とある本丸の日常生活



"異去"

それは過去のようで過去とは違う、暗闇の歴史。

二年前の大侵寇から戦況は大きく変わり、今年に入り政府は新たな戦場…異去の調査依頼を審神者達に通達した。
くろのすけにより新たに設置されたゲートの先は迷えば戻れぬ常夜の国のようで、案内役の張番と共に各本丸は暗闇の奥地の調査を開始する。

少しも油断してはならない場所だ、と調査に参加した小夜左文字はその空気を肌で感じて、いつも以上に警戒した。
かつて訪れたことのある合戦場に似ているが、肌に纏わりつく空気がそれを完全に否定してくる。
小夜の他にも偵察の得意な短刀が部隊に編成されたが、誰もが得体の知れない戦場の空気に慎重になった。

一一暗闇をあまり覗かないほうがいい

張番はそう言うが、それでは偵察が出来ない。
時間遡行軍との戦闘もあり、かなりの疲労感と共に本丸へと帰還した異去調査部隊は調査結果を、不満足な出来なれど、本丸の主である赤羽に報告するとしばしの休息に入った。

「・・・」

異去から戻り一刻が経つ。
小夜は目を覚ますと、そこが自分の部屋であることに気が付く。どうやって部屋へ戻り、横になったのか。そこは思い出せないが、本丸に帰ってからのことは段々と思い出してくる。

無意識に胸元に手を当てていた。
懐にある物に安心する。





「お小夜…起きましたね」

体を起こしたまましばらくぼぅとしていると江雪左文字が部屋を訪れた。手には何故か皿を持っていて、そのまま小夜の方へと近寄るとそばに座る。

「江雪兄様。…布団、ありがとう」

頭を下げれば、兄が微かに笑うのが分かった。

「少しは…気力も回復したようですね」

「うん。もう、大丈夫」

異去から戻った小夜を江雪達兄弟は出迎えてくれた。
新たな合戦場の尖兵に選ばれた小夜を皆心配していて、そんな彼らの顔を見て小夜も心の底から安心した。

主への報告を終えて真っ先に兄弟達の元へと向かうと、江雪に縋り付くようにして引っ付き、そしていつの間にか眠ってしまったのだ。

「・・・」

子どものように兄に甘えてしまったことを思い出し、今更ながら恥ずかしく思っていると、

「お腹…空いてませんか?」

と尋ねられた。

「…空いてるかも」

本丸に帰還したのが何時か分からないけれど、お昼はとうに過ぎていてもう夕方に近いのかもしれない。
明かりの灯された部屋から外の様子は分からないが、体内時計がおおまかにそう判断した。

「お団子…貰ってきました。食べられそうなら…お八つ代わりに」

静かな声で差し出された皿には、串に刺さった大きめな団子が1本乗っていた。表面が炙られたように黒い焼き目がところどころに付いている。

「うん、食べるよ。兄様…ありがとう」

皿を受取ろうと布団から出ようとすれば、そのままでと止められた。

「戻ってきた者達は…皆、ひどく…疲れているようでした…。お小夜も、無理に起き上がろうとしなくて…良いのですよ」

兄が自分を心配していることが伝わり、その言葉に小夜も甘えそうになる。だが病に伏せているわけでもないため、布団で物を口にする行儀の悪さの方が小夜は気になってしまった。

「兄様…僕、外の空気が吸いたい…」

江雪の想いを無下にするようで心苦しくなりながら、小夜は遠慮がちに兄を見上げた。
そんな小夜に江雪は少し考えるようにしてやがて頷くと、小夜の希望通りに部屋を出ることにしてくれた。

良かった…と小夜は安堵する。
兄弟とは言え、意識して甘えるような行動が取れない小夜は兄に遠慮ばかりしてしまう。

だから気が付かない。

隣で小さな弟を見守る江雪が「お小夜の上目遣いには抗えない」、「お小夜が今日も可愛い」…等々、心中で桜を舞わせているとは夢にも思わない。




「お焚き上げ、今日やったんだ」

「えぇ…。小正月を前に、慌ただしくなりましたが…少し日をずらして…行われました」

庭の見える場所まで移動した二人は縁側に腰掛けると、小夜と同じように団子や餅を口にする仲間達を眺めた。

左義長と呼ばれる行事は毎年本丸でも行われていた。
正月の終わる小正月の頃に、松飾りや注連縄、書き初めなど正月に関係する物を燃やすことで歳神を見送るものとされている。
その浄化の炎で焼かれた餅や団子を食べることで一年の無病息災を祈るのだとか言われているが、正直刀剣男士にそれはピンとこない。
自分達に寄せるとしたら、病よりも欠損もしくは折れないことを祈る方がしっくり来て、小夜もそれを願いながら団子を食べていく。

「刀鍛冶さんが、今年もやってくれたのかな…」

ここからは見えないが、本丸より水路を越えた先の竹林に本丸の刀鍛冶の作業小屋はある。
竹の小路で繋がったそこは開けた土地が広がっていて、左義長は毎年そこで行われている。火の扱いに慣れた刀鍛冶があっという間に儀式の場を整えると神事に定評のある石切丸と共にお焚き上げを開始するのだ。

竹林に囲まれ、本丸方面への境界に水路があるのは、万が一にも火災が起こった際に延焼を抑える目的があり、これを考案したのも刀鍛冶らしい。
火の扱いに対する責任を持っている刀鍛冶の存在は、炎から生まれる刀剣男士から見ても頼もしかった。

「毎年、ありがたいものです…」

「うん。…宗三兄様と太閤はそっちにいるの?」

「ええ。最後まで…残るそうです。…お小夜も、行きたいですか?」

江雪に尋ねられて、小夜は少し考える。
辺りは暗くなり始めていた。厚い雲に覆われた白い空も夜の色になり始めていて、雪の残る小路から帰ってくる男士達も増えている気がした。
恐らくはもう少ししたらお焚き上げは終わるのだろう。

「ううん。…僕はいいや」

お団子も残ってるし、と最後の1個をモグモグさせながら小夜はふと、こんな時間に団子を食べたら夕餉が入らないのでは?と気が付く。

いつもは兄弟の誰かしらと分け合っていたし、夕餉入るかな…。

そう悩むことは飢饉を知っている小夜からしたら贅沢なもので、食べられる時に食べておこうと思い直した。

「灰を…少し貰ってくると、言っていましたよ」

「灰を?」

別のことを考えていたから何の話か分からず首を傾げれば、それを相槌と受け取ったらしい江雪は言葉を続ける。

「厄除けの効果…があるそうです。…調査部隊に選ばれたお小夜に…厄がふりかからないようにと」

なるほど火が消えた後に残った灰のことか、と小夜は理解する。灰を盛って厄除けとしたり、庭に撒けば虫除けになるとか何か聞いたことがある気がした。

「そうなんだ」

また無意識に小夜は胸元に手を当てている。
そこには肌身はなさず持ち続けている空の御守り袋がある。
守護の効果の消えた御守りには、もう小夜を守る力…破壊されても現し世に命を繋ぎ留める力は残っていない。
それでも小夜はそれを懐に入れ続けた。

「御守りの袋に入れておこうかな」

「いいですね。あの…、…透明な、…小さい袋に入れてからの方が汚れなくて良いでしょう」

「そうだね。ビニール袋に入れてからにするよ」

横文字が出てこないらしい江雪の提案に小夜は素直に賛成した。

「?」

その時、ふと奇妙な気配がして小夜が後ろに顔を向ける。
どうしました、と尋ねる江雪に気配の正体を見極めた小夜は小声で返した。

「宗近さん…知らない刀、持ってる」

「知らない刀…?」

寒風の中にも構わず庭に集まり縁側で談笑する刀剣男士達を、ゆっくりと眺めるように廊下を歩く三日月宗近の姿を小夜は見つけた。

「朱色の鞘かな。宗近さんのじゃない。そもそもあの人は本丸で帯刀を許されてない」

「宗近」と呼ばれる三日月宗近はこの本丸の刀剣男士ではない。何があったか知らないが今は藤代を主としている本部の刀剣男士だ。

藤代を本丸で預かっているため宗近も本丸に身を置いているわけだが、本部から出陣要請があれば跳躍経路を使用して本部へと向かい、終われば本丸にやって来る…という生活をしている。
しかし要請が多すぎてほとんど本部に出ずっぱりになっているのが現状だ。
今日はたまの休暇らしく本丸をうろついているようだが、帯刀を許されていない宗近が、本体と違うとは言え刀を携えているのはどういうことかと小夜も江雪も怪しんだ。

「おかしな話ですね」

「うん。それに、少し嫌な感じがする…」

宗近ではなく、その刀から。
脇差ほどの大きさで宗近が持つと小さく見えるが太刀の形状をしている。小太刀だろうか。

「後を付けてくるよ。兄様はここにいて」

かつて本丸の仲間だったとは言え嫌な予感は放っておけない。念のため…と小夜は尾行する旨を兄に告げた。

「いえ。これを片付けたら、向かいます」

「でも」

「何かあった時に…弟を探しに来た体で行けば…怪しまれません」

戦い嫌いの江雪ならトラブル回避にしれっと方便も使うだろう。和睦第一なこの兄は少ない言葉で相手を説得することに長けている。

「何もないのが一番ですが」

「うん…そうだね」

何かあった時の後方支援は兄に任せて、廊下を行く宗近を見失わない内に小夜は追跡を開始した。






宗近を追って小夜が辿り着いたのは、軍部棟にある異去へと至る新設ゲートの前だった。

「気付いたのは小夜左文字だけか…。だがまぁ、説得力は誰よりもありそうだ」

「何のはなし?」

「この刀のことで、お前の主を説得してほしいのだ」

おかしなことになった。
宗近を追いかけた先で、追跡に気付かれていた上に説得してほしいと小夜は頼まれている。
そこには本丸の主である赤羽もいて、他には誰もいない。

「だから、何のはなし」

ゲート前に誘い込まれたように感じて小夜は警戒する。
主がここにいる理由も分からないが、何かあれば守れるように主のそばに寄る。

「そう邪険にするな。お前の主は、俺の主にこいつを渡したのだ。その危険性…小夜ならわかるな?」

「・・・」

"こいつ"とは小夜も怪しんでいる小太刀のことで、この小太刀を赤羽は藤代に渡したと宗近は言っている。

「主…本当なの?」

宗近に警戒しつつ主を見れば、赤羽はひとつ頷いた。

「本当だよ。しーちゃんの、守り刀として渡した」

「…守り刀。でも、守るどころか傷つけるかも」

「…どうして?」

小夜の言葉に赤羽は首を傾げる。
主には分からないのだろうか、と小夜は考える。
間近で見れば見るほどに、小太刀に妙なざわめきを覚えてならない。

「主…これには、とてつもない怨みがこめられてる。復讐心に駆られた…僕のような刀だよ」

その刀は、自分によく似ていると感じていた。
この気配に釣られたのが自分だけなのも納得出来るほどに、目には見えない闇が視えるようだった。

「え…?」

そんな小夜の言葉に珍しく、赤羽が戸惑うように声をもらした。表情は変わらず人形のようで、そんな赤羽を見返しながら小夜は言葉を続ける。

「しかもこれは持ち主の怨念を吸って"呪物"の一歩手前になってる。こんな刀、何処で手に入れたのさ」

「それは、本部支給の刀…。私が、使っていた」

「え…?」

主の言葉に今度は小夜が目を丸くした。
赤羽がかつて本部で兵士として戦っていたことは最近小夜も知ったところだった。その時に使用していたのがこの小太刀だと言う。

感情が表に出ない主の怨み、辛み、怒りを小太刀を通して見てしまい、これが主の感情なのかと思うとぞっとした。
ぞっとしたが、それよりも私物を呪物呼ばわりしてしまったことに小夜は慌てた。

「えっと…その…」

主の気持ちを考えたら申し分けなさすぎた。
何か取り繕わなければと考えたが、

「すごい…怨念だね」

「ありがとう」

「褒め言葉ではないと思うが」

何のフォローにもならない言葉に、なぜか赤羽は礼を言い、それに宗近がツッコミを入れた。

「…でも、にっかりと石田に見せた時、何も言わなかったよ」

「え?あぁ…にっかりさん、気付かなかったんだ。…視る対象が違うってことかな」

この凄まじい怨念を、見えないものが見えるにっかり青江も視ることが出来なかったことを小夜は不思議に思う。

「にっかりさんは幽霊を斬った逸話が強く残るから幽霊が見えるけど、これはまだ残留思念の状態だし…分からなかったのかな…」

そして仇討ちの逸話で形作られてる自分は、持ち主の復讐心に反応しやすいのかもしれない…と考えたらところで、ふと気が付く。

「宗近さん、よく気づいたね」

そう言って宗近を見れば、宗近は困ったように笑っていた。

「俺はこういうものには敏くてなぁ。主の命を守る為に鍛えられた勘働きよ」

「藤代って、ホントさぁ…」

藤代は外での任務でこういった恨みつらみに曝されることが多くあるらしい。それは長く藤代の護衛をしている宗近が自然とこういうものに気付けるようになる程で、どんな惨状に巻き込まれてきたのか想像もしたくなかった。
それでいて何でもない顔で笑っていられるのだから、肝が据わっているのか、何も考えていないのか。
小夜は藤代に呆れるしかなかった。

「広い本丸で審神者殿を見つけられたのも、こいつと同じような気配を辿ってきたからだ」

「あ…、もう一振りあったんだ…」

宗近に言われて初めて、赤羽が小太刀を片手に携えていることに気付いた。それも似たような気配を持っていて、お互いがお互いを呼び合うように引き合っている。
宗近はそれを追って赤羽の元へと訪れたらしい。

「"真二つ(まふたつ)"と呼ばれている。審神者殿は二刀流の使い手だったのだぞ」

「よく知ってるね」

「こう見えて俺は政府の刀だからな」

「それは知ってる」

要請があれば主の元を離れて、本部の別の審神者の元で刀を振るうのが政府の刀のルール。宗近もかつては兵士だった赤羽と共闘したことがあるのだろうか。
今はそれはいい、と小夜は話を本筋へと戻すことにする。

「取り敢えず、主。これはやめといた方がいいよ…と言うかどうして急に守り刀を用意しようと思ったの」

「異去は、良くないからね…。あちらから、こちらへ逆流してきたら、大変」

「それで自分の身は自分で守らせようと?」

「そう」

異去は得体が知れない。
新設されたばかりのゲートでは初期不良として空間制御に不具合を起こす懸念もある。だから万が一に備えて藤代に渡したらしい。しかし、

「主は刀の手入はするが、武器として触ったことはない。赤子に刃物を持たせるくらい危険だぞ」

「確かに…あの人にこれを扱えるとは思えないね。まず重くてずっと持ってられないでしょ」

宗近が心配するところを小夜も理解出来た。

「小夜は分かっているな。これは怨念云々以前に筋力と技術の問題なのだ。だから俺は主の目を盗んで審神者殿の元へ持ってきた。…審神者殿。主を心配するのなら、せめて懐に納まるくらいの小刀にしてほしい」

そう言って宗近は深々と頭を下げる。
素人が刀を抜けば、自身が傷を負う恐れがある。
達人が容易く扱うように見えるのは弛まぬ鍛錬のおかげであり、刃物とは扱いが難しく、危険なのだ。

「重い…かな」

「主は自分の怪力を理解したほうがいいと思うよ」

首を傾げる赤羽に小夜は指摘する。
寸法が脇差と同程度の太刀とは言え、二刀で以て戦地に立つ兵士が普通の感覚を持ち合わせているわけがないのだ。

「そう…。その刀には時間遡行軍の血を吸わせてきた。しーちゃんの中にいる夢の化け物は、元は刀剣男士。怨敵の時間遡行軍に引き寄せられる、可能性も考えたんだけど…」

「流石は元兵士。さらっと恐ろしいことを言うな」

「…でも、呪いになりかけてるなら、やめるよ」

「そうして」

主が大人しく引き下がってくれることに小夜は安堵する。
そうして宗近が藤代から取り上げてきた小太刀は、赤羽の元へと戻された。

「へぇ…。主が持つと大人しくなるね」

「流石、怨みの源流」

宗近が失礼なことを言う。
しかしその言葉が真実であると分かるほどに、収まるべきところに収まったと言うように小太刀の憎悪は静まった。

「私には、危険さが分からないけど」

まじまじと小太刀を眺めているが、やはり赤羽には何も感じ取れないらしい。

「でも、真二つに影響が出ていることを知れて、嬉しい」

「嬉しい?…こんなにも黒い感情を抱いているのに、主は復讐の為に生きることが…嬉しいの?」

それはひどく苦しいものだと小夜は身を持って知っている。
復讐の逸話を持つ小夜は、どれほど自分が討つべき敵を殺しても、その黒い感情が消えることがない。
それが刀剣男士としての小夜であり、復讐を力とする小夜は強い。けれど晴れることのない恨みに心は疲弊するばかりで、これを喜ばしいと思ったことはなかった。

「嬉しいよ。それが、証になる…」

「あかし?主が生きていることの?」

「ううん。大切な人達が…生きていた証」

それは滅多にない主の過去語りであると分かり、小夜は赤羽の顔をじっと見つめてしまう。
この人は自身のことを詮索されることを厭う。
自身の過去を明け透けに話すこともない。

「小夜は」

赤羽が小太刀から小夜へと目を向ける。
怖いほどに昏い赤。ぞっとして震えそうになるのを堪えた。

「小夜はすごいね…。私には、見えない物が見える。おかげで私の復讐心が消えてないこと…確認出来たよ」

「主…」

この人の仮面のように変わらない表情の下には、どんな暗い過去が渦巻いているのだろうか。
歴史修正主義者に対して尋常ではない執着心を時折見せる赤羽だが、そんな時でも彼女の顔には表情は無い。
小太刀を通して主の感情を見た小夜だったが、それを聞き出す勇気はなかった。

「でも、心配。真二つを見て、小夜に何か影響はない…?宗近も、持ってこさせてしまった」

「大丈夫…だと思う。よく見て分かったけど、これは無差別に誰かを害するものじゃない。主の気持ちが反映されているのかな」

赤羽の心配に小夜は首を横に振る。

「一心に復讐したい相手に向けられた怨みだから…僕らには見向きもしていないよ」

「うむ。俺もおかしなところはないな」

「そう。それは、良かった…」

小夜達の返事に赤羽は安心したようにそう言うが、一対の小太刀を無表情なまま見つめていた。

「守るどころか、傷つける…」

「…?」

主のつぶやきを聞き取れず、小夜は首を傾げた。
赤羽は少しの間、口を閉ざし小太刀を見る。ややあって小夜の方へと顔を向けた。

「…小夜。私は自分の憎悪が目に見えない。もし、私の周辺や、君達にもおかしなところがあったら、教えてほしい」

「!」

赤羽の言葉に小夜は目を大きくする。
まさか、自身にうごめく黒い感情がこんな形で頼られるとは…。
思いがけず自分にしか出来ない役目を得て、小夜は少し嬉しく思う。

「…うん。僕の復讐心が、主の力になれるのなら…この感情も悪くないね。…わかった。任せて」

口が綻ぶことに小夜は気付かない。













「一一てことが、あったんだ…」

その後、軍部棟を出た小夜は自分を探している江雪を見つけて、宗近が小太刀を持ち歩いていた理由を伝えた。

「そうでしたか…あれは、主が振るっていた…」

小夜の話を江雪は悲しそうに聞いていた。
争い事を嫌う江雪には嫌な真相だったのかもしれない。

「しかし…主も不用心ですね。異去の門前に…一人で立つなど」

「それ、宗近さんも怒ってた」

江雪と同じ心配を、穏やかな笑みを浮かべるようで機嫌が悪そうに話していた宗近を思い出す。

「…何が起こるか分からないって自分で言っておきながら、不用心すぎるんじゃないかって」

小夜も気になっていた。
初めは宗近と約束をしてここにいたのかと思ったが、話を聞いていく内に宗近も赤羽を探していたことが分かった。
赤羽は初めから一人で異去のゲート前に来ていたのだ。

「今日は左義長で、みんなそっちに意識が行ってた。まさか主が共もつけずに軍部棟に来るなんて思わないよね…」

別件で宗近が赤羽を探していたから、釣られる形で小夜も異去のゲート前で主を見つけることが出来た。
それがなければ主は一人で、しばらくずっとそこに居続けたかもしれない。

「異去は「盆の中」らしいよ…」

「盆…ですか?」

「…うん。張番が言ってた。盆の中とか、渦がどうとか言ってたこと…異去の調査報告と一緒に、僕達は主に伝えたんだ」

フードを被り黒い面を付けた張番は口数が少なく、口を開いても「どういう意味だろう…?」と分からないことばかり呟いていた。
しかし意味のないことを話すとも思えず、取り敢えず主には伝えることにした。


『もしも異去が、彼岸と繋がっているのなら…』

赤羽が異去へのゲートを見ながら話したことを思い出す。

『そう思ったら、あちら側に行ってしまった、人達が懐かしくなった…。私には彼らが、安らかであるように…祈ることしか出来ないけど』

ぽつりぽつりと静かな声で赤羽は話してくれた。


「盆…と聞いて、盂蘭盆を想像したんだろうね。主は、お墓参りのつもりで、異去の門前にいたらしいよ…」

それが主がゲート前にいた理由だと小夜は江雪に話す。

「…主も、審神者となる前は家族や親戚、友達とか…多くの人達に囲まれていたんだよね」

審神者はそういった当たり前の日常から引き離されて、本丸や本部で過ごすことを余儀なくされる。家族にすら会うことも許されず何年も、何年も、今度は多くの刀剣男士(つくもがみ)に囲まれて生きていくのだ。

「主が歴史修正主義者を憎むのは…その中の誰かを…殺されたからなのかな…」

そうであるならばあれほどの怒り、憎しみ、怨みを刃に乗せて、時間遡行軍を斬り続けていたことに説明はつく。

「そんなこと主には、聞けないけど…」

「そうですね…。主は、過去の詮索を嫌います…。私も、以前…主に問うたことがあるのです。…戦いを続け、勝利と屍を積み上げてきた…貴方の目指すものは何なのか…と。そうまでして…戦う理由は、何なのか…と」

「・・・」

「答えてはもらえませんでしたよ」

そう言って悲しそうに微笑む江雪は、「しかし…」と言葉を続けて小夜を見つめる。

「大切に思う者達が…生きていた証を立てる…。お小夜は、主から…答えをもらったのですね」

それは自分語りをしない主が珍しく…本当に珍しく零した自身の心の内の言葉で、復讐の為に生きる理由、戦う理由を確かに小夜は赤羽から聞いたのだ。

「主も…少しずつ、変わりつつあります。主も人の子です…。ずっと暗い気持ちを、抱え続けることに…苦しんでいたのでしょう。お小夜に、自分の怨讐を見られた…けれど貴方を、突き放さなかった」

それどころか小夜の目を信頼して、危険があればすぐに話すようにと役目を与えた。

「お小夜…貴方が、本丸にいてくれて…良かったです」

兄の声は優しく、嬉しそうに笑うのは、変わりつつある主を思ってのものではないと小夜は気が付く。
江雪は弟を想って笑っていた。
復讐の逸話を持つ刀の身で本丸にいることに肩身の狭い思いでいた小夜に、彼にしか出来ない役目を与えることは、本丸にいる意味を与えたことにもなる。

小夜は胸元に手をやる。
あの時、御守りがなければこうなる未来は来なかった。
江雪の言葉でそのことに気が付いた。

「うん…。僕はもう二度と、主を置いて…折れたりしないよ」

そして小夜は一時、黒い感情も忘れて、嬉しそうな兄と同じ笑みを浮かべた。
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