とある本丸の日常生活
「鯰尾藤四郎。姫を見掛けなかったか」
「うわっ!えっ!ひ、姫…??」
雪塊の影に身を潜めて前方をじっと見つめていた鯰尾藤四郎は、背後からそう訊ねる声に振り向き驚いた。
振り向いた目と鼻の先に太刀の刀剣男士、日光一文字がいたからだ。
鯰尾と同じように大きな雪の塊の後ろに身を屈めている日光は、驚かれたことに動じた様子もなくただ冷めた視線を鯰尾に向けていた。
「あ、一文字のとこの…姫って姫鶴さんのことか。見てないよ。いないの?」
「…そうか。ここにもいらっしゃらないとなると」
体を仰け反らせて鯰尾がそう答えるとその質問には答えず、日光はあごに手をやりぶつぶつと思案を始めてしまう。
(この人…この「戦場」の中ずっと姫鶴一文字を探し回ってたのか?)
敵陣の動きを注視しながらも鯰尾は日光の存在には気がついていた。味方である日光も位置取りのために移動してきた。そう思っていたが、ただ同派の刀剣男士の姿が見えず探し回っていただけと知り、
(過保護だなー…)
真面目に思い悩む日光の姿を見て、どこかにいる姫鶴に同情してしまう。
「こんな時まで近くにいなくても大丈夫なんじゃない?あの人なんだかんだ上手く立ち回れるタイプだし」
「そうだが万が一のこともある。この寒さの中で雪を被り、姫の御身に何かあれば」
「いやいや姫鶴さんいつも五虎退達と遊んでくれて、平気で雪まみれになってるから。むしろ自ら雪にダイブするから」
「な、なんだと…!」
いや知らないんかーい、と保護者よろしく姫鶴に普段から重たがられている日光にツッコみたくなる衝動を鯰尾は抑える。
ツッコんだら最後何故か斬られそうな気配を察知したからだ。
「いつから見てないの?」
「この雪合戦が始まる前からだ」
「じゃあ結構前だね」
うーんと腕を組んで鯰尾は雪合戦が始まった頃を思い出す。
ここ数年、節分は主である赤羽による「豆合戦」が定番となりつつある本丸だったが、去年は大侵寇によりそれどころではなく、今年は主の都合により中止となった。
『私はやることがある。今年は、みんなで雪合戦をやっていてほしい』
今朝方、赤羽が本丸の皆にそう告げると「それは面白そうだ!」とノリの良い刀剣男士達により勝敗の決め方や陣分けなどの取り決めがあっという間に行われ、参加するもしないも自由な大乱闘が開始された。
今は昼過ぎのため開始から2、3時間は経過しているだろうか。
人数はかなり減っていると思われ、雪まみれにされた刀剣男士は今頃風呂場で温まっているのだろう。
「そもそも参加してないんじゃない?」
「そう思って姫の部屋も見てきたが不在だった。本丸内も姿は見えなかったな」
「あ、ルール違反してる」
参加者は失格となるまで本丸内に入ってはいけないのが最初の取り決めにあったのだが、日光はそれをしれっと破っていた。
「じゃあ俺が力になれることはないかなぁ」
そろそろ雪合戦に集中しないと気付かない内に囲まれかねない。日光の力になれないことも事実なためお喋りはここまでと鯰尾は話しを終わらせようとした。
その時、
「話しは聞かせてもらったー!!」
しゃがんでいる鯰尾達の上空を真っ白い何かが飛んでいった。
それは鯰尾が壁として使っていた雪塊の向こう側から跳躍してきたようで、こちらの雪面に飛び降りると軽快な足取りでくるりと体を回転させた。
「ははっ!俺みたいのが来て驚いたか?」
「つ…!」
「鶴丸国永か」
驚きで声も出ない鯰尾とは反対に日光の冷静な声がその正体を明かす。
太刀の刀剣男士、鶴丸国永の来襲である。
「鶴丸さん!?うっそ!全く気付かなかった…!」
「あぁ、いい反応だ。その驚いた顔、長いこと雪の中で待っていた甲斐があるってもんだ」
「雪の中にいたの?!」
「いい塩梅にその雪の塊があったからな。きっと誰かがここへ来ると反対側で待ち伏せしていたのさ。文字通り雪の中を伏せた状態でな!」
「マジかよ!さすが驚きのためなら身を削る刀剣男士…っ!」
「阿呆なのかこいつは」
「ぐっ!…やめてくれ。冷静なツッコミは精神的にキツイ!」
日光の冷めた一言に鶴丸は傷口を抉られたような深刻な顔で胸を押さえた。
さすがの驚きのためなら身を削る鶴丸も雪中の待ち伏せは堪えたらしい。
「それで俺達の話しを聞いて飛び出してきたということは、姫の居所を知っていると捉えていいだろうか?」
そんな鶴丸に構わず日光は話しを進めようとするため、「鬼がいる」と恐怖に近い感情が鯰尾の口をついて出ていた。
「知っている、と言ったら?」
「教えてもらおう」
「ああ、いいぜ。だが、ここは戦場だ。君たちと俺は敵同士。ならば情報は勝って奪うことだなぁ!」
そう言うが早いか鶴丸は大量の雪玉を飛び道具のように飛ばしてきた。十は超える雪玉をどこに仕込んでいたとか考える前に、鯰尾は日光の前に体を滑り込ませると携えていた脇差の鞘でその全てを叩き伏せた。
雪玉の割に固い手応えを感じて初めてそれがぎゅうぎゅうに固められたかつて雪であった氷の玉であると知り、鯰尾はぞっとした。
主にこれを仕込む時間とそれを袂に仕込んでいた地獄のような時間にだ。
「ははっ。やるじゃないか!ならば奥の…ぐはぁっ!!」
さらに何かを取り出そうと袂に手を差し込む隙を狙ったように、鶴丸の顔に雪玉がぶつかった。何故かごんっと有り得ない音を出しながら。
「俺達の勝ちだな。では、情報を吐いてもらおうか」
他の刀剣男士を警戒してか未だ身を屈めている日光が両手の雪を払うと、倒れている鶴丸にはお構い無しにそんなことを言う。
鶴丸が雪玉を投げてきたあの瞬間、鯰尾がどうにかすると見越して避けることはせず雪玉作りに専念したらしい。全力で固めた雪玉の威力たるや石のようで、
「鬼だ…鬼がいる」
今度こそ本当に鯰尾は恐れおののいたのだった。
「軍事棟?」
「ああ。主と一緒にそっちの方へ向かっていたぜ?」
おでこを赤くさせた鶴丸が指さすのは本丸の西側にある離れの棟。
本丸とは渡り廊下で繋がっているそこは刀剣男士を過去へと送り出す転送門の設置された場所で、刀剣男士に指示を出す機械や過去から付着した物がないかチェックする検査機器など戦事に関わるものがある。
「それはいつのことだ」
「うーん…雪合戦が始まって少し経った頃か?最初は俺もあちこち動き回ってたからな」
「主は用事があるって言ってたから、姫鶴さんはその手伝いかな」
不思議な組み合わせだけど、と思いながら鯰尾は考えられそうな線を口にする。
「それなら我らに一言もないのはおかしい。お頭や俺に言わずに何処かへ行くのはざらだが、どら猫には言付けをしていくからな」
「南泉には言うんだ、一応」
「まぁ主からの頼まれ事ではあるみたいだぜ」
「え?そうなの?」
「あぁ。本人から聞いたしな」
うんと頷いて鶴丸は二人を見掛けた際に外から話しかけたことを話した。
なんだ二人で逢い引きか?いつの間にそんな仲になっていたんだ?などと茶化してみたが主はいつも通り無反応。
代わりに姫鶴が返事をしたらしい。
「ちょっと頼まれたから用事済ませてくる。すぐ戻るからその首洗って待っとけってな」
「怖っ!確かに親戚のウザいおっさんに絡まれたようなもんだろうけど殺意高すぎ!」
「誰がおっさんだ誰が。人間臭い例えしやがって。前々から姫やるから丸くれって言われてたからな。この勝負に勝ったら貰うつもりだったんじゃねぇか?」
「そんな他人事みたいに」
「当人が戻る前に俺は日光に負けちまったんだ。出来ねぇ勝負に報酬も交換もないだろう。負けた俺は本丸に戻るさ」
「じゃあな」と言って立ち上がると、今さらのように震えて寒がるような仕草をしながら鶴丸は鯰尾達に背を向けて歩いて行ってしまった。
「えっとまぁ、とりあえず姫鶴さんの居場所が分かって良かったかな?」
「解せんな」
「だよねぇ」
こてんと首を傾げて鯰尾も同意する。
「なんで姫鶴さんなんだろう。正直、主が姫鶴さんだけを頼るのって意外と言うか…いつも一文字派でまとめて使ってる印象だったんだけど」
「それに姫も。我らに一言もなく任命を引き受けるとは信じがたいが…」
しかし現実には赤羽は姫鶴を引き連れ、姫鶴はそれに従った。軍事棟へ向かったとなれば何処かへ彼を送り出したのだろうか。
「主のとこ行ってみる?」
鯰尾の提案に、しかし日光は首を横に振った。
「答えてはもらえんだろう。元よりこの合戦も俺達の目を逸らすために催したものだとしたら邪魔をするわけにもいかん」
「え、邪魔?」
「鶴丸国永が言っていただろう。逢い引きの可能性もある」
「はぁ!?あんなの信じてんの??」
「冗談だ」
目を見開く鯰尾に日光は表情も変えず、しれっとそんなことを言う。
「冗談言ってる顔じゃないんだよなぁ」
「まぁその可能性はないとしても、我らの目を逸らしてまで内密に姫にさせたい事があったのだろう。今それを邪魔するような行動は控えたい」
「あ、なるほど」
主には主の考えがあって、まだ大っぴらには出来ない事情があるのだろう。
それをとやかく首を突っ込んで台無しにするわけにはいかない。
その無口さ故に情報共有、伝達能力の乏しい主だが悪人では決してない。
これは日光なりの主への信頼だと鯰尾は受け取った。
「じゃあ俺達は何も気付かなかったってことで、雪合戦に集中しよっか」
そう言って雪合戦を再開しようと雪塊の影から前方を伺い始めた鯰尾だったが、すぐにそろりそろりと雪塊の壁から後退した。
「どうした」
「あ、いやぁ~…こっちは気付きたくなかったと言うか、気付いて良かったと言うか、なんと言うか…」
「なんだ」
「恐ろしい兵器がまだ残ってたみたい」
青冷めた鯰尾の言葉に要領を得なかったのだろう。日光は何も言わずに向こう側を覗き始めた。
「なるほど。人型投石器…いや巨大な投石兵と言ったところか。鶴丸国永の派手な登場は増援を狙ってのことだったのかもしれんな」
その冷静な声に、この太刀は驚くことを知らないのかと思いながら鯰尾は逃げる算段を始める。
壁の向こうにいる巨大な投石兵…もとい大太刀、薙刀の集まりは、何故か人の頭ほどの雪玉を担いでこちらに向かってきていた。それは雪玉のはずなのに鯰尾の目には砲丸に見えた。
鶴丸しかり日光しかり、何故この本丸の刀剣男士はただの雪玉を下手すりゃ殺傷能力のある物に変化させたがるのか。
そう思ってはたと気が付く。
「あー。主も節分の豆を兵器に変えるしな…」
「何の話しだ」
「主の影響ってすごいよねって話し」
苦笑いする鯰尾に日光は更なる説明を求めたそうだったがそんな余裕はなかった。
「じゃあ俺は逃げるけど…日光さんは」
「敵前逃亡など男が廃る。俺はここで迎え撃つぞ」
「ですよねー」
冷静なようで死中にこそ血の騒ぐ日光がここで退くとは思っていなかった。
相手にとって不足なし、とにやりと笑ったのを見た瞬間に鯰尾は駆け出した。
駆け出しその距離数十間。
逃げる背後から轟音が聞こえた。
ここは戦場の爆心地だっただろうかと記憶に自信がなくなる轟きに、来年も雪合戦があったら参加するのはやめておこうと鯰尾はこっそりと決意するのだった。
