とある本丸の日常生活
朝夕の空気は涼しく、夏の気配が遠ざかっていく初秋 の頃一一
その日の昼、愛染国俊は同派の蛍丸と明石国行に連れられて食堂へと向かっていた。
いつも元気な愛染にしては珍しく眠そうな顔で、蛍丸に手を引かれながら歩く頭はぼんやりとしている。
「国俊、まだ眠い?いつも朝早いのに、お昼近くまで起きないから心配した」
「うんー・・・なんか、起きれなかった・・・」
蛍丸の声にあくびをしながら答え、小さく「ぐぅぅ…」と鳴る腹をさすった。
「・・・腹へった」
「胃袋は元気やなー」
食欲はあるらしい愛染に明石はへらっと笑う。
「自分よりお寝坊さんなんて、そんなんじゃ愛染明王に叱られるで」
「うるさいなー」
明石に笑われて愛染は唇を尖らせる。
それを見て蛍丸がへへっと笑った。
「でも食欲があるならちょっと安心した。国俊、夏大好きだからずっと楽しそうだったし、その疲れが今出ちゃったのかも」
「ああ~なるほどな。わーって走り回ってたかと思えばぱったり静かになる感じ・・・国俊、子供の電池切れみたいやん」
「オレは子供じゃねぇ!」
「似たようなもんやろ」
ぽんぽんと頭に手をやる明石をかわして愛染は膨れっ面になる。子供扱いされた腹立ちからぼんやりとした頭は一気に覚醒し、ぱっちりと開いた目は不満げに明石を見ていた。
「何にせよ元気なんはええことや。はよご飯食べに行こうか」
愛染にかわされて行き場のない左手を蛍丸の頭にぽんぽんとさせてから、明石はふらっと歩き出した。
「蛍まで子供扱いして・・・」
「まぁまぁ。国行はね、心配だったんだよ」
「心配?・・・してたようには見えねーけど」
一人先を行く明石の背中はいつもと変わらず、歩くことさえ怠そうに見えた。
「国行に「国俊が起きないんだけど」って言ったらけっこー慌ててたし」
「えー?想像できねー・・・けどまぁ蛍が言うなら、そういうことにしといてやる」
「ん。そういうことにしといて」
にんまりと笑い合うと再び愛染の腹の虫が鳴き出すから、たまらず二人は声を上げて笑った。
その声に愛染と蛍丸が立ち止まっていることに気付いた明石は廊下の曲がり道に差し掛かりながら、
「二人共~おしゃべりしてないで、て・・・ええぇっ?!」
何かを見て驚愕の声を上げた。
「お?」
「なになに?」
廊下の壁の絶妙に見えない角度に何かを見ているようで、明石が固まって動けなくなっているのを愛染も蛍丸も面白がって駆け寄った。
蜘蛛や蛇でもいたのか、それとも山の動物が入り込んでしまったのか。
二人は駆けてきた勢いを足の踏ん張りで素早く殺すと、明石の両脇を固めるように視線の先を確認した。
「えっ!」
「わぁ」
目の前に続く廊下には、真っ赤な髪に、真っ赤な瞳を持つ白い顔が2つ。どちらも和服を着た童子のように小さな背丈で、人形のように行儀よく立ち並んでいた。
「オレ、まだ寝ぼけてんのかな・・・」
思いがけない光景に背筋も凍る思いで、それでも視線は前方に向けたまま、愛染は同派に笑いかける。
「主さんが二人いるように見えんだけど?」
一一一一一一一一一一
「一一一しっかし二人共、えらい似てますなぁ。兄弟みたいやわ」
食堂の席について落ち着いた頃合いで、明石が可笑しそうに笑った。
「演練場を二人で歩かしたら愉快なことになりそうやね」
食堂にずらりと並ぶテーブルの一つに愛染、蛍丸、明石が横並びに座る正面には、本丸の主である赤羽と太刀の刀剣男士である抜丸が座っている。
「そうかな…」
「そうでしょうか」
赤髪の二人が首を傾げてお互いを見やる。
片方は無表情に、片方は口元に笑みを浮かべているが、ガラス玉を嵌め込んだように真っ直ぐに物を見る大きな瞳の、人形のような無感情さは似ている気がすると愛染は思った。
「ふふ…それでは、主さまのことは「あねさま」とお呼びいたしましょうか」
「やめてほしい」
「「 即 答!! 」」
愛染と蛍丸が同時に驚き、笑い声を上げる。
いつもであれば熟考してから言葉を口にする赤羽が即断するほどであるから、相当嫌だったらしい。
「残念です」
そう言う抜丸は残念そうな顔をしていない。
「えー。でもよく遊びに来る緑の本丸の奴らには呼ばれてんのに」
「里子ちゃんと土岐ちゃんはいい。君達は駄目」
「贔屓だ」
「贔屓だー」
断固として刀剣男士に「姉」と呼ばれたくないらしい。
愛染達も文句を言うようでただの悪ノリのため本気ではなく、
「てかあんたも、よく自分から弟になろうとするよな。オレたちの方が主さんより歴史は長いのにさ」
握り飯を口に頬張りながら抜丸を見た。
存在した時間で言えば刀剣男士…その本体の方が長く在るのだから自ら「弟」を立候補しなくても良さそうだと思ったのだ。
まして抜丸はかなり年長の部類に当てはまる。
敢えて主を持ち上げる為なら話は別だが、
「えぇ。ですが、このように禿の姿で顕現した我より主さまの方が年上に見えてしまうのですから、そう言った方が自然でしょう?」
にんまりと笑う口から出る言葉は丁寧でありながら、どこか含みがありそうだった。
「あー…自分けっこー皮肉屋やったりします?」
「ふふ、どうでしょう?・・・ただ、同じ太刀の括りで"この差"は、如何様な理由があってのことか。それは気になるところですね」
気だるげに片肘をついている明石を見る目は笑っているようで笑っていなくて、あぁこれは…と愛染はなんとなく察する。
太刀でありながら子供の姿で顕現したことを、抜丸はどこか受け入れがたく思っているのだろう。
刀剣男士の姿は刀の持つ物語に影響している。
顕現したばかりの抜丸には、それを理解出来ても納得には時間がかかる時期にいるようだった。
「自分に訴えられても困りますなぁ」
ははは、と笑いながら明石は視線を逸らし、
「姿に関しては、私が原因ではないよ…」
問われる前に赤羽も断っている。
「まぁまぁ。俺みたいに大太刀だけど特に理由もなく小さいのもいるんだからさ、気にしない方がいいって」
最終的にこの手の話題で最強の鎮静剤に言われたら、誰も二の句が継げなくなった。
もうこの話は終わりにしよう。
誰かが言い出したわけではないが、5人は黙々と昼食を口にしていた。
時々握り飯の具が昨晩の煮物であったり、梅干しかと思ったらトマトの酢漬けであったなど変わり種が紛れていることで話は盛り上がったが、そこは割愛する。
そうして愛染も空腹が満たされどこかのんびりとした心地になってきた頃に、蛍丸が口を開いた。
「一一とは言え、俺も子供扱いはイヤだけどね」
そののんびりとした声に愛染がばっと蛍丸に顔を向ければ、温くなった茶を口に含むところだった。
「え。蛍?」
蒸し返すの?と愛染の顔には書いてある。
「小さくても俺は強いし。それに主さんも可愛い方が話しかけやすいみたい。小さいこと自体は悪くもない」
小さくとも大太刀としての強さに絶対の自信があるからこそ庇護対象のように甘く見られるのを蛍丸はよしとしない。
「だからさ気持ちにモヤモヤすることがあったら、許せるところと許せないところの線引きをしっかりしておくといいと思う。俺は子供扱いがイヤ」
「なるほど。線引き・・・」
蛍丸の助言を反芻しているようで、抜丸は手元の茶の湯を見てじっと考え込む。
「まー、オレも短刀だからってチビなのが嫌だったけどさ、何だかんだでどっかの太刀より速く走れんのは気分いいんだよな」
「どっかの太刀って誰のことやろな?」
「国行以外誰がいんだよ」
「あー…小豆はんかもしれんなぁ。あの人、短刀はみんな子供として見てるから」
「あの人は甘いもんくれるからいいんだよ」
「なんやそれ。判定基準ガタガタやん」
ククッと喉がなり可笑しそうに笑う明石は、愛染と蛍丸に手を伸ばす。頭を撫でられて「やめろよー」「やめてよー」と嫌がられても明石はやめなかった。
「自分はやる気ないのが取り柄でしてなー、刀剣男士だとかそんな理由で働け言われんのがめっちゃしんどいんですわ。・・・けどまぁ些細なことですけど、こうして二人の保護者やれるんなら本丸に来て良かった思います」
「・・・国行」
その目は二人を慈しむような、いつかは終わるこの奇跡に不安で揺れているような一一一
「なんか珍しくマジメなこと言ってる。怖っ!」
「ヤバいね。明日嵐が来るかも」
「ひっど!!二人共ひどない??」
愛染と蛍丸はゾッとしてお互いに肩を抱き合い明石にじとっとした目を向ける。二人のあんまりな態度に明石の眼鏡の奥に光るものがあったとか、なかったとか。
「主さまにもありますか。許せる、許せないの線引きが」
参考までに、と対面のやり取りには触れず抜丸が赤羽に尋ねる。
「そうだね…」
茶を飲んで話を聞いていた赤羽が、湯呑みから口を離した。隣の抜丸を見ているようで、ぼんやりとどこか遠い所を見ているようにも見える。
「…まだいるね」
「ん?」
「食べ物に仕込むことは、許せないかな…」
「たべ?・・・え、え?」
言うが早いか赤羽は立ち上がり理解が追いつかない抜丸を置いて歩き出すと、各テーブルの隙間を縫うように台所の方へと行ってしまう。
「一体何が・・・?」
「主はんいつも以上にだんまりやと思ったら、おにぎりに何か仕込まれてたんね」
「仕込む?」
「あ。今日の料理当番、鶴丸がいる」
カウンター越しに見える台所内部に全身真っ白なトンチキ太刀の姿があった。面白い話でも聞いたのか手を叩いて笑っていて、主の接近には気付いていない。
「それでかー。握り飯に変わり種があったの」
「主さんの、何が入ってたのかな」
「主はんが許さんくらいやで?そーとーえげつないもんに決まってる」
「顔に出ねぇからわかんねー!やっぱすっげー辛いか、すっげー酸っぱいとか!」
「それに臭いがひどいやつとか。…あ、そんなすぐバレるの入れないか。…なら、なんか歯みがき粉みたいにスースーする草とか。入ってたらイヤだな」
「うわっ想像しただけで嫌だそれ!握り飯にそんなの入れたらダメだろ蛍ー!」
「俺は入れてないし!」
「・・・」
握り飯の具材予想で盛り上がっている三人にも置いていかれて、抜丸が一人状況を分かっていない。
「あの、なんの話し?主さまは一体何を…」
「そんなん、鶴丸はんをしばき倒しに行ったに決まってるやん」
「し、しばき・・・?」
「あー、そっか」
抜丸さんはまだ知らないんだったな、と愛染。
「ここは変わりもんが多いんだ」
そう言って説明しようとしたタイミングで台所から悲鳴が上がった。顔を向ければ台所に立っていた鶴丸が何か強い力に引き倒されフェードアウトしていくところで、カウンターの向こうで何が起こっているのか、こちらから見ることは出来ない。
ただただ聞き馴染みのある断末魔が聞こえるばかりで、
「頼むからああいう太刀にはならないでくれよ」
まだ純粋な、本丸の荒波に揉まれていない無垢な太刀に懇願した。
その日の昼、愛染国俊は同派の蛍丸と明石国行に連れられて食堂へと向かっていた。
いつも元気な愛染にしては珍しく眠そうな顔で、蛍丸に手を引かれながら歩く頭はぼんやりとしている。
「国俊、まだ眠い?いつも朝早いのに、お昼近くまで起きないから心配した」
「うんー・・・なんか、起きれなかった・・・」
蛍丸の声にあくびをしながら答え、小さく「ぐぅぅ…」と鳴る腹をさすった。
「・・・腹へった」
「胃袋は元気やなー」
食欲はあるらしい愛染に明石はへらっと笑う。
「自分よりお寝坊さんなんて、そんなんじゃ愛染明王に叱られるで」
「うるさいなー」
明石に笑われて愛染は唇を尖らせる。
それを見て蛍丸がへへっと笑った。
「でも食欲があるならちょっと安心した。国俊、夏大好きだからずっと楽しそうだったし、その疲れが今出ちゃったのかも」
「ああ~なるほどな。わーって走り回ってたかと思えばぱったり静かになる感じ・・・国俊、子供の電池切れみたいやん」
「オレは子供じゃねぇ!」
「似たようなもんやろ」
ぽんぽんと頭に手をやる明石をかわして愛染は膨れっ面になる。子供扱いされた腹立ちからぼんやりとした頭は一気に覚醒し、ぱっちりと開いた目は不満げに明石を見ていた。
「何にせよ元気なんはええことや。はよご飯食べに行こうか」
愛染にかわされて行き場のない左手を蛍丸の頭にぽんぽんとさせてから、明石はふらっと歩き出した。
「蛍まで子供扱いして・・・」
「まぁまぁ。国行はね、心配だったんだよ」
「心配?・・・してたようには見えねーけど」
一人先を行く明石の背中はいつもと変わらず、歩くことさえ怠そうに見えた。
「国行に「国俊が起きないんだけど」って言ったらけっこー慌ててたし」
「えー?想像できねー・・・けどまぁ蛍が言うなら、そういうことにしといてやる」
「ん。そういうことにしといて」
にんまりと笑い合うと再び愛染の腹の虫が鳴き出すから、たまらず二人は声を上げて笑った。
その声に愛染と蛍丸が立ち止まっていることに気付いた明石は廊下の曲がり道に差し掛かりながら、
「二人共~おしゃべりしてないで、て・・・ええぇっ?!」
何かを見て驚愕の声を上げた。
「お?」
「なになに?」
廊下の壁の絶妙に見えない角度に何かを見ているようで、明石が固まって動けなくなっているのを愛染も蛍丸も面白がって駆け寄った。
蜘蛛や蛇でもいたのか、それとも山の動物が入り込んでしまったのか。
二人は駆けてきた勢いを足の踏ん張りで素早く殺すと、明石の両脇を固めるように視線の先を確認した。
「えっ!」
「わぁ」
目の前に続く廊下には、真っ赤な髪に、真っ赤な瞳を持つ白い顔が2つ。どちらも和服を着た童子のように小さな背丈で、人形のように行儀よく立ち並んでいた。
「オレ、まだ寝ぼけてんのかな・・・」
思いがけない光景に背筋も凍る思いで、それでも視線は前方に向けたまま、愛染は同派に笑いかける。
「主さんが二人いるように見えんだけど?」
一一一一一一一一一一
「一一一しっかし二人共、えらい似てますなぁ。兄弟みたいやわ」
食堂の席について落ち着いた頃合いで、明石が可笑しそうに笑った。
「演練場を二人で歩かしたら愉快なことになりそうやね」
食堂にずらりと並ぶテーブルの一つに愛染、蛍丸、明石が横並びに座る正面には、本丸の主である赤羽と太刀の刀剣男士である抜丸が座っている。
「そうかな…」
「そうでしょうか」
赤髪の二人が首を傾げてお互いを見やる。
片方は無表情に、片方は口元に笑みを浮かべているが、ガラス玉を嵌め込んだように真っ直ぐに物を見る大きな瞳の、人形のような無感情さは似ている気がすると愛染は思った。
「ふふ…それでは、主さまのことは「あねさま」とお呼びいたしましょうか」
「やめてほしい」
「「 即 答!! 」」
愛染と蛍丸が同時に驚き、笑い声を上げる。
いつもであれば熟考してから言葉を口にする赤羽が即断するほどであるから、相当嫌だったらしい。
「残念です」
そう言う抜丸は残念そうな顔をしていない。
「えー。でもよく遊びに来る緑の本丸の奴らには呼ばれてんのに」
「里子ちゃんと土岐ちゃんはいい。君達は駄目」
「贔屓だ」
「贔屓だー」
断固として刀剣男士に「姉」と呼ばれたくないらしい。
愛染達も文句を言うようでただの悪ノリのため本気ではなく、
「てかあんたも、よく自分から弟になろうとするよな。オレたちの方が主さんより歴史は長いのにさ」
握り飯を口に頬張りながら抜丸を見た。
存在した時間で言えば刀剣男士…その本体の方が長く在るのだから自ら「弟」を立候補しなくても良さそうだと思ったのだ。
まして抜丸はかなり年長の部類に当てはまる。
敢えて主を持ち上げる為なら話は別だが、
「えぇ。ですが、このように禿の姿で顕現した我より主さまの方が年上に見えてしまうのですから、そう言った方が自然でしょう?」
にんまりと笑う口から出る言葉は丁寧でありながら、どこか含みがありそうだった。
「あー…自分けっこー皮肉屋やったりします?」
「ふふ、どうでしょう?・・・ただ、同じ太刀の括りで"この差"は、如何様な理由があってのことか。それは気になるところですね」
気だるげに片肘をついている明石を見る目は笑っているようで笑っていなくて、あぁこれは…と愛染はなんとなく察する。
太刀でありながら子供の姿で顕現したことを、抜丸はどこか受け入れがたく思っているのだろう。
刀剣男士の姿は刀の持つ物語に影響している。
顕現したばかりの抜丸には、それを理解出来ても納得には時間がかかる時期にいるようだった。
「自分に訴えられても困りますなぁ」
ははは、と笑いながら明石は視線を逸らし、
「姿に関しては、私が原因ではないよ…」
問われる前に赤羽も断っている。
「まぁまぁ。俺みたいに大太刀だけど特に理由もなく小さいのもいるんだからさ、気にしない方がいいって」
最終的にこの手の話題で最強の鎮静剤に言われたら、誰も二の句が継げなくなった。
もうこの話は終わりにしよう。
誰かが言い出したわけではないが、5人は黙々と昼食を口にしていた。
時々握り飯の具が昨晩の煮物であったり、梅干しかと思ったらトマトの酢漬けであったなど変わり種が紛れていることで話は盛り上がったが、そこは割愛する。
そうして愛染も空腹が満たされどこかのんびりとした心地になってきた頃に、蛍丸が口を開いた。
「一一とは言え、俺も子供扱いはイヤだけどね」
そののんびりとした声に愛染がばっと蛍丸に顔を向ければ、温くなった茶を口に含むところだった。
「え。蛍?」
蒸し返すの?と愛染の顔には書いてある。
「小さくても俺は強いし。それに主さんも可愛い方が話しかけやすいみたい。小さいこと自体は悪くもない」
小さくとも大太刀としての強さに絶対の自信があるからこそ庇護対象のように甘く見られるのを蛍丸はよしとしない。
「だからさ気持ちにモヤモヤすることがあったら、許せるところと許せないところの線引きをしっかりしておくといいと思う。俺は子供扱いがイヤ」
「なるほど。線引き・・・」
蛍丸の助言を反芻しているようで、抜丸は手元の茶の湯を見てじっと考え込む。
「まー、オレも短刀だからってチビなのが嫌だったけどさ、何だかんだでどっかの太刀より速く走れんのは気分いいんだよな」
「どっかの太刀って誰のことやろな?」
「国行以外誰がいんだよ」
「あー…小豆はんかもしれんなぁ。あの人、短刀はみんな子供として見てるから」
「あの人は甘いもんくれるからいいんだよ」
「なんやそれ。判定基準ガタガタやん」
ククッと喉がなり可笑しそうに笑う明石は、愛染と蛍丸に手を伸ばす。頭を撫でられて「やめろよー」「やめてよー」と嫌がられても明石はやめなかった。
「自分はやる気ないのが取り柄でしてなー、刀剣男士だとかそんな理由で働け言われんのがめっちゃしんどいんですわ。・・・けどまぁ些細なことですけど、こうして二人の保護者やれるんなら本丸に来て良かった思います」
「・・・国行」
その目は二人を慈しむような、いつかは終わるこの奇跡に不安で揺れているような一一一
「なんか珍しくマジメなこと言ってる。怖っ!」
「ヤバいね。明日嵐が来るかも」
「ひっど!!二人共ひどない??」
愛染と蛍丸はゾッとしてお互いに肩を抱き合い明石にじとっとした目を向ける。二人のあんまりな態度に明石の眼鏡の奥に光るものがあったとか、なかったとか。
「主さまにもありますか。許せる、許せないの線引きが」
参考までに、と対面のやり取りには触れず抜丸が赤羽に尋ねる。
「そうだね…」
茶を飲んで話を聞いていた赤羽が、湯呑みから口を離した。隣の抜丸を見ているようで、ぼんやりとどこか遠い所を見ているようにも見える。
「…まだいるね」
「ん?」
「食べ物に仕込むことは、許せないかな…」
「たべ?・・・え、え?」
言うが早いか赤羽は立ち上がり理解が追いつかない抜丸を置いて歩き出すと、各テーブルの隙間を縫うように台所の方へと行ってしまう。
「一体何が・・・?」
「主はんいつも以上にだんまりやと思ったら、おにぎりに何か仕込まれてたんね」
「仕込む?」
「あ。今日の料理当番、鶴丸がいる」
カウンター越しに見える台所内部に全身真っ白なトンチキ太刀の姿があった。面白い話でも聞いたのか手を叩いて笑っていて、主の接近には気付いていない。
「それでかー。握り飯に変わり種があったの」
「主さんの、何が入ってたのかな」
「主はんが許さんくらいやで?そーとーえげつないもんに決まってる」
「顔に出ねぇからわかんねー!やっぱすっげー辛いか、すっげー酸っぱいとか!」
「それに臭いがひどいやつとか。…あ、そんなすぐバレるの入れないか。…なら、なんか歯みがき粉みたいにスースーする草とか。入ってたらイヤだな」
「うわっ想像しただけで嫌だそれ!握り飯にそんなの入れたらダメだろ蛍ー!」
「俺は入れてないし!」
「・・・」
握り飯の具材予想で盛り上がっている三人にも置いていかれて、抜丸が一人状況を分かっていない。
「あの、なんの話し?主さまは一体何を…」
「そんなん、鶴丸はんをしばき倒しに行ったに決まってるやん」
「し、しばき・・・?」
「あー、そっか」
抜丸さんはまだ知らないんだったな、と愛染。
「ここは変わりもんが多いんだ」
そう言って説明しようとしたタイミングで台所から悲鳴が上がった。顔を向ければ台所に立っていた鶴丸が何か強い力に引き倒されフェードアウトしていくところで、カウンターの向こうで何が起こっているのか、こちらから見ることは出来ない。
ただただ聞き馴染みのある断末魔が聞こえるばかりで、
「頼むからああいう太刀にはならないでくれよ」
まだ純粋な、本丸の荒波に揉まれていない無垢な太刀に懇願した。
