使命及び犠牲【SCP-073】
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時刻は2:00
この施設は眠る事はない。施設内は常に灯りが灯され、誰かしら忙しそうに廊下を往来している。
それでも、陽の高い時刻と比べればこの時刻は静かで心なしか薄暗く感じる。
そんな中私は緊張の面持ちでとある場所へ急いだ。
あの人と関わりある私(一部の者しか知らないが)が無断で彼に会っている事が露呈すれば、なにかしらペナルティがあるだろう。...あの人ほどではないにしろ
"植物持ち込み禁止"
そう警告が記された廊下を抜け、友人の部屋へ向かう。
コンコン、とノックの音とともに手首にまとわりついていた"元"真珠のブレスレッドが崩れ落ちた。
やっぱり、偽物だったのか
その事実に落胆しため息を小さく吐くと、目の前の扉がゆっくりと開き隙間から男が一人顔を覗かせた。
良かった....。起きていたようだ。
「ドゥ博士?こんな時間にどうされましたか?」
「こんばんは、073」
こんばんはと返す彼に部屋に入れてちょうだいと声をかけると、彼は少し考えてから私を部屋に招き入れてくれた。
薄暗い部屋だ。そして、無機質。
部屋に入ってからも、質問にも答えず部屋を見回すばかりの私をSCP-073"カイン"は何も聞かず椅子に誘導した。
「ミルクでいいですか?それとも水?申し訳ありませんが、この部屋ではミルクか水が精一杯のもてなしになります。」
「うん、わかっているよ。でも、どっちもいらないわ。」
土から成長するものは全て近くにいるだけで腐らせてしまう彼が口にできるのは、動物性のものだけだ。だから、先ほど私の偽物と発覚したパールも樹脂製だったのだろう、腐り落ちた。
彼は一つ頷くと私の目の前の椅子に腰掛けた。そして、じっと表情のない蒼い瞳で私が言葉を発するのを待った。
「こんな時間にごめんね。もう寝るところだったでしょう?」
「いえ、私はあまり睡眠をとらないので...タブレットで記録のバックアップを行っていました。」
たしかに彼が指差すシングルベッドには先ほどまで使われていた痕跡があった。寝台にはタブレットとスタイラスペンが無造作に置かれていた。
「勤務外でしょ、この時間。しっかり休まないと駄目だよ。」
「善処します。」
カインという男はは大変生真面目である。常に人のためと働きかけ、みんなの助けになろうとしている。
そんな彼だ。この施設内では彼を邪険にする者はほとんどいない。
「それで?どうかなさいましたか。」
「え?あぁ、そうね!」
目的を忘れたわけじゃない。
私はわざと忘れてた、と大袈裟に演技してみせた。
「あのね073、聞きたいことがあるの。」
「聞きたいこと?」
ええ、と頷くと私は冷たい卓上で手を組む。緊張のせいだろうか。指先が色を失っている。
カインがチラリと私の手をみたが、すぐに私の顔に視線を戻す。
「ちょっと情報が必要になってね。いつものインタビューと同じだから」
「はい。」
おそらく、今から質問する事は彼にとって最も触れられたくないことに一つだろう。
わたしは小さく深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「SCP-076、アベルについてなんだけどね」
ピクッとカインの眉が跳ねた。
滅多に表情筋を使わない彼にしては珍しい。
「弱点とか、簡単に無力化出来る方法とか貴方の知る限りでいいの。貴方は彼のことを"よく"知っているようだし。何か知らないかな?」
緊張の割にわりかしいつも通りに質問できた。心の内を悟られないように必死に明るめの声を出す。
まるで、別に大した質問ではないかのように
「・・・・・彼については何も語ることはありません」
短い沈黙の後、カインは淡々と話題を拒否した。いつも通りに。
詳しい事情は分からないが、カインはSCP-076の話題を避けたがる。しかし、彼は私達財団でも知り得ていない076の情報を持っている。それは確かだ。
予想通りというよりパターン化されている返答にいやでも「やっぱり」と落胆する。
「私達の仲なのに?」
「私達の仲?....どうであれ、こたえるつもりはありません。」
やはり今までも拒否していただけある。博士の立場ではあるが、一応彼の友人でもある私にさえ教えられない2人の関係。
いや、2人の"関係"など興味はない。
今欲しいのは......
「アベルを収容しやすいように弱点を教えてくれればいいのよ?貴方達がどういう関係かは知らないけど、もう実際何度も"収容"されてるんだから」
引き下がるわけにはいかない。どうにかして聞き出さなくてはならないのだ。
「こたえるつもりはありません。」
「駄目。質問に答えなさい。」
私は先ほどと打って変わって厳しい口調で問いただすが、カインは私の豹変に動揺することもなく瞳を真っ直ぐこちらに向けると機械的な口調で返す。
「危険なのを存じている様子です。それでもなぜなお近づこうとする?近づかない方が良いと、以前も申しあげました。」
「073、そんなことはわかっている。でも、私はどうしても知らないといけないの。」
「それはまたなぜです?」
「そ、それは」
言い淀む私にカインは表情を変えずに首を傾げる。
「あなた方は彼について必要最低限の情報を得ているはずでしょう。いままでだって、それで収容できていた。」
「で、でも、その度に人が死んでいる。私は人が死なずに収容できる方法を知りたいの。」
また沈黙。
カインは瞬きもせず私の瞳をみつめる。つい、その視線から逃れたかったが、私も真っ直ぐ彼の瞳を見据える。
「だから、073貴方の力を、」
貸して欲しいと言葉を発すると同時だった。
「貴方たちには無理です」
それは絶対にその事実を捻じ曲げることはできないと思わせるような淡々とはっきりとした音だった。
「人を1人も失わず、彼を収容・殺害し続けることは不可能です。」
「なぜ、そう言えるの?」
声が震えていた。
カインとは結構長い付き合いだ。彼は口調こそは機械的でよく勘違いされやすいが、根はとても優しい。それに、彼は決して嘘をつかないのだ。そんな彼がこんなに辛辣な事を言うなんて信じられなかった。
「毎回そうであるとは言いません。運が良い時もあるでしょう。しかし今まで通り、いや、今まで以上に彼と関わろうとすればこの先も必ず死人は出ます。」
私は知らず知らずのうちにポロポロと涙が溢れ、組んだ指が細く震えた。
胸が苦しい。
カインは突如涙を零し始める私に対したじろぐことはない。いたっていつも通りのポーカーフェイスだ。見た目では。
「泣かせるつもりはありませんでした。申し訳ありません。」
本当にそう思っているのか疑いたくなるような棒読みだが、それは彼の精一杯の謝罪だと私はわかっていた。
「わかってる。でも、貴方の口から聞くと本当に不可能な気がして...」
だめだ。涙が止まらない。
今までどんな残酷な実験をも私情は挟まず淡々と行ってきた私がこれくらいで泣き崩れるなんてなんて情けない。無様だ。
ちらりとカインをみると彼はまだ私をみている。目が合った一瞬、彼の瞳に何かチラついた気がした。
「私は知らなくてはいけない、と先ほどおっしゃっていましたね。私達ではなく。」
ビクリと肩が跳ねた。
「深読みかもしれませんが、この質問は貴女が個人的に行っているものですか?何か個人的な事情でも?」
さすがだ。
そうだ、これは研究のためでも財団のためでもない。私の.....
「カイン、私は....」
ふと頭に最愛の彼の笑顔が浮かんだ。
彼を思い出すだけで涙が止めどなく溢れる。
彼を失いたくない。ただそれだけなのに。
急に黙りこみ、とうとう肩を揺らししゃくりあげながら泣いてしまった。
カインが席を立つ音がした。こんな面倒な女に呆れてしまったのだろう。
「ジェーン....。」
「え?」
私の組んだ手がひんやりとした物質で包まれた。
涙で視界が揺らぐせいでそれが不思議な色を放つカインの手だと気づくのに少し時間がかかった。
カインは私を横に向かせると自分もしゃがみ込みじっと感情の読めない瞳で私の手を眺め続けた。
「カ、カイン?」
声をかけるが、彼は押し黙ったまま私の手を撫で続ける。
最初、それは自分を慰めてくれるための行為だと思っていた。
「カイン、ありがとう。もう大丈夫だよ。」
カインが撫でてくれたおかげか、手の震えも小さくなり随分と落ち着いてきた。
カインに手を離すように声をかける。
「・・・・・し・・・ぃ・・・です。」
「ん?なに、もう一回..」
一瞬のことだった。
カインは私の腕を強く引き、立ち上がったと思うと私をそばにあったベッドに放った。
予測外の彼の行動に思わず短い悲鳴が上がる。
うつ伏せに倒れた私は背に大きな重力を感じた。カインが背に跨ってきたらしい。
「肉の腕。肉の足。真っ白な骨でできた脊柱。肉に浮き出た肩甲骨。羨ましい。羨ましいです。....美しい」
頭上でうわ言のように発せられるその単語の羅列に今までカインには抱いたことのない強い恐怖が生まれる。
「女性が真夜中に1人で男の部屋を訪れたら、こうなることはわかっているでしょう?博士」
カインの冷たい指が放られたことで露出したうなじに触れる。正確には、うなじから浮き出た頸椎の凹凸を確かめるようであった。
「抵抗はしないで下さい。それはとても危険です。私に害をなそうとすれば、それは全て貴女の傷となる。」
「か、カイン....わ、私....」
声が震える。
今更になって、こんなに自分は怯えていると痛感させられる。
カインの手が今度は私の脚をなぞりあげ、
喉の奥からヒッと声があがる。
頭上でふっと鼻で笑うような音がした。
「先ほど、私は"貴方たちにはできない"と言いました。」
「...なん、のこ.....と」
男の重みに耐えながらも、どうにか彼の言葉を拾おうとした。すると彼は私の耳に唇が触れそうなほど近づき、吐息を吹きかけるように囁く。
「私、には、出来ます。」
「ッ....!!」
耳元で囁かれたその言葉の意味を理解するのに時間は要さなかった。
思わず目を大きく見開き、首を捻って彼を見上げる。
そこには滅多に見ることができないだろう彼の笑顔があった。いや、笑顔というにはもっと歪な...
「貴女が抵抗せず、このまま私にされるがままいてくれたら、貴女が知りたがっていることを教えてあげてもいいですよ」
それは耐え難い選択だった。
このまま、カインの手に堕ちればあの人の命を救う情報が得られる。しかし、同時にそれは彼を裏切ることにもなる。
心臓が大きく高鳴る。
手は痺れ、口が渇く。
背中に感じる男の重みに何もかも押しつぶされる。
「・・・・・カイン、いえ、073。私...」
ドンドンドン!!!
突然、部屋の扉が大きく揺れ絶え間ないノックの音が響く。
「073!!いるか!先ほどの悲鳴はなんだ!!?」
「ドゥ博士もいない!そこにいるのか!!?」
「今すぐ扉を開けるんだ!!」
どうやら、先ほどの私の悲鳴で近くにいた誰かが対応チームを呼んだのだろう、警備職員が駆けつけてきたらしい。
「ゆっくり考えておくといい」
そう言って容易に私から離れた彼はいつもと変わらぬ表情で両手を挙げた。
私はすぐさま乱れた髪と白衣を整えると扉に急いだ。
そして、開けられた扉の前で銃を構えた警備職員に対し両手を挙げ微笑む。
「ちょっと、椅子から転げ落ちただけよ。大袈裟ねぇ。」
-----------------------------------------------------
何もかも知っていた。
彼女には最愛の恋人がいること
一ヶ月前にKETER任務に配属された男性職員が、その彼女の恋人であること
彼が、保護・収容対象に対し同情し【削除済み】したことで、その対価としてアベルの対応チームに割り当てられてしまったこと
彼が配属される前日、■■人の【削除済み】がアベルによって【削除済み】となったこと
それを知った彼女が秘密裏に妨害行為を働き、彼が向こうの施設に移動完了するまで監視下に置かれていたこと
彼女が今度いつ目覚めるかわからないアベルにいつ恋人が【削除済み】されるか恐怖していること
妨害行為・恋人の救出行動は今も尚続けられ、また監視がつきはじめたこと
彼女が恋人を助けたいがために監視の目をかいくぐり私のもとを訪れたこと
詳しいことは一部の職員しか知らない。
これを知っているのはバックアップのために全ての情報を記録から把握していたからだけではない。
記録だけでは全貌がわからない情報もある。それがこれだ。
彼女のことを知っているのはずっと、ここに収容されてから彼女を見続けていたから。
「肉の腕、肉の足、白い骨でできた脊柱、肉に浮き出た肩甲骨.....」
そして、恋人に対する強い欲求と依存。
欲求を満たすためなら自分の身さえ案じない自己犠牲的、且つ傲慢な精神
"彼女はどの人間よりも人間らしい。"
俺は手に入れたい。
彼女を手に入れるためなら、一度は放棄した自分の使命を全うしよう。
この施設は眠る事はない。施設内は常に灯りが灯され、誰かしら忙しそうに廊下を往来している。
それでも、陽の高い時刻と比べればこの時刻は静かで心なしか薄暗く感じる。
そんな中私は緊張の面持ちでとある場所へ急いだ。
あの人と関わりある私(一部の者しか知らないが)が無断で彼に会っている事が露呈すれば、なにかしらペナルティがあるだろう。...あの人ほどではないにしろ
"植物持ち込み禁止"
そう警告が記された廊下を抜け、友人の部屋へ向かう。
コンコン、とノックの音とともに手首にまとわりついていた"元"真珠のブレスレッドが崩れ落ちた。
やっぱり、偽物だったのか
その事実に落胆しため息を小さく吐くと、目の前の扉がゆっくりと開き隙間から男が一人顔を覗かせた。
良かった....。起きていたようだ。
「ドゥ博士?こんな時間にどうされましたか?」
「こんばんは、073」
こんばんはと返す彼に部屋に入れてちょうだいと声をかけると、彼は少し考えてから私を部屋に招き入れてくれた。
薄暗い部屋だ。そして、無機質。
部屋に入ってからも、質問にも答えず部屋を見回すばかりの私をSCP-073"カイン"は何も聞かず椅子に誘導した。
「ミルクでいいですか?それとも水?申し訳ありませんが、この部屋ではミルクか水が精一杯のもてなしになります。」
「うん、わかっているよ。でも、どっちもいらないわ。」
土から成長するものは全て近くにいるだけで腐らせてしまう彼が口にできるのは、動物性のものだけだ。だから、先ほど私の偽物と発覚したパールも樹脂製だったのだろう、腐り落ちた。
彼は一つ頷くと私の目の前の椅子に腰掛けた。そして、じっと表情のない蒼い瞳で私が言葉を発するのを待った。
「こんな時間にごめんね。もう寝るところだったでしょう?」
「いえ、私はあまり睡眠をとらないので...タブレットで記録のバックアップを行っていました。」
たしかに彼が指差すシングルベッドには先ほどまで使われていた痕跡があった。寝台にはタブレットとスタイラスペンが無造作に置かれていた。
「勤務外でしょ、この時間。しっかり休まないと駄目だよ。」
「善処します。」
カインという男はは大変生真面目である。常に人のためと働きかけ、みんなの助けになろうとしている。
そんな彼だ。この施設内では彼を邪険にする者はほとんどいない。
「それで?どうかなさいましたか。」
「え?あぁ、そうね!」
目的を忘れたわけじゃない。
私はわざと忘れてた、と大袈裟に演技してみせた。
「あのね073、聞きたいことがあるの。」
「聞きたいこと?」
ええ、と頷くと私は冷たい卓上で手を組む。緊張のせいだろうか。指先が色を失っている。
カインがチラリと私の手をみたが、すぐに私の顔に視線を戻す。
「ちょっと情報が必要になってね。いつものインタビューと同じだから」
「はい。」
おそらく、今から質問する事は彼にとって最も触れられたくないことに一つだろう。
わたしは小さく深呼吸をすると、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「SCP-076、アベルについてなんだけどね」
ピクッとカインの眉が跳ねた。
滅多に表情筋を使わない彼にしては珍しい。
「弱点とか、簡単に無力化出来る方法とか貴方の知る限りでいいの。貴方は彼のことを"よく"知っているようだし。何か知らないかな?」
緊張の割にわりかしいつも通りに質問できた。心の内を悟られないように必死に明るめの声を出す。
まるで、別に大した質問ではないかのように
「・・・・・彼については何も語ることはありません」
短い沈黙の後、カインは淡々と話題を拒否した。いつも通りに。
詳しい事情は分からないが、カインはSCP-076の話題を避けたがる。しかし、彼は私達財団でも知り得ていない076の情報を持っている。それは確かだ。
予想通りというよりパターン化されている返答にいやでも「やっぱり」と落胆する。
「私達の仲なのに?」
「私達の仲?....どうであれ、こたえるつもりはありません。」
やはり今までも拒否していただけある。博士の立場ではあるが、一応彼の友人でもある私にさえ教えられない2人の関係。
いや、2人の"関係"など興味はない。
今欲しいのは......
「アベルを収容しやすいように弱点を教えてくれればいいのよ?貴方達がどういう関係かは知らないけど、もう実際何度も"収容"されてるんだから」
引き下がるわけにはいかない。どうにかして聞き出さなくてはならないのだ。
「こたえるつもりはありません。」
「駄目。質問に答えなさい。」
私は先ほどと打って変わって厳しい口調で問いただすが、カインは私の豹変に動揺することもなく瞳を真っ直ぐこちらに向けると機械的な口調で返す。
「危険なのを存じている様子です。それでもなぜなお近づこうとする?近づかない方が良いと、以前も申しあげました。」
「073、そんなことはわかっている。でも、私はどうしても知らないといけないの。」
「それはまたなぜです?」
「そ、それは」
言い淀む私にカインは表情を変えずに首を傾げる。
「あなた方は彼について必要最低限の情報を得ているはずでしょう。いままでだって、それで収容できていた。」
「で、でも、その度に人が死んでいる。私は人が死なずに収容できる方法を知りたいの。」
また沈黙。
カインは瞬きもせず私の瞳をみつめる。つい、その視線から逃れたかったが、私も真っ直ぐ彼の瞳を見据える。
「だから、073貴方の力を、」
貸して欲しいと言葉を発すると同時だった。
「貴方たちには無理です」
それは絶対にその事実を捻じ曲げることはできないと思わせるような淡々とはっきりとした音だった。
「人を1人も失わず、彼を収容・殺害し続けることは不可能です。」
「なぜ、そう言えるの?」
声が震えていた。
カインとは結構長い付き合いだ。彼は口調こそは機械的でよく勘違いされやすいが、根はとても優しい。それに、彼は決して嘘をつかないのだ。そんな彼がこんなに辛辣な事を言うなんて信じられなかった。
「毎回そうであるとは言いません。運が良い時もあるでしょう。しかし今まで通り、いや、今まで以上に彼と関わろうとすればこの先も必ず死人は出ます。」
私は知らず知らずのうちにポロポロと涙が溢れ、組んだ指が細く震えた。
胸が苦しい。
カインは突如涙を零し始める私に対したじろぐことはない。いたっていつも通りのポーカーフェイスだ。見た目では。
「泣かせるつもりはありませんでした。申し訳ありません。」
本当にそう思っているのか疑いたくなるような棒読みだが、それは彼の精一杯の謝罪だと私はわかっていた。
「わかってる。でも、貴方の口から聞くと本当に不可能な気がして...」
だめだ。涙が止まらない。
今までどんな残酷な実験をも私情は挟まず淡々と行ってきた私がこれくらいで泣き崩れるなんてなんて情けない。無様だ。
ちらりとカインをみると彼はまだ私をみている。目が合った一瞬、彼の瞳に何かチラついた気がした。
「私は知らなくてはいけない、と先ほどおっしゃっていましたね。私達ではなく。」
ビクリと肩が跳ねた。
「深読みかもしれませんが、この質問は貴女が個人的に行っているものですか?何か個人的な事情でも?」
さすがだ。
そうだ、これは研究のためでも財団のためでもない。私の.....
「カイン、私は....」
ふと頭に最愛の彼の笑顔が浮かんだ。
彼を思い出すだけで涙が止めどなく溢れる。
彼を失いたくない。ただそれだけなのに。
急に黙りこみ、とうとう肩を揺らししゃくりあげながら泣いてしまった。
カインが席を立つ音がした。こんな面倒な女に呆れてしまったのだろう。
「ジェーン....。」
「え?」
私の組んだ手がひんやりとした物質で包まれた。
涙で視界が揺らぐせいでそれが不思議な色を放つカインの手だと気づくのに少し時間がかかった。
カインは私を横に向かせると自分もしゃがみ込みじっと感情の読めない瞳で私の手を眺め続けた。
「カ、カイン?」
声をかけるが、彼は押し黙ったまま私の手を撫で続ける。
最初、それは自分を慰めてくれるための行為だと思っていた。
「カイン、ありがとう。もう大丈夫だよ。」
カインが撫でてくれたおかげか、手の震えも小さくなり随分と落ち着いてきた。
カインに手を離すように声をかける。
「・・・・・し・・・ぃ・・・です。」
「ん?なに、もう一回..」
一瞬のことだった。
カインは私の腕を強く引き、立ち上がったと思うと私をそばにあったベッドに放った。
予測外の彼の行動に思わず短い悲鳴が上がる。
うつ伏せに倒れた私は背に大きな重力を感じた。カインが背に跨ってきたらしい。
「肉の腕。肉の足。真っ白な骨でできた脊柱。肉に浮き出た肩甲骨。羨ましい。羨ましいです。....美しい」
頭上でうわ言のように発せられるその単語の羅列に今までカインには抱いたことのない強い恐怖が生まれる。
「女性が真夜中に1人で男の部屋を訪れたら、こうなることはわかっているでしょう?博士」
カインの冷たい指が放られたことで露出したうなじに触れる。正確には、うなじから浮き出た頸椎の凹凸を確かめるようであった。
「抵抗はしないで下さい。それはとても危険です。私に害をなそうとすれば、それは全て貴女の傷となる。」
「か、カイン....わ、私....」
声が震える。
今更になって、こんなに自分は怯えていると痛感させられる。
カインの手が今度は私の脚をなぞりあげ、
喉の奥からヒッと声があがる。
頭上でふっと鼻で笑うような音がした。
「先ほど、私は"貴方たちにはできない"と言いました。」
「...なん、のこ.....と」
男の重みに耐えながらも、どうにか彼の言葉を拾おうとした。すると彼は私の耳に唇が触れそうなほど近づき、吐息を吹きかけるように囁く。
「私、には、出来ます。」
「ッ....!!」
耳元で囁かれたその言葉の意味を理解するのに時間は要さなかった。
思わず目を大きく見開き、首を捻って彼を見上げる。
そこには滅多に見ることができないだろう彼の笑顔があった。いや、笑顔というにはもっと歪な...
「貴女が抵抗せず、このまま私にされるがままいてくれたら、貴女が知りたがっていることを教えてあげてもいいですよ」
それは耐え難い選択だった。
このまま、カインの手に堕ちればあの人の命を救う情報が得られる。しかし、同時にそれは彼を裏切ることにもなる。
心臓が大きく高鳴る。
手は痺れ、口が渇く。
背中に感じる男の重みに何もかも押しつぶされる。
「・・・・・カイン、いえ、073。私...」
ドンドンドン!!!
突然、部屋の扉が大きく揺れ絶え間ないノックの音が響く。
「073!!いるか!先ほどの悲鳴はなんだ!!?」
「ドゥ博士もいない!そこにいるのか!!?」
「今すぐ扉を開けるんだ!!」
どうやら、先ほどの私の悲鳴で近くにいた誰かが対応チームを呼んだのだろう、警備職員が駆けつけてきたらしい。
「ゆっくり考えておくといい」
そう言って容易に私から離れた彼はいつもと変わらぬ表情で両手を挙げた。
私はすぐさま乱れた髪と白衣を整えると扉に急いだ。
そして、開けられた扉の前で銃を構えた警備職員に対し両手を挙げ微笑む。
「ちょっと、椅子から転げ落ちただけよ。大袈裟ねぇ。」
-----------------------------------------------------
何もかも知っていた。
彼女には最愛の恋人がいること
一ヶ月前にKETER任務に配属された男性職員が、その彼女の恋人であること
彼が、保護・収容対象に対し同情し【削除済み】したことで、その対価としてアベルの対応チームに割り当てられてしまったこと
彼が配属される前日、■■人の【削除済み】がアベルによって【削除済み】となったこと
それを知った彼女が秘密裏に妨害行為を働き、彼が向こうの施設に移動完了するまで監視下に置かれていたこと
彼女が今度いつ目覚めるかわからないアベルにいつ恋人が【削除済み】されるか恐怖していること
妨害行為・恋人の救出行動は今も尚続けられ、また監視がつきはじめたこと
彼女が恋人を助けたいがために監視の目をかいくぐり私のもとを訪れたこと
詳しいことは一部の職員しか知らない。
これを知っているのはバックアップのために全ての情報を記録から把握していたからだけではない。
記録だけでは全貌がわからない情報もある。それがこれだ。
彼女のことを知っているのはずっと、ここに収容されてから彼女を見続けていたから。
「肉の腕、肉の足、白い骨でできた脊柱、肉に浮き出た肩甲骨.....」
そして、恋人に対する強い欲求と依存。
欲求を満たすためなら自分の身さえ案じない自己犠牲的、且つ傲慢な精神
"彼女はどの人間よりも人間らしい。"
俺は手に入れたい。
彼女を手に入れるためなら、一度は放棄した自分の使命を全うしよう。
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