東奔西走~刀剣迷走録~
「この本丸の審神者は、随分と真面目な男のようだな」
執務室より刀帳を借り受けた山姥切国広は手入れ部屋へと戻る途中でポツリとそう呟いた。
日中のため灯りのつかない廊下は薄暗く、ひんやりとして心地が良い。真夏の蒸し暑さを感じないのは本丸の空調設備が整っているおかげで、体力を奪われないことは有り難かった。
「あんたにそう言われるなら相当ですね」
山姥切に応えたのは隣を歩く藤代で、任務中はずっと狐を模した加護の面を付けているため表情は見えない。
「それは…どういう」
表情だけでなく言葉の意味も見えず山姥切が首だけそちらに向ければ、狐面も少しこちらを見て小さく息を吐いたのが見えた。
これは何か呆れさせたようだ、とそこには気が付く。
「山姥切さんも生真面目だってことです。…ほら、ここに来る時もあの猛暑の中きっちり戦闘服着てたでしょう?『外では何が起こるかわからないからな。不測の事態に備えるのは当然だ』みたいなこと言って」
「それは当然だろう。俺はあんたの刀なんだからな」
キリッと真剣な顔で返せば「はああああああ~~」と今度は盛大なため息を吐かれる。
これと同様のやり取りを今回の任務中に何十回と経験してきた山姥切だが、億劫そうな反応をされてもたじろぐことはない。
行方不明となった審神者に代わり、大侵寇で負傷した刀剣男士の手入れをすることが藤代の役目ならば、その護衛が山姥切の役割であり気を抜くなど出来ないことだった。
「誰の刀かは今は置いておきますが、今日みたいな日は熱中症にも備えてください。倒れたら意味ないでしょう」
「ああ今後は対策しよう。だが、俺だけでなく長谷部も着込んでいたと思うが」
ここへ来る前の数時間前を思い返せば、日差しの強さと湿気を含んだ蒸し暑さに堪えかねた仲間達が思い思いに涼しさを求めた恰好をしていく中、へし切長谷部だけはいつもと変わらない戦闘服に身を包んでいた。
しかも熱を吸収しやすいとされる黒を基調とした衣装だ。相当暑かったに違いない。
「長谷部さんはほら、鉄人と言うか変人と言うか」
「言葉の意味がそっくり変わるが…」
「じゃあ変人で」
「それを本人に言ってやるなよ」
ケケケと笑う狐面に今度は山姥切がため息をつく番だった。
「ここの審神者は、あんたとは正反対なんだろうな」
「喧嘩売ってんのか」
生真面目と評した当の審神者は現在この本丸の何処にも姿はなく、成人男性である以外にどのような人物であるかは知らされていなかった。本丸の雰囲気からの想像だが、あながち間違いでもなさそうだと山姥切は思っている。
この本丸は審神者の就任から3年ほど経つが大所帯を収納しているとは思えない清潔さを保っていた。
玄関は葉の一枚塵一つ落とさない丁寧さで掃かれており、靴はすべて奥まったところにある靴置きに整列している。
物を置かず輝くほどに磨きあげられた廊下を歩きながら、目線だけで覗く部屋は全て客間と見間違えるほど整えられていた。
先程入った審神者の執務室も仕事道具や資料、重要書類などが一目で判るようにファイリングされ手に取りやすい位置にあり、無駄な物は一切置かれていない。
そんな整理整頓が行き届いた機能的な本丸は審神者の性質そのもののように思えた。
その状態が審神者がいなくなっても保たれているのは、審神者の影響を受けやすい刀剣男士達に審神者の生真面目さが染み付いているからだろうか。
「まぁ、確かに…真面目な会社員だったらしいですよ」
そうポツリと藤代が口にした内容は山姥切には共有されていない審神者の情報だった。審神者となる以前の職業など政府から事前に渡された本丸の戦績に載るはずがない。藤代には違う内容が渡されていたのか。
「それは一一」
「あるじさーんっ!」
山姥切が詳細を確認しようとした時、廊下の曲がり角から乱藤四郎が飛び出してきた。
「乱さん?何かあったんですか」
「あったよ。大変!負傷者の中に福島さんがいるんだ。それも重傷!」
乱からの報告に「あー・・・」と座り込むのではと思うほど藤代は大きく項垂れた。
「そうですかー・・・いちゃったかぁ。まぁ真面目に任務をこなしていた本丸ですからね。そりゃ、いますよね」
一一福島光忠
藤代はその刀剣男士が特別に苦手と言うわけでも、苦手となるほど相手を知っているわけでもない。
それでもその名を聞いてあからさまに苦手意識を向けているのは、その手入れにあった。
苦手とする"事情"を知っている山姥切と乱が心配そうな視線を向けると、藤代は勢いよく顔を上げた。
「・・・いえ、大丈夫です!時間は掛かるかもしれませんが、前の本丸でも見てますし・・・大丈夫。出来ます。先に終わらせたいので福島さんを手入れ部屋に入れてください」
「さっすがあるじさん!薬研に伝えてくるね」
藤代の指示に応じると乱は素早く来た道を戻っていく。山姥切が乱に続いて廊下を曲がれば、壁に挟まれた廊下が長く長く続く先に外光の差し込むのと、乱の影が遠くに見えた。
「はっや…」
「さすが短刀の機動力だな…」
長い廊下を抜け、右手に曲がれば手入れ部屋が並んでいる。その一つに入れば三日月宗近が手負いの福島を慎重に横にさせているところだった。
「主、本体はこちらだ」
「はい」
呼吸の浅い福島の側に腰をおろすと一礼して、藤代は三日月から渡された本体を受け取った。ゆっくりと、だが慣れた手つきで刃側を上にして慎重に鯉口を切る。柄を引き鞘から抜かれた刀身は酷い刃こぼれを起こしていた。
「・・・」
手入れの邪魔にならないようその場を立つ三日月に、山姥切は持っていた刀帳を差し出した。
「三日月。刀帳を借りてきた。先に見させてもらったが、やはりこの本丸も三日月宗近を迎え入れた記録はあるようだ。だが」
「・・・うむ。本丸のどこにも俺は・・・三日月宗近はいないようだな」
手入れ部屋の近くの大部屋では負傷した刀剣男士が重傷、中傷、軽傷と薬研藤四郎の見立てで分けられ、重傷者から手入れを受けられるように長谷部と和泉守兼定が調整作業に入っていた。
薬研が言うには大部屋に"三日月"の姿はないらしい。
「管狐の報告でわかってたことだけど、やっぱりどこの本丸にも三日月さんがいないのは不自然すぎるよね」
そっと手入れ部屋に入ってきたのは乱だった。
審神者の消えた本丸にはある共通点がある、と管狐が報告に上げた内容は「三日月宗近も行方知れず」というものであった。
事実、これまで訪れた本丸には"三日月"の姿はなく本丸の者に尋ねても「わからない」と返されるばかりだったが、
「ウソだよね」
「嘘だろうな」
「皆が口を揃えて虚言を吐く…か」
首を傾げる乱に山姥切と三日月も首肯く。
大侵寇時、本丸に何が起きたのか一一一
全ての本丸の管狐に聞き取り調査を実行した政府は、通信が不可能となった空白の時間の出来事を把握していた。
あの時、三日月宗近は本丸を守るために強大な時間遡行軍に打って出ると姿を消したらしい。その直後に本丸は白い月の世界に入り込んだ。
本丸は外部との接続点を解かれ、白い月の世界は便宜的に言えば神域となるのだろうか。
ともかく三日月宗近が関与した世界であることは明白で、
「審神者はまだその世界にいるのではないか」
と言うのが山姥切達の推測だった。
「そう考えるのが自然だよね。自分達の主がいなくなったのに探しもしないのは居場所を知ってるからで、そもそも探す必要がないんだよ」
「本丸を守ったという実績があるから安心して審神者を居させることが出来る…ということか。だが・・・」
「ああ。どの本丸も機能していない。主がそこにいると分かっているならどうして手入れを受けない?こうして俺たちが本丸を巡る必要性はなんだ」
「そこなんだよね~・・・」
顔を合わせて三人は首をひねる。
「う~ん…管狐の目も誤魔化してまで審神者を隠すメリットってなんなんだろ?長く機能してないと本丸解体の危険もあるのに、それでもだんまりしちゃう?あるじさんの手入れは素直に受けてくれるから…心中希望…ってわけじゃないよね」
最後の方は言いにくそうに小声になる乱に三日月は首を傾けながら頷く。
「そう信じたい。だが、審神者の力が「そこ」からは本丸に干渉出来ず、遡行軍の討伐任務はおろか手入れすら出来ない状態であることは問題だ。そのことが分からないとは思えぬが…」
「審神者をこっちから連れ戻すことは、あんたの力で何とか出来ないのか?」
「何とか、か・・・。まぁ、俺も同じ三日月宗近だ。白い月には覚えがある」
「あるのか」
「あぁ。だが、ここの審神者との物語を持たない俺にはそこへ入る方法がない。鍵がなければ錠が開けられぬようなものだな」
「そういうものか・・・」
三日月の返答を聞いて山姥切は顔をうつむかせる。
思考するかのように瞳を閉じると、ややあって決心したように顔を上げた。
「すまない。これは俺の考え過ぎかもしれない。それに、ひどく・・・言いにくいんだが」
山姥切の真っ直ぐな目を受けて、言わんとするところを察した乱と三日月は神妙に言葉を待つ。
「本丸の奴らは、審神者を一一一」
「あのー?」
「おぐうぅっ…!!」
ドスッと脇腹を急に小突かれて山姥切からおかしな悲鳴が上がるのも気にせず、声は続ける。
「あの、すみません。すっげー気が散るから外でやってくれませんか?」
小突かれた先を振り向けば、刀を見ていた藤代が福島の鞘をこちらに向けていた。どうやらそれで山姥切の脇腹を突いたらしく、ついでに廊下を指すのに使っていた。
「手入れ中の刀の鞘を…っ、なんてことに使うんだ…!」
「ああ。すみません。鞘は直す必要がなかったから借りてしまいました」
地味にダメージの残る脇腹を押さえながら涙目の山姥切に、藤代は悪びれた様子もない。
「借りると言えば、刀剣の数の確認の為に刀帳を借りてきたんでしょう?いつまでも駄弁ってないで仕事してください」
「えー?」
「えー、じゃない。俺、前に言いましたよね?審神者のことはここの刀剣男士の問題であって俺達が関わることじゃないって。それでも謎解きをしたいのなら俺の見えないとこでやってくださいって言ったはずですけど?」
笑っている狐面の奥では冷めた目をしているだろう藤代に、回復したらしい山姥切は冷静な顔をして
「だからあんたの目に入らない後ろで話していただろ?」
真面目なトーンでそんなことを言う。
「いや視界の問題じゃなくて!聞こえんの。真後ろで話されたら嫌でも耳に入んの!この距離感見て。ツッコミ待ちかと思ってスルーしようと思ったけどやっぱムリでしたよ!」
後ろに手を伸ばせば届く距離で話し合いをしていた三人に、藤代は声を大きくして抗議した。そして、
「出ていかないなら長谷部さんを呼びますよ!」
「長谷部はやめろ」
「長谷部はやめてくれ」
山姥切と三日月が同時に首を横に振る。
長谷部に訴えられたら怒られるだけならまだしも、今後何かしらの重労働を一任されかねない。
なんとか免罪符を手に入れたい乱は、
「でもほら、ボクたちあるじさんのこと守らないといけないから!」
と手入れ中は無防備になる藤代の護衛を申し出るがそれはあっさりと断られる。
「護衛なら山姥切さんが一人いれば十分です」
「え?」
まさか指名されるとは思っていなかった山姥切は驚いてポカンと口が開いてしまう。
「えーっなんで?!山姥切さんだけズル~い」
「そうだな。ずるいぞ。山姥切を選んだ理由を聞かせてもらおうか」
納得できないと乱と三日月が食い下がると、それをうるさがった藤代が面の奥で大きく息を吸い、
「長谷部さんっ!!」
主命の鬼、冷血漢の名を叫んだ。
「本当に、俺でいいのか・・・?」
そう言って未だ名指しされたことが信じられない様子の山姥切を残して藤代は手にした刀に向き合うと、
「生真面目同士、山姥切さんなら長谷部さんも文句は言いませんからね…」
ボロボロになった刀身をじっくりと観察する。
乱と三日月は、長谷部とあと何となくついてきたらしい和泉守に呆気なく捕まり大部屋へと連行されていった。「あるじさんひど~い」やら「じじいに力仕事は不向きだ」などの泣き言が廊下に響くのを山姥切は立ち尽くしながら見送っていた。
「…ここの審神者とは、前に会ったことがあります」
刀身から目を離さず、狐面の内側からぽつりとこぼれた声が山姥切の耳に届く。
「会った…?俺達が会ったことがあると言うことは、つまり以前に問題を起こした…?」
「ああ、そっか。違います。俺だけが、記録役としてここに来たことがあるんです」
「記録役」と聞いて山姥切の眉間に皺が入る。
苦々しい気持ちを悟られないよう努めて山姥切は静かに声を返した。
「・・・どういうことだ?あんたが居たのはここではないはずだ」
「ええ。ただ、年に一度だけ記録役を売り込むという名目で、別の本丸を監視する月があったんです。その調査対象の一つがここでした」
「問題がありそうだったのか」
「結果として何も問題はありませんでした。色々と一人で解決しようと抱え込むタイプでして、刀剣男士をまとめる能力もやや心配なところはありましたが、刀剣男士の皆さんは協力的で・・・だから山姥切さんが考えるようなことはないと、俺は思います」
「!」
あの時、山姥切の口から出かけた言葉を藤代はやんわりと否定して、刀身を慎重にひっくり返した。
「これほどボロボロになるまで戦ったことは、立派だと思います」
「・・・あぁ。・・・あぁ、そうだな」
応えながら、心密やかに嬉しくなる。
山姥切を残したのは、それを聞かせたかったからだと気が付いたから。
それ以上は語らず、山姥切はおもむろに手入れ部屋の入り口付近まで行くと腰をおろした。
「…慣れてない刀剣は、本当に神経を使うんです。集中を途切れさせない為に、山姥切さん」
じっ…と刀身の一点から目を離さず集中力を高めていくと、
「頼みました」
それだけ言って、藤代は口を閉ざした。
「ああ」
山姥切は静かに一つ呟く。
動かず、喋らず、何時間と周囲を警戒することは山姥切には苦ではない。自身を守る術のない無防備な背中を預けられたら忠実に従うまで。
室内を見渡す。
生真面目な審神者らしい、清潔で必要最低限の調度品しか置かれていない手入れ部屋は整然としながらどこか殺風景で・・・使用されなくなった手入れ道具一式もただの置物のように見えた。
多くの負傷した刀剣男士を残して審神者は何処へ行ってしまったのか。
審神者と三日月宗近の姿がなくなったことに残された刀剣男士達は何を思い、何を考えているのか。
真実は何一つ掴めないまま大侵寇の傷跡は地道に、着実に、修復されていった。
たったの二か月で十もの本丸の刀剣男士すべてを直したのは、審神者の行方や刀剣男士の事情のすべてに関与しようとせず、ひたむきに手入れを続けてきた藤代の成果と言えるだろう。
そうして、ここまで課せられた任務に専心しひた走る者こそ「生真面目」と呼ぶのではないかと山姥切は思い直す。
(あんたは本当に一一)
刀剣の付喪神を前にくだけて笑う狐面の、手入れの時に見せる顔こそが本当の青年の姿で、その細い背中に山姥切は優しく笑いかけた。
「本当に、刀想いな主だよ」
