とある本丸の日常生活
しとしと…と村時雨が紅葉を揺らし、本丸に冬の訪れを告げている。
こんのすけから来客の報せを受けた大和守安定は、ひんやりとした廊下をぱたぱたと走り、玄関へと向かっていた。玄関までたどり着くと出迎えを待って佇む二人の姿が見える。
「ごめん!お待たせ」
大和守は慌てて声をかける。
「急に任務が入ったせいで、主すぐには来れないみたい。手が空くまで時間かかるかもしれないけどどうする?待ってる?上がっていく?」
大和守は駆けてきた勢いのまま本丸の状況を雑に伝えてしまう。顔見知りだからいいやと言った感じだ。
実際、一人は嫌な顔をせず穏やかな笑みを浮かべていた。
「えぇ。わかったわ。こういうことって審神者にはよくあるのよねぇ。仕方ないわ」
審神者の仕事に理解ある言葉を返したのはにこやかな顔の女だった。
首もとで切り揃えられた柔らかそうな茶色の髪と宝石のように美しい紫の瞳が印象的な彼女は、審神者「緑里」の記録役で、名を土岐 と言う。
「ありがとう。・・・そっちはどうしたの。顔背けて、何?怒ってんの?」
もう一人、土岐の傍らで顔を逸らしている太刀の刀剣男士である一文字則宗を大和守は怪訝そうに見た。
一文字は返事もせずふるふると肩を震わせていて、大和守は待たせたことで機嫌を損ねたのかとちらっと思うが、そんなことで機嫌が悪くなるほど繊細でもないかと思い直す。
「・・・笑ってんの?」
「そうねぇ。さっき安定君が言ったことに笑ってるみたい」
「僕が言ったこと?何だっけ」
何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げていると土岐が言葉を続けた。
「あか姉を待つか上がっていくか、ってね。でもそれ選択肢2つあるようで一択でしょ?」
「え?・・・そう、だね。うわ気付かなかった」
「それがツボに入ったみたい」
「そ、そんなのさぁ、いっそ笑い飛ばしてくれたほうがこっちは気が楽なんだけど?!我慢されるほうが恥ずかしいんだけどっ」
にっこりと一文字の状況を解説されて大和守は自分の失敗に恥ずかしいやら腹立たしいやらで焦り始めた。
「安定君が可愛すぎて噛みしめていたいんじゃない?」
「はぁぁ??ちょっと好き勝手言われてる!何か言い返しなよ。ていうか笑い堪えてないでよ」
「そうよぉ?笑ってしまったほうが楽よぉ?」
くすくすとどこか意地悪そうな笑みを一文字に向ける土岐に、そんな顔もするんだと大和守は意外に思う。そして、
「もういいや」
強情にもこちらに顔を向けない一文字のことは諦めた。
「で、どうする?待つなら執務室まで連れてくよ」
「ううん。あか姉、忙しいようだから今日は帰るわね」
「えっ、帰るの?」
「えぇ。巡回先のお土産を渡しに来ただけだから」
そう言って土岐は手に持っている紙袋を持ち上げて見せた。先月まで他の本丸へ巡回任務に行っていた彼女は、滅多にない遠出ついでに赤羽にも土産物を用意したらしい。毎年こうして渡しに来てくれるのだから律儀である。
「待て待て」
しかし、土産を手渡して帰ろうとする土岐にようやく回復したらしい一文字は待ったをかける。
「僕は嫌だぞ。ようやくたどり着いたって言うのに、すぐまたあの山道を戻るのか?せっかく来たんだ。茶くらい飲んで休憩していってもバチは当たらないだろう」
「もぉ、そんなこと言って。安定君が出迎えてくれたから構いたくなっただけでしょ?待たせてたなんて分かったらあか姉困っちゃうから、迷惑かけたくないのよ」
どうやら赤羽を思って退散しようとしている土岐に、余所の審神者のことまで気遣ってくれるなんて出来た記録役だと大和守は思いながら、
「いいよ。お茶くらい出すよ。せっかく来てくれたのにすぐ追い返すみたいになる方が主気にすると思う」
そう言って上がっていくように促した。
「それ言われちゃうとねー・・・」
「悩むことないよ。あなたも主の友達なんでしょ?久しぶりなんだし、話せたら主喜ぶよ」
「うん・・・ふふ、お言葉に甘えるわ」
ぐいぐいと言葉で引っ張る大和守に土岐は苦笑して、本丸に上がっていくことに決まった。
「そうこなくてはな!坊主、案内頼むぞ」
そう言って嬉々としている一文字はすでに本丸に上がり込んでいる。
執務室は暖かい空気に満ちていて大和守はほっと落ち着いた心持ちになった。ひんやりとした空気に冷やされていた手足が温かさを取り戻していく。
「くっそ!じじいにじじいを当ててやろうと思ったのにこっちのじじい出陣していきやがった!」
口を尖らせ客人用のローテーブルに茶と菓子を置いているのは加州清光。
こんのすけから用意をするよう言われたらしい。
一文字が同行していることもこんのすけから聞いた上でさっきの発言だ。
加州の随分と手早い行動に、口には出さないが大和守は驚いていた。
「おいおい自分の主の采配をくそなどと言うもんじゃないぞ」
土岐と隣り合って長椅子にどっかりと座る一文字はいきり立つ加州を宥めるように言う。
「あんたに言ったんだよ!」
「まったく、どこの坊主も可愛げがないな」
「清光君、マイナスにマイナス足してもマイナスにしかならないわ。あか姉ナイス采配って思いましょ?」
「お前さん、笑顔で酷いことを言うよな」
他本丸の一文字則宗であろうと変わらず噛みつく加州を一一と言うより赤羽をフォローして土岐もそんなことを言う。立場としては土岐は一番格下なのだが、そんな上下関係は気にしていないらしい。一文字は言われるままに肩を竦めていた。
「仲悪いの?」
先程の玄関でのこともあり、大和守は何の気なしに聞いてみた。
「なんか「らしく」ないって言うか・・・あなたのことよく知ってるわけじゃないけど、どこか一文字さんにはトゲがない?」
「大和守の坊主は優しいな!僕を庇ってくれるわけだ」
「え?そんなつもりはないけど」
真顔で否定する大和守に、追撃を受けたとばかりに一文字は天を仰いだ。
本心だった。この刀剣は庇われるほど弱くはない。
刀剣の持つ物語は一級品。同じ刀派や政府の人間にも一目置かれたこの太刀が、扱いづらいと言われた刀剣 の言葉にいちいち構うほうがどうかしている、と心底思っていた。
「気を遣わせてごめんなさいねぇ。仲悪いわけじゃないのよ。ただ、ちょっとした勝負をしていてね?」
「勝負?」
「何それ?」
大和守と加州は同時に首を傾げた。
「どちらが長く笑い上戸を堪えられるか勝負」
「なにしてんの」
「負けると何かあるの?」
「夕飯のデザートが懸かってるわ」
しょうもない賭けしてんのな、と加州は呆れていたがデザートが懸かっているなんて負けられない勝負じゃないかと大和守は勝敗の行方がちょっと気になった。
「てかあんたが笑い上戸なのは知ってるけど、そっちはどうなの?いつもニヤニヤしてはいるけど笑いが止まらないってわけじゃなくない?勝負になってなくない?」
いつも落ち着いているように見える土岐だが、彼女にはよく分からないところで笑い出す癖があった。
本人曰く、男性同士が会話しているだけで「尊さ」を覚え、その感動が何故か笑いとして出てしまうらしい。
平気な時とそうでない時の境が分からず、大和守達からしたら一種のパニックゲームをやっている感覚だ。
そんな記録役として致命的な持病持ち(?)と勝負にならない勝負をしている一文字を加州はじとっとした目で見ている。が、それは大和守が説明する。
「清光、あっちの一文字さんは結構ツボ浅いみたいよ。玄関でも・・・あれ?ちょっと待って。もう一文字さんの負けじゃない?玄関でツボに入ってたよね」
「笑い声は上げてないぞ」
笑い上戸=笑いが止まらない状態となれば一文字はすでに負けているはずだった。それを思い出して大和守は指摘するも一文字は抗う。
「なに?なにかあった?」
「えーっと・・・」
玄関でのやり取りを知らない加州に話すとなると自分の失敗談も語らなければならなくなる。そこを避けつつどう伝えようか頭を絞った結果、
「僕が可愛すぎた?」
とんでもない概略が生まれた。
「はぁぁ??何それ。俺の方が可愛いし」
「いやそこ?お前のことはどうでもいいよ」
「どうでもいいって何?お前、俺より可愛いとか思ってんの?」
「僕に可愛さとか分からないから。落ち着いて清光」
「天然可愛い奴は人の苦労も知らないで・・・」
「あー・・・面倒臭いな」
「面倒臭い?面倒臭いって言った?」
「言ったけど・・・あのさ、清光。一回落ち着こう。話の論点ズレてるから。一一ねぇ、ちょっと二人とも清光に可愛いって言ってあげて」
大和守の発言に聞き捨てならないと食いついてくる加州から顔を背けて、大和守が一文字と土岐を見ると二人とも手で顔を覆い俯くようにしていた。
「え、なに・・・どうしたの」
急な体調不良?と目を瞬かせて固まる大和守の目の前で、一文字が急に顔を上げて笑いだした。
「ズルいぞ!この状況は僕には圧倒的不利じゃないか!」
「・・・っふふ、・・・ふふふふふ」
隣では堪えきれない笑いを不気味さを伴って溢している土岐がいた。
「もう引き分けでいいんじゃない?」
大和守はすっかり面倒臭くなっていた。
・・・・・・・・・
「やっとじじいから解放されたー!」
両手を上げて加州が喜びの声を上げたのは、土岐と一文字が小雨の中を帰っていくのを見送った後だった。
解放感から今にも廊下を跳び跳ねそうだ。
「二人とも、ありがとう…」
そう静かな声で言うのは本丸の主である赤羽。
彼女が執務室にやって来たのは二人の勝負がついてから30分ほど経った頃だった。任務の状況が一旦落ち着き一時的に場を離れることが出来たらしい。
土岐は久しぶりの再開を喜びながら談笑し、土産を渡せて満足したように帰っていった。
それを見て、始め玄関で帰ろうとしたのを引き止めて良かったと大和守は思う。
「じじいが来たのは予想外だったけど何とかなったし、まぁいいかー」
両手を頭の後ろで組んで安堵の息をつく加州に大和守はうなずく。
「まぁ向こうも僕らが出迎えるとは思ってなかったみたいだけど」
「そーね。ま、思い通りにはさせなかったから良しとしますか」
あちらの一文字則宗は大和守と加州に弱かった。この両名を構いたがる一文字はこの本丸にもいるが、愛おしすぎて笑いが止まらなくなるほどではない。
「なんか似た者同士だったね」
「護衛ついでにあんな勝負 していたくらいだし、案外笑い上戸仲間として気に入ってんじゃね?」
「でも発作的に笑い出すのは止めてほしいかな」
「あれがなきゃ、仕事の出来るいい記録役なのに。勿体ないよなー」
「だね。主が来るまでずっと笑ってたんだよ?」
大和守が赤羽に顔を向けると、感情のない赤い瞳がこちらを見た。
「…土岐ちゃんに、悪気はないよ。それに、笑うことは、いいこと」
「えー?そうは言っても、止まらなくなるほどってどーなの。・・・まぁ、逆に?主には笑ってほしいけど」
そう冗談めかして言いながら加州はちらっと赤羽を見た。これは声では軽く言いながら本当はめちゃくちゃ見たがってるやつだと大和守には分かる。
「・・・」
そんな願いに気付いているか、いないのか。
赤羽は口を閉ざしたまま、ぼんやりと薄暗い廊下を歩いていく。その隣に付いて歩く大和守は廊下の肌寒さを思い出し、加州は癖のように爪紅のチェックをしていた。
「どう、笑うんだったかな・・・」
ややあって赤羽が口を開いた。
大和守も加州も、これはスルーされたかなと思っていた時だったから二人揃って驚いた顔で赤羽を見た。
「え?…えっ、主。今、笑おうとしてくれた?」
「?…うん。でも、難しいね」
口を「い」の形にすれば口角が上がり笑っているように見えなくはないが、目は笑っていない。
本丸に来たばかりの頃と比べて自然に微笑むことが増えてきた赤羽だが、依然声を上げての笑いはおろか作り笑いも出来なかった。
本当に人形のような人だな、と大和守は思う。
「難しくない難しくなーい。ほら、主。俺の顔見て」
加州はそれでも嬉しかったようで、歌うように上機嫌な声で赤羽に自分を見るように言う。何が始まるのかと待ってみるも特に何もなく、ただただ加州の満面の笑みがそこにあるだけで、赤羽だけでなく大和守も首を傾げた。
「・・・清光、お前。自分の顔が面白いって思ってるんだ」
「いや違うっての!可愛いもの見たら自然と笑顔になるだろ!?可愛い俺の顔で主を笑顔にする作戦だよ!」
「それ、わかりにくいよ」
「…ごめんね。可愛いかどうか、わからない」
感情の乗らない声で赤羽にも言われ、それが本当に悪いと思っていると分かるから余計に加州はショックを受けた。
「あー・・・うん。分かってた。分かってたよ?主の「可愛い」は小さくてふわふわで小動物みたいなのだからね。分かってたよ、うん・・・」
「お前、真逆だね」
「分かってたって言ってんだろぉぉっ??」
頭を抱えてうんうん唸る加州に大和守はうっかりとどめを刺す。それに逆上した加州に肩を揺さぶられて大和守の視界は天井と床を行ったり来たりしていた。
そして、「やめてよー」と抗いながら揺れる視界の中で、にこりともしない赤羽が口を開くのが見えた。
「・・・二人とも綺麗で、強いよ」
「「 !! 」」
思わず動きを止める二人の耳に今度はピピピと短めの通知音が聞こえた。
それはこんのすけから通信で、出陣先に動きがあったことを報せるものだった。報せを受け取った赤羽はその場を去り、廊下には大和守と加州だけが残される。
「一一・・・主、絶対本体のこと言ってるよね」
少しの沈黙の後、口を開いたのは大和守だった。
「・・・そーね。でもなんだろ。すっげー嬉しい!一番嬉しい気がするっ。あー、ヤバい!顔がにやける」
「面白い顔してるよ。今なら主、笑ってくれるんじゃない?」
「うるせーよ。お前だって顔緩んでるっての」
「え?」
思いがけない言葉に大和守は顔に触れる。
そして、あぁホントだと思う。
「ははっ…主笑わすつもりが、笑わされちゃったね」
主に刀としての自分を褒められた。この価値を良く思われた。それが嬉しくて嬉しくて、
冷えた両手で触れた頬は、とても温かかった。
こんのすけから来客の報せを受けた大和守安定は、ひんやりとした廊下をぱたぱたと走り、玄関へと向かっていた。玄関までたどり着くと出迎えを待って佇む二人の姿が見える。
「ごめん!お待たせ」
大和守は慌てて声をかける。
「急に任務が入ったせいで、主すぐには来れないみたい。手が空くまで時間かかるかもしれないけどどうする?待ってる?上がっていく?」
大和守は駆けてきた勢いのまま本丸の状況を雑に伝えてしまう。顔見知りだからいいやと言った感じだ。
実際、一人は嫌な顔をせず穏やかな笑みを浮かべていた。
「えぇ。わかったわ。こういうことって審神者にはよくあるのよねぇ。仕方ないわ」
審神者の仕事に理解ある言葉を返したのはにこやかな顔の女だった。
首もとで切り揃えられた柔らかそうな茶色の髪と宝石のように美しい紫の瞳が印象的な彼女は、審神者「緑里」の記録役で、名を
「ありがとう。・・・そっちはどうしたの。顔背けて、何?怒ってんの?」
もう一人、土岐の傍らで顔を逸らしている太刀の刀剣男士である一文字則宗を大和守は怪訝そうに見た。
一文字は返事もせずふるふると肩を震わせていて、大和守は待たせたことで機嫌を損ねたのかとちらっと思うが、そんなことで機嫌が悪くなるほど繊細でもないかと思い直す。
「・・・笑ってんの?」
「そうねぇ。さっき安定君が言ったことに笑ってるみたい」
「僕が言ったこと?何だっけ」
何かおかしなことを言っただろうかと首を傾げていると土岐が言葉を続けた。
「あか姉を待つか上がっていくか、ってね。でもそれ選択肢2つあるようで一択でしょ?」
「え?・・・そう、だね。うわ気付かなかった」
「それがツボに入ったみたい」
「そ、そんなのさぁ、いっそ笑い飛ばしてくれたほうがこっちは気が楽なんだけど?!我慢されるほうが恥ずかしいんだけどっ」
にっこりと一文字の状況を解説されて大和守は自分の失敗に恥ずかしいやら腹立たしいやらで焦り始めた。
「安定君が可愛すぎて噛みしめていたいんじゃない?」
「はぁぁ??ちょっと好き勝手言われてる!何か言い返しなよ。ていうか笑い堪えてないでよ」
「そうよぉ?笑ってしまったほうが楽よぉ?」
くすくすとどこか意地悪そうな笑みを一文字に向ける土岐に、そんな顔もするんだと大和守は意外に思う。そして、
「もういいや」
強情にもこちらに顔を向けない一文字のことは諦めた。
「で、どうする?待つなら執務室まで連れてくよ」
「ううん。あか姉、忙しいようだから今日は帰るわね」
「えっ、帰るの?」
「えぇ。巡回先のお土産を渡しに来ただけだから」
そう言って土岐は手に持っている紙袋を持ち上げて見せた。先月まで他の本丸へ巡回任務に行っていた彼女は、滅多にない遠出ついでに赤羽にも土産物を用意したらしい。毎年こうして渡しに来てくれるのだから律儀である。
「待て待て」
しかし、土産を手渡して帰ろうとする土岐にようやく回復したらしい一文字は待ったをかける。
「僕は嫌だぞ。ようやくたどり着いたって言うのに、すぐまたあの山道を戻るのか?せっかく来たんだ。茶くらい飲んで休憩していってもバチは当たらないだろう」
「もぉ、そんなこと言って。安定君が出迎えてくれたから構いたくなっただけでしょ?待たせてたなんて分かったらあか姉困っちゃうから、迷惑かけたくないのよ」
どうやら赤羽を思って退散しようとしている土岐に、余所の審神者のことまで気遣ってくれるなんて出来た記録役だと大和守は思いながら、
「いいよ。お茶くらい出すよ。せっかく来てくれたのにすぐ追い返すみたいになる方が主気にすると思う」
そう言って上がっていくように促した。
「それ言われちゃうとねー・・・」
「悩むことないよ。あなたも主の友達なんでしょ?久しぶりなんだし、話せたら主喜ぶよ」
「うん・・・ふふ、お言葉に甘えるわ」
ぐいぐいと言葉で引っ張る大和守に土岐は苦笑して、本丸に上がっていくことに決まった。
「そうこなくてはな!坊主、案内頼むぞ」
そう言って嬉々としている一文字はすでに本丸に上がり込んでいる。
執務室は暖かい空気に満ちていて大和守はほっと落ち着いた心持ちになった。ひんやりとした空気に冷やされていた手足が温かさを取り戻していく。
「くっそ!じじいにじじいを当ててやろうと思ったのにこっちのじじい出陣していきやがった!」
口を尖らせ客人用のローテーブルに茶と菓子を置いているのは加州清光。
こんのすけから用意をするよう言われたらしい。
一文字が同行していることもこんのすけから聞いた上でさっきの発言だ。
加州の随分と手早い行動に、口には出さないが大和守は驚いていた。
「おいおい自分の主の采配をくそなどと言うもんじゃないぞ」
土岐と隣り合って長椅子にどっかりと座る一文字はいきり立つ加州を宥めるように言う。
「あんたに言ったんだよ!」
「まったく、どこの坊主も可愛げがないな」
「清光君、マイナスにマイナス足してもマイナスにしかならないわ。あか姉ナイス采配って思いましょ?」
「お前さん、笑顔で酷いことを言うよな」
他本丸の一文字則宗であろうと変わらず噛みつく加州を一一と言うより赤羽をフォローして土岐もそんなことを言う。立場としては土岐は一番格下なのだが、そんな上下関係は気にしていないらしい。一文字は言われるままに肩を竦めていた。
「仲悪いの?」
先程の玄関でのこともあり、大和守は何の気なしに聞いてみた。
「なんか「らしく」ないって言うか・・・あなたのことよく知ってるわけじゃないけど、どこか一文字さんにはトゲがない?」
「大和守の坊主は優しいな!僕を庇ってくれるわけだ」
「え?そんなつもりはないけど」
真顔で否定する大和守に、追撃を受けたとばかりに一文字は天を仰いだ。
本心だった。この刀剣は庇われるほど弱くはない。
刀剣の持つ物語は一級品。同じ刀派や政府の人間にも一目置かれたこの太刀が、扱いづらいと言われた
「気を遣わせてごめんなさいねぇ。仲悪いわけじゃないのよ。ただ、ちょっとした勝負をしていてね?」
「勝負?」
「何それ?」
大和守と加州は同時に首を傾げた。
「どちらが長く笑い上戸を堪えられるか勝負」
「なにしてんの」
「負けると何かあるの?」
「夕飯のデザートが懸かってるわ」
しょうもない賭けしてんのな、と加州は呆れていたがデザートが懸かっているなんて負けられない勝負じゃないかと大和守は勝敗の行方がちょっと気になった。
「てかあんたが笑い上戸なのは知ってるけど、そっちはどうなの?いつもニヤニヤしてはいるけど笑いが止まらないってわけじゃなくない?勝負になってなくない?」
いつも落ち着いているように見える土岐だが、彼女にはよく分からないところで笑い出す癖があった。
本人曰く、男性同士が会話しているだけで「尊さ」を覚え、その感動が何故か笑いとして出てしまうらしい。
平気な時とそうでない時の境が分からず、大和守達からしたら一種のパニックゲームをやっている感覚だ。
そんな記録役として致命的な持病持ち(?)と勝負にならない勝負をしている一文字を加州はじとっとした目で見ている。が、それは大和守が説明する。
「清光、あっちの一文字さんは結構ツボ浅いみたいよ。玄関でも・・・あれ?ちょっと待って。もう一文字さんの負けじゃない?玄関でツボに入ってたよね」
「笑い声は上げてないぞ」
笑い上戸=笑いが止まらない状態となれば一文字はすでに負けているはずだった。それを思い出して大和守は指摘するも一文字は抗う。
「なに?なにかあった?」
「えーっと・・・」
玄関でのやり取りを知らない加州に話すとなると自分の失敗談も語らなければならなくなる。そこを避けつつどう伝えようか頭を絞った結果、
「僕が可愛すぎた?」
とんでもない概略が生まれた。
「はぁぁ??何それ。俺の方が可愛いし」
「いやそこ?お前のことはどうでもいいよ」
「どうでもいいって何?お前、俺より可愛いとか思ってんの?」
「僕に可愛さとか分からないから。落ち着いて清光」
「天然可愛い奴は人の苦労も知らないで・・・」
「あー・・・面倒臭いな」
「面倒臭い?面倒臭いって言った?」
「言ったけど・・・あのさ、清光。一回落ち着こう。話の論点ズレてるから。一一ねぇ、ちょっと二人とも清光に可愛いって言ってあげて」
大和守の発言に聞き捨てならないと食いついてくる加州から顔を背けて、大和守が一文字と土岐を見ると二人とも手で顔を覆い俯くようにしていた。
「え、なに・・・どうしたの」
急な体調不良?と目を瞬かせて固まる大和守の目の前で、一文字が急に顔を上げて笑いだした。
「ズルいぞ!この状況は僕には圧倒的不利じゃないか!」
「・・・っふふ、・・・ふふふふふ」
隣では堪えきれない笑いを不気味さを伴って溢している土岐がいた。
「もう引き分けでいいんじゃない?」
大和守はすっかり面倒臭くなっていた。
・・・・・・・・・
「やっとじじいから解放されたー!」
両手を上げて加州が喜びの声を上げたのは、土岐と一文字が小雨の中を帰っていくのを見送った後だった。
解放感から今にも廊下を跳び跳ねそうだ。
「二人とも、ありがとう…」
そう静かな声で言うのは本丸の主である赤羽。
彼女が執務室にやって来たのは二人の勝負がついてから30分ほど経った頃だった。任務の状況が一旦落ち着き一時的に場を離れることが出来たらしい。
土岐は久しぶりの再開を喜びながら談笑し、土産を渡せて満足したように帰っていった。
それを見て、始め玄関で帰ろうとしたのを引き止めて良かったと大和守は思う。
「じじいが来たのは予想外だったけど何とかなったし、まぁいいかー」
両手を頭の後ろで組んで安堵の息をつく加州に大和守はうなずく。
「まぁ向こうも僕らが出迎えるとは思ってなかったみたいだけど」
「そーね。ま、思い通りにはさせなかったから良しとしますか」
あちらの一文字則宗は大和守と加州に弱かった。この両名を構いたがる一文字はこの本丸にもいるが、愛おしすぎて笑いが止まらなくなるほどではない。
「なんか似た者同士だったね」
「護衛ついでにあんな
「でも発作的に笑い出すのは止めてほしいかな」
「あれがなきゃ、仕事の出来るいい記録役なのに。勿体ないよなー」
「だね。主が来るまでずっと笑ってたんだよ?」
大和守が赤羽に顔を向けると、感情のない赤い瞳がこちらを見た。
「…土岐ちゃんに、悪気はないよ。それに、笑うことは、いいこと」
「えー?そうは言っても、止まらなくなるほどってどーなの。・・・まぁ、逆に?主には笑ってほしいけど」
そう冗談めかして言いながら加州はちらっと赤羽を見た。これは声では軽く言いながら本当はめちゃくちゃ見たがってるやつだと大和守には分かる。
「・・・」
そんな願いに気付いているか、いないのか。
赤羽は口を閉ざしたまま、ぼんやりと薄暗い廊下を歩いていく。その隣に付いて歩く大和守は廊下の肌寒さを思い出し、加州は癖のように爪紅のチェックをしていた。
「どう、笑うんだったかな・・・」
ややあって赤羽が口を開いた。
大和守も加州も、これはスルーされたかなと思っていた時だったから二人揃って驚いた顔で赤羽を見た。
「え?…えっ、主。今、笑おうとしてくれた?」
「?…うん。でも、難しいね」
口を「い」の形にすれば口角が上がり笑っているように見えなくはないが、目は笑っていない。
本丸に来たばかりの頃と比べて自然に微笑むことが増えてきた赤羽だが、依然声を上げての笑いはおろか作り笑いも出来なかった。
本当に人形のような人だな、と大和守は思う。
「難しくない難しくなーい。ほら、主。俺の顔見て」
加州はそれでも嬉しかったようで、歌うように上機嫌な声で赤羽に自分を見るように言う。何が始まるのかと待ってみるも特に何もなく、ただただ加州の満面の笑みがそこにあるだけで、赤羽だけでなく大和守も首を傾げた。
「・・・清光、お前。自分の顔が面白いって思ってるんだ」
「いや違うっての!可愛いもの見たら自然と笑顔になるだろ!?可愛い俺の顔で主を笑顔にする作戦だよ!」
「それ、わかりにくいよ」
「…ごめんね。可愛いかどうか、わからない」
感情の乗らない声で赤羽にも言われ、それが本当に悪いと思っていると分かるから余計に加州はショックを受けた。
「あー・・・うん。分かってた。分かってたよ?主の「可愛い」は小さくてふわふわで小動物みたいなのだからね。分かってたよ、うん・・・」
「お前、真逆だね」
「分かってたって言ってんだろぉぉっ??」
頭を抱えてうんうん唸る加州に大和守はうっかりとどめを刺す。それに逆上した加州に肩を揺さぶられて大和守の視界は天井と床を行ったり来たりしていた。
そして、「やめてよー」と抗いながら揺れる視界の中で、にこりともしない赤羽が口を開くのが見えた。
「・・・二人とも綺麗で、強いよ」
「「 !! 」」
思わず動きを止める二人の耳に今度はピピピと短めの通知音が聞こえた。
それはこんのすけから通信で、出陣先に動きがあったことを報せるものだった。報せを受け取った赤羽はその場を去り、廊下には大和守と加州だけが残される。
「一一・・・主、絶対本体のこと言ってるよね」
少しの沈黙の後、口を開いたのは大和守だった。
「・・・そーね。でもなんだろ。すっげー嬉しい!一番嬉しい気がするっ。あー、ヤバい!顔がにやける」
「面白い顔してるよ。今なら主、笑ってくれるんじゃない?」
「うるせーよ。お前だって顔緩んでるっての」
「え?」
思いがけない言葉に大和守は顔に触れる。
そして、あぁホントだと思う。
「ははっ…主笑わすつもりが、笑わされちゃったね」
主に刀としての自分を褒められた。この価値を良く思われた。それが嬉しくて嬉しくて、
冷えた両手で触れた頬は、とても温かかった。
