とある本丸の日常生活

屋根を打つ雨の、強く、重い音は、まるで滝のようで・・・台所に立つ五虎退は押しつぶされそうな感覚に少し怯えていた。

ヤカンの水が沸騰するのを待ちながら、心配そうに窓を見つめている。
曇りガラスのそこから外の様子は見えないが、打ち付ける雨粒の大きさに外はひどい大雨だとわかる。
その時に、窓の外がピカッと光った。

「!」

瞬く間もない閃光に五虎退は声も出ず、身を固くした。その後に来ると知っている轟音を胸に手を当てじっと待ち構えていると、

「うわああああああああああっっっ!!!」

「ひぃぃっ?!」

悲鳴と共に勝手口がバンッと開き、五虎退は体全部を飛び上がらせて悲鳴をあげた。顔はもう泣きそうである。

「あ!ご、五虎退!?ごめんごめん!驚かせちゃったね」

五虎退の悲鳴に気づいて、慌てた様子で謝るのは鯰尾藤四郎だった。長いポニーテールも内番着も雨でぐっしょりと濡れてしまって、ぽたぽたと滴る雨水は土間に染み込んでいく。

「やー…もうビックリ。急にどしゃ降りが来てあわてて来たらさ、そこでピカッてして。あ、五虎退光ったの見一一一」

バリッ…ゴロゴロゴロゴロッッ!!!

「「わぁぁーーーっ!!」」

空を破るような轟音に二人は同時に叫びだした。
どこか遠くで雷が落ちたようだ。

「あっははは。降られちゃったね」

鯰尾から遅れてのんびりとした声が勝手口から入ってきた。さきほどの雷にも物ともしない落ち着きように、五虎退は早鐘を打っていた胸が少し落ち着いたような気がした。

「なにそんな悠長に笑ってんだよ、桑名。俺こんなにびしょ濡れになったんだけど?!」

真っ先に口を開いたのは鯰尾で、足早に近づいて同じく濡れ鼠の桑名江の腹にぼすっと拳を当てて文句を言った。

「ごめん、ごめん。ほら、夏野菜ってすぐに収穫しないとどんどん増えるでしょ?きゅうりはうっかり見落とすとすごく大きくなるし、トマトは割れてしまうし」

言いながら収穫した野菜の入ったカゴを土間に置いて、ぽたぽたと滴る帽子が気になったのか頭から外していた。
帽子のおかげか鯰尾よりは髪が濡れる被害は少なそうだ。

「でも今じゃなきゃダメってことないだろ~?もう空がさ、怪しさ満点に真っ暗んなって「降るぞ~降るぞ~絶対降るぞ~いいのかそこにいて~」って脅してきてるってのに大丈夫、大丈夫って・・・ぜんっぜん!大丈夫じゃなかったけど!!」

「へぇ~、鯰尾は空の声が聞こえるんだ」

「聞こえねーけど!そう言わんばかりの雲だったってこと!」

天然故の発言なのか、テキトーに流されただけなのか。的外れの返答に鯰尾はぎゃんぎゃんと食ってかかる。
もちろん、本気ではないのは五虎退にも分かるため、二人のやり取りを背中で聞きながら台所にあるタオルのストックから2枚取り出すと二人へ持って行こうとした。

「…大丈夫?」

そう言って食堂側の扉から五虎退に声をかけてきたのは本丸の主の赤羽だった。
二人は一緒に食堂のお菓子とお茶の補充をしていたのだが、五虎退がお茶の用意をしに行った台所が騒がしくなって様子を見に来たらしい。

「あ、その…鯰尾兄さんと桑名さんがびしょ濡れになってしまって、ます」

「あ!また光った!」

「え!」

鯰尾の声に五虎退の肩が飛び上がる。

「雷…鳴ってたね」

「ね。この降り方だったらすぐ止むと思うけど・・・うぅ~、この桶でもひっくり返したみたいにザバっと降んの止めてほしい」

「びしょ濡れ。大丈夫…?」

「あ!鯰尾兄さん…タオルで拭いて。桑名さんも」

五虎退は持ってきたタオルを急いで二人に渡すと「ありがとー」と同時に言われてなんだか嬉しくなる。
ゴロゴロ、と雷が鳴るが今は気にならなかった。





「でも、珍しいね」

五虎退がヤカンの様子を確認しにコンロの方へ向かうと、赤羽がふと気づいたように口を開いた。
珍しい?と髪を拭いてる鯰尾が首を傾げる。

「桑名は、天候を読むのが上手い。雲とか風の変化で、この雨も、予測出来たと思う…」

赤羽の言葉に、五虎退も気になっていたためチラッとそちらを伺った。

「あ~それね。ホントに。俺ですら怪しいって思ったくらいだったのに、「大丈夫」って言うから俺もそうなのかな?って信じちゃってこの有り様よ」

両手を広げてわははと笑う鯰尾の隣で髪を拭いていた桑名は困ったように笑っていた。

「ど、どこか体の具合でも、悪いんですか…?」

普段ならしない失敗に五虎退は体の不調を心配した。
ここのところ雨だ晴れだと空模様はころころと変わり、まるで天気の予測を嘲笑うかのようだった。
その為、気温や湿度、気圧の大幅な変化に体調を崩しやすくなると、テレビの人が注意を呼びかけていたのを五虎退は聞いていた。

「ん?悪くないよ」

桑名は何でもない顔でそう言うが、納得はできない。

「じゃ、じゃあ、どうして…?」

「うん。まぁ…正直に話すと、降るってことは分かってたよ。入道雲も近づいてきていたし」

「やっぱ知ってたんだ!」

「ごめんね」

目を大きくする鯰尾に、桑名はにっと笑う。
前髪で目は隠れているがイタズラ好きのする笑い方で、

「お、お前~!絶対悪いって思ってないだろ」

「そんなことないよ~。あの時はなんだか雨に打たれる大地の気持ちを知りたくなっちゃって」

「はぁぁ??やっぱ暑さで頭おかしくなったんじゃないの?!雨に打たれる大地の気持ちとかさー・・・」

鯰尾は文句を言いながら詰め寄るが、予想外の理由に面白くなってしまったのか途中でにやっと笑い、

「で、どんな気持ちかわかった?」

「楽しかった」

「それは桑名の気持ちだろ~?」

その背中をバシーンと思いきり叩いて笑う。
鯰尾より体が大きく体格もいい桑名はびくともしないが「痛いなぁ」と同じように笑っていた。

「ま~ここまで見事に濡らされるといっそ清々しいけどね。楽しくなっちゃう気持ちもわかる」

「でしょ」

刀工も来歴も違うのに昔からの親友のように笑い合う二人を見て五虎退はなぜだかモヤモヤとしていた。

桑名が豊臣の刀であった鯰尾と仲良くしているのが気になるのか。違う。初めの頃こそ豊臣の刀には良く思われてないと気にしていた桑名に、今ではその様子は見られない。その心の変化は良いことだと五虎退も理解している。
では兄を取られた嫉妬かと聞かれたら、それも違うと分かっている。
では、何をモヤモヤとしといるのかと言うと一一

「君ならこの気持ち分かってくれるかなって思ったんだけど、やっぱり巻き込んで良かったなぁ」

「巻き込むって…意外と悪いこと考えてんだよな。これが主の影響による個性ってやつか」

「違う」

「違うって。素が腹黒いんだ。でもめっっちゃ楽しかった!またどんどん巻き込んでよ」

土間で盛り上がっている会話を聞きながら、五虎退は沸騰したヤカンに麦茶のパックを入れる。
弱火にして、少しなら離れても大丈夫だとコンロを離れた五虎退は、

「あ、あの…!」

と意を決して声を挙げる。

「その、鯰尾兄さんばかり、ズルいです…!僕も、誘ってほしかった、です!」

「・・・え、え?」

五虎退の思いがけない言葉に戸惑いの声を漏らしたのは桑名で、鯰尾は流石兄弟と言うべきか五虎退の気持ちを汲み取ったようで困ったように頬をかく。

「いやぁ、でも五虎退にはいち兄がいるからさ~」

可愛い弟に何かあったら怒りの沸点が極端に低くなる一期一振の存在を鯰尾は心配していた。

「鯰尾兄さんにも、いち兄はいます!」

「う、うん…そうなんだけど。でも俺はさ~、ほら、五虎退よりお兄ちゃんだし。それに普段の行いがちょ~っとやんちゃ過ぎて、仕方ないな~みたいな…アレよ…心理?いち兄もこのくらいじゃあんま心配しなくなったと言うか」

しどろもどろに言い訳する鯰尾に、このままでは仲間外れにされると思った五虎退は悲しくなった。
少し泣きそうになるのを必死にこらえた。
ここで泣いたら鯰尾も桑名も気を使って自分を慰めようと優しい言葉をかけてくれるだろう。
だけど、五虎退が望んでいるのはそんな他人行儀な優しさではない。だから勇気を振り絞って話を切り出したのだ。

「とにかく五虎退がびしょ濡れで帰ってきたら、も~!いち兄大慌てだから!桑名お説教コースだから」

「え、僕怒られるの?」

「主犯じゃん」

「主犯だったね」

五虎退を自分達のようなずぶ濡れのみすぼらしい姿にしたくないと思う鯰尾にもまた、一期一振と等しく兄弟に過保護な面があった。
自分と同じことをしたら五虎退にとって良くないだろうという気持ちが働いてしまう。
それを十分に理解した上で、五虎退は必死に自分の兄の目をまっすぐに見た。

「でも・・・でも、僕は、僕も、桑名さんと友だち、です!将来を約束した関係、です!」

「ご、五虎退!なんかその言い方はすごく勘違いされそう」

「僕も、一緒に怒られる覚悟は…あります!」

五虎退の中には数年前に桑名と桜のはなしで盛り上がった記憶と、約束があった。
それは来ないことが望ましい未来で、そんな五虎退の申し出を桑名は嫌な顔一つしないで快く受け入れてくれた。
なぜ、あんなはなしをしたのかはもう分からない。
ただあの時の自分の選択に間違いはなかった。

「なるほど。一蓮托生ってわけだ」

必死な五虎退の言葉に二度三度とうなずいて、桑名は五虎退に手を差し出した。

「なら地獄の果てまで共犯だね!」

「な、何言ってんの?桑名ぁ」

「それが五虎退の望みだよ」

五虎退と桑名を交互に見て困惑する鯰尾に、五虎退は差し出された手を取って「鯰尾兄さん」とはっきりとした声で兄に呼びかけた。
それで鯰尾も諦めがついたらしい。

「やっちゃう?」

「やっちゃいますか」

「は、はい!」

何やら決意の固まった三人に立ちはだかるように、外では槍でも降っているかのような凄まじい雨音と稲光を走らせていた。
それでも三人の決意は揺るがない。

「五虎退」

「あ、あるじさま・・・」

それまで黙って三人の成り行きを見守っていた赤羽が五虎退に声をかける。
この本丸を取り仕切るのは主である赤羽である。
彼女が許さなければ五虎退は諦めるしかない。だが、

「麦茶は見ておくよ。楽しんでおいで」

「は、はい!ありがとうございます」

赤羽の許しが出て五虎退は嬉しそうに土間のサンダルをつっかけた。

「話しの分かる主で助かる~!」

鯰尾が一番に勝手口から飛び出して行き、それに五虎退と桑名も続いていく。
外に出ると雨音は凄まじく、雨の中で笑いながら叫んでいる鯰尾の声も簡単にかき消した。
降りしきる雨は滝のようで、桑名に手を引かれて飛び出せば水中に入ったような感覚になり、内番着は一瞬でずぶ濡れになった。長袖越しに打ちつける雨は強く、小石でも投げつけられているかのような衝撃を受けた。

「あ、はははっ」

雨が降れば急いで屋内に避難するのが当たり前で、わざわざ降られに行く感覚が五虎退には衝撃的で、刺激的で、とても楽しかった。

その後、雷が近づくまで外ではしゃいでいた三人は、それを止めなかった赤羽も含めて一期一振に怒られたのは言うまでもないが、
それも含めて五虎退にとって楽しい記憶となった。
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