とある本丸の日常生活
秋の深まりを感じる晩秋の空の下。
秋田藤四郎は足取り軽く本丸の玄関へと向かっていた。その胸にはコスモスの花束を抱えている。
花束と言っても贈り物のようにラッピングされた物ではなく、新聞紙にガサッと包まれただけの、収まりは悪くうっかりすれば顔を掠めてくる粗雑な花の束に、しかし秋田はくすぐったそうにしながら嬉しそうに笑っていた。
「いっっぱい!頂いてしまいましたね」
右隣を見上げればそこには同じようにコスモスの花束を持っている福島光忠が目に映る。
「そうだね。これだけあったら色んなアレンジを試せるなぁって、考えるだけでワクワクしちゃうな」
花好きらしくコスモスを見る目はうっとりとして、それを見た秋田は里へ降りる時に声をかけてみて良かったな、とますます嬉しくなった。
そうして2人揃って玄関に入ると、
「あか姉~~~~ッッッ!!」
そこには本丸の主である赤羽の腰にしがみついて声を震わせる年若い女の姿があった。
たっぷりとした黒髪が美しい女の背丈はそれほど大きくはない。秋田より頭一つ大きいくらいだろうか。
上がり框に立つ赤羽は静かにその髪を撫でていた。
「えっと・・・」
「これは、どういう状況だい・・・?」
目の前の光景に目を丸くしていると、視界の端でゆったりと桃色の影が動くのが見えた。
初めは抱えているコスモスが動き出したのかとぎょっとして目を見張った秋田だったが、そこでようやくもう一人いたのだと気がつく。
それは宗三左文字だった。
宗三は黒髪の女の背後に立つと、
「後ろがつかえてますよ。その辺にしてさっさとお上がりなさい」
躊躇なくその尻を叩いたのだった。
・・・・・・
「1年ぶりのあか姉なんだから甘えさせてよ」
秋田が福島と連れ立って客間に入るとそんな会話の一端が耳に入ってきた。口を尖らせているのは先ほど玄関で赤羽に泣きついていた女・緑里 で、彼女も赤羽と同じ審神者だ。その名に由来するように背中まで垂れ下がる黒髪は陽当たりの良い客間で見ると深い緑色をしているのが分かる。
「よしよし」
その髪を赤羽が優しく撫でる。
感情の薄い赤羽の、その内にある慈愛を知っている緑里は撫でられたことでまた涙腺が緩んだようで、母にすがり付く子のように赤羽に抱きついた。
「薬研に頼まれて共をしてみれば…なんともまぁ…」
斜向かいに座る宗三はその光景に嘆くように溜め息をつく。さきほどの玄関でのやり取りといい自分の主を厳しい目で見ているようだ。
だが、そうなるのも仕方ないと秋田は思う。
緑里。この年若い審神者の内面はさらに幼く、審神者としての素質は赤羽以上でありながら刀剣の主としての力量は未熟である。
未熟さ故に一度本丸を手放した過去があり、それを繰り返さないための厳しさなのだろう。
彼女自身、自らを見直して新天地に本丸を立て直し今があるわけだが、あどけない少女のような天真爛漫さは変わらず、構えた本丸の距離がここと近いこともありこうして赤羽に甘えにくることは度々あった。
「あまり甘やかしてほしくないんですけどね」
「けど、いらっしゃったのは本当に久しぶりですよね。緑里様の身に何かあったのかと、僕ちょっと心配していました」
秋田が答えて運んできたお茶請けとお茶を卓上に並べていくと、宗三に礼を言われながら、
「…貴方がたもこの人の甘え癖に慣れすぎでは?」
と苦笑いされてしまう。
「主君とは長い付き合いですからね」
「僕の主がいつもすみません」
軽く頭を下げる宗三に秋田は首を横に振る。
宗三にして見れば自分の主の情けない姿に申し訳なさがあるのだろうが、その寡黙さ故に冷たい人物だと誤解されやすい赤羽に懐いている貴重な友人でもある。
秋田にとっては緑里は慧眼の持ち主であり、何より赤羽が嫌がっていないのだから何も言うことはなかった。
ただ一つ確認として言えることは、
「今日いらっしゃったのは、いつものですか?」
「えぇ、いつものですよ」
言葉にせずとも通じ合える秋田と宗三。
その会話に首を傾げたのは福島だった。
「いつもの?」
福島は秋桜をいくつか差した花瓶を部屋に飾ると、秋田達の方へ寄ってきて腰をおろしていた。
「"巡回"ですよ」
「じゅんかい?」
「今月は記録役が外回りに出るんです」
「きろく、やく?」
端的に宗三が説明しても福島は首を傾げている。
その様子に「おや?」と宗三と顔を見合わせた秋田に、
「秋田」
赤羽が声をかける。
座した腰にすがり付いている緑里の頭を猫の子にするように撫でてやりながら、赤羽はこちらを見ていた。
「福島が来たのは、しーちゃんが本丸を出た後だよ」
「え?・・・あっ、そうでした!」
赤羽に言われて秋田は思い出す。
かつてこの本丸にいた記録役は、年明けの御用始めを待たずに本丸を出た。
だからその数日後に顕現した福島は記録役の姿を見たことがなかったのだ。
「あ、そっかー。しーちゃん年明けすぐに拉致られたって言ってたね」
「いや拉致って、あなたね…」
体を起こして会話に参加する緑里の、他人事のようにあっけらかんとした言い方を宗三はたしなめようとする。
「いやいや話し聞く限り拉致だって。じゃあ誘拐?なんかあれでしょ?年明け早々本部の刀剣男士が来てしーちゃん連れていっちゃったってあか姉から聞いたけど」
「うん。そうだね…」
赤羽がそういう表現をしたとは秋田には思えないが、緑里は概要を捉えていた。
三が日は居ると言っていたのだ。
だから一年の健康を願い、それからちゃんとみんなでお別れをしよう。
そう言っていたところに、政府本部へと繋がる跳躍経路一一そのシステムが突然稼働したのだった。
経路からは数名の刀剣男士が姿を現し、その中には秋田の兄弟でもある乱藤四郎と薬研藤四郎の姿もあったのだが、何か言って抵抗する記録役やこちらの意見など聞く耳持たずに連れ去った。
「あー・・・そう言えば、俺が本丸に来た時みんなピリピリしてたな。その「しーちゃん」って人のことでひと悶着あって、だからひどく不機嫌だったのか」
「話してなかったかな…」
「いや、来たばかりで頭に入ってなかったのかもしれない。正直、あの空気にやっていけるか不安になっていたしね」
福島が不安になるのもよく分かるほど、確かに本丸はしばらくの間ピリピリとしていた。
跳躍経路は人間には使えない。だから表門から山道へ、山道から里山へと何人かの刀剣男士たちが追いかけていった。危うく刃傷沙汰となりかけたらしいが赤羽が止めてそのまま見送ったらしい。
追いかけて行かなかった秋田はその話を他の兄弟から聞いただけだが、その状況は福島が来た数日後まで続いていたのだから本当なのだろう。
「何があったのか号ちゃんにも、光忠にも聞けないままだったけど、本丸の雰囲気もいつの間にか落ち着いてきていたからすっかり忘れていたな・・・」
そう言って困ったように笑いながら福島は秋田を見る。
「この話しは、君たちにとってタブーだったかな?」
本丸の刀剣男士の中では古参となる秋田は記録役との関わりも深い。そこを福島は懸念したようだ。
しかし、秋田は首を横に振った。
「僕は、あの時追いかけていかなかったから・・・」
そう言って秋田は弱々しく笑う。
他の兄弟のように追いかけていきたかったけれど、秋田はそうはしなかった。
あの時、政府から来た兄弟の、乱と薬研の顔を見てしまったからだ。
兄弟たちは、昔の友人を懐かしむような、生き別れの兄弟と再会したような、長く会えなかった子を迎えにきたような、そんな喜びに溢れていた。
少なくとも秋田にはそう見えた。
「秋田くん?」
「・・・いえ。多分、もう大丈夫なんだと思います」
「そう、かな?」
「はい!あ、そう言えば緑里様。巡回は今年もあるんですか?」
怪訝そうな福島に秋田はにっこりと笑う。そして思い出したように緑里に話しかけると、緑里はよくぞ聞いてくれました!と言わんばかりの顔をする。実際に言っていたかもしれない。
「あるよ~・・・あっちゃうんだよ~!聞いてよあか姉。大侵寇でボロボロになった本丸の戦力整えろ!とか言ってあか姉に会えないくらい忙しくさせたくせにね、巡回はしっかりあるんだよ!ひどいよ」
「記録役がいなくてもちゃんとすると言っていませんでしたか?」
「わたしのやる気がなくならないとは言っていない」
「あなたね・・・」
「でも一週間は持ったよ。ガンバったでしょ?」
「・・・はぁ」
「なぁんで溜め息つくかなー!ドキっちいない中での一週間よ?私史上最高記録の頑張りだよ?!」
大侵寇より記録役が不在なことの方が緑里にとっては大変な危機のようで、秋田はある意味たくましさを感じていた。
「・・・一一一」
そしてにこにこと話を聞きながら、何か言いたそうな福島の視線に気づかないふりをする。
・・・・・・
「主とは違う、おしゃべりで人を明るくする花のような子だったね」
福島が笑みを浮かべてそう言ったのは、緑里と宗三が自身の本丸へと帰った後のことだった。
今、秋田と福島は一緒に客間の片付けをしている。
「そうですね。とても元気のいい方です」
「実は俺、初めて会う子だったんだけど」
「え・・・?あっ、気がつかなくてごめんなさい!」
「大丈夫。話してるだけで明るく素直な子なんだなって分かったよ。主とはまた違う・・・そうだね、コスモスのような子だ」
福島は自ら生けたコスモスを見て微笑む。
「確か花言葉は、純真…だったかな」
「純真ですか。確かに緑里様にぴったりです!」
何物にも染まらない素直で無垢な印象は緑里を表しているように思えた。
やがて片付けを終えた二人は廊下に出る。
湯飲みと小皿を乗せた盆は福島が持ち、秋田は花瓶を抱えると食堂へと向かった。
「大丈夫?」
隣を歩く福島が心配そうに見下ろしている。
花瓶の運びにくさを心配されていると思った秋田は、
「大丈夫です。重くないですし、運びやすいですよ」
そう言って花瓶を軽く揺すってみせた。
実際に福島に長さを整えられたコスモスはもう秋田の顔を掠めることもなく運びやすかった。
しかし、福島の心配はそこではなかったようで少し微笑みながら首を横に振っていた。
「・・・知らなかったとは言え、さっきは大事な仲間とのお別れを思い出させてしまったよね。やりきれない気持ちは残っているだろうに」
「それは・・・」
何か言おうとして、秋田は考える。
あの別れ方に後悔がないと言えば嘘になる。
「・・・僕はもう大丈夫です」
ややあって秋田は福島を見上げて口を開いた。
「空の向こうの、違う場所がきっとあの方の本当の居場所なんだろうなってお別れした時にそう思ったから」
秋田が空色の瞳でまっすぐに見れば福島は柔らかく微笑んだ。
「・・・そっか。それは良かった。秋田くんは達観しているなぁ」
「そんなことは・・・でも、あのお別れから僕ずっと考えていることがあるんです」
誰にも話さず頭の中でくるくると考えていたことを秋田は話すことにした。
花瓶を抱え直して、秋田は福島を見る。
「いつかは主君とも、本丸のみんなともお別れをする日が来てしまうんだろうなぁって」
「それは一一・・・」
どのくらい先に待ち受けているかも分からない不安を、きっと誰もが口にするのを躊躇してきただろう。
しかし意外にも秋田は淡々としていた。
「お別れする時、今の形から解放された僕たちはそれぞれの物語に帰っていくんだと思います」
刀剣の持つ物語。それが審神者の持つ励起の技により形作られたのが刀剣男士であるならば、技を解かれた刀剣男士は物語に戻るのだろうか。
それは誰にも分からなかった。
しかしそうであるならばと仮説を立てた時、秋田の中でひとつの希望が芽生えていた。
「この本丸で過ごした日々も僕たちの立派な物語で、そうであるなら、その一欠片の僕はどこへ行けばいいのかなぁ」
廊下から見える高い空に、秋田はコスモス畑で見た鳥を思い出した。
目を閉じれば思い浮かべられるほどに、ふもとの休耕田に広がるピンクや白の花畑は今も瞼に焼き付いている。花の影から聴こえる虫の声、吹き渡る秋風の心地良さを肌で感じ、そして風に乗る鳥の姿を瞼の裏に見た瞬間、秋田の周りには誰もいなくなった。
秋田の体は本丸ではなくコスモス畑の只中に立ち尽くしていた。そこには心地よい風が吹きわたっている。ふと見上げれば空を渡る鳥の姿が見えて一一
「ついていきたいなぁ」
秋田の目は空の青さに輝くようだった。
「僕、小さな小さな粒子になろうとも、主君に気付かれなくても、主君の生き方を見守っていきたいです」
それは戦に巻き込まれ、思う通りの人生を歩めない赤羽や、こことは違う空の下で戦う審神者たちへの祈りでもあった。
そんな秋田の気持ちに福島は何度も何度もうなずいてくれた。
「そうだね。主には百振り以上の刀剣がついているんだ。幸せになってほしいよね」
「はい。そうあってほしいです!」
福島の言葉に秋田は満面の笑みを浮かべた。
だからこの本丸での一日一日を後悔のないように過ごしていきたいと秋田は一層強く思い一一一
空を見上げれば、天高く飛ぶ鳥の姿が見えた気がした。
秋田藤四郎は足取り軽く本丸の玄関へと向かっていた。その胸にはコスモスの花束を抱えている。
花束と言っても贈り物のようにラッピングされた物ではなく、新聞紙にガサッと包まれただけの、収まりは悪くうっかりすれば顔を掠めてくる粗雑な花の束に、しかし秋田はくすぐったそうにしながら嬉しそうに笑っていた。
「いっっぱい!頂いてしまいましたね」
右隣を見上げればそこには同じようにコスモスの花束を持っている福島光忠が目に映る。
「そうだね。これだけあったら色んなアレンジを試せるなぁって、考えるだけでワクワクしちゃうな」
花好きらしくコスモスを見る目はうっとりとして、それを見た秋田は里へ降りる時に声をかけてみて良かったな、とますます嬉しくなった。
そうして2人揃って玄関に入ると、
「あか姉~~~~ッッッ!!」
そこには本丸の主である赤羽の腰にしがみついて声を震わせる年若い女の姿があった。
たっぷりとした黒髪が美しい女の背丈はそれほど大きくはない。秋田より頭一つ大きいくらいだろうか。
上がり框に立つ赤羽は静かにその髪を撫でていた。
「えっと・・・」
「これは、どういう状況だい・・・?」
目の前の光景に目を丸くしていると、視界の端でゆったりと桃色の影が動くのが見えた。
初めは抱えているコスモスが動き出したのかとぎょっとして目を見張った秋田だったが、そこでようやくもう一人いたのだと気がつく。
それは宗三左文字だった。
宗三は黒髪の女の背後に立つと、
「後ろがつかえてますよ。その辺にしてさっさとお上がりなさい」
躊躇なくその尻を叩いたのだった。
・・・・・・
「1年ぶりのあか姉なんだから甘えさせてよ」
秋田が福島と連れ立って客間に入るとそんな会話の一端が耳に入ってきた。口を尖らせているのは先ほど玄関で赤羽に泣きついていた女・
「よしよし」
その髪を赤羽が優しく撫でる。
感情の薄い赤羽の、その内にある慈愛を知っている緑里は撫でられたことでまた涙腺が緩んだようで、母にすがり付く子のように赤羽に抱きついた。
「薬研に頼まれて共をしてみれば…なんともまぁ…」
斜向かいに座る宗三はその光景に嘆くように溜め息をつく。さきほどの玄関でのやり取りといい自分の主を厳しい目で見ているようだ。
だが、そうなるのも仕方ないと秋田は思う。
緑里。この年若い審神者の内面はさらに幼く、審神者としての素質は赤羽以上でありながら刀剣の主としての力量は未熟である。
未熟さ故に一度本丸を手放した過去があり、それを繰り返さないための厳しさなのだろう。
彼女自身、自らを見直して新天地に本丸を立て直し今があるわけだが、あどけない少女のような天真爛漫さは変わらず、構えた本丸の距離がここと近いこともありこうして赤羽に甘えにくることは度々あった。
「あまり甘やかしてほしくないんですけどね」
「けど、いらっしゃったのは本当に久しぶりですよね。緑里様の身に何かあったのかと、僕ちょっと心配していました」
秋田が答えて運んできたお茶請けとお茶を卓上に並べていくと、宗三に礼を言われながら、
「…貴方がたもこの人の甘え癖に慣れすぎでは?」
と苦笑いされてしまう。
「主君とは長い付き合いですからね」
「僕の主がいつもすみません」
軽く頭を下げる宗三に秋田は首を横に振る。
宗三にして見れば自分の主の情けない姿に申し訳なさがあるのだろうが、その寡黙さ故に冷たい人物だと誤解されやすい赤羽に懐いている貴重な友人でもある。
秋田にとっては緑里は慧眼の持ち主であり、何より赤羽が嫌がっていないのだから何も言うことはなかった。
ただ一つ確認として言えることは、
「今日いらっしゃったのは、いつものですか?」
「えぇ、いつものですよ」
言葉にせずとも通じ合える秋田と宗三。
その会話に首を傾げたのは福島だった。
「いつもの?」
福島は秋桜をいくつか差した花瓶を部屋に飾ると、秋田達の方へ寄ってきて腰をおろしていた。
「"巡回"ですよ」
「じゅんかい?」
「今月は記録役が外回りに出るんです」
「きろく、やく?」
端的に宗三が説明しても福島は首を傾げている。
その様子に「おや?」と宗三と顔を見合わせた秋田に、
「秋田」
赤羽が声をかける。
座した腰にすがり付いている緑里の頭を猫の子にするように撫でてやりながら、赤羽はこちらを見ていた。
「福島が来たのは、しーちゃんが本丸を出た後だよ」
「え?・・・あっ、そうでした!」
赤羽に言われて秋田は思い出す。
かつてこの本丸にいた記録役は、年明けの御用始めを待たずに本丸を出た。
だからその数日後に顕現した福島は記録役の姿を見たことがなかったのだ。
「あ、そっかー。しーちゃん年明けすぐに拉致られたって言ってたね」
「いや拉致って、あなたね…」
体を起こして会話に参加する緑里の、他人事のようにあっけらかんとした言い方を宗三はたしなめようとする。
「いやいや話し聞く限り拉致だって。じゃあ誘拐?なんかあれでしょ?年明け早々本部の刀剣男士が来てしーちゃん連れていっちゃったってあか姉から聞いたけど」
「うん。そうだね…」
赤羽がそういう表現をしたとは秋田には思えないが、緑里は概要を捉えていた。
三が日は居ると言っていたのだ。
だから一年の健康を願い、それからちゃんとみんなでお別れをしよう。
そう言っていたところに、政府本部へと繋がる跳躍経路一一そのシステムが突然稼働したのだった。
経路からは数名の刀剣男士が姿を現し、その中には秋田の兄弟でもある乱藤四郎と薬研藤四郎の姿もあったのだが、何か言って抵抗する記録役やこちらの意見など聞く耳持たずに連れ去った。
「あー・・・そう言えば、俺が本丸に来た時みんなピリピリしてたな。その「しーちゃん」って人のことでひと悶着あって、だからひどく不機嫌だったのか」
「話してなかったかな…」
「いや、来たばかりで頭に入ってなかったのかもしれない。正直、あの空気にやっていけるか不安になっていたしね」
福島が不安になるのもよく分かるほど、確かに本丸はしばらくの間ピリピリとしていた。
跳躍経路は人間には使えない。だから表門から山道へ、山道から里山へと何人かの刀剣男士たちが追いかけていった。危うく刃傷沙汰となりかけたらしいが赤羽が止めてそのまま見送ったらしい。
追いかけて行かなかった秋田はその話を他の兄弟から聞いただけだが、その状況は福島が来た数日後まで続いていたのだから本当なのだろう。
「何があったのか号ちゃんにも、光忠にも聞けないままだったけど、本丸の雰囲気もいつの間にか落ち着いてきていたからすっかり忘れていたな・・・」
そう言って困ったように笑いながら福島は秋田を見る。
「この話しは、君たちにとってタブーだったかな?」
本丸の刀剣男士の中では古参となる秋田は記録役との関わりも深い。そこを福島は懸念したようだ。
しかし、秋田は首を横に振った。
「僕は、あの時追いかけていかなかったから・・・」
そう言って秋田は弱々しく笑う。
他の兄弟のように追いかけていきたかったけれど、秋田はそうはしなかった。
あの時、政府から来た兄弟の、乱と薬研の顔を見てしまったからだ。
兄弟たちは、昔の友人を懐かしむような、生き別れの兄弟と再会したような、長く会えなかった子を迎えにきたような、そんな喜びに溢れていた。
少なくとも秋田にはそう見えた。
「秋田くん?」
「・・・いえ。多分、もう大丈夫なんだと思います」
「そう、かな?」
「はい!あ、そう言えば緑里様。巡回は今年もあるんですか?」
怪訝そうな福島に秋田はにっこりと笑う。そして思い出したように緑里に話しかけると、緑里はよくぞ聞いてくれました!と言わんばかりの顔をする。実際に言っていたかもしれない。
「あるよ~・・・あっちゃうんだよ~!聞いてよあか姉。大侵寇でボロボロになった本丸の戦力整えろ!とか言ってあか姉に会えないくらい忙しくさせたくせにね、巡回はしっかりあるんだよ!ひどいよ」
「記録役がいなくてもちゃんとすると言っていませんでしたか?」
「わたしのやる気がなくならないとは言っていない」
「あなたね・・・」
「でも一週間は持ったよ。ガンバったでしょ?」
「・・・はぁ」
「なぁんで溜め息つくかなー!ドキっちいない中での一週間よ?私史上最高記録の頑張りだよ?!」
大侵寇より記録役が不在なことの方が緑里にとっては大変な危機のようで、秋田はある意味たくましさを感じていた。
「・・・一一一」
そしてにこにこと話を聞きながら、何か言いたそうな福島の視線に気づかないふりをする。
・・・・・・
「主とは違う、おしゃべりで人を明るくする花のような子だったね」
福島が笑みを浮かべてそう言ったのは、緑里と宗三が自身の本丸へと帰った後のことだった。
今、秋田と福島は一緒に客間の片付けをしている。
「そうですね。とても元気のいい方です」
「実は俺、初めて会う子だったんだけど」
「え・・・?あっ、気がつかなくてごめんなさい!」
「大丈夫。話してるだけで明るく素直な子なんだなって分かったよ。主とはまた違う・・・そうだね、コスモスのような子だ」
福島は自ら生けたコスモスを見て微笑む。
「確か花言葉は、純真…だったかな」
「純真ですか。確かに緑里様にぴったりです!」
何物にも染まらない素直で無垢な印象は緑里を表しているように思えた。
やがて片付けを終えた二人は廊下に出る。
湯飲みと小皿を乗せた盆は福島が持ち、秋田は花瓶を抱えると食堂へと向かった。
「大丈夫?」
隣を歩く福島が心配そうに見下ろしている。
花瓶の運びにくさを心配されていると思った秋田は、
「大丈夫です。重くないですし、運びやすいですよ」
そう言って花瓶を軽く揺すってみせた。
実際に福島に長さを整えられたコスモスはもう秋田の顔を掠めることもなく運びやすかった。
しかし、福島の心配はそこではなかったようで少し微笑みながら首を横に振っていた。
「・・・知らなかったとは言え、さっきは大事な仲間とのお別れを思い出させてしまったよね。やりきれない気持ちは残っているだろうに」
「それは・・・」
何か言おうとして、秋田は考える。
あの別れ方に後悔がないと言えば嘘になる。
「・・・僕はもう大丈夫です」
ややあって秋田は福島を見上げて口を開いた。
「空の向こうの、違う場所がきっとあの方の本当の居場所なんだろうなってお別れした時にそう思ったから」
秋田が空色の瞳でまっすぐに見れば福島は柔らかく微笑んだ。
「・・・そっか。それは良かった。秋田くんは達観しているなぁ」
「そんなことは・・・でも、あのお別れから僕ずっと考えていることがあるんです」
誰にも話さず頭の中でくるくると考えていたことを秋田は話すことにした。
花瓶を抱え直して、秋田は福島を見る。
「いつかは主君とも、本丸のみんなともお別れをする日が来てしまうんだろうなぁって」
「それは一一・・・」
どのくらい先に待ち受けているかも分からない不安を、きっと誰もが口にするのを躊躇してきただろう。
しかし意外にも秋田は淡々としていた。
「お別れする時、今の形から解放された僕たちはそれぞれの物語に帰っていくんだと思います」
刀剣の持つ物語。それが審神者の持つ励起の技により形作られたのが刀剣男士であるならば、技を解かれた刀剣男士は物語に戻るのだろうか。
それは誰にも分からなかった。
しかしそうであるならばと仮説を立てた時、秋田の中でひとつの希望が芽生えていた。
「この本丸で過ごした日々も僕たちの立派な物語で、そうであるなら、その一欠片の僕はどこへ行けばいいのかなぁ」
廊下から見える高い空に、秋田はコスモス畑で見た鳥を思い出した。
目を閉じれば思い浮かべられるほどに、ふもとの休耕田に広がるピンクや白の花畑は今も瞼に焼き付いている。花の影から聴こえる虫の声、吹き渡る秋風の心地良さを肌で感じ、そして風に乗る鳥の姿を瞼の裏に見た瞬間、秋田の周りには誰もいなくなった。
秋田の体は本丸ではなくコスモス畑の只中に立ち尽くしていた。そこには心地よい風が吹きわたっている。ふと見上げれば空を渡る鳥の姿が見えて一一
「ついていきたいなぁ」
秋田の目は空の青さに輝くようだった。
「僕、小さな小さな粒子になろうとも、主君に気付かれなくても、主君の生き方を見守っていきたいです」
それは戦に巻き込まれ、思う通りの人生を歩めない赤羽や、こことは違う空の下で戦う審神者たちへの祈りでもあった。
そんな秋田の気持ちに福島は何度も何度もうなずいてくれた。
「そうだね。主には百振り以上の刀剣がついているんだ。幸せになってほしいよね」
「はい。そうあってほしいです!」
福島の言葉に秋田は満面の笑みを浮かべた。
だからこの本丸での一日一日を後悔のないように過ごしていきたいと秋田は一層強く思い一一一
空を見上げれば、天高く飛ぶ鳥の姿が見えた気がした。
