とある本丸の日常生活

窓から見える空は白く、薄暗い。そこから降り止むことを知らない雪に本丸は覆われていた。
葉を落とした裸の樹木が白い衣を被る中で、雪に咲く椿の赤だけが鮮やかに色映えしている。

(正月はこれほど寒くはなかったのに…)

廊下に立つ蜂須賀虎徹はガラス戸から覗く雪景色に、今年は珍しく暖かさのあった正月を懐かしく思った。
松の内の過ぎた頃から急に冷え込み、もう何日も雪が降り続いているのだ。

「・・・あれは」

しばらく眺めていると目の端に動くものがあり、蜂須賀がそちらに顔を向ければ椿よりも赤い髪をした人物が樹木の小路から出てくるのが見えた。
それは本丸の主である赤羽だった。
雪の降る中を傘も差さずに坂道を下りてくる赤羽の肩には何故か獅子王の鵺が大人しく乗っている。その後ろから獅子王がついてきているのも見えて、この寒さに主を気遣って貸してあげたのだなと想像出来た。

「主は外にいたのか」

そう独りごちて蜂須賀は手元を確認する。
その手には群青色の封筒があった。
これはこんのすけから"主以外が開けてはいけない"と念を押された重要書類で、こんのすけはそれはもう宝物のように丁重に扱い近侍である蜂須賀にそれを託したのだ。
執務室や食堂、書庫など主の居そうな所を捜し回ってようやく見つけたため蜂須賀は安堵する。

小路を抜ければ雪を避けるために軒下を歩いてこちらへ向かってくるだろう。
そう予測して蜂須賀はガラス戸を開けた。






「鶴丸を、埋めてきた」

「・・・・・・え?」

主の言葉に理解が追い付かないのは蜂須賀のせいではない。
蜂須賀の予想通り軒下を通ってきた赤羽に声を掛け、何をしていたのかと尋ねるとそう返された。
誰もが状況が分からず聞き返してしまうだろう。

「ど、何処へ・・・?」

「裏山」

辛うじて紡いだ問いかけに赤羽は表情も変えない。
口数の少ない蜂須賀の主は聞かれたことに淡々と答えるだけだった。

「裏山に埋…めてきたってどういうことだ?!」

ぐるんと顔を向けたのは赤羽ではなく数歩離れた所にいる獅子王。その勢いに獅子王は仰け反った。

「俺に聞くのかよ・・・っ」

「主に聞くと混乱しそうだからだ」

「あぁ~・・・。つまり、その、話しは単純だ。鶴丸がいつものように主にちょっかいを出して返り討ちにあった。以上!」

「・・・うん。それで納得出来るから恐しいね」

正直なところ、獅子王に説明を求める前から鶴丸国永を心配する気持ちよりまた何かやらかしたのかと呆れる気持ちの方が強かった。
赤羽はいたずらに刀剣男士を傷つけるような真似をする人ではない。むしろ悪戯をしたのは鶴丸の方だろうと。悲しいかな日頃の行いのせいで鶴丸への信頼は低かった。

「主が無事なようで安心したよ」

主の目線に合わせて片膝を付いている蜂須賀は頭を下げて白い息を吐く。

「ホントーに。鶴丸が驚くほどでかい雪だるまを作った!とか何とか言って主を誘ってるのを見て、後をつけて正解だったぜ。あいつ、知らねー内にでっけー落とし穴仕掛けてやがったんだ」

「うわぁ・・・」

鶴丸の無駄に高い行動力には素直に嘆息が出る。

「まぁ先に気付いた主に自分が落とされてんだから世話ねぇよな」

「うん。・・・彼は今も穴の中なのかい?」

「しばらくそこで反省させてる。主の結界で蓋をしてあるし雪を被る心配はないな」

「そこに雪が積もっていきそうだが」

言いながら、だから「埋めた」と表現したのかと赤羽の言葉を理解した。

"結界"は審神者の多くが使用出来る何物も通さない守護の技で、専ら刀剣男士に持たせる刀装や御守りにその力は発揮されている。
物理的干渉を受け付けにくくさせるそれを鶴丸の落ちた穴に蓋をするように張ってしまったらしい。これでしばらくは穴の中で大人しくせざるを得ないだろう。

余談だが、先程まで雪の降る山道を歩き回っていた赤羽の着物が雪や泥に汚れていないのもその守護の技のおかげである。自身のみならず獅子王にも掛けているため二人とも傘をささずにいながら濡れずに済んでいた。

「つか主も一人でほいほい付いていったらダメだろー?知らない奴と鶴丸には付いてったらダメ!」

獅子王が小さな子供に諭すように言うと、両腕を顔の前まで上げて大きく✕を作った。それに赤羽は小さく頷く。

「そう…。次は付いていく前に、やる」

「ほらこれー!ほら見たことか!主、意外と物騒なんだよ。俺が気付かなかったら鶴丸の奴誰にも知られず遭難して凍えてるところだったんだぜ!?」

「獅子王の心配は主じゃなかったのか・・・?」

「逆にどう欺けば主に"驚き"とやらを与えられるのかなんて考え付かねーしな」

獅子王の言葉に確かに、と頷きたくなる。
赤羽が本丸に来てから六年経つが蜂須賀の中では未だ人形のように血の通わない印象はなくならない。
決して非情であるわけではない。
他者を労る優しさはある。
ただ感情の揺らぎのようなものを感じ取るためにはつぶさな観察を必要とした。

「鶴丸もよくやるよなー。そんなに主の驚いた顔が見たいのかね」

「本当に。・・・そうだ、主。また何かされたら驚いたふりをしたらどうだろう。驚かないから驚かせたいと度を越してきているだろう?ならば驚いてやれば満足するのではないかな」

きっとすでに同じことを考えたり、対処してきている。そんな単純な話ではないと蜂須賀は思うがまずは軽めに話して赤羽の考えを聞こうとした。
ぼんやりとした赤い瞳が蜂須賀を見て口を開きかけたその時、

「うわっ」

びゅうと吹いた風が赤羽と獅子王の背中を強く押した。特に鵺の体が風を大きく受けやすく、構造不明の黒い毛の塊が赤羽を飲み込む勢いで覆い被さった。

「「主ー!?」」

頭から黒を被った赤羽に驚き蜂須賀と獅子王が慌てて鵺を剥がしにかかるが、当の本人はたじろぐ素振りもなく「ありがとう」と冷静に感謝の言葉を口にして、小さな悲鳴一つ上げなかった。
それを見て本当に驚かないんだなと蜂須賀は感心してしまう。

「すっげー風!主、話しの続きは後だ後。とりあえず中に入ろうぜ」

獅子王の声に蜂須賀もハッと我に返る。

「あぁそうだね。俺もこんのすけからの預かり物を主に渡したかったんだ。執務室で待っているよ」

そう言って片手に大事に持っていた群青色の大きな封筒を赤羽に見せると、赤い瞳が青を捉えた。

「ようやく、届いたね…」

少しだけ。本当に少しだけまなじりを下げて、慈しむように呟く赤羽に一一一あぁ、主は人間だ、と当たり前のことに蜂須賀は何故だかとても大きな安らぎを覚えた気がした。






執務室の空調を入れるとすぐに暖かい空気が部屋を満たし人心地ついた気分になる。
夏は涼しく、冬は暖かい空気にしてくれる文明の利器には有り難さしかない。

蜂須賀がこんのすけから預かった封筒を手渡すと赤羽は大事そうに受け取った。
その様子に、それは待ちわびていた物なのかと蜂須賀は尋ねてみた。

「そうだね。とても、大事な物だよ」

「主が大事だって言うなら中が気になるなー。蜂須賀、中見てないよな?」

「見るわけないだろう」

何故か目を輝かせる獅子王に蜂須賀は呆れたような目を返す。
覗き見ていることを期待されたのは心外だった。

「残念だけど、これは君達には開けられない。審神者だけが、開けられる仕組み」

「審神者だけ?」

「結界の応用だね…。解析の為の技も、必要」

その群青色の封筒には、ある程度技術のある審神者だけが解除出来る結界が掛けられているらしい。
厳重に保護されるほどの重要書類なのだと蜂須賀は理解した。

「へー。何が入ってんだ?」

「言えないよ」

「ははっ。ですよねー」

何でもない振りをして尋ねる獅子王に赤羽が口を滑らせることはしない。

「獅子王」

「そんな怖い顔すんなよ蜂須賀~」

悪気はないんだと獅子王はへらっと笑う。

「それにしても審神者の結界能力は便利だよなー。防御のための見えない壁ってイメージだったけど、粒子化したのを衣みたいに纏えば雨雪に濡れずに済むし、封筒を閉じるための糊にもなる。自由自在すぎだろ」

「確かに・・・あと防御だけではなく攻撃の手段として活用出来るのも素晴らしいね」

感慨深げな獅子王に蜂須賀が頷いて別の事例を上げればそれには苦笑いされてしまう。

「いやー・・・それはどうかな。蜂須賀が言ってるの多分アレだろ?節分の時の。あの使い方はフツーやらないやつだと思う」

「えっ?そうなのか」

驚く蜂須賀と苦笑いの獅子王が脳裏に浮かべているのはいつの頃からか赤羽の始めた節分限定の特殊な訓練あそびだった。
それは赤羽の投げる豆から鬼役となった刀剣男士達が避けたり隠れたりして時間いっぱい逃げきれば勝ち、しかも当たっても"動けるなら"セーフというルールだけを見れば刀剣男士に勝ち目しかない訓練だった。

しかし獅子王の言うように赤羽は「フツー」ではない。
豆を投げるという表現が生ぬるく思うほど、非常に殺傷性のある豆を飛ばしてくるのだ。それは柱にめり込むような威力で体に当たればめちゃくちゃ痛い。最悪手入部屋行きとなる。

「蜂須賀。豆に結界付与して鉛玉みてーに弾き飛ばしてくる審神者、フツーいないからな。しかも自分が被ダメしないよう手にも結界張ったついでに鉄砲並の威力と命中率を粒子でブーストさせて指弾で再現する意味不明さはフツーじゃないからな!」

「あ、あぁ・・・ちょっと何を言ってるのか分からないが、主が普通ではないのは分かったよ」

熱弁する獅子王に若干引きながら、蜂須賀は自分の主が普通ではないと再認識する。
およそ人間業とは思えない投擲を可能とするのが審神者の結界能力であると信じる者は少ないだろうが、この本丸の刀剣男士は皆、身に沁みて理解していた。

「本部では、普通…」

抗議するように、と言うには勢いはない静かな声が獅子王の言葉に反論する。

「本部?」

「あぁ、そうか。主は元々本部の審神者だったね」

本部には多くの力ある審神者が活躍していると蜂須賀も話しだけは聞いていた。
赤羽もその内の一人で、本部でも戦いの日々を過ごしてきたそうだが六年程前から本丸を持つことになって今がある。

「あれがフツーって本部の審神者は化物集団かよ」

「獅子王。言い方」

「でもよー、主と同じこと出来る奴がいっぱいいると思ったら本部怖くねぇ?」

「…このくらい出来ないと、本部で兵士は勤まらない」

「いやそうは言っても・・・って」

獅子王が何か言い掛けて固まった。
そして一拍置いた後に目を剥いて赤羽を見る。

「えっ、えぇえぇえぇっ??へ、兵士?!兵士って言った今っ!」

「あ、主・・・あなたは」

さらっと衝撃発言をされて動揺を隠せない二人を見て、赤羽は小さく首を傾げていた。

「言ってなかったかな…」

「初耳だよ」

いつものぼんやりとした赤い瞳からは冗談か本気かが読み取れない。だが、嘘をつく主ではないことを蜂須賀は知っている。

兵士というのは言葉の通り、戦う人のことだ。
本陣で刀剣男士に指示を出す「大将」の位置付けではなく、刀剣男士と共に前線に立つ「兵士」は審神者の中でも稀に出現する怪力持ちである。
その強さは刀剣男士にも匹敵すると言われ、時間遡行軍を己の手で掃討してしまう鬼のような人間であるとは聞いていたが、まさか赤羽がその一人だとは誰も思わなかった。

「あ、主はこっちから聞かねぇと話さないからなー」

明るい調子で獅子王は笑っているが、体をゆらゆらと落ち着きなく揺らしてまだ動揺しているのが見て取れた。

誰も思わないから聞くこともなく、赤羽が自分から話すこともない。
意図せず知った真実にただただ頭がついていけない思いを蜂須賀はしていた。

「てかなんで本丸に?俺達の主やってて大丈夫なのか?」

「やりたいことがあって、本丸への異動を志願した。問題ないよ」

「そんな転職みたいなノリで異動出来んの?!」

「?…出来たから、ここにいる」

獅子王の懸念に赤羽は気付いていないのか首を傾げている。
兵士は過去へ飛べない代わりに現代に現れる時間遡行軍を討伐する歴史の守り人だ。攻防一体の審神者をそう簡単に本部が手放すとは思えないのだが・・・

「主のやりたいことと言うのは・・・」

「歴史修正主義者の殲滅」

「即答怖い」

血の通わない怨みの言葉がすらっと出てきて、獅子王は怯えた顔をする。蜂須賀もどんな顔をすればいいか分からなかった。

「それと、時々人助け…」

そうポツリと呟いて、震える二人から視線を外した赤羽が見たのは蜂須賀が手渡した群青色の封筒だった。まだ開封されていない彼女にとって大事で、待ちわびていた物だ。

「人助け・・・?」

事情の知らない蜂須賀には主の言葉の真意が読み取れず、赤羽もそれ以上言葉を続けることはしなかった。






その日の夕方。
蜂須賀は獅子王含める数人の刀剣男士と共に裏山にいた。鶴丸の救出のためである。
そこは通り道から外れた先にある少し開けた場所となっていた。よくこんな場所を見つけるものだとある意味感心する。
目印のように大きな雪だるまがあり、形は歪だがおそらくこんのすけのつもりなのだろう。三角耳が立っていた。

「雪だるまは本当だったんだね」

「そうそう。あいつウソはつかねーからな。本当のことも言わないけど」

などと話していると広場の一部に穴が開いた。主が結界を解除したようで、積もっていた雪が落ちてきたのか鶴丸の悲鳴が聞こえた。

皆で穴に近寄り、自業自得だぞー。ちゃんと反省したかー?などと声を掛ける中、蜂須賀だけは何も言えずにいた。
落とし穴が予想していたよりも幅広く、そして深かったからだ。
これを一人で掘った熱意は凄いが、主を狙ったものだと思うと笑いごとではないような気がした。

鶴丸のいたずらの狙いは主の実力を測ることだ。
赤羽が何者で、本部で何をしてきたのか。それを知ったら次は何を仕掛けてくるか分かったものではない。下手をすれば怪我では済まないことになる。だから、

「・・・このまま埋めておくべきでは?」

ふっ、と綺麗な笑みをこぼした蜂須賀の言葉に、鶴丸だけが寒さとは違う震えを起こしていた。
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