はじめての殺人【SCP-076】
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【削除済み】の銃口は真っ直ぐと彼の頭を狙っていた。
このまま引き金を引けば、彼女の目的は“一時的”に果たされることになる。
『おい、 D-??????!勝手な行動をとるな!今すぐ辞めるんだ!』
耳にあてた小型無線機から男の怒鳴り声が聞こえる。
しかし、【削除済み】は目の前のチャンスに手をのばさずにはいられなかった。
部屋に設置されたシングルベッドで固く目を閉じ眠るその男
長いまとまりのない黒髪
オリーブ色の肌
全身を埋め尽くす不気味な刺青
忘れたくても忘れられない顔
間違いない。
本当に目の前にずっと追い求めてきた男がいるのだ。
その人がこんな無防備でいるのに、どうして殺さないでいられるだろうか。
私の“家族を殺した”張本人であるというのに!
その興奮に【削除済み】は本来の目的も忘れ、その目には狂気さえも感じさせられた。
再び、無線から声が聞こえた。今度は先ほどとは別の落ち着いた男性の声だった。
『やめなさい、D-??????。今076を殺したところで君にとってはなんの価値もない。今後の君のために今は怒りを抑えるんだ。』
その諭すような声の主が【削除済み】をここに送り込んだ博士であると気づいた。
いつもなら彼の言葉に素直に従う【削除済み】だが、目の前の男に抱く殺意に伴い彼の言葉に対しても怒りがこみ上げる。
"馬鹿なのか?何が今後、だ。どっちにしたってうまく行かなきゃ私は死ぬというのに!"
目の前の男を起こさないよう声にだして言葉にすることはなかったが、沸沸と【削除済み】の怒りはこみ上げるばかりだ。
彼女の苛立ちに気づいたのか博士がゆっくりとした口調で再び諭す。
『君の気持ちはわかる。しかし、私達は君が怒りに任せて死を選ぶようなことをして欲しくない。ただでさえ話し合いが効かないかもしれない相手だ。寝込みを襲われたら話し合いの余地もなくなるぞ?』
「........」
未だに男に銃口を向ける【削除済み】に博士の口調が少し強くなる。
『この2 年間を無駄にするつもりか?たった一回の達成された殺害で、君の家族は満足するのか?その傷の代償はその程度でいいのか?』
ズキリと身体中に蔓延った古傷が疼いた。
【削除済み】はDクラスの制服に隠された傷だらけの自分の体を見下ろす。
この男や檻の中の奴らにつけられた傷....
2 年間彼女は世間から蔑みの目で見られ、檻の中で耐えがたい虐げに耐えてきた。
普通の女としては生けてはいけないほどの傷と2度と戻らない大好きな人達
【削除済み】の中で冷静さが戻りつつあるのが目にみえてわかった。
このまま引き金を引けば楽になれる。
でも、ここまで犠牲を払わされた私がたった一回の復習で満足して言い訳がない。
【削除済み】はそっと銃を下ろした。
今でもこの男の顔をみると憎しみで、悔しさで、悲しみで涙があふれそうになる。
溢れるものを女は落ちる前に必死に拭った。
『これが成功すれば、君はこれから彼を何度でも殺せる。殺すための全てを手に入れる事ができる。そうだろ?』
こくんと女は頷いた。
おそらくこのまま彼女が引き金を引いていれば、問答無用で彼女は今生きていなかっただろう。
そして、彼女だけではなくもっと多くの犠牲が払われたことだろう。
【削除済み】が目の前にしているのはそういうモノだった。
「博士、ごめんなさい。私 …. 」
『いや、私こそこうなる事は予測できていたのに申し訳なかったな。』
「本当にごめんなさい。私から言い出したことなのに、我を忘れてしまった。」
今回設けてもらった"試験"は、【削除済み】が自ら申し出たものだった。
財団に入り日の浅い職員に対し異例の昇格試験で他の職員とも内容が違うものだが、特例だけあって危険な試験だ。命の危険もある。
『気にするな。....今日はやめておこう。今扉を開けるからこちらに戻ってきなさい。今警備をそちらに向かわせる。』
「はい」
無線からカタカタと複雑な入力音がする。
さすが、この男の収容するだけある。たかが、扉一枚開けるのにも様々な手順をパスしないといかずひと苦労である。
しかし、博士のことだ。
すぐに開けてくれるだろうと、扉の前に行くのに男に背を向けた。
『ん?』
無線越しに博士が何かに気づいたのかふと声をあげたと思った途端、彼にしては珍しく切羽詰まったように声を張り上げた。
『なんてことだ!!』
「は、博士..?」
『076が起きている!!』
しかし、その忠告がすでに遅すぎたことを知った。
突然、視界が揺らぎ【削除済み】の体は大きく傾いたとおもうと彼女はそのまま強かに腰を床に打った。
「私を殺さないのか。」
頭上から男の声がした。
体の末端から温度が引いていくのを感じる。
「いつになったら引き金を引くのか、楽しみに待っていたんだがなぁ?」
ゆっくり顔をあげるとそこにはさっきまで眠っていたはずの男が私を見下ろしていた。
彼は嗤っていた。
「ア …アベ、ル。ずっと起きて …. 」
眠っていた時にはみえていなかった灰色の瞳と鋭い尖った歯に、更に恐怖を煽られる。
男が手を伸ばしてくる。
あまりの恐ろしさに彼女は喉の奥からヒィっと悲鳴をあげる。
『D-?????!?どうし』
―バチン
耳元で小さな破壊音がし、唇に指をあてた男がシ―と音を出す。
【削除済み】は呼吸をするのも忘れ必死に口元に手をあて、何が何でも音を出さないようにつとめた。
恐ろしさに身を震わせながらも、男を睨み続ける彼女に彼はニヤリとまた嗤った。
「そんなにおびえるな。別にすぐに殺そうとはおもってない。これもあるしな。」
そう言って彼は自身の首元に装着された重そうなチョーカーをコツコツと指でつついた。
男が【削除済み】の腕を放した。容赦ない力で掴まれていたためか腕が痛む。
「くくく、若く見えるが楽しめそうな面してるな。今まで何人の人間を殺してきたんだ?」
SCP ‐076もといアベルは、女の頬を大きく横切る古い傷をヒトとはおもえない冷たい手の甲でなぞった。
【削除済み】は口を開いていいのか分からず、ただ無言で男を睨みつける。
その様子にアベルが大きくため息をついた。
「君は口がきけないのか?私は君に問い掛けているのだが?」
無言で【削除済み】はアベルに銃口を向けた。
その様子をみて、アベルの口角はさらに吊りあがる。
「そんなへっぴり腰で私に銃口を向けるのか?」
アベルに指摘され、床にへたり込んだままの腰を震える肢で無理やり起こした。なんとも無様な様子だが、彼女は彼を睨む事だけはやめなかった。
「さぁ?撃ってみろ。君が私を撃った時、その傷に相応しい力量かみてやる。」
噂に違わぬ狂人だ。
しかし、【削除済み】が撃つことはなかった。彼女は両手をあげて銃を床に落とす。
アベルはその様子を無言でみやると「なんのまねだ?」と怒気を含んだ声で唸った。
「こんにちは、アベル。私はD -??????です。」
怒気の含まれた声に怯えつつ、震える声で【削除済み】は自己紹介を行う。現在の立ち位置について。
「 D クラス …. ?」
アベルは不思議そうに呟く。
彼女の橙色のクラス D 専用の制服をみて、理解できない言葉で一言毒づいたのがわかった。
「奴らのおもちゃか。それもすぐ壊れる、な。なんだ、私にもこのおもちゃで遊べと言っているのか。こんなので私の退屈が慰められると。」
アベルは両手を挙げたまま動かない【削除済み】の頭をコンコンと中指の第二関節でノックする。彼の表情は明らかに落胆し、語尾には呆れをも感じさせられた。
【削除済み】は恐怖を振り払うように渇いた喉から声を張り上げた。
「私が今回ここへ訪れたのは、あなたに殺されるためではありません。あなたに認められるためです。」
「・・・・認める?」
コクリと頷き、続ける。
「あなたさえよければ、あなたの隊に入れてください。もちろん、このあり様です。すぐにとは言いません!だからせめてこのサイトで警備の任につけるように私の昇進を認めてください。」
「・・・・・・」
アベルは無言で女を見つめた。
あまりにも長い時間そうしているため、【削除済み】の額にはじわりと汗が浮き出てきていた。緊張のせいで呼吸も苦しい。
しばらくして、やっとアベルが口を開いた。
「お前の言っていることの意味がわからない。お前のショウシン・・・が目的なのはわかったが、なぜそれを私が決めないといけない?隊はともかく、見張りはお前たちが勝手に決めればいいだろう。」
「私のけじめです。ここにとどまる事になれば私は常にあなたの側にいることになるから。」
「それは他の見張りも一緒だろう?」
「違います」と【削除済み】はきっぱりと言い切った。
アベルはその言葉に更に疑問が深まったらしい。頭が悪い訳ではないが、生来頭を使うのは苦手な彼だ。だんだんいらつきが募る。
「いい加減にしろ!うじうじしやがって。とっとと結論を言え。ただでさえ最近はこんなところに押し込まれ続けてイラついてるんだ!」
先程まで静かに話していた男の突然の怒鳴り声。
アベルの怒気に負け、【削除済み】は言ってはいけないと押し込めていたものをおもわず目を固く閉じ声にだしてしまう。
「私はあなたを殺したい!」
ピタリとこの空間の時間が止まった気がした。
「私を殺したい、だと?」
「他の職員はあなたが暴れないと相手をしてくれないでしょうけど、私は違う!あなたを殺したいがためにココに来た!あなたが認めさえすれば、私は今すぐこの服を脱ぎ捨てアーマーを着けます!私はいつ何時 ( なんどき ) だってあなたの命を狙い続け、あなたを殺し続ける!」
一気に言い切ったが、【削除済み】は内心「あぁ、やってしまった」と毒づいた。
普通、あなたを殺したいといわれれば誰だって良い気分ではない。アベルはこの言葉に怒るだろう。そして私は呆気なく殺されるだろう。
(やはり、あの時引き金を引くべきだった。そうすれば一回でも殺せたのに!)
彼女はおそるおそる顔をあげ、彼をみた。
肝心の彼は放心したように【削除済み】をみつめていた。
「あ、あの ….. アベル?」
声をかけられたアベルはハッと目を見開き、そして次の瞬間高らかに笑い始めた。
今度は彼女が茫然としてしまう番だ。
ひとしきり笑った彼は目元に浮かぶ涙を指で拭い、鋭い歯をのぞかせながら【削除済み】の肩に手を置いた。
安心出来ていない彼女はそれだけでもビクリと大きく体がはねる。
「面白い。今日の私は実に幸運だ。いいぞ、ショウシンを認めてやる。今すぐ服を脱げ。」
「......へ?」
アベルの言葉に頭が追いつけず【削除済み】は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「.....え?あの....」
「どうした?私が認めれば、その忌々しい D の服を脱ぎ捨てるんだろ?」
確かに彼女は先ほど、昇進さえ認めてくれれば今すぐ"着替えてくる"という内容の言葉を言った。
脱ぎ捨てると言った気もするが.....
「そ、それは言葉の綾というもので」
「将来の上司になるかもしれない私の話が聞けないのか。」
ニヤリと嗤うその表情に、ついさっきまで忘れかけていた殺意が増幅されるのを感じた。
しかし、ここまで来てアベルの機嫌を損ねるわけにもいかず【削除済み】はその場で制服を脱ぎ捨てシャツと下着だけになった。
薄着により、男性には見られない体のラインが目立つ。
「ん?君、女だったのか?」
アベルの一言により、【削除済み】はまたしても本日何度目かの驚愕を味わう。
「短髪、しかも歴戦の戦士並に傷を負っていたからずっと男だと思っていたよ。」
「し、失礼ですね。」
彼女の反応にアベルはくくっと喉の奥で嗤うと、「女が殺そうとしてきたのも初めてだな」と更に楽しそうに嗤った。
「ん?」
突然アベルは扉の方を向き何かを確かめると【削除済み】に向かって微笑んだ。
「迎えだ」
背後でゴゴゴゴゴと音と共に扉が開き三人の警備員が入ってきた。扉の向こうにはまだ多くいる。
皆がアベルに銃口を向けていた。
「扉が...開いた。」
「そのようだ。おもちゃにしては随分と大切にされているな?」
一番先頭の男がこっちに来いと合図を出す。
【削除済み】はアベルをチラとみやり、その合図に応える。
「待て」
彼に背を向けようとした時だった。
ヴンと音と共に彼はどこから出したのか黒い剣をその手に携え、【削除済み】に近づいてきた。
職員たちが一斉に安全装置をはずす音が聞こえる。
落ち着きだしていた彼女の心臓がまたドクリとなり始めた。
しかし、アベルは彼女に剣を向けることなく【削除済み】の手をとり、あろうことか自身の剣を彼女に持たせた。
「侘びとショウシン祝だ。今回だけ、殺されてやる。」
そして、彼女の手に自らの手を添え、自分の心臓めがけて剣を突き刺した。
ずぶりと生々しい感覚が【削除済み】の手に伝わる。
初めての感覚に指先が震え、色を失う。
職員たちの間でも、驚愕の声があがった。
普通の人間なら即死の一撃だというのに、彼は何事も無いかのように汐子の顔をみて嗤った。
「どうだ?素晴らしい感覚だろう?命を引き裂くこの振動は。この感覚を忘れるなよ。」
「......アベル、これは」
「女ながらよく私に挑もうとしてくれた。」
男の吊りあがった口角の端から黒い血が一筋伝っていく。
アベルはさらに【削除済み】にぐっと接近すると彼女の手を自身の唇を触れさせた。
彼の手があてがわれたままの手の甲に強い痛みが走る。
「今の時代の人間は、女に敬意を払うときこうするんだろ?」
その声はゴボゴボと大量の血と共に吐き出される。
家族を奪った憎い相手なのに、なぜか胸が締め付けられるように痛んだ。その痛みに抗うように彼女は呟く。
「私には、私の事情があるから。あなたが覚えていなくても、あなたにはとるに足らない事でも、私にはあなたを殺し続けないといけない理由がある。」
今度は自分の力で【削除済み】は更に剣を深く突き刺す。ごぼり、と創部から大量の赤黒い血が流れ出る。
「そうか」とさすがの彼も弱々しく嗤った。
「昇進祝いありがとうございました。次に会う機会までゆっくりと休んでください。」
「あぁ、そうだな。」
アベルが身を起こし、体を彼女に預けるように【削除済み】に寄りかかった。男の大きな体を支えるため、剣から手を離し背中に手をまわす。かなり重い。
「最後に君の名前を聞こうか。」
【削除済み】は彼の頬に顔を付けるようにして自分の名を彼の耳元で呟いた。
「【削除済み】か ……. 。次、会うと..き、タノ、シ...みに.....」
彼の体から体温が感じられない。
彼はこの生での最後の呼気を終えた。
その体は彼の命が尽きたと同時に腐食し塵となり消えた。
どこかで大きな扉が閉まる音がした。
【削除済み】は全てを見守っていた警備員に連れられ、何故か止まらない涙を拭い続けた。
_________________
〈実験報告〉
目的:SCP-076-2のコミュニケーション能力また、性的概念の調査とD-??????の昇進試験
実施方法:Dクラスの女性職員に"武器を持たせない"状態でSCP-076-2と接触させ、コミュニケーションを図る。
※D-??????は通常、[データ削除]の理由から、Keter・Euclidとの接触を認められていませんが彼女の強い要望を[データ削除]により認可され実験に参加しました。
メモ:出来る限り彼女の安全を考慮した指示を行うが、よりにもよって076だ。最悪な結果を想定しておく必要がある。しかも、奴は今任務がなく「薄っぺらい」5重扉と「薄っぺらい」厚い壁に監禁されている。さぞイラついていることだろう。こんな時期にGoサインを出した奴はこれが終わったら殺してやる-???博士
結果:今回、D-??????には実験の内容を詳細には伝えられていなかったが、実験は成功したと言っても過言ではない。076-2に性観念が認められていなかったため、女性の D クラスと接触させ経過をみたところ、076-2はまるでマーキングするかのように元 D クラスの女性職員に様々な痕跡を残していった。
1前腕に大きく鬱血痕があり、076-2の手形が残されている(これについては偶然だという声が多い。D-??????もそう証言している)。
2彼女の右手背には牙を立てられた傷があった。彼女とのインタビューより、彼は手背に口づけ ( 実際は歯をたてているが ) をする意味をわかっていたとのこと。
3昇進祝いと称し自らのソードを使用し彼女に殺させる。しばらく串刺しの状態で生存していたが、D-??????がより深く刺したことが致命傷となり死亡(D-??????曰くソードの感触は硬かった)。以前よりも軽い傷で死亡したことから、あのソードには076を無力化させる物質が含まれている可能性が考えられる。ソードを回収して分析する方法を検討する必要がある。
4D-??????の首元にも噛み痕があった。これは、076-2が死に際に彼女に寄りかかった時のものと考えられ。彼女はついさっき気づいたとのこと。手背に比べ死に際だった事もあり弱々しい噛み痕だったが、彼がこの場所への口づけ ( 歯を立てまくっているが ) の意味を知っていたとすれば、彼の精神構造に更に近づく事ができると考えられる。
元 D クラス職員の女性はこの実験により精神的不安定な状態が3日ほど続いたが、076-2が目覚めたと聞き、現在は回復している。しかし、2人の面会は実験後認可されていない。
メモ:彼女は現在、武術訓練の日が浅い事もあり[データ削除]としてサイト内で雑務を中心に勤務している。しかし、同時に訓練も行っている事から成績次第ではチーム移動の可能性も考えられる。今後の076-2の動向をみたい。彼女の武術訓練の強化を要請する。-[削除済み]
インシデント:D-??????を案内した[削除済み]により、入室前にD-??????へ武器が手渡された。それにより、彼女は武器を用いて076-2に攻撃を試みようと行動する。
違反を行った[削除済み]はSCP-[削除済み]の[削除済み]への異動が決定した。
武器は、実験終了後???によって回収された。
〈記録終了〉
このまま引き金を引けば、彼女の目的は“一時的”に果たされることになる。
『おい、 D-??????!勝手な行動をとるな!今すぐ辞めるんだ!』
耳にあてた小型無線機から男の怒鳴り声が聞こえる。
しかし、【削除済み】は目の前のチャンスに手をのばさずにはいられなかった。
部屋に設置されたシングルベッドで固く目を閉じ眠るその男
長いまとまりのない黒髪
オリーブ色の肌
全身を埋め尽くす不気味な刺青
忘れたくても忘れられない顔
間違いない。
本当に目の前にずっと追い求めてきた男がいるのだ。
その人がこんな無防備でいるのに、どうして殺さないでいられるだろうか。
私の“家族を殺した”張本人であるというのに!
その興奮に【削除済み】は本来の目的も忘れ、その目には狂気さえも感じさせられた。
再び、無線から声が聞こえた。今度は先ほどとは別の落ち着いた男性の声だった。
『やめなさい、D-??????。今076を殺したところで君にとってはなんの価値もない。今後の君のために今は怒りを抑えるんだ。』
その諭すような声の主が【削除済み】をここに送り込んだ博士であると気づいた。
いつもなら彼の言葉に素直に従う【削除済み】だが、目の前の男に抱く殺意に伴い彼の言葉に対しても怒りがこみ上げる。
"馬鹿なのか?何が今後、だ。どっちにしたってうまく行かなきゃ私は死ぬというのに!"
目の前の男を起こさないよう声にだして言葉にすることはなかったが、沸沸と【削除済み】の怒りはこみ上げるばかりだ。
彼女の苛立ちに気づいたのか博士がゆっくりとした口調で再び諭す。
『君の気持ちはわかる。しかし、私達は君が怒りに任せて死を選ぶようなことをして欲しくない。ただでさえ話し合いが効かないかもしれない相手だ。寝込みを襲われたら話し合いの余地もなくなるぞ?』
「........」
未だに男に銃口を向ける【削除済み】に博士の口調が少し強くなる。
『この2 年間を無駄にするつもりか?たった一回の達成された殺害で、君の家族は満足するのか?その傷の代償はその程度でいいのか?』
ズキリと身体中に蔓延った古傷が疼いた。
【削除済み】はDクラスの制服に隠された傷だらけの自分の体を見下ろす。
この男や檻の中の奴らにつけられた傷....
2 年間彼女は世間から蔑みの目で見られ、檻の中で耐えがたい虐げに耐えてきた。
普通の女としては生けてはいけないほどの傷と2度と戻らない大好きな人達
【削除済み】の中で冷静さが戻りつつあるのが目にみえてわかった。
このまま引き金を引けば楽になれる。
でも、ここまで犠牲を払わされた私がたった一回の復習で満足して言い訳がない。
【削除済み】はそっと銃を下ろした。
今でもこの男の顔をみると憎しみで、悔しさで、悲しみで涙があふれそうになる。
溢れるものを女は落ちる前に必死に拭った。
『これが成功すれば、君はこれから彼を何度でも殺せる。殺すための全てを手に入れる事ができる。そうだろ?』
こくんと女は頷いた。
おそらくこのまま彼女が引き金を引いていれば、問答無用で彼女は今生きていなかっただろう。
そして、彼女だけではなくもっと多くの犠牲が払われたことだろう。
【削除済み】が目の前にしているのはそういうモノだった。
「博士、ごめんなさい。私 …. 」
『いや、私こそこうなる事は予測できていたのに申し訳なかったな。』
「本当にごめんなさい。私から言い出したことなのに、我を忘れてしまった。」
今回設けてもらった"試験"は、【削除済み】が自ら申し出たものだった。
財団に入り日の浅い職員に対し異例の昇格試験で他の職員とも内容が違うものだが、特例だけあって危険な試験だ。命の危険もある。
『気にするな。....今日はやめておこう。今扉を開けるからこちらに戻ってきなさい。今警備をそちらに向かわせる。』
「はい」
無線からカタカタと複雑な入力音がする。
さすが、この男の収容するだけある。たかが、扉一枚開けるのにも様々な手順をパスしないといかずひと苦労である。
しかし、博士のことだ。
すぐに開けてくれるだろうと、扉の前に行くのに男に背を向けた。
『ん?』
無線越しに博士が何かに気づいたのかふと声をあげたと思った途端、彼にしては珍しく切羽詰まったように声を張り上げた。
『なんてことだ!!』
「は、博士..?」
『076が起きている!!』
しかし、その忠告がすでに遅すぎたことを知った。
突然、視界が揺らぎ【削除済み】の体は大きく傾いたとおもうと彼女はそのまま強かに腰を床に打った。
「私を殺さないのか。」
頭上から男の声がした。
体の末端から温度が引いていくのを感じる。
「いつになったら引き金を引くのか、楽しみに待っていたんだがなぁ?」
ゆっくり顔をあげるとそこにはさっきまで眠っていたはずの男が私を見下ろしていた。
彼は嗤っていた。
「ア …アベ、ル。ずっと起きて …. 」
眠っていた時にはみえていなかった灰色の瞳と鋭い尖った歯に、更に恐怖を煽られる。
男が手を伸ばしてくる。
あまりの恐ろしさに彼女は喉の奥からヒィっと悲鳴をあげる。
『D-?????!?どうし』
―バチン
耳元で小さな破壊音がし、唇に指をあてた男がシ―と音を出す。
【削除済み】は呼吸をするのも忘れ必死に口元に手をあて、何が何でも音を出さないようにつとめた。
恐ろしさに身を震わせながらも、男を睨み続ける彼女に彼はニヤリとまた嗤った。
「そんなにおびえるな。別にすぐに殺そうとはおもってない。これもあるしな。」
そう言って彼は自身の首元に装着された重そうなチョーカーをコツコツと指でつついた。
男が【削除済み】の腕を放した。容赦ない力で掴まれていたためか腕が痛む。
「くくく、若く見えるが楽しめそうな面してるな。今まで何人の人間を殺してきたんだ?」
SCP ‐076もといアベルは、女の頬を大きく横切る古い傷をヒトとはおもえない冷たい手の甲でなぞった。
【削除済み】は口を開いていいのか分からず、ただ無言で男を睨みつける。
その様子にアベルが大きくため息をついた。
「君は口がきけないのか?私は君に問い掛けているのだが?」
無言で【削除済み】はアベルに銃口を向けた。
その様子をみて、アベルの口角はさらに吊りあがる。
「そんなへっぴり腰で私に銃口を向けるのか?」
アベルに指摘され、床にへたり込んだままの腰を震える肢で無理やり起こした。なんとも無様な様子だが、彼女は彼を睨む事だけはやめなかった。
「さぁ?撃ってみろ。君が私を撃った時、その傷に相応しい力量かみてやる。」
噂に違わぬ狂人だ。
しかし、【削除済み】が撃つことはなかった。彼女は両手をあげて銃を床に落とす。
アベルはその様子を無言でみやると「なんのまねだ?」と怒気を含んだ声で唸った。
「こんにちは、アベル。私はD -??????です。」
怒気の含まれた声に怯えつつ、震える声で【削除済み】は自己紹介を行う。現在の立ち位置について。
「 D クラス …. ?」
アベルは不思議そうに呟く。
彼女の橙色のクラス D 専用の制服をみて、理解できない言葉で一言毒づいたのがわかった。
「奴らのおもちゃか。それもすぐ壊れる、な。なんだ、私にもこのおもちゃで遊べと言っているのか。こんなので私の退屈が慰められると。」
アベルは両手を挙げたまま動かない【削除済み】の頭をコンコンと中指の第二関節でノックする。彼の表情は明らかに落胆し、語尾には呆れをも感じさせられた。
【削除済み】は恐怖を振り払うように渇いた喉から声を張り上げた。
「私が今回ここへ訪れたのは、あなたに殺されるためではありません。あなたに認められるためです。」
「・・・・認める?」
コクリと頷き、続ける。
「あなたさえよければ、あなたの隊に入れてください。もちろん、このあり様です。すぐにとは言いません!だからせめてこのサイトで警備の任につけるように私の昇進を認めてください。」
「・・・・・・」
アベルは無言で女を見つめた。
あまりにも長い時間そうしているため、【削除済み】の額にはじわりと汗が浮き出てきていた。緊張のせいで呼吸も苦しい。
しばらくして、やっとアベルが口を開いた。
「お前の言っていることの意味がわからない。お前のショウシン・・・が目的なのはわかったが、なぜそれを私が決めないといけない?隊はともかく、見張りはお前たちが勝手に決めればいいだろう。」
「私のけじめです。ここにとどまる事になれば私は常にあなたの側にいることになるから。」
「それは他の見張りも一緒だろう?」
「違います」と【削除済み】はきっぱりと言い切った。
アベルはその言葉に更に疑問が深まったらしい。頭が悪い訳ではないが、生来頭を使うのは苦手な彼だ。だんだんいらつきが募る。
「いい加減にしろ!うじうじしやがって。とっとと結論を言え。ただでさえ最近はこんなところに押し込まれ続けてイラついてるんだ!」
先程まで静かに話していた男の突然の怒鳴り声。
アベルの怒気に負け、【削除済み】は言ってはいけないと押し込めていたものをおもわず目を固く閉じ声にだしてしまう。
「私はあなたを殺したい!」
ピタリとこの空間の時間が止まった気がした。
「私を殺したい、だと?」
「他の職員はあなたが暴れないと相手をしてくれないでしょうけど、私は違う!あなたを殺したいがためにココに来た!あなたが認めさえすれば、私は今すぐこの服を脱ぎ捨てアーマーを着けます!私はいつ何時 ( なんどき ) だってあなたの命を狙い続け、あなたを殺し続ける!」
一気に言い切ったが、【削除済み】は内心「あぁ、やってしまった」と毒づいた。
普通、あなたを殺したいといわれれば誰だって良い気分ではない。アベルはこの言葉に怒るだろう。そして私は呆気なく殺されるだろう。
(やはり、あの時引き金を引くべきだった。そうすれば一回でも殺せたのに!)
彼女はおそるおそる顔をあげ、彼をみた。
肝心の彼は放心したように【削除済み】をみつめていた。
「あ、あの ….. アベル?」
声をかけられたアベルはハッと目を見開き、そして次の瞬間高らかに笑い始めた。
今度は彼女が茫然としてしまう番だ。
ひとしきり笑った彼は目元に浮かぶ涙を指で拭い、鋭い歯をのぞかせながら【削除済み】の肩に手を置いた。
安心出来ていない彼女はそれだけでもビクリと大きく体がはねる。
「面白い。今日の私は実に幸運だ。いいぞ、ショウシンを認めてやる。今すぐ服を脱げ。」
「......へ?」
アベルの言葉に頭が追いつけず【削除済み】は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「.....え?あの....」
「どうした?私が認めれば、その忌々しい D の服を脱ぎ捨てるんだろ?」
確かに彼女は先ほど、昇進さえ認めてくれれば今すぐ"着替えてくる"という内容の言葉を言った。
脱ぎ捨てると言った気もするが.....
「そ、それは言葉の綾というもので」
「将来の上司になるかもしれない私の話が聞けないのか。」
ニヤリと嗤うその表情に、ついさっきまで忘れかけていた殺意が増幅されるのを感じた。
しかし、ここまで来てアベルの機嫌を損ねるわけにもいかず【削除済み】はその場で制服を脱ぎ捨てシャツと下着だけになった。
薄着により、男性には見られない体のラインが目立つ。
「ん?君、女だったのか?」
アベルの一言により、【削除済み】はまたしても本日何度目かの驚愕を味わう。
「短髪、しかも歴戦の戦士並に傷を負っていたからずっと男だと思っていたよ。」
「し、失礼ですね。」
彼女の反応にアベルはくくっと喉の奥で嗤うと、「女が殺そうとしてきたのも初めてだな」と更に楽しそうに嗤った。
「ん?」
突然アベルは扉の方を向き何かを確かめると【削除済み】に向かって微笑んだ。
「迎えだ」
背後でゴゴゴゴゴと音と共に扉が開き三人の警備員が入ってきた。扉の向こうにはまだ多くいる。
皆がアベルに銃口を向けていた。
「扉が...開いた。」
「そのようだ。おもちゃにしては随分と大切にされているな?」
一番先頭の男がこっちに来いと合図を出す。
【削除済み】はアベルをチラとみやり、その合図に応える。
「待て」
彼に背を向けようとした時だった。
ヴンと音と共に彼はどこから出したのか黒い剣をその手に携え、【削除済み】に近づいてきた。
職員たちが一斉に安全装置をはずす音が聞こえる。
落ち着きだしていた彼女の心臓がまたドクリとなり始めた。
しかし、アベルは彼女に剣を向けることなく【削除済み】の手をとり、あろうことか自身の剣を彼女に持たせた。
「侘びとショウシン祝だ。今回だけ、殺されてやる。」
そして、彼女の手に自らの手を添え、自分の心臓めがけて剣を突き刺した。
ずぶりと生々しい感覚が【削除済み】の手に伝わる。
初めての感覚に指先が震え、色を失う。
職員たちの間でも、驚愕の声があがった。
普通の人間なら即死の一撃だというのに、彼は何事も無いかのように汐子の顔をみて嗤った。
「どうだ?素晴らしい感覚だろう?命を引き裂くこの振動は。この感覚を忘れるなよ。」
「......アベル、これは」
「女ながらよく私に挑もうとしてくれた。」
男の吊りあがった口角の端から黒い血が一筋伝っていく。
アベルはさらに【削除済み】にぐっと接近すると彼女の手を自身の唇を触れさせた。
彼の手があてがわれたままの手の甲に強い痛みが走る。
「今の時代の人間は、女に敬意を払うときこうするんだろ?」
その声はゴボゴボと大量の血と共に吐き出される。
家族を奪った憎い相手なのに、なぜか胸が締め付けられるように痛んだ。その痛みに抗うように彼女は呟く。
「私には、私の事情があるから。あなたが覚えていなくても、あなたにはとるに足らない事でも、私にはあなたを殺し続けないといけない理由がある。」
今度は自分の力で【削除済み】は更に剣を深く突き刺す。ごぼり、と創部から大量の赤黒い血が流れ出る。
「そうか」とさすがの彼も弱々しく嗤った。
「昇進祝いありがとうございました。次に会う機会までゆっくりと休んでください。」
「あぁ、そうだな。」
アベルが身を起こし、体を彼女に預けるように【削除済み】に寄りかかった。男の大きな体を支えるため、剣から手を離し背中に手をまわす。かなり重い。
「最後に君の名前を聞こうか。」
【削除済み】は彼の頬に顔を付けるようにして自分の名を彼の耳元で呟いた。
「【削除済み】か ……. 。次、会うと..き、タノ、シ...みに.....」
彼の体から体温が感じられない。
彼はこの生での最後の呼気を終えた。
その体は彼の命が尽きたと同時に腐食し塵となり消えた。
どこかで大きな扉が閉まる音がした。
【削除済み】は全てを見守っていた警備員に連れられ、何故か止まらない涙を拭い続けた。
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〈実験報告〉
目的:SCP-076-2のコミュニケーション能力また、性的概念の調査とD-??????の昇進試験
実施方法:Dクラスの女性職員に"武器を持たせない"状態でSCP-076-2と接触させ、コミュニケーションを図る。
※D-??????は通常、[データ削除]の理由から、Keter・Euclidとの接触を認められていませんが彼女の強い要望を[データ削除]により認可され実験に参加しました。
メモ:出来る限り彼女の安全を考慮した指示を行うが、よりにもよって076だ。最悪な結果を想定しておく必要がある。しかも、奴は今任務がなく「薄っぺらい」5重扉と「薄っぺらい」厚い壁に監禁されている。さぞイラついていることだろう。こんな時期にGoサインを出した奴はこれが終わったら殺してやる-???博士
結果:今回、D-??????には実験の内容を詳細には伝えられていなかったが、実験は成功したと言っても過言ではない。076-2に性観念が認められていなかったため、女性の D クラスと接触させ経過をみたところ、076-2はまるでマーキングするかのように元 D クラスの女性職員に様々な痕跡を残していった。
1前腕に大きく鬱血痕があり、076-2の手形が残されている(これについては偶然だという声が多い。D-??????もそう証言している)。
2彼女の右手背には牙を立てられた傷があった。彼女とのインタビューより、彼は手背に口づけ ( 実際は歯をたてているが ) をする意味をわかっていたとのこと。
3昇進祝いと称し自らのソードを使用し彼女に殺させる。しばらく串刺しの状態で生存していたが、D-??????がより深く刺したことが致命傷となり死亡(D-??????曰くソードの感触は硬かった)。以前よりも軽い傷で死亡したことから、あのソードには076を無力化させる物質が含まれている可能性が考えられる。ソードを回収して分析する方法を検討する必要がある。
4D-??????の首元にも噛み痕があった。これは、076-2が死に際に彼女に寄りかかった時のものと考えられ。彼女はついさっき気づいたとのこと。手背に比べ死に際だった事もあり弱々しい噛み痕だったが、彼がこの場所への口づけ ( 歯を立てまくっているが ) の意味を知っていたとすれば、彼の精神構造に更に近づく事ができると考えられる。
元 D クラス職員の女性はこの実験により精神的不安定な状態が3日ほど続いたが、076-2が目覚めたと聞き、現在は回復している。しかし、2人の面会は実験後認可されていない。
メモ:彼女は現在、武術訓練の日が浅い事もあり[データ削除]としてサイト内で雑務を中心に勤務している。しかし、同時に訓練も行っている事から成績次第ではチーム移動の可能性も考えられる。今後の076-2の動向をみたい。彼女の武術訓練の強化を要請する。-[削除済み]
インシデント:D-??????を案内した[削除済み]により、入室前にD-??????へ武器が手渡された。それにより、彼女は武器を用いて076-2に攻撃を試みようと行動する。
違反を行った[削除済み]はSCP-[削除済み]の[削除済み]への異動が決定した。
武器は、実験終了後???によって回収された。
〈記録終了〉
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