とある本丸の日常生活
「ちょっと!」
執務室に加州清光の声が響き渡る。
「三日月、待てよ」
政府からの緊急入電に三日月宗近と共に立ち会った加州は、通信が途絶えたと言うのに柔和な顔を崩さず、そして事情を知っていながらそれを語らない、そんな三日月の態度に不信感を抱き、部屋を出る背中を追いかけようとして一一・・・やめた。
「加州。いいよ」
この本丸の主が彼を制止したからだ。
納得のいかない顔をしながら戻ってきた加州は唇をとがらせて
「意味深なことばかり言って…!もっとわかるように言ってくんなきゃわかんねーよ」
と文句を言う。
「三日月も、軽々しく話せることじゃないと考えてる。白き、月…それを待つしかない」
感情の抜け落ちた美しい人形のような顔に、抑揚の少ない声。
本丸の主、赤羽からも本部が緊急防衛態勢に入ったことを報せる入電に動揺が見られない。
「そう、それ!それなんなの。主知ってる?」
「わからない」
「だよねぇ。白い月、ね・・・」
それを三日月の口から聞いた時、加州の脳裏にはある人物が浮かんでいた。根拠はない。ただ、なんとなくだ。
「・・・」
この緊急事態に話すべきことではないと分かっているが、審神者の赤い瞳は加州の言葉を待っていた。
待ってくれているから加州は軽く混乱していた思考を落ち着かせて口を開く。
「俺ね、それ聞いた時に…"宗近"のことかなって思っちゃったんだよね。ほら、いつだったかな。一一そう、主の就任記念の日。三日月とさ、三人で見たよね。白い月」
それは今より三ヶ月ほど前の十二月。
その日の明け方に見た白い月を、加州は鮮明に覚えていた。
「逆三日月…」
「そ。明け方に昇る三日月。三日月は宗近をそれに例えてたし」
この本丸にはもう一振り三日月宗近がいた。
戦には出ず、本丸の雑事を任されていた彼は三日月と区別を付けるため「宗近」と呼ばれていた。
その昼行灯の正体は政府の精鋭であり、実力ある彼が明け方の三日月のように輝くことが出来ないことを憂いて、彼が「三日月宗近」として輝ける場所へと返還することを進言したのも三日月だった。
怪しい言動を取りながら、刀剣男士としての在り方に誰よりも気遣う三日月の真意が加州には汲み取れない。
だが「白き月」と聞いた時、もしかしたら「宗近」のことを意味している隠語ではないかと加州は淡い期待を抱いた。
「そうだね…でも」
赤い瞳に翳りはなく、はっきりと
「宗近はもう本丸に戻らない」
断言する。
「しーちゃんも、戻らない」
続く言葉に、自分が本当に期待していたところを見抜かれて加州思わず目を逸らした。そして誤魔化すようにすぐに笑顔を向ける。
「・・・。あはは、分かっちゃいたけど、そうはっきり言われるとなぁ」
「月を待ちながら、出来ることをしよう…」
「敵さんは待っちゃくれないからね」
分かったことを言いながら、自分が想像以上に落胆したことに心中かなり焦り、主が深く突っ込まないことに有り難く感じた。
そして今一度、狐面の男による通信内容を慎重に思い出す。
「本部の跳躍経路の侵食…なんて、どんな手段取ったらそんなこと出来んだよ。今は防衛態勢に入ってるんだったよね。救援要請もないって言ってたし、まだ直接乗り込まれてるわけじゃないってこと?」
「そうだね。本部は重要機関。故に堅牢。簡単には攻め込まれない」
元々は政府軍に属していた審神者である赤羽は、本部の内部構造や防衛機能等何かしら内情を知っているようだった。口が重いためあまり詳細を語らないが、彼女が「堅牢」と評するからには本部の防衛機能は信頼出来ると受け取っていいのだろう。
「だけど通信は途絶えた。向こうの状況がわからない。油断は出来ないね」
その堅牢な本部が緊急防衛態勢に入った瞬間に一方的に通信が切断された。防衛システムがどういったものか加州にはわからないが、情報がなくなるのはかなり痛手だ。
「…敵の狙いは本部だけではない」
「全ての本丸が狙われてるんだよね…敵さん殺意高すぎ」
「各所の戦力を分散させるのは避けたい。だから、本部は救援要請を出せない」
一一欠けたら負ける…そういうところまで来ている
ふいに思い出したのは誰の言葉だっただろう。
だが浮かびかけた言葉はすぐに思考の海に消えて、
「当初の予定どおり、俺達は俺達で大侵寇に備えて耐えるしかないってわけね」
「そう」
「じゃあ、まぁ~とりあえずさっきの入電の内容をみんなにも伝えないとね。本部との連携が取れない今、俺達はこの本丸を守ることだけを考えなきゃ」
「そうだね」
「作戦も練り直さないとかな。再度備蓄の確認と戦力配置、その他諸々に変更箇所が・・・」
冷静に現状取るべき行動を見定め、今後の方針を…と考えたところで加州は口を閉ざした。考えれば考えるほどに不安が鎌首をもたげてくるのだ。
「・・・加州?」
「藤代は、大丈夫かな・・・」
ぽつり、と口をついて出てきたのは今は本丸に居ない者の安否だった。
「あいつ…本部にいるんだよね。もし戦闘になったら負傷した刀剣男士の手入れのために、きっと逃げられない」
宗近と共に本部へと戻って行ったこの本丸の元記録役は政府軍救援部隊の刀剣研磨担当で、負傷した刀剣男士の戦場復帰を役目としていた。
「逃げられないし、きっと逃げない。そういう奴だから、ちょっと…ちょっとだけね?心配かな」
「そうだね」
努めて明るい声で話す加州に、審神者は感情のない瞳を机に落として頷いていた。
「タイミング悪いよな。帰るなんて言わなきゃ、こんなことに巻き込まれなかったのに。あいつ巻き込まれ体質すぎ」
「・・・」
「ま、どこにいても安全な場所なんてないんだけど」
「そうだね。大丈夫、とは言えない…」
「うん」
「ただ、あの子は、渦中でこそ輝く」
「え・・・それは、」
どういう意味かと考えあぐねる。
赤羽の代わりに審神者の仕事を任されたことがあるとは言え、渦中の者は審神者になれない半端者だ。
長年の経験から手入れだけは手際が良いが、評価出来るのはそのくらい。到底何か活躍出来るとは思えなかった。
「主。いいだろうか?」
突然入ってきた声に、二人がそちらを見やれば
「三日月?!えっ、戻ってきた??」
先程、執務室を退室した三日月の姿がそこにあった。
まさか引き返してくるとは思わず加州は目を丸くする。
「政府より届いた入電の件、皆に話すのだろう?講堂に移動するよう伝えてきた。皆、そちらに向かっているぞ」
「なに三日月。煙に巻いといて仕事してんじゃん」
「じじいとは言え耄碌はしていないからな。このくらいは働くさ」
あっはっは、と三日月は笑う。
なんだよそれ、と加州は苦笑する。
意味深長な発言を置いてそのままふらりと立ち去った先で、まさか入電の報告の場を用意していたなど加州は想像もしていなかった。
「本丸を守るぞ。生き残り、あれらを安心させてやらねばな」
「・・・そーね」
それが誰のことかすぐに理解して、加州は首肯する。
多くを語らなくても三日月は刀剣男士としての役目を全うするため本丸を守ろうとしている。
かつての仲間を今でも想っている。
それがこの本丸の三日月宗近なのだ、とそこだけは信じたいと加州は思う。
「じゃ、行こっか」
くるりと振り返れば彼の主は真っ直ぐな目で頷いた。
ぱたんと閉じられる執務室の扉。
三日月は廊下の窓から夜空を見上げる。
「・・・俺も輝くぞ。"三日月宗近"」
朝から曇天のそこには星も見えず…
その呟きは暗闇に溶け込んだ。
大侵寇はもう間もなく一一一
執務室に加州清光の声が響き渡る。
「三日月、待てよ」
政府からの緊急入電に三日月宗近と共に立ち会った加州は、通信が途絶えたと言うのに柔和な顔を崩さず、そして事情を知っていながらそれを語らない、そんな三日月の態度に不信感を抱き、部屋を出る背中を追いかけようとして一一・・・やめた。
「加州。いいよ」
この本丸の主が彼を制止したからだ。
納得のいかない顔をしながら戻ってきた加州は唇をとがらせて
「意味深なことばかり言って…!もっとわかるように言ってくんなきゃわかんねーよ」
と文句を言う。
「三日月も、軽々しく話せることじゃないと考えてる。白き、月…それを待つしかない」
感情の抜け落ちた美しい人形のような顔に、抑揚の少ない声。
本丸の主、赤羽からも本部が緊急防衛態勢に入ったことを報せる入電に動揺が見られない。
「そう、それ!それなんなの。主知ってる?」
「わからない」
「だよねぇ。白い月、ね・・・」
それを三日月の口から聞いた時、加州の脳裏にはある人物が浮かんでいた。根拠はない。ただ、なんとなくだ。
「・・・」
この緊急事態に話すべきことではないと分かっているが、審神者の赤い瞳は加州の言葉を待っていた。
待ってくれているから加州は軽く混乱していた思考を落ち着かせて口を開く。
「俺ね、それ聞いた時に…"宗近"のことかなって思っちゃったんだよね。ほら、いつだったかな。一一そう、主の就任記念の日。三日月とさ、三人で見たよね。白い月」
それは今より三ヶ月ほど前の十二月。
その日の明け方に見た白い月を、加州は鮮明に覚えていた。
「逆三日月…」
「そ。明け方に昇る三日月。三日月は宗近をそれに例えてたし」
この本丸にはもう一振り三日月宗近がいた。
戦には出ず、本丸の雑事を任されていた彼は三日月と区別を付けるため「宗近」と呼ばれていた。
その昼行灯の正体は政府の精鋭であり、実力ある彼が明け方の三日月のように輝くことが出来ないことを憂いて、彼が「三日月宗近」として輝ける場所へと返還することを進言したのも三日月だった。
怪しい言動を取りながら、刀剣男士としての在り方に誰よりも気遣う三日月の真意が加州には汲み取れない。
だが「白き月」と聞いた時、もしかしたら「宗近」のことを意味している隠語ではないかと加州は淡い期待を抱いた。
「そうだね…でも」
赤い瞳に翳りはなく、はっきりと
「宗近はもう本丸に戻らない」
断言する。
「しーちゃんも、戻らない」
続く言葉に、自分が本当に期待していたところを見抜かれて加州思わず目を逸らした。そして誤魔化すようにすぐに笑顔を向ける。
「・・・。あはは、分かっちゃいたけど、そうはっきり言われるとなぁ」
「月を待ちながら、出来ることをしよう…」
「敵さんは待っちゃくれないからね」
分かったことを言いながら、自分が想像以上に落胆したことに心中かなり焦り、主が深く突っ込まないことに有り難く感じた。
そして今一度、狐面の男による通信内容を慎重に思い出す。
「本部の跳躍経路の侵食…なんて、どんな手段取ったらそんなこと出来んだよ。今は防衛態勢に入ってるんだったよね。救援要請もないって言ってたし、まだ直接乗り込まれてるわけじゃないってこと?」
「そうだね。本部は重要機関。故に堅牢。簡単には攻め込まれない」
元々は政府軍に属していた審神者である赤羽は、本部の内部構造や防衛機能等何かしら内情を知っているようだった。口が重いためあまり詳細を語らないが、彼女が「堅牢」と評するからには本部の防衛機能は信頼出来ると受け取っていいのだろう。
「だけど通信は途絶えた。向こうの状況がわからない。油断は出来ないね」
その堅牢な本部が緊急防衛態勢に入った瞬間に一方的に通信が切断された。防衛システムがどういったものか加州にはわからないが、情報がなくなるのはかなり痛手だ。
「…敵の狙いは本部だけではない」
「全ての本丸が狙われてるんだよね…敵さん殺意高すぎ」
「各所の戦力を分散させるのは避けたい。だから、本部は救援要請を出せない」
一一欠けたら負ける…そういうところまで来ている
ふいに思い出したのは誰の言葉だっただろう。
だが浮かびかけた言葉はすぐに思考の海に消えて、
「当初の予定どおり、俺達は俺達で大侵寇に備えて耐えるしかないってわけね」
「そう」
「じゃあ、まぁ~とりあえずさっきの入電の内容をみんなにも伝えないとね。本部との連携が取れない今、俺達はこの本丸を守ることだけを考えなきゃ」
「そうだね」
「作戦も練り直さないとかな。再度備蓄の確認と戦力配置、その他諸々に変更箇所が・・・」
冷静に現状取るべき行動を見定め、今後の方針を…と考えたところで加州は口を閉ざした。考えれば考えるほどに不安が鎌首をもたげてくるのだ。
「・・・加州?」
「藤代は、大丈夫かな・・・」
ぽつり、と口をついて出てきたのは今は本丸に居ない者の安否だった。
「あいつ…本部にいるんだよね。もし戦闘になったら負傷した刀剣男士の手入れのために、きっと逃げられない」
宗近と共に本部へと戻って行ったこの本丸の元記録役は政府軍救援部隊の刀剣研磨担当で、負傷した刀剣男士の戦場復帰を役目としていた。
「逃げられないし、きっと逃げない。そういう奴だから、ちょっと…ちょっとだけね?心配かな」
「そうだね」
努めて明るい声で話す加州に、審神者は感情のない瞳を机に落として頷いていた。
「タイミング悪いよな。帰るなんて言わなきゃ、こんなことに巻き込まれなかったのに。あいつ巻き込まれ体質すぎ」
「・・・」
「ま、どこにいても安全な場所なんてないんだけど」
「そうだね。大丈夫、とは言えない…」
「うん」
「ただ、あの子は、渦中でこそ輝く」
「え・・・それは、」
どういう意味かと考えあぐねる。
赤羽の代わりに審神者の仕事を任されたことがあるとは言え、渦中の者は審神者になれない半端者だ。
長年の経験から手入れだけは手際が良いが、評価出来るのはそのくらい。到底何か活躍出来るとは思えなかった。
「主。いいだろうか?」
突然入ってきた声に、二人がそちらを見やれば
「三日月?!えっ、戻ってきた??」
先程、執務室を退室した三日月の姿がそこにあった。
まさか引き返してくるとは思わず加州は目を丸くする。
「政府より届いた入電の件、皆に話すのだろう?講堂に移動するよう伝えてきた。皆、そちらに向かっているぞ」
「なに三日月。煙に巻いといて仕事してんじゃん」
「じじいとは言え耄碌はしていないからな。このくらいは働くさ」
あっはっは、と三日月は笑う。
なんだよそれ、と加州は苦笑する。
意味深長な発言を置いてそのままふらりと立ち去った先で、まさか入電の報告の場を用意していたなど加州は想像もしていなかった。
「本丸を守るぞ。生き残り、あれらを安心させてやらねばな」
「・・・そーね」
それが誰のことかすぐに理解して、加州は首肯する。
多くを語らなくても三日月は刀剣男士としての役目を全うするため本丸を守ろうとしている。
かつての仲間を今でも想っている。
それがこの本丸の三日月宗近なのだ、とそこだけは信じたいと加州は思う。
「じゃ、行こっか」
くるりと振り返れば彼の主は真っ直ぐな目で頷いた。
ぱたんと閉じられる執務室の扉。
三日月は廊下の窓から夜空を見上げる。
「・・・俺も輝くぞ。"三日月宗近"」
朝から曇天のそこには星も見えず…
その呟きは暗闇に溶け込んだ。
大侵寇はもう間もなく一一一
