とある本丸の日常生活
時の政府本部が緊急防衛態勢に入ってから七日後、各地にある本丸全てが時間遡行軍の襲撃を受けた。
想定外の巨大な敵影に戦力。
その迎撃に備えた本丸は外部と切り離され、その原因は依然不明のまま。
不測の事態なれど本丸への侵入を免れたとして、こんのすけを通じて政府より「対大侵寇防人作戦」が宣言されて
一一一それから、五日経つ現在
「・・・」
本丸の水平線向こうに浮かぶ巨大な月を今剣はただ眺めていた。
縁側から足を投げ出しぶらつかせている。
特に何も考えていない。
この月が綺麗だとも思わない。
冴えた光を放つそれを眺めている。
ここは朝も夜もなく、青い世界だった。
本丸周辺を囲んでいた木々の緑も背後に聳える山々も、眼下に見えた親交深い山里も何もかも…見慣れた景色は何処にもない。
「今剣」
呼びかけられ振り向けば、そこには赤い髪の女性が佇んでいた。
「あるじさま」
「おやつの時間だって…みんな、集まってる」
緊急事態でも本丸での生活に大きな変化はなかった。
緊急事態だからこそなるべくいつもと同じことを、と言ったのは主である赤羽だった。
常と違うことは肉体よりも精神を疲労しやすい。
もちろん兵糧の備えにも限界はある。
この状態がいつまで続くかわからない限り節制は大切で、そこは料理番達の腕の見せ所だ。
「…あるじさま。ごめんなさい」
「?」
「わざわざ、ぼくをよびにきてくれたのでしょう?そんなことは岩融にやらせればいいのです。岩融はなにをやっているのでしょう」
「いいよ。私も食堂に行く途中。一緒に行こう」
「・・・」
差し伸べられた手を見て、今剣は少し悩むような顔をした。
「どうかした」
「その・・・ぼくはもうすこし、ここにいたいです」
「そう…」
いつもだったら喜んでその手を取っていただろう。
けれど今剣はそれを断った。
「あ、あの…!」
断ってからひどく申し訳なくなって、「ごめんなさい」と謝ろうと思い顔を上げると
「一人になるのは、駄目」
「え?」
「ここを受け入れては、いけない」
腰を落とし今剣に視線を合わせて忠告をするその声は、機械のように感情がない。
けれどその赤い瞳は穏やかな光を湛えていて、自分を咎めているのではないと今剣にはわかる。
心配しているのだ、と。
「なれることは、いけないことですか?」
「環境への順応は悪くないよ…ただ、」
視線を月に向ける主につられて、今剣も振り返り月を見た。
月齢を重ねないそれは冴え冴えと輝き、時の流れも忘れさせる。
「多分、ここは君達にとっては居心地がいい…」
「・・・」
その通りだと思った。
始めこそ外部との接続を断たれたことにより本丸中が騒然とし、皆一様に不安を抱えた。
三日月宗近の安否も分からず、この世界を警戒した。
それが今では不思議なくらい心を許している。
言われるまで気づかないほどに。
「どうして」
時間遡行軍の大侵寇は続いている。
時の政府が展開した「対大侵寇防人作戦フィールド」なる空間では、迎撃の為に全本丸の力を結集して防衛している真っ只中だ。
現し世に影響を与えない為の特別な結界だが、それを破られたら再びあの巨影が本丸を襲う。
この本丸の第一部隊長である今剣でさえ太刀打ち出来なかったあの強敵が一一一それなのに
「どうしてここをなつかしくおもうのでしょう」
「・・・」
ひとりごちる今剣に赤羽は応えない。
今剣の隣に腰かけてただ一緒に月を眺めていた。
大侵寇に対する警戒や克己心、奮起する気持ちがここにいると不思議と薄らいでしまう。
時間遡行軍との戦いも忘れ、ずっとここに居られたら、と刀剣男士にあるまじき考えが浮かんでは慌てて首を振って…それもいつの間にか忘れていた。
(ここを、うけいれては、いけない)
主の言葉が反芻される。
(ここは、ぼくたちには、いごこちがいい)
現し世に戻りたくなくなるほどに。
(では、にんげんには一一?)
今剣ははっとして勢いよく立ち上がる。
どうしてこんな大事なことを忘れていたのか。
「あるじさま!」
自分を見上げる赤羽に今剣は手を差し出して
「ぼく、やっぱりみんなのところにいきたいです。あるじさまといっしょにいきます」
「うん」
握り返された手は月光のせいか青白く見えた。
それでも掌は暖かく、そのぬくもりは今剣に優しく伝わる。
「今剣。休憩が終わったら、出撃してほしい」
「はい、あるじさま。ぼくにまかせてください!」
今剣の力強い返事に赤羽の頬にふ、と影が浮かぶ。
それを見て、今剣も微笑んだ。
戦おう、と今剣は思った。
月夜を進んだ先にある、太陽のある世界に戻るために。
想定外の巨大な敵影に戦力。
その迎撃に備えた本丸は外部と切り離され、その原因は依然不明のまま。
不測の事態なれど本丸への侵入を免れたとして、こんのすけを通じて政府より「対大侵寇防人作戦」が宣言されて
一一一それから、五日経つ現在
「・・・」
本丸の水平線向こうに浮かぶ巨大な月を今剣はただ眺めていた。
縁側から足を投げ出しぶらつかせている。
特に何も考えていない。
この月が綺麗だとも思わない。
冴えた光を放つそれを眺めている。
ここは朝も夜もなく、青い世界だった。
本丸周辺を囲んでいた木々の緑も背後に聳える山々も、眼下に見えた親交深い山里も何もかも…見慣れた景色は何処にもない。
「今剣」
呼びかけられ振り向けば、そこには赤い髪の女性が佇んでいた。
「あるじさま」
「おやつの時間だって…みんな、集まってる」
緊急事態でも本丸での生活に大きな変化はなかった。
緊急事態だからこそなるべくいつもと同じことを、と言ったのは主である赤羽だった。
常と違うことは肉体よりも精神を疲労しやすい。
もちろん兵糧の備えにも限界はある。
この状態がいつまで続くかわからない限り節制は大切で、そこは料理番達の腕の見せ所だ。
「…あるじさま。ごめんなさい」
「?」
「わざわざ、ぼくをよびにきてくれたのでしょう?そんなことは岩融にやらせればいいのです。岩融はなにをやっているのでしょう」
「いいよ。私も食堂に行く途中。一緒に行こう」
「・・・」
差し伸べられた手を見て、今剣は少し悩むような顔をした。
「どうかした」
「その・・・ぼくはもうすこし、ここにいたいです」
「そう…」
いつもだったら喜んでその手を取っていただろう。
けれど今剣はそれを断った。
「あ、あの…!」
断ってからひどく申し訳なくなって、「ごめんなさい」と謝ろうと思い顔を上げると
「一人になるのは、駄目」
「え?」
「ここを受け入れては、いけない」
腰を落とし今剣に視線を合わせて忠告をするその声は、機械のように感情がない。
けれどその赤い瞳は穏やかな光を湛えていて、自分を咎めているのではないと今剣にはわかる。
心配しているのだ、と。
「なれることは、いけないことですか?」
「環境への順応は悪くないよ…ただ、」
視線を月に向ける主につられて、今剣も振り返り月を見た。
月齢を重ねないそれは冴え冴えと輝き、時の流れも忘れさせる。
「多分、ここは君達にとっては居心地がいい…」
「・・・」
その通りだと思った。
始めこそ外部との接続を断たれたことにより本丸中が騒然とし、皆一様に不安を抱えた。
三日月宗近の安否も分からず、この世界を警戒した。
それが今では不思議なくらい心を許している。
言われるまで気づかないほどに。
「どうして」
時間遡行軍の大侵寇は続いている。
時の政府が展開した「対大侵寇防人作戦フィールド」なる空間では、迎撃の為に全本丸の力を結集して防衛している真っ只中だ。
現し世に影響を与えない為の特別な結界だが、それを破られたら再びあの巨影が本丸を襲う。
この本丸の第一部隊長である今剣でさえ太刀打ち出来なかったあの強敵が一一一それなのに
「どうしてここをなつかしくおもうのでしょう」
「・・・」
ひとりごちる今剣に赤羽は応えない。
今剣の隣に腰かけてただ一緒に月を眺めていた。
大侵寇に対する警戒や克己心、奮起する気持ちがここにいると不思議と薄らいでしまう。
時間遡行軍との戦いも忘れ、ずっとここに居られたら、と刀剣男士にあるまじき考えが浮かんでは慌てて首を振って…それもいつの間にか忘れていた。
(ここを、うけいれては、いけない)
主の言葉が反芻される。
(ここは、ぼくたちには、いごこちがいい)
現し世に戻りたくなくなるほどに。
(では、にんげんには一一?)
今剣ははっとして勢いよく立ち上がる。
どうしてこんな大事なことを忘れていたのか。
「あるじさま!」
自分を見上げる赤羽に今剣は手を差し出して
「ぼく、やっぱりみんなのところにいきたいです。あるじさまといっしょにいきます」
「うん」
握り返された手は月光のせいか青白く見えた。
それでも掌は暖かく、そのぬくもりは今剣に優しく伝わる。
「今剣。休憩が終わったら、出撃してほしい」
「はい、あるじさま。ぼくにまかせてください!」
今剣の力強い返事に赤羽の頬にふ、と影が浮かぶ。
それを見て、今剣も微笑んだ。
戦おう、と今剣は思った。
月夜を進んだ先にある、太陽のある世界に戻るために。
