東奔西走~刀剣迷走録~

時間遡行軍の大侵寇を退けてから早ひと月、
季節は桜から新緑へと移り変わる一一一

政府は侵食された跳躍システムの復旧と通信プログラムの強化、また今回の件を受けて対策委員会が組まれる等、侵攻の被害を着々と立て直しつつあった。

そして

大侵寇からしばらく手入れラッシュに追われていた本部の"病棟"にもようやく落ち着きが戻り始めていた。その証拠に・・・

「いい加減にしろよっ!!」

廊下にまで響く怒号に「他の患者様(=刀剣男士)のご迷惑となりますので~」と宥める声が聞こえてくるこの病棟では日常茶飯事なそれが、先の緊急時にはそれどころではなかったために、平穏の兆しとなっていることは皮肉な話しである。

「休まれてる刀剣男士の皆さんの障りになりますので、どうかお静かに。お願いします」

静々と頭を下げる男の顔には狐の面。
黒の装束に身を包んだ黒子のような出で立ちに深く被った布で正体がまるで分からない。
これは本部で手入れの役目を持つ刀剣研磨役たちの御仕着せで、皆一様にこの姿で刀剣男士の手入れに務めていた。

「審神者もどきのキツネが口答えしてんじゃねぇよ」

対するこの口汚い男は政府所属の審神者の一人で、ここへは刀剣男士の手入れに来たわけではない。

本部の手入れ部屋は一部屋にベッドが八床もある大部屋の構造をしており、それが何十室と並んでいるため「病棟」と呼ばれている。
その病棟の、一七号室三番ベッドにわざわざ押しかけてきたのだから目的はこの狐面の男で、

「手入れしか出来ねぇ能無しがよぉ。調子にのんな」

下げる顔を覗き込むように低い声で脅しかけた。

「・・・・・・」

ここの者たちは霊力の不安定さから審神者になれなかった者が多く、他にも統治能力の低さのため戦線から身を引いた者、わけあって本丸を手放した審神者などが配属される「もどき」の溜まり場として揶揄の対象となっていた。
事実、半端に審神者の素質がある為に刀剣男士の霊力に当てられやすく、正気を保つ為に加護の面を付けているのだから力の弱さは認めざるを得ない。

「分かりました。お話しは伺いますので、一度部屋の外までお願いします」

狐面はそう言うと、手入れの為ベッドに横たわる短刀に場を離れる旨を説明し、心配そうな瞳に一礼して審神者の男を部屋の外へと促す。

「指図すんな」「はい、すみません」「お前むかつく」「はい、すみません」などとやり取りをする同僚に、他の者は狐面を向けることもなく、その奥の瞳は眼前の刀剣に集中していた。

『テキトーに話しを聞いてお帰りいただく』

これが、一部の審神者の横柄さに慣れきったキツネたちの暗黙のルールだった。
特にこの狐面の男は、ある理由から悪口雑言の対象とされていて"触らぬ審神者に祟りなし"とばかりに関わらないこともまた暗黙のものだった。


「一一一春紫苑、雌待宵草、蓮華草、長実雛芥子、松葉海蘭」

その時、和歌でも詠むような優雅な声と共にがらりと手入れ部屋の扉が開けられた。
姿を見せたのは神々しいばかりの美丈夫で、夜空に浮かぶ美しい三日月のような虹彩を持つその瞳は穏やかに微笑み、

「・・・み、三日月」

声の主を見た審神者の男は目を見開き言葉を失った。

「主よ、花を届けにきたぞ」

手入れ部屋に三日月宗近の穏やかな声が通る。
言葉の通りその胸には色とりどりの花の束が抱えられている。

「…くっ」

「あはっ。来た来た~」

審神者の男が逃げるように手入れ部屋を出ると、そこには乱藤四郎がニコニコと待ち構えていた。

「な・・・っ」

驚きたじろぐ審神者に気にせず、「あるじさーん。ボク達からのプレゼント、気に入ってくれた?」と手を振る。

「プレゼントと言っても俺達には持ち合わせがなくてな。大将には申し訳ないが、路傍の花束だ」

そう言ってにっと笑うのは薬研藤四郎で、

「だが、綺麗だろう?」

と山姥切国広は誇らしげにしていた。

「おう、その一番でけぇのは俺がよ~」と手柄を取ったように笑う和泉守兼定が審神者の男の横に立ち、ビシッとその花を指差す背後には

「・・・」

対面の壁に背を預けたへし切長谷部が、腕を組んで佇んでいた。

「な、なんなんだ…?!なんで、こんな…」

五振りの刀剣男士に囲まれて審神者の男は混乱する。
囲まれているのに誰も男を見ていない。
刀剣男士の視線は・・・

「あんたら・・・頼むから悪目立ちしないでください」

三日月から小さな花束を受け取った狐面の男がひどく疲れたような声で手入れ部屋から出てくる。

「なにそんな辛気くせぇ面なんざ付けてんだ、主さんよぉ?」

にゅっと伸ばされた和泉守の手に、抵抗する間もなく被っている布と面を外され晒された男の顔は刀剣男士達を睨むようにしているが、不健康そうな色白では迫力もない。

「あとあんたらの主になった覚えはない!」

神格ある刀剣の付喪神に対し遠慮のない物言いをする年若い男の、無造作に結んだ薄紫色の髪と眠たそうな若草色の瞳を持つその顔は、赤羽の本丸を離れた元記録役・藤代その人だった。

本部に帰還した彼はここでも面倒事に巻き込まれているようである。








「あの人、何しに来たんだろう?」

刀剣男士達の体を掻い潜り、這々の体で逃げ出した審神者の男を見送る乱は、言葉とは裏腹にほくそ笑んでいた。

「多分いつものやつでしょう。宗近さんを解放しろとかそんなん。はぁ~、それが出来たらとっくにしてるっての…」

大袈裟に溜め息を吐く藤代とばっちり目が合うが、当の三日月、一一一宗近は意に介さず

「俺の不在を狙っていたな。全く油断ならないものだ」

そう言いながら自然と笑みが浮かんでしまう。
そして、

『三日月をあげようね』

と子供に菓子でもあげるかのように自身が下げ渡された日を宗近は思い出す。
それは数ヶ月前、その審神者は教え子の一人である藤代の帰還時にそう言って、宗近の返却をやんわりと断った。

『三日月はシロにあげようね。三日月もお前を気に入っているから、いい機会だ。そのまま貰っちゃいなよ。ねぇ?』

どこまでも軽く、老人…青実あおざねは飄々としていた。
しかし流れる雲のようでありながらこうと決めたらテコでも動かない頑固さもあり、宗近がここでどれだけ重要な存在か、国宝の持ち腐れだ、と藤代が説得を試みても「いいから、いいから」と笑うだけだった。

「さてじゃあ…とりあえずお話しは終わったんで俺は戻りますね」

「待て」「待て」「待って」

「ぐえぇ」

手入れ部屋へ戻ろうとする藤代を和泉守、山姥切、乱が引き止める。和泉守など猫の子のように首根っこを掴むから藤代から苦しそうな声が出た。

「な、なに・・・?」

「まだ俺達の話しが済んでいない」

「後にしてください。手入れを邪魔されたんで、中で待たせてるんですよ」

審神者の男に押しかけられたせいで手入れが途中になった短刀のことを案じているようだったが、藤代の手が手入れ部屋の戸に触れるより先に、

「問題ない。別の刀研役が来る手筈になった」

がらりと開いた戸の向こうから長谷部が姿を現してそう言った。

「いつの間に?!」

いつの間に部屋に入ったのか?
いつの間にそんな話をつけたのか?
どちらの意味も含めて驚愕する藤代と、宗近も同じ気持ちだったが顔に出さずに「そうか」と長谷部に笑いかけた。

「おお、流石の長谷部さんじゃねぇの?仕事が早いな」

「脅してないですよね」

素直に感心する和泉守とは反対に藤代は訝しげで、

「・・・」

「ちょっとぉっ?!只でさえ宗近さんのことで肩身が狭いんです。ここではもう顔を隠してないと過ごせないんです!問題起こすのやめてください」

無言が語る雄弁さに、再び狐面と布で頭を隠してわななく。
審神者の素質は低くとも刀の霊力に強い耐性のある彼には本当は加護の面は必要ない。木を隠すなら森の中、とキツネ達に紛れてこの数ヶ月は過ごしていた。

「三日月さんが側にいるから、居場所はバレバレだったけどね」

「だな」

乱の冷静なツッコミに薬研も同意する。
どこに紛れようと宗近で即バレするため、藤代はほぼ毎日のように政府の審神者から咎め立てられ、宗近は考えを改めてほしい嘆願の声を袖にした。

何故、彼らがそれほど必死になるのか。

それは、政府本部では数ある審神者達にそれぞれ役割を与えることで一個の本丸組織として回している仕組みにある。
役割とは「刀剣男士を励起する審神者」と「刀剣男士の戦いを指揮する審神者」、またこの病棟のように「手入れをする審神者」等がある。

刀剣男士にとって自分達の所有権は顕現させた審神者にあるが、他の審神者にレンタルされる仕組みも理解している為、その都度変更される審神者のやり方に従った。

そのためかつて精鋭部隊に組まれていた宗近の戦力を審神者が欲しがるのは当然のことで、「モドキ」の手にあるなど到底許せる話ではないのだ。

「・・・で、今日は何の用ですか?なんで花?それも皆さん揃って」

「あぁ。後始末に行くことを報せに来た」

「えぇ・・・後始末ってなに?どうせ面倒ごとなんでしょうけど。どうせじじいの無茶振りなんでしょうけど」

その語感には嫌な予感しかしないのだろう。師である青実をじじい呼ばわりして藤代は頭を抱える。

「大侵寇の後、本丸調査に向かった管狐から審神者が行方知れずの本丸がいくつかあると報告があった。刀剣男士にも手負いの者が多いそうだ」

「・・・」

頭を抱えていた藤代が山姥切の言葉に動きを止める。
狐面で分からないが、押し黙るその表情はいつもの物でないと宗近には分かる。

「その"後始末"を俺達が任されたってぇわけよ。気張っていこうぜ」

「大丈夫だよ。いつも通り落ち着いてさえいれば、ね?」

「そうだ。あんたなら俺達を上手く扱える。それでここの奴らにあんたの実力を認めさせてやればいい。それだけだ」

「・・・。実力なんて、俺に出来ることは直すことだけですよ。他は皆さんが頼りです」

静かにそんな物言いをするが、どうして自分が行かなければならないのか、危険はないのかなど任地へ向かうことを渋ることは言わなかった。
すでに傷ついた刀剣のことしか頭にないのだろう。
それでこそ俺が選んだ主だと宗近は微笑んだ。

「・・・ちなみに、何件あるんですか」

「およそ15だな」

「15ぉ!?」

審神者が消息不明という事案が2桁を越えてる事実に驚きの声を上げる。
大侵寇が原因かそれ以外かは不明だが短期間でそれは明らかに多すぎた。

「詳しいことは青実さんから聞いてくれや。長期任務になるだろうからしばらく頼むぜ、たーいしょ」

「よろしくね、あるじさん!」

「いやいやいや。だから俺はあんたらを従えるつもりはないんで!ほら長谷部さんを見習ってこれまでと同じように一一」

「へし切でいい」

「・・・へ?」

信じられないものを見た顔をしてるだろう狐面を長谷部は真っ直ぐな瞳で見返していた。

「へし切と呼べ、主」

その言動は仲間に見せるものと変わらないが、それはへし切長谷部が認めた主にのみ許した呼び名で、

「う、裏切り者ぉーー!」

何が裏切りかよく分からないが、藤代が膝から崩れ落ちていくのを宗近は「よきかな、よきかな」と愉快そうに見ていた。






「あれ?」と藤代が不思議そうに手元の花束を見たのは、師である青実の執務室へと続く廊下の途中。

新たな任務の詳細を聞くことと、貰った花束の世話を押し付けるために向かっている時だった。

男士達とは一旦別れ、着いてきているのは宗近だけで、どうした?と尋ねると

「宗近さん、さっき手入れ部屋に入ってきた時に花の名前を歌ってましたけど・・・これは、なかったですよね?」

「これとは?」

「これです。赤花夕化粧アカバナユウゲショウ

白や紫、橙色など色とりどりな野の花束の中で藤代が指さすのは小さく艶やかな薄紅の花。
一度聞いただけで口にした花の名と花束が一致していると気付いただけでなく、足りない花まで見抜いたことに宗近は素直に感心する。

「よく分かったな」

「当然ですよ。これは赤羽様と名前が似ている素敵な花です。俺が気付かないわけないでしょう?この花は名付けられたことを未来永劫、光栄に思っていいですよ」

ふっふっふと自慢げに笑う狐面が、何故か上から目線で花にそんなことを言うので、

「ああ、これは・・・どうしても入らないから仕方なく外したのだ」

宗近は嘘をつく。

「劇的な登場をして主を驚かせてみたくなった…が、和歌のようにしたところ5つしか入らなかったわけだな。はっはっは」

「めちゃくちゃシュールな光景でしたよ。真面目な顔してるから笑いを堪えるのが大変で・・・あ、ヤバ。思い出して…フ、ハハ…ヤバいじわじわきた…フフッ」

「春紫苑~」

「アッハハ!やめろやめろやめて歌わないで」

堪えきれず笑い出す藤代の訴えを無視して宗近は再び歌うように花の名を読み上げる。
花の1本1本には六振りの思いが込められている。
まだあどけない幼少期からその成長を見てきた六振りの親心にも近い慈愛が込められている。
だから、そこには薄紅の花の名はない。


一一ようやく俺達の主となったのだ。


あの本丸からの帰還を知った乱や和泉守らがどれほど喜んだことか。
笑いすぎて宗近の腕をバシバシと叩いてくる藤代は知らない。


一一あの審神者殿に執着してまた離れていかないように願いを込めて、だからわざと外したのだ。


薬研や山姥切、長谷部らも今日という日が来ることを待ち望み強くなっていた。
だから口が裂けても言えないな、と宗近は心の中でひっそりと笑う。
そうして物思いに耽ようにも断続的にくる左腕の痛みに邪魔をされ、宗近はそっと藤代の手を取った。



「・・・さすがに叩きすぎではないか?」

「あ、はい。すみません」
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