東奔西走~刀剣迷走録~

「この本丸の審神者はお花が大好きな女の子なんだって」

屋敷林の手前いっぱいに広がる花畑に乱藤四郎は瞳をきらきらとさせて、隣に立つ狐面と三日月宗近に笑いかける。

「おぉ、これは…」

感嘆の声を漏らしたのは三日月で、その穏やかな笑みに乱も満足そうにうなずく。

「キレイに咲いてるよね…女の子がいつ本丸に戻ってきてもいいようにって動けるヒト達でお世話しているんだよ」

長細い影のような男を見上げながら乱は聞いて回った情報のひとつを嬉しそうに話して聞かせていた。

ここは本丸の裏手側。
風薫る頃の花々は陽光に照らされ、赤や黄、橙に白など色鮮やかに咲き誇っている。

「みんな自分の主が大好きなんだね」

「へぇ。それは、それは…」

乱に言われて足を止めた狐面の男だったが、外廊下からのその景色にはさして興味がなさそうで影が動くように音もなく進み出してしまう。

「あっ、ちょっとー!あるじさん反応薄すぎっ」

置いていかれて乱は慌てて狐面の主…藤代の後を追いかけた。

「もうちょっと「キレイ~!」とか「すごーい!」とかさぁ関心持ってよ~。ボクあの花畑に感動しちゃったんだから」

「あぁ、はい。すごいすごい」

「もう!ぜんぜん感情こもってないっ」

「ちゃんと感動してますよ。大事にしているものを余所者に教える義理もないでしょうに、それを聞き出せる乱さんはすごいです」

「えっ、そうかな?ふふふっ♪・・・ってボクのことじゃなくて!も~う、どんどん行かないでよっ」

歩幅が合わずぱたぱたと追いかける乱のころころと変わる表情は天真爛漫な少女のようで、それは他人の本丸どこにいても変わらない。

「三日月さーん。ぼんやりしてると置いてっちゃうよ。て言うか置いてかれてるよ!」

振り返った乱は未だ外を眺めて動かない三日月に声をかけてやると、

「ああ、すまんな。今行こう」

穏やかな笑みを返して三日月も歩き出した。

時の政府に命じられ、審神者の消えた本丸を回っている藤代と六振りの刀剣男士の今回の任務地は、「花を愛する少女」の本丸。

大侵寇迎撃時に負傷した刀剣男士は直らない傷を抱えたままの生活を余儀なくされ、そんな彼らの手入れの為に藤代は送り出されたのだった。





「パッと見た限りですが不具合は出ていなそうですね」

「そうだな。生活に支障はないように見える」

「よしよし。それじゃあそろそろ俺達も休憩といきますか」

本丸内を右へ左へと歩き回り、手入れを終えた刀剣男士達の術後経過を遠くから観察していた藤代は一先ず安心した様子でその場から離れる。

「どうしたんですか?」

前方に突っ立っている乱のふて腐れた顔にようやく気付いたらしい。声をかけられた乱は、

「反応薄いとかホント困るなぁ・・・」

先ほどのやり取りを持ち出して、分かりやすくため息をついてみせた。

「困るもなにも、あれは俺達のために咲いているわけではないんです。知らない奴に見られるほうが困ってしまいますよ」

再び歩き出す藤代に乱はとことこと付いていく。
今度は乱の歩幅に合わせてくれているのか付いていくのに苦労はしなかった。

「花がそんなこと考えるかなぁ?」

そもそも花はヒトに見られるために咲いているわけじゃないし、と乱は小首を傾げる。種の存続のために虫や鳥を誘い出すことを目的に花を咲かせているはずだ、と。

「いや花じゃなくて・・・」

面を付けても呆れた目をしていることが声から分かり、乱はむっと頬を膨らませた。

「も~、わざとだよ。わかってる。ここのヒト達が、でしょ」

主の為にと刀剣男士が手ずから作り上げた花畑は見頃を迎えていたが、それをここの審神者が見ることは叶わない。
それなのに突然やって来た赤の他人にまず先に観賞されたら刀剣男士はどう思うだろうか。

「でもあるじさんが見ることは許してくれるんじゃない?みんなを助けに来たんだから」

「・・・助ける、ねぇ」

「助けてるでしょ?」

本体の損傷を直してるわけだしと言う乱の言葉に、しかし藤代は首を縦に振ることはしなかった。



「そう言えば、乱さんは一人で本丸の散策をしていたんですか?」

ふと気付いたように藤代が足を止める。
足を止めたその場所は、屋敷内本館と別館を繋ぐ渡り廊下の中程で、客室として使用しているこの先の離れには本丸の刀剣男士はあまり足を運ばないらしく周辺にその姿はない。

「あ、ううん。ボクは和泉守さんと一緒に本丸を見て回ったり、話を聞いたりしてたんだ。三日月さんも山姥切さんと一緒にここの戦績や刀帳の記録を見せてもらってたよね?」

「へぇ。よく見せてもらえましたね」

「そうだな。流石に閲覧は渋られるかと思ったが、あっさりとしたものだった」

「う~ん・・・自分たちにやましいことはないって言いたいのかも。ボクたちが自由に散策しても何も言わないし、むしろ友好的に話しかけてきたよ。今だってあるじさんが動いたのに誰も監視してこないし」

自然体でありながら乱は常に周囲を警戒していた。
しかし、刀剣男士の息づく気配はあってもそれは追跡されてるものではなく、ただの日常を送るための生活音であったり何でもない談笑であったり、特に怪しいところは見られない。

手入れにも協力的で、余所者を警戒することもなく本丸での滞在を許しているのは作業が進みやすいから助かるのだが、

「でも誰も審神者の心配をしないんだよね。自分たちの主なのに」

乱は首を傾げて来た道を振り返る。
ちょうど愛染国俊と蛍丸がどこかの部屋を出てきたところだったが、こちらに気付くことなく廊下を奥へと行ってしまった。

2日前にはボロボロで歩くことも儘ならなかった二人が笑い合っているのは喜ばしいことだが、何でもない顔で日常を過ごされるほど違和感だけが浮き彫りになる。

「何を考えてるのかな…?」

「さてなぁ…」

刀剣男士が姿を保ったままそこに残されているということは、審神者の所在と状態は不明なれど少なくとも生存の証明となっていた。
しかし本丸の運営は滞り、責務を果たせないとなれば本丸の取り壊しの話も上がってくるだろう。

「記録を見たところ、まだ駆け出しの審神者なれど刀剣男士の扱いは悪くなさそうだ・・・未熟な部分を皆で支え合っていたようだな」

「・・・そうだね。あの花畑を見ちゃったら大切なんだなって分かるよ。でも何か隠してる気がするの・・・これまでの本丸だって、」

「一一・・・二人共」

狐面が渡り廊下から見える景色に真っ直ぐ顔を向けながら口を挟む。それは無表情に笑っていた。

「それは俺達が考えなくていいことです」

「・・・あるじさん」

この本丸を訪れる前に、すでに3つの本丸に赴いてきた乱達だったが藤代は審神者を探すことに賛成しなかった。
審神者の捜索、本丸の調査等は政府の管狐の管轄であり自分達の領分ではない。藤代はそのスタンスを崩さず、乱達もまたそれに付き従うしかないのだが、納得出来ないものは出来ない。

「どうしてあるじさんは気にならないのさ。審神者が消えたんだよ?」

乱は真っ直ぐな目で狐面を見上げる。
刀剣の付喪神は自分達を使ってくれる主を愛する。主という存在はなくてはならないもので、それをここの刀剣達は失った。
主を捜さない刀剣達が何を考えているのかわからないが、あの花畑を見て乱は見つけてあげたいと思うようになっていた。

「俺は手入れを問題なく終わらせてもらえれば十分ですからね」

「もう!可哀想とか思わないの?」

「あっはは、刀剣男士は本当に優しい神様ですね。・・・しかし、それに何の意味があるんですか」

「え、意味…?」

「人の心配をすることです。それは俺達ではなくこの本丸の刀剣男士のすることです。捜すも捜さないもこの本丸が判断することでそれは俺の」

「『仕事じゃない?』」

「そうです」

「・・・でも、」

何か言おうとしたものの乱には何も言えなくなり、うつむきがちに顔を逸らした。

冷たい言い方をして、あくまで自分の役目の範疇を越えるつもりのない藤代の判断が乱には必ずしも間違っていると思うことが出来なかった。

藤代にはこの先まだ十以上本丸の刀剣男士の手入れが控えている。一つの所に時間をかければかけるほど後の本丸は手入れを待たされるのだ。

機械的に進めていかなければ彼らの苦しむ時間が長くなる。だから藤代には審神者の行方まで気にかけている余裕がなかった。

「・・・・・・」

審神者を想いながら審神者を捜さない本丸の刀剣男士の思惑を探ることも藤代の仕事ではなく、別動隊に任せるべきなのはわかっている・・・が。

「・・・まぁ、その」

言い淀むような頭上の声に乱が目を向けると、少しだけ狐面をずらしてこちらを見ている淡緑の瞳と目が合う。

「俺は手入れを優先しますし、全員を直したら次に行きますけどね・・・それまでは、例え見張りの途中で皆さんが何かを見聞きしても、俺には関わりがないことですよっていうか・・・その」

「!・・・ふふっ」

「・・・え、なに。なんで笑うの」

しどろもどろにそんなことを言う藤代が可笑しくて乱はたまらず笑い出すが、藤代は笑われたことにきょとんとしていた。

「なんでって、ねぇ?あるじさんって優しすぎると言うかお人好しと言うか・・・最後の最後でボクらに甘さが出ちゃうんだもん。ね、三日月さん?」

「ああ、そうだな。青実あおざねと違って冷徹にはなれぬらしい」

同意を求めれば三日月も笑っていた。
本丸の事情を詮索するなと注意しておきながら、藤代は乱の顔が曇ったことに言い過ぎたと思ったのだろう。だから自分の耳に入らなければ目をつぶると甘くした。
彼の師である青実なら断固としてその判断を揺るがすことはしないだろう。

「あのじいさんと比べないでください」

師への反抗心からか、面を外したその顔は比べられてつまらなそうな顔をしていた。

「でも考え方とか物の見方とかちょっと似てきたかも」

「はぁぁ?」

「まだあるじさんは若いから感情的になっちゃうとこもあるけど、子供は親の背中を見て育つってこういうことなのかなぁ」

「じ、冗談言わないでください!まっったく似てないし、そもそもあの人に育てられた覚えはないですから!あの人から教わったことは刀剣男士のことだけで育てられたと言うなら皆さんに・・・一一一あ」

確かに青実のこととなると感情的になるらしい。
うっかり口を滑らせて、「しまった」と言わんばかりに慌てて口を押さえた藤代だったが残念ながら乱と三日月が聞き逃すはずもなく、

「『皆さんに』?なに?」

「何でもないです忘れてください」

「え~?気になるなぁ」

「ああ、気になるなぁ」

早口にそっぽを向いてしまう藤代に、にやにやと笑いながらにじり寄っていくが大きく飛び下がって逃げられてしまう。

「何も言ってませんよ!とにかく審神者の行方までは俺の知ったことではないので、捜索でも謎解きでも好きにすればいいけど俺に報告してこないでください。いいですか」

「ふふふっ、照れてる~。あるじさんカワイイ♪」

「照れてない!もういいからさっさと部屋に行きましょう!休憩しろと長谷部さんにどやされて来たんですから、いつまでも寄り道してたら本当に怒られる」

「刀剣男士の様子を見るって言って寄り道し始めたのあるじさんじゃない」

早足に歩き出す藤代についていきながら乱は心が弾む思いでいた。
自分達を見て育った子供がこんなにも大きくなって、不器用ながらも自分達に愛情を持ってくれていることが嬉しかった。

「大丈夫」

その呟きは前方を行く藤代には聞こえなかっただろう。

「ああ、大丈夫だ…」

隣を歩く三日月は乱に顔を向けて、その気持ちに同意するように頷いていた。

「うん。例えこの先一一一」

例え、この先に

待ち構えているへし切長谷部がなかなか来ない藤代達に怒髪天を衝こうとも、さっきの話をしてやれば何も言えなくなる・・・

などと恐ろしいことを二人が画策していることを、この時の藤代に気付くことは出来なかった。
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