるか」
ああ言えばこう言う藤代に睨みを効かせる長谷部に「ちょっといいか」と遠慮がちに口を挟んだのは山姥切だった。
「その、話しの腰を折ってすまない。本丸をなくす為に審神者を隠した、と言うのはあまりに突飛すぎて・・・どうしてそうだと分かるんだ」
「そうだよ。急展開すぎるよ長谷部さん!それにさ、それって・・・謀反ってことじゃない?」
話を聞いていた乱も山姥切の意見に同調して、困った顔をしている。
「いや。折れる寸前まで審神者を守ろうとしたくらいだ。審神者に対する不満はなかったんだろうな」
「そ、そうだよね。ボク出来るだけ本丸のヒト達とお話ししてたんだけど、みんな自分の主が大切なんだって感じたから、あれが演技だったら…イヤだよ」
長谷部が謀反を否定すれば安心したように乱は息をつくが、それなのにどうして解体を望むのかという疑問は晴れない。
「審神者に不満はないが、本丸は手放したいと考えたのか・・・?しかもその為にこんな大掛かりなことを考えた本丸の数は一つ、二つではない。・・・数の多さは気になっていたが、まるで示し合わせたようだ」
「あぁ。無論、偶然などそんなことはあり得ない。今回の事を企てた首謀者がいる」
断言する長谷部に乱も山姥切も浮かない顔をする。
そうあってほしくないがそれを可能とする者に心当たりがあるからだ。
数ヵ月前、大侵寇から審神者を守るために本丸を白い月の世界へと隠したその刀剣男士は、そもそもそれが起こることを事前に"知って"いた。そして全本丸に顕現したその刀剣男士は示し合わせたように各本丸で行動を起こしたのだった。
その最中に審神者の消息が途絶えた今回の事は、混乱すると予め分かっていた上でその状況を利用した別の思惑だったのではないか。そう考える二人の視線は、自然と長谷部から広縁へと移っていった。
視線の先には見張りのため、こちらに背を向けている三日月の姿がある。
「言っておくがあいつではないぞ」
「そ、それは分かってるよっ。つい見ちゃったけど」
長谷部に言われて乱は慌てて視線を戻した。
「長谷部。お前は、十三ある内の何処か一振りの三日月宗近が今回の事を企てたと考えているのか。その理由は?」
「・・・恐らく、」
山姥切からの問いかけに長谷部は目を伏せて答える。
「・・・二度も主を失いたくなかったんだろうな」
感情のこもらない声でそう口にするのは本丸の刀剣男士達に感情移入しないためだった。
主を失うことの悲しみや怖さ等の感情は長谷部にも分かるのだ。だが、感傷に引っ張られるわけにはいかない。
「三日月を含めおそらく半数の刀剣男士は一度審神者を失っているはずだ。だから繰り返したくない。そう思っての行動だろう」
「・・・。・・・ごめんなさい、長谷部さん。二度もってどういうこと?」
「・・・そうだな。すまん。どうにも俺は詳細抜きで話してしまうようだ」
申し訳なさそうにする乱を見て、話しが飛躍しすぎた事に気付き長谷部は反省する。頭の回転が速すぎる余り、その思考の途中経過を置き去りにして話し出せば聞いてる者は困惑するだけなのだ。
その癖をどうにか抑えることを意識しながら長谷部は二人に確認をする。
「お前達、刀帳は確認済みだな?あとは本丸の記録に関する物なんかは目を通したか?」
畳に転がるファイルを長谷部が指して聞けば「一応」と二人は返す。
「十三の本丸、その殆どがこの二年弱で審神者となった者ばかりだ。戦績は並。政府からの依頼を何とかこなせるかどうかの者が多い。中には真面目に仕事をこなしていた者もいるが…中程度の戦績だな。つまりはあまり実力がない」
前線で戦う刀剣男士らしく審神者に合理性を求める長谷部はにべもない。
「その実力の割にそいつらはかなりの数の刀剣男士を迎えている。何故か?」
「あ、それ!アレだよね。二年前に政府が実施した」
「戦力の補填だな」
それはおよそ2年前。
歴史修正主義者との戦いが長引く打開策として時の政府は各本丸の戦力補填を計った。
当時顕現可能な刀剣男士の内62振りが補填対象となり各本丸へと送られたそれは、当時まだ駆け出しの審神者には大きな恩恵であった。中には本丸を持ったその日から62振りの主となる者もいたようだ。
「本部で保管している刀剣にも限りはある。だから一時的な施策だったが、政府はあれで即戦力となる審神者をかなり増やした」
有事に備えて本部の倉庫では顕現前の刀剣を大量に保管していた。それを政府は開放し、主に新人審神者達の戦力に充てたのだった。
「二度も、と言ったのは…その62振りの中の半数近くが元々は別の審神者に仕えていた刀剣男士だと思うからだ」
「別の審神者って・・・え。それって、引き継ぎ?」
引き継ぎ。それは字の如く、本丸の所有権ないし刀剣男士の顕現権を別の審神者へと移すことだ。
前任の審神者が亡くなる、または戦意喪失となる。または不祥事を起こすなどで本丸での活動が不可能となった場合、そこに別の審神者をあてがい戦力の埋め合わせとする。それが引き継ぎだ。だが、
「おかしいよ。だって全部の本丸の記録を見たけどどこにもそんなこと書いてなかったもの」
「引き継ぎならば審神者の了承を得て引き渡したという証文があるはずだ。長谷部、それは考え過ぎなんじゃないか?」
引き継ぎはあまり審神者には歓迎されないものだった。それは円満な理由で審神者と刀剣男士が袂を分かつことが非常に少ないことにある。所謂ワケアリである刀剣男士を引き取りたい審神者もまた少ない。
政府からのしっかりとした説明を受け、審神者が受諾したという証文がなければ成立しない契約のはずだった。
「それは、主が証人となってくれる」
「ん?」
長谷部の言葉に首を傾げたのは乱でも山姥切でもなく藤代だった。
「これは薬研の見立てなんだが・・・お前、前にもそいつらの手入をしたことがあるんじゃないか?」
「・・・」
「お前の手入は他の審神者達と違い、記憶頼みだ。刀の姿、刃文などその頭で正確に記憶出来た刀剣男士しか手入が出来ない」
初めて見る福島光忠には苦労していたな、と加えてやると藤代は「うぅ…」と唸り、思い出したくないように目を逸らした。
「その反面、多数の刀剣男士を診るたびにその精度は高まっていく。そしてお前は記憶した刀剣を絶対に忘れない…いや忘れられない」
それは審神者の力が他の者より劣っている藤代が、それでも他の者と遜色ない働きが出来るまで研鑽した固有の技と言えるものだった。
血反吐を吐く思いで編み出したその手入の技の利点と弱点を長谷部達は知っている。
「俺達刀剣の付喪神は、一個体が同時間軸に複数存在出来る特殊な理でこの身を現世に留めている。しかし同じ存在のようで今目の前にいる俺達とこの本丸の俺達は、現世では別の物語を持った別物となる」
歴史を守る事を役目とした者が、歴史を歪めかねない存在として顕現している事象と矛盾の両立、その理をどのような仕組みで現世に定着させたのか。それは刀剣の付喪神たる刀剣男士達でさえ知り得ないことだった。
ただ"歴史"と呼ばれる形でまだ未来決定がされていない現代であれば刀剣男士と呼ばれる存在は「いるかもしれない」し「いないかもしれない」、そんな雲を掴むような存在として現世に留まることを許されたのもひとえに審神者の力あってのものだった。
「環境が変われば刀剣男士 の物語もまた変化する。物語が変化すれば俺達は別の存在だ。しかし姿形には変化はないからな。一見しただけでは分からないその違いを、お前なら記憶出来る」
刀剣男士が現世で過ごした記憶は手入でリセットされることはない。その記憶は本体に刻字されるかのように極めて小さな傷となり蓄積される。
その刀剣男士 達ですら気付かない傷を藤代は記憶していると長谷部は言う。
「手入の手際が良すぎると薬研が洩らしていた。一部の本丸は視察に来たことがあると言っていたようだが、他は初見のはずだな?」
目を合わせることもなく黙りこくる藤代に言い聞かせるように長谷部は話し続けた。
藤代の手入の技は、診る頻度の高い刀剣男士に関しては元々精度が高まっているとは言え、環境で変化した部分に合わせるには観察の時間を必要とした。
掛かる時間のその僅かな変化に薬研だけが気付き、違和感として長谷部に伝えていた。
「手際が良すぎる」と判じるのは手入の面で長いこと藤代を支えてきた薬研にしか気付けない些細なものだった。
「これは俺の推測だが、お前は早い段階から…少なくとも一件目の本丸の手入が終わる頃には本丸の連中の狙いに気付いていたんじゃないか。奴らが審神者を隠していることも、それを隠し通そうと知らん顔するのも…大侵寇の恐怖で戦意喪失となった審神者の心を守る為だと」
行方不明の審神者はすべて2、3年前までは戦を知らない一般人だった。審神者の素質を見出だされ、刀剣の主として担ぎ上げられただけの一般人が戦指示を出すことなど到底無理な話しで、良いとは言えない戦績を残しながら何とかやってこれたのはひとえに刀剣男士の働きによるものだったのだろう。
自分達を大事にしてくれる主に応えようと、今度こそは上手くやろうと、健気に守り立ててきた本丸と審神者の心を一一あの大侵寇がへし折った。
「首謀者の三日月の誘いに乗って、十三もの本丸が、審神者を守るために審神者を本丸から追い出すことを決めた。長いこと役目を果たさなければ本丸は解体され、晴れて審神者はその責務から解放される。お前が手入以外に本丸の連中と関わりたがらないのはその願いを叶えさせようと思ったからだろう。違うか?」
「長谷部さん」
確認のために問いかければ藤代はようやく長谷部の目を見た。
「俺はあんたらに協力するとは言っていません」
「あるじさ~ん・・・まだそんなこと言うのぉ」
「まだも何も最初から言っているように、俺は手入をさせてもらえたらそれでいいんです。それ以上に関わるつもりはありません」
「否定はしないんだな」
「本当のことはすべて当事者達の中にあり、俺達が関わることじゃない。でも考えることは自由です」
どうぞお好きな解釈を、と藤代は不敵に笑う。
どう言われようと話すことはないという態度に、長谷部はそれ以上問い質すことをやめた。
「山姥切、離してやってくれ。主も、拘束して悪かったな」
山姥切に解放するように言うと自由になった藤代は気が抜けたようで、「はぁぁー・・・怖かった」とへらっと笑う。
その一言で手入部屋に満ちていた緊張感が薄れ、山姥切と乱の表情も少しだけ和らいだ。
長谷部だけは固い表情で何やら考え込んでいるようだったが、狐の面を着けた藤代が「ああ、そうだ」と思い出したよう言うのが聞こえ、そちらへ顔を向ける。
「好きに考えたり、調べたりするのは自由だと言いましたけど、その憶測を管狐に伝えないでください。管狐経由で上層部の耳に届けば俺の首が飛びかねないので」
笑い顔の狐面は軽い調子でそんなことを言うが、その内容は長谷部達にはかなり重いものだった。
「俺の命ってめちゃくちゃ軽いんですよ。いくらじじい…青実先生の一生徒と言っても上の人間が不要だと思えば、どうなるものやら」
「あ、あるじさん。ボクたちを脅す気??」
「いや脅してないでしょ。皆さんに危害はないんですから」
「主の危機は俺達の危機だろうッ?!」
「うわっ、ビックリした!山姥切さんそんな大声出せたんですね」
すぐ後ろから大声を出されたことで藤代は驚き、胸に手を当てていた。乱や山姥切の心配を理解出来ていないところに一言言ってやりたい気持ちをぐっと堪えて、長谷部は努めて冷静に口を開いた。
「・・・おい。今になってそんな忠告をすると言うことは、俺が話した内容は真実に近いと言うことか?例えば引き継ぎ一一一」
と言いかけて長谷部は口を閉ざした。
狐面が「話すな」と人差し指を口元にやるジェスチャーを取っていたからだ。
「さて」
思い立ったように立ち上がると、藤代は風のようにするりと長谷部の横を抜けて行く。
何故だか誰もそれに反応出来ず、気付けば藤代は手入部屋から出ていこうとしていた。
「どこへ行く」
はっとしてその後ろ姿に長谷部が声をかければ、
「手入の術後経過を観察してきます」
とだけ言って藤代は三日月を連れて出ていってしまった。
まるで狐につままれたように残された長谷部達の目には、日が落ちてもまだ明るい空に浮かぶ雲が夕焼けの色を写しているのが見えた。
やがて、ふぅとため息をついたのは乱だった。
足を崩しながら眉をハの字にして微笑んでいる。
「うーん。首が飛ぶ、とまで言われちゃうとボクも深入りしづらくなっちゃうよ。・・・まぁそれだけ長谷部さんの考えがいいとこ突いてたってことだよね」
「ああ。よくあそこまで分かったものだと感心する。俺なんか初出の事ばかりで付いていくのがやっとだったからな・・・主も真相に近づかれるとは思ってなかったから、俺達を自由にさせていたんだな」
乱の言葉に山姥切は頷くが、長谷部は小さく首を横に振る。
「俺一人の力では無理だった」
任務中、長谷部の主な役割は情報の総括だった。
乱の本丸の者と友好的に対話する口や、山姥切の本丸中を根気強く探索する足、そして薬研の些細な事にも気が付く観察眼は情報収集に重要で、
三日月の近寄りがたい底知れぬ貫禄ある姿は本丸の者達を遠ざけ、逆に和泉守兼定のような粋な魅力は本丸の者達の目を惹き付ける。これにより乱雑に集まる情報を冷静に整理する場所と時間が用意された。
個々の力があったから長谷部も全力を尽くせたのだ。
「それにこれは臆測に過ぎない。主の反応から連中の正体は間違いないようだが、審神者の安否や居場所、三日月が関与しているのか、そもそも解体を望んでいるのかなど、未だその真実は何も分かっていないに等しい。すべて状況証拠から可能性が高いものを組み合わせた空想だからな」
膝詰めすれば折れると思ったが、長谷部は藤代を論破するには至らなかった。しかしその反応から全くの見当外れと言うわけでもなく、むしろ政府の地雷を踏みかねないところにあることが分かった。
そしてこれ以上の調査が難しいことも一一
「主が言い続ける通り、これは本丸の問題であり俺達が関与することではないのかもしれないな」
そう呟く長谷部が目を落とすと、厚手のファイルが3冊転がっているのに気付く。
カラフルなプラスチック製のそれには、この本丸の審神者が懸命に築いてきた2年とちょっとの本丸の記録が綴じられている。ぎっちりと詰め込まれた思い出は、長谷部の目から見たら無駄は多いが、審神者や本丸の者達にとっては宝物のようなものなのだろう。
それがもうすぐ捨てられようとしている。
一一一本当にそれでいいのか?
夕闇に溶け、色を失なっていくファイルを眺めながら長谷部はここにはいない審神者に問いかけた。
そう言ってへし切長谷部は厚手のファイルをパラパラと別段興味もなさそうに捲っていく。
手入れ部屋の畳に胡座で座り込み目を通しているのは、この本丸の審神者の活動記録だった。
ページの一枚一枚には日報として提出したデータの他に審神者が見たこと、感じたこと、学んだことなどが綴られた日誌のような物も挟まっている。
ファイル一冊で一年分。かなりの厚みがあった。
それがあと二冊、長谷部の傍に転がっている。
「また随分トゲのある…ただ友好的なだけでは?」
そう話すのは手入部屋の奥で膝を崩している藤代だった。
本日分の手入が終わり一息ついている様子だが、常時着けている狐を模した加護の面はそのままで、休息の時くらい外せばいいだろうにと長谷部は思う。
「馴れ馴れしいのは考えものだ」
長谷部はファイルを閉じるとそう言った。
二年と少し。この本丸の審神者が懸命に築いてきた刀剣達との絆に対し何の感慨もなく言いきった言葉は冷たい。
「うーん・・・本部と違って、本丸は審神者が一人で皆さんをまとめないといけないから対応の違いはかなりあると思います」
「その違いは分かっているつもりだ。だが、毎日のように自分の刀を褒めそやしているこの日誌は何なんだ。刀剣の性能を褒めるならともかく「可愛い」、「格好いい」、「楽しい」、「面白い」?そんなのばかりだ。意味が分からない」
「・・・長谷部さんは厳しいなぁ」
「なんだと?」
ぽつりと呟く声に長谷部がするどい視線を向ければ、藤代は慌てたように背筋を伸ばした。
「皆さんの礼儀正しさや穏やかさ、あと愛嬌なんかは人間の目から見るととても好印象に映るもんなんです。審神者が未熟でもそれを支えていこうと背中を押してくれるから、皆さんを刀剣の付喪神と言うより人間のように見てしまうんでしょうね」
「刀剣を人間のようにか・・・」
そんな言葉に長谷部はふっと鼻で笑う。
「だからか。誰それと買い物に行った、誰それと遊んだなど毎日そんなことばかり・・・職務怠慢だ。そんなものを充実させるより戦績を充実させろと言いたいな。それを許しているここの俺も腑抜けている」
すっと冷たい目線を向けたのは藤代の背後にある壁。
本丸内のどこにいるかは知らないがこの本丸のへし切長谷部にこの苛立ちが届けばいいと思った。
ふと視線を戻すと藤代が顔を逸らして俯いているのに気が付いた。長谷部は腰を浮かせて声をかける。
「どうした?具合でも悪いのか?」
日暮れとなり暑さは和らいでいたが、窓を解放した広縁からの微風に涼感はない。
日中はエアコンを使っていたが、あれは冷えすぎて体に障ると長谷部は定期的に換気をしていた。
手入に集中する藤代を思っての行動だったが、温度の変化に体に疲労が溜まったのかもしれない。
長谷部がそこまで考えを巡らせると、藤代は首を横に振った。
「長谷部さん・・・めっちゃ怖っ!俺が睨まれてると思いましたよ」
「なんだ、それは・・・」
肩を抱いて震えるふりをする藤代に長谷部は脱力感を覚えた。なんだ。心配したじゃないか、と。
「俺も馴れ馴れしいところがあるからやっぱ嫌だったのかなー、と・・・」
「お前は仕事を真面目にこなしている。であれば文句はないな」
「そんな風にさらっと人を褒めるから、長谷部さんは審神者にモテるんですねぇ」
息をするように誠実な言葉を吐く長谷部に藤代は軽口で返す。
政府の刀という特性上、彼を借り受け一時的に"主"となる審神者は本部には数多くいる。次々と変わる主に対して長谷部は「丁寧」かつ「完璧」に相手の期待に応えてきた。
そんな真摯さを買われている長谷部が今回随行する「主」には仲間内で使うような言葉や姿を見せているなど本部の審神者は誰も想像しないだろう。
「それはいいとして」
「モテることを否定しないんですね」
「事実だからな」
「うーわー」
「政府が本丸の解体を決めたそうだ」
それは話しづらさも憂いもないただの報告のようだった。「話題の温度差ひどいな…」と藤代が小さくツッコむのを気にせず長谷部は胡座のまま姿勢よく言葉を続けた。
「審神者の捜索をしている管狐から聞いた。政府にしてみれば活動の停止した本丸は不要なものだからな。捜索を続けるのにも金がかかる。大侵寇の猛攻に戦力の減った今、本丸の連中を引き入れたい考えもあるだろう。まぁ、妥当な判断だ」
時の政府の冷徹なまでに合理性を重視した判断に長谷部も異論はなかった。
大局を見据えている上層部の人間にとって審神者が消えたことなど小事でこれ以上の慈悲をかける理由もないのだ。
「今、手入の終わった本丸に「本丸を解体する」か「新たな審神者を迎える」かの回答を聞いて回っているようだ。解体したがっているくせに貴重な戦力の機嫌を損ねないように選択肢を与えたかな」
「・・・」
「しかし・・・すでにこの本丸にも話しは来ているはずだが、今後の身の振り方の話し合いをしているのか?どうにもこの悠長さが解せない。ここの審神者は刀剣男士に対して人間のように接して大事にしていたんだろう?だがここの連中は自分の主の心配も、本丸がなくなることへの危機感もない。どこか楽観的だ。そう思わないか?」
政府の判断は妥当だと理解は出来るが、長谷部とて刀剣男士である。人間に対する情というものにもまた理解があり、大事にされたら働きで返したい気持ちはある。だから本丸の態度に違和感を覚えていた。
長谷部の話しを黙って聞いていた藤代は居ずまいを正すとゆっくりと正面を向く。
「・・・長谷部さん。前から言ってますが、その件に俺は関わりません。俺は俺の仕事をするだけです」
長谷部の問いかけに答えることを断る藤代の声は、先程までとは打って変わって冷たいものだった。
政府の命令で六振りの刀剣男士を連れて藤代が訪れているのは、審神者の消えた本丸。その数十三。
それは新緑の清々しい季節から始まり、真夏の猛暑を乗り越え、残暑の厳しい現在までかかる長期任務で、藤代は「対大侵寇防人作戦において負傷した刀剣男士の修理」を己の役目として注力してきた。
そのため消えた審神者の行方には一切関わらず、以前から審神者のことは別の調査隊に任せるか本丸の刀剣男士達が考えることだと言い切っている。
けれど自分を巻き込まないのであれば長谷部達が独自に調査することは構わない、と好きにさせていた。
「そうだったな」
「それにこうなることは皆さんも分かっていたじゃないですか。本丸の機能を果たさなければ取り壊しの恐れがある。それが分からないはずがない、と」
「・・・」
「それなのにわざわざ・・・どうして頼まれたわけでもないのに関わろうとするんですか?」
「・・・ん?」
突き放すような言い方をする藤代を長谷部は不思議そうに見る。
今、面の下ではどんな顔をしているのか。透けて見えないものかと凝視してしまう。
「おかしいな。お前は審神者の捜索に関しては頑として協力しないが、だからと言って審神者に無関心と言うわけではなかったはずだ。むしろ審神者の人間性を認め、俺達が否定的な言葉を使えばわざわざ訂正もしている」
先程もこの本丸の審神者の印象を「馴れ馴れしい」と言い切った長谷部に対して審神者を庇うような発言を返した。それだけでなく、これまで赴いた本丸でも藤代は冷たい態度を取るようでさりげなく審神者を立てる節があった。
そう思っていただけに、三ヶ月という月日を経て尚不明となっている審神者の居所や健康状態など心配して当たり前なところにまで無関心を貫こうとする姿に違和感があった。
「お前・・・やはり何か知っているな?」
三ヶ月の間、本丸の様子だけでなく藤代にも目を向けていた長谷部はそう思うようになっていた。
本丸の者達と同じように藤代も何かを隠している。
それに対し藤代は首を横に振っていた。
「長谷部さん、俺達は何も知らない。他人の問題に関わらない。そうであった方がいいこともあるんです」
「・・・」
それは否定ではなくこれ以上の詮索の拒否で、つまりは肯定を意味しているようなものだった。
「山姥切、三日月」
「ああ」
「呼んだか?」
藤代から目を離さずに長谷部が呼び掛ければ、それに呼応して夕空を隠すように二つの人影が広縁に立ち上がった。
室内からは影となり顔は見えないがそれは三日月宗近と山姥切国広のシルエットだと分かる。
「三日月、乱を呼んでほしい。薬研の手伝いをしているはずだ。その後は引き続き見張りを頼む」
「ああ。すぐに連れてこよう」
長谷部の指示を受け、一つ分の影が手入部屋の前から離れていった。
「山姥切は中へ入れ。主を逃がすなよ?」
「了解した」
返事をするもう一つの影が手入部屋に足を踏み入れると同時に長谷部も立ち上がる。夕闇が近づき、仄かに暗くなる中でもその眼光は冷たく光っていた。
「どういうつもりですか」
山姥切に後ろ手を捕られ正座をさせられている藤代が狐面の下から訝しむように尋ねてくる。
正面に座る長谷部は答えず、隣にやって来た乱藤四郎に顔を向けた。
「長谷部さん、何かあったの?」
捕らわれる形の藤代が気になるのだろう。
乱は呼び出した長谷部とを交互に目をやりながら小首を傾げた。
「主に二三聞きたいことがあるが本丸の連中には聞かれたくない。周囲の警戒を頼めるか」
それだけ言えば通じたようで、その花のように可愛らしい短刀は小さく頷く。
「任せて。本気のかくれんぼをした短刀だって見つけてみせるよ」
にこっと笑うと乱は長谷部達から少し離れたところにちょこんと座る。
この中で乱以上に気配の察知に長けた者はいない。
そこを信頼しているから長谷部は乱を呼んだのだ。
ちらっと広縁を見れば松の木と木塀しかない庭を眺める三日月の後ろ姿が見えた。
三日月は結界だった。
ここの者達は遠慮を知らない。
よそ者であるはずの長谷部達に友好的で、いやに距離が近いのだ。手入れの際には動ける者は手入れ部屋まで着いてきたり、様子を覗こうとしてきた。
まるで審神者の性格のように馴れ馴れしい。
けれど三日月だけは明確に避けていた。
そういう意味での結界であった。
「さて・・・」
これで本丸の刀剣男士達に話を聞かれる心配は格段に減っただろう、と長谷部は顔を正面に戻した。
「主。俺達はこの件に関わるし、お前も巻き込むつもりだ。誰の為にならないか知らないが押し通らせてもらう」
「長谷部さんって意外とお節介ですよね」
「お前に似たのかもな」
この期に及んで茶化すように叩く軽口に皮肉で返してやれば狐面の奥から、それは違うでしょと聞こえてくるのを長谷部は無視した。
「まず先にその面は取ってもらおうか。嘘偽りごまかしなく話すように」
長谷部は山姥切に目で促してそっぽを向いている藤代の狐面を外させる。
顕になった顔は血色の悪い色白で、疲労感が漂うのはこの状況のせいだけではないだろう。
「何の尋問ですか」
「今回の任務地である「審神者の消えた本丸」は全部で十三。この本丸で最後だ。あとは軽傷ばかりで順調に行けば明日には終えられるはずだな」
「無視か。・・・あー、そうですね。なのにその功労者を捕まえて取り調べですか?」
頭を斜めにして呆れたようにため息をつく藤代に長谷部は眉一つ動かさない。
「仕事振りは見事だと思っている。文句も言わずここまで手入れに集中出来るのは本部でもお前くらいだ」
「自分で自分を褒めたいくらいです」
「手入が終われば、先程話した通りこの本丸も解体か新たな審神者を迎えるかの選択を迫られるはずだ。どちらの選択をしようと俺達には関係ない。それは分かっている。だがその前にはっきりさせたい」
長谷部は数分前に目の前の青年が「わざわざ」と言うのを聞いた時に、それが「そうなることを望んでいるのにどうしてわざわざ…」と言っているように聞こえた。
それを確認するために言葉を続ける。
「この解体は本丸の連中が待ち望んだことなんじゃないか?」
「・・・」
「は?」
「えっ。どういうこと?」
長谷部の言葉に反応したのは山姥切と乱で、問いかけられた当人は表情もなく黙っていた。
「本丸の活動を停止させ、いつか解体の方向に動き出すのを待っていた。・・・その為に審神者を隠した。違うか?」
「いや俺は関係ないんですから、本丸のことは本丸の人達に聞いてくださいよ」
「その連中が話さないから、お前の考えを聞いている。お前は何か知っているようだからな?」
「それならこじつけでもいいわけですか」
「いいわけあるか」
ああ言えばこう言う藤代に睨みを効かせる長谷部に「ちょっといいか」と遠慮がちに口を挟んだのは山姥切だった。
「その、話しの腰を折ってすまない。本丸をなくす為に審神者を隠した、と言うのはあまりに突飛すぎて・・・どうしてそうだと分かるんだ」
「そうだよ。急展開すぎるよ長谷部さん!それにさ、それって・・・謀反ってことじゃない?」
話を聞いていた乱も山姥切の意見に同調して、困った顔をしている。
「いや。折れる寸前まで審神者を守ろうとしたくらいだ。審神者に対する不満はなかったんだろうな」
「そ、そうだよね。ボク出来るだけ本丸のヒト達とお話ししてたんだけど、みんな自分の主が大切なんだって感じたから、あれが演技だったら…イヤだよ」
長谷部が謀反を否定すれば安心したように乱は息をつくが、それなのにどうして解体を望むのかという疑問は晴れない。
「審神者に不満はないが、本丸は手放したいと考えたのか・・・?しかもその為にこんな大掛かりなことを考えた本丸の数は一つ、二つではない。・・・数の多さは気になっていたが、まるで示し合わせたようだ」
「あぁ。無論、偶然などそんなことはあり得ない。今回の事を企てた首謀者がいる」
断言する長谷部に乱も山姥切も浮かない顔をする。
そうあってほしくないがそれを可能とする者に心当たりがあるからだ。
数ヵ月前、大侵寇から審神者を守るために本丸を白い月の世界へと隠したその刀剣男士は、そもそもそれが起こることを事前に"知って"いた。そして全本丸に顕現したその刀剣男士は示し合わせたように各本丸で行動を起こしたのだった。
その最中に審神者の消息が途絶えた今回の事は、混乱すると予め分かっていた上でその状況を利用した別の思惑だったのではないか。そう考える二人の視線は、自然と長谷部から広縁へと移っていった。
視線の先には見張りのため、こちらに背を向けている三日月の姿がある。
「言っておくがあいつではないぞ」
「そ、それは分かってるよっ。つい見ちゃったけど」
長谷部に言われて乱は慌てて視線を戻した。
「長谷部。お前は、十三ある内の何処か一振りの三日月宗近が今回の事を企てたと考えているのか。その理由は?」
「・・・恐らく、」
山姥切からの問いかけに長谷部は目を伏せて答える。
「・・・二度も主を失いたくなかったんだろうな」
感情のこもらない声でそう口にするのは本丸の刀剣男士達に感情移入しないためだった。
主を失うことの悲しみや怖さ等の感情は長谷部にも分かるのだ。だが、感傷に引っ張られるわけにはいかない。
「三日月を含めおそらく半数の刀剣男士は一度審神者を失っているはずだ。だから繰り返したくない。そう思っての行動だろう」
「・・・。・・・ごめんなさい、長谷部さん。二度もってどういうこと?」
「・・・そうだな。すまん。どうにも俺は詳細抜きで話してしまうようだ」
申し訳なさそうにする乱を見て、話しが飛躍しすぎた事に気付き長谷部は反省する。頭の回転が速すぎる余り、その思考の途中経過を置き去りにして話し出せば聞いてる者は困惑するだけなのだ。
その癖をどうにか抑えることを意識しながら長谷部は二人に確認をする。
「お前達、刀帳は確認済みだな?あとは本丸の記録に関する物なんかは目を通したか?」
畳に転がるファイルを長谷部が指して聞けば「一応」と二人は返す。
「十三の本丸、その殆どがこの二年弱で審神者となった者ばかりだ。戦績は並。政府からの依頼を何とかこなせるかどうかの者が多い。中には真面目に仕事をこなしていた者もいるが…中程度の戦績だな。つまりはあまり実力がない」
前線で戦う刀剣男士らしく審神者に合理性を求める長谷部はにべもない。
「その実力の割にそいつらはかなりの数の刀剣男士を迎えている。何故か?」
「あ、それ!アレだよね。二年前に政府が実施した」
「戦力の補填だな」
それはおよそ2年前。
歴史修正主義者との戦いが長引く打開策として時の政府は各本丸の戦力補填を計った。
当時顕現可能な刀剣男士の内62振りが補填対象となり各本丸へと送られたそれは、当時まだ駆け出しの審神者には大きな恩恵であった。中には本丸を持ったその日から62振りの主となる者もいたようだ。
「本部で保管している刀剣にも限りはある。だから一時的な施策だったが、政府はあれで即戦力となる審神者をかなり増やした」
有事に備えて本部の倉庫では顕現前の刀剣を大量に保管していた。それを政府は開放し、主に新人審神者達の戦力に充てたのだった。
「二度も、と言ったのは…その62振りの中の半数近くが元々は別の審神者に仕えていた刀剣男士だと思うからだ」
「別の審神者って・・・え。それって、引き継ぎ?」
引き継ぎ。それは字の如く、本丸の所有権ないし刀剣男士の顕現権を別の審神者へと移すことだ。
前任の審神者が亡くなる、または戦意喪失となる。または不祥事を起こすなどで本丸での活動が不可能となった場合、そこに別の審神者をあてがい戦力の埋め合わせとする。それが引き継ぎだ。だが、
「おかしいよ。だって全部の本丸の記録を見たけどどこにもそんなこと書いてなかったもの」
「引き継ぎならば審神者の了承を得て引き渡したという証文があるはずだ。長谷部、それは考え過ぎなんじゃないか?」
引き継ぎはあまり審神者には歓迎されないものだった。それは円満な理由で審神者と刀剣男士が袂を分かつことが非常に少ないことにある。所謂ワケアリである刀剣男士を引き取りたい審神者もまた少ない。
政府からのしっかりとした説明を受け、審神者が受諾したという証文がなければ成立しない契約のはずだった。
「それは、主が証人となってくれる」
「ん?」
長谷部の言葉に首を傾げたのは乱でも山姥切でもなく藤代だった。
「これは薬研の見立てなんだが・・・お前、前にもそいつらの手入をしたことがあるんじゃないか?」
「・・・」
「お前の手入は他の審神者達と違い、記憶頼みだ。刀の姿、刃文などその頭で正確に記憶出来た刀剣男士しか手入が出来ない」
初めて見る福島光忠には苦労していたな、と加えてやると藤代は「うぅ…」と唸り、思い出したくないように目を逸らした。
「その反面、多数の刀剣男士を診るたびにその精度は高まっていく。そしてお前は記憶した刀剣を絶対に忘れない…いや忘れられない」
それは審神者の力が他の者より劣っている藤代が、それでも他の者と遜色ない働きが出来るまで研鑽した固有の技と言えるものだった。
血反吐を吐く思いで編み出したその手入の技の利点と弱点を長谷部達は知っている。
「俺達刀剣の付喪神は、一個体が同時間軸に複数存在出来る特殊な理でこの身を現世に留めている。しかし同じ存在のようで今目の前にいる俺達とこの本丸の俺達は、現世では別の物語を持った別物となる」
歴史を守る事を役目とした者が、歴史を歪めかねない存在として顕現している事象と矛盾の両立、その理をどのような仕組みで現世に定着させたのか。それは刀剣の付喪神たる刀剣男士達でさえ知り得ないことだった。
ただ"歴史"と呼ばれる形でまだ未来決定がされていない現代であれば刀剣男士と呼ばれる存在は「いるかもしれない」し「いないかもしれない」、そんな雲を掴むような存在として現世に留まることを許されたのもひとえに審神者の力あってのものだった。
「環境が変われば
刀剣男士が現世で過ごした記憶は手入でリセットされることはない。その記憶は本体に刻字されるかのように極めて小さな傷となり蓄積される。
その
「手入の手際が良すぎると薬研が洩らしていた。一部の本丸は視察に来たことがあると言っていたようだが、他は初見のはずだな?」
目を合わせることもなく黙りこくる藤代に言い聞かせるように長谷部は話し続けた。
藤代の手入の技は、診る頻度の高い刀剣男士に関しては元々精度が高まっているとは言え、環境で変化した部分に合わせるには観察の時間を必要とした。
掛かる時間のその僅かな変化に薬研だけが気付き、違和感として長谷部に伝えていた。
「手際が良すぎる」と判じるのは手入の面で長いこと藤代を支えてきた薬研にしか気付けない些細なものだった。
「これは俺の推測だが、お前は早い段階から…少なくとも一件目の本丸の手入が終わる頃には本丸の連中の狙いに気付いていたんじゃないか。奴らが審神者を隠していることも、それを隠し通そうと知らん顔するのも…大侵寇の恐怖で戦意喪失となった審神者の心を守る為だと」
行方不明の審神者はすべて2、3年前までは戦を知らない一般人だった。審神者の素質を見出だされ、刀剣の主として担ぎ上げられただけの一般人が戦指示を出すことなど到底無理な話しで、良いとは言えない戦績を残しながら何とかやってこれたのはひとえに刀剣男士の働きによるものだったのだろう。
自分達を大事にしてくれる主に応えようと、今度こそは上手くやろうと、健気に守り立ててきた本丸と審神者の心を一一あの大侵寇がへし折った。
「首謀者の三日月の誘いに乗って、十三もの本丸が、審神者を守るために審神者を本丸から追い出すことを決めた。長いこと役目を果たさなければ本丸は解体され、晴れて審神者はその責務から解放される。お前が手入以外に本丸の連中と関わりたがらないのはその願いを叶えさせようと思ったからだろう。違うか?」
「長谷部さん」
確認のために問いかければ藤代はようやく長谷部の目を見た。
「俺はあんたらに協力するとは言っていません」
「あるじさ~ん・・・まだそんなこと言うのぉ」
「まだも何も最初から言っているように、俺は手入をさせてもらえたらそれでいいんです。それ以上に関わるつもりはありません」
「否定はしないんだな」
「本当のことはすべて当事者達の中にあり、俺達が関わることじゃない。でも考えることは自由です」
どうぞお好きな解釈を、と藤代は不敵に笑う。
どう言われようと話すことはないという態度に、長谷部はそれ以上問い質すことをやめた。
「山姥切、離してやってくれ。主も、拘束して悪かったな」
山姥切に解放するように言うと自由になった藤代は気が抜けたようで、「はぁぁー・・・怖かった」とへらっと笑う。
その一言で手入部屋に満ちていた緊張感が薄れ、山姥切と乱の表情も少しだけ和らいだ。
長谷部だけは固い表情で何やら考え込んでいるようだったが、狐の面を着けた藤代が「ああ、そうだ」と思い出したよう言うのが聞こえ、そちらへ顔を向ける。
「好きに考えたり、調べたりするのは自由だと言いましたけど、その憶測を管狐に伝えないでください。管狐経由で上層部の耳に届けば俺の首が飛びかねないので」
笑い顔の狐面は軽い調子でそんなことを言うが、その内容は長谷部達にはかなり重いものだった。
「俺の命ってめちゃくちゃ軽いんですよ。いくらじじい…青実先生の一生徒と言っても上の人間が不要だと思えば、どうなるものやら」
「あ、あるじさん。ボクたちを脅す気??」
「いや脅してないでしょ。皆さんに危害はないんですから」
「主の危機は俺達の危機だろうッ?!」
「うわっ、ビックリした!山姥切さんそんな大声出せたんですね」
すぐ後ろから大声を出されたことで藤代は驚き、胸に手を当てていた。乱や山姥切の心配を理解出来ていないところに一言言ってやりたい気持ちをぐっと堪えて、長谷部は努めて冷静に口を開いた。
「・・・おい。今になってそんな忠告をすると言うことは、俺が話した内容は真実に近いと言うことか?例えば引き継ぎ一一一」
と言いかけて長谷部は口を閉ざした。
狐面が「話すな」と人差し指を口元にやるジェスチャーを取っていたからだ。
「さて」
思い立ったように立ち上がると、藤代は風のようにするりと長谷部の横を抜けて行く。
何故だか誰もそれに反応出来ず、気付けば藤代は手入部屋から出ていこうとしていた。
「どこへ行く」
はっとしてその後ろ姿に長谷部が声をかければ、
「手入の術後経過を観察してきます」
とだけ言って藤代は三日月を連れて出ていってしまった。
まるで狐につままれたように残された長谷部達の目には、日が落ちてもまだ明るい空に浮かぶ雲が夕焼けの色を写しているのが見えた。
やがて、ふぅとため息をついたのは乱だった。
足を崩しながら眉をハの字にして微笑んでいる。
「うーん。首が飛ぶ、とまで言われちゃうとボクも深入りしづらくなっちゃうよ。・・・まぁそれだけ長谷部さんの考えがいいとこ突いてたってことだよね」
「ああ。よくあそこまで分かったものだと感心する。俺なんか初出の事ばかりで付いていくのがやっとだったからな・・・主も真相に近づかれるとは思ってなかったから、俺達を自由にさせていたんだな」
乱の言葉に山姥切は頷くが、長谷部は小さく首を横に振る。
「俺一人の力では無理だった」
任務中、長谷部の主な役割は情報の総括だった。
乱の本丸の者と友好的に対話する口や、山姥切の本丸中を根気強く探索する足、そして薬研の些細な事にも気が付く観察眼は情報収集に重要で、
三日月の近寄りがたい底知れぬ貫禄ある姿は本丸の者達を遠ざけ、逆に和泉守兼定のような粋な魅力は本丸の者達の目を惹き付ける。これにより乱雑に集まる情報を冷静に整理する場所と時間が用意された。
個々の力があったから長谷部も全力を尽くせたのだ。
「それにこれは臆測に過ぎない。主の反応から連中の正体は間違いないようだが、審神者の安否や居場所、三日月が関与しているのか、そもそも解体を望んでいるのかなど、未だその真実は何も分かっていないに等しい。すべて状況証拠から可能性が高いものを組み合わせた空想だからな」
膝詰めすれば折れると思ったが、長谷部は藤代を論破するには至らなかった。しかしその反応から全くの見当外れと言うわけでもなく、むしろ政府の地雷を踏みかねないところにあることが分かった。
そしてこれ以上の調査が難しいことも一一
「主が言い続ける通り、これは本丸の問題であり俺達が関与することではないのかもしれないな」
そう呟く長谷部が目を落とすと、厚手のファイルが3冊転がっているのに気付く。
カラフルなプラスチック製のそれには、この本丸の審神者が懸命に築いてきた2年とちょっとの本丸の記録が綴じられている。ぎっちりと詰め込まれた思い出は、長谷部の目から見たら無駄は多いが、審神者や本丸の者達にとっては宝物のようなものなのだろう。
それがもうすぐ捨てられようとしている。
一一一本当にそれでいいのか?
夕闇に溶け、色を失なっていくファイルを眺めながら長谷部はここにはいない審神者に問いかけた。
