嗅ぐ【SCP-073】
すんすん、とまた横から音がした。
(またか....。)
ちらりと横を見ると私の視線に気付かないでいる彼女はまた遠慮なく私の匂いを嗅いだ。
すんすんすん、と今度はもっとしっかりと嗅いだようだ。
「.......匂いますか?」
そう聞いてみると彼女は一瞬ビクリと驚きをみせてから、一生懸命首を横に振ってまた仕事に取り組む。
本日このやりとりは6回目だ。
私は、またPC画面に向き直りバックアップの続きを行う。
すんすんすん....
ガタン
「んが!!」
いくらなんでも我慢の限界だ。
私は彼女の"鼻"をつまんでこれ以上近づけないというところまで顔を引き寄せた。
「.......なんですか?」
「カ、カイン。痛、ひです!放ひて!」
「先ほどからの行動の理由を教えてくだされば、すぐに放してさしあげますよ。」
普通の人間の手ならまだしも、私の金属の手だと相当な痛さだろう。
彼女は大いに暴れながらバンバンと私の腕を叩く。
「わかった、わかったはら!」
「そんなに叩くと反響で貴女の腕が痛くなりますよ?」
「はにゃ、が痛ひでふ!」
パッと鼻から手を離すと、彼女は真っ赤になった鼻から大きく深呼吸を行い肩を上下させた。
「死ぬかと思った...。あなたがこんなに乱暴な方だとは思ってもみませんでしたよ!」
彼女の中で私はいったいどんな人物なのだろうか。確かに今彼女は私を冗談半分、怯えが半分の目でみている。
「それで?私の匂いを嗅ぎ続ける理由は?」
言葉を無視してまだ肩の動きが落ち着かない彼女に私は容赦なく問いかけた。相手に余裕を持たせない。尋問の基本だ。
「.........あー、口の中が鉄っぽいです。鼻血が出たのかも。医務室に行ってきます。」
彼女にしては大袈裟な身振りだ。話を逸らそうとしているのは分かりきっている。
鼻を抑えながら部屋から出ようとする彼女の首根っこをつかみ、また横に座らせた。
「話を戻しましょう。何故、嗅ぐ?」
「.......。」
何も言わない彼女に親指と人差し指をカチカチと鳴らしみせつけると、彼女は慌てたように話し始めた。
「単なる好奇心です!」
「....好奇心。研究員らしい理由ですね。」
知らず知らず彼女の気に触るようなことを言ったのだろうか?彼女の下唇が大きく釣り上がり口が逆Uの形に弧を描いた。
「お肉ばかり食べている人って体臭がきついっていうじゃないですか。あなたは体質上動物性タンパク質しか食べられないようですし?カインはどうなんだろうって。」
「.......。」
「.......それだけです。」
「.......は?」
意外、という感想なのか。馬鹿馬鹿しい、という感想なのか。どちらの感想を自分が抱いたのか分からなかった。
ただ私の動かないはずの表情を見た彼女は「ヒィっ」という声を漏らし椅子から転げ落ちた。
「どうしたんです?そんなに驚いて」
「カイン、怒らないでください!だから言いたくなかったんです。」
怯える彼女の言ってる意味がわからない。私が怒る?何故。
「怒ってないです。...でも確かにそういう話は聞きますね。」
「......そうなの。だから、本当に肉しか口にしてないカインならそれはそれは分かりやすい結果が.....ヒィっ!」
彼女が私の顔をみてまた悲鳴をあげた。
私が一体どんな顔をしているというのだろうか。
「それで、実験の結果どうでした?」
「......。え?」
「私の匂いはどうでしたか?」
また彼女は押し黙った。
しかし、今回の表情は"言いたくない"ではなく、"悩んでいる"の顔だ。
「......あの、カイン」
「はい」
「怒らないで、ただ事実だけ聞いて下さいね」
いつになく真面目な顔で彼女は口を開いた。
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「カインが体調不良?何の冗談だ。」
クロウ教授は若い新人研究員補佐の言葉に耳を疑った。
「本当なんです!何故か昨日から植物性の食物を無理して口に入れるようになって....今も嘔吐しながら腐ったか塵になったサラダを食べ続けています!」
彼女の焦りを含んだ声に嘘ではないことを確信しクロウ教授はカインの部屋へ急いだ。
「なんでまたそんな自殺行為を働いてるんだ。重要な役職についている自覚がないんじゃないか?あいつ」
「わかりません。昨日の昼間彼と肉ばっか食べている人の体臭の話をしてまして、彼に自分はどんな匂いがするのかと聞かれたので獣臭いと言ったんです。それから様子がおかしくて」
ピタリと教授はその足を止め、新人の顔を見上げた。
そこには突然止まった教授にキョトリとする原因の人物の顔があった。
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