*season 11* fin
梅雨真っ只中の六月。
空はどんよりと曇り
雨粒は音を立てて地面に落ちる。
こんな日が続いている今日この頃。
時折、お天道様の気まぐれで
晴れる事もあるけれど
私が永四郎と過ごす日は
決まってこの天気だ。
ふと隣に座る彼を見ると
小難しそうな本を真剣に読んでいる。
たまに部活のトレーニングメニューを
作成する時もあるのだけれど
それ以外の時は大概活字の本を読んでいる。
その姿を見る度に
私と過ごす時間は彼にとって
何か利益になるのだろうかと不安に思う。
好きと告白したのも私からで
彼は ”別に、構いませんよ” と
表情一つ変えずに答えた。
テニスをしている時の
勝ちにこだわる姿や表情。
見た目に反して優しく仲間思いなところ。
同級生とは思えない大人びた雰囲気。
彼の好きなところを
全て言葉にするには私の語彙力では難しい。
だけど永四郎は
私のどこが良くて付き合ってくれたのかな。
ただクラスが一緒だっただけで
取り立てて仲が良かった訳でもない。
彼女という立場だけど不安要素が多い。
そして
最近は何か話しかける度に
自分の都合を邪魔されたくないのか
あからさまに態度に出すようになった。
「永四郎、あのね……。」
「……。」
「……聞いてる?」
「………はぁ。」
ほらね。
眉間に皺を寄せて目を閉じて
大きなため息をつく。
わかってるよ。
今は本を読む事を邪魔されたく無いんでしょ?
そんな事は永四郎を見ていればわかるよ。
でも自由になんかさせてあげない。
永四郎の部屋に遊びに来てから
一度だって私の顔を見て会話すらしてないのに。
永四郎が本を読んでる間
私がどんなに寂しいかなんて
考えたことも無いよね。
「何ですか。」
「あ、何の本読んでるのかなって……。」
「君に言ってもわからないと思いますが。」
「そんな言い方……。」
「事実でしょう。」
「………。」
「もう良いですか?続きを読みたいのですが。」
そう言うと彼の視線は
手元にある本へと向かった。
どうやら彼女の私よりも
余程大事なものらしい。
もしかすると、永四郎の心には
もう私はいないのかもしれない。
抱えきれないほどの孤独と寂寥が
心を埋めつくしていく。
上着の裾を握りしめ
零れそうになる涙を食い止める。
「………永四郎はさ、どうして私と付き合ってくれたの。」
「……。」
「ねぇ、無視しな……。」
「それは、今絶対に答えなければいけない質問ですか。」
「え……?」
「最初に言った筈です、今日は会っても相手は出来ないと。」
「そ、それは……。」
「私の邪魔をしないと約束すると言ったので、君を招き入れましたが……正直、今の君は迷惑です。」
痛みは全く無いけれど
鈍器で思い切り殴られたような
目眩がする程の衝撃に見舞われた。
確かに永四郎は
今日はやる事があるから
会っても相手をする事は出来ないと
前もって私に言っていた。
そして私も邪魔はしないと約束した。
約束を破ったのは私だ。
私が悪い、そんな事はわかっている。
ただ私は”大丈夫だよ”って
永四郎の傍にいてもいいって
彼の口からそう言って欲しかっただけなのに。
それすらも許されない。
彼にとって私との時間は迷惑でしかない。
泣きそうになるのをグッとこらえる。
「そう、だよね!ごめんね!」
「……。」
「私帰るね……邪魔して、ごめんなさい。」
「は?帰るって、外土砂降りですよ。」
「大丈夫、お邪魔しました!」
この空間にいる事がもう限界だった。
目の前に永四郎がいるのに
どうしようも無い位距離を感じる。
物理的な距離じゃない、心の距離だ。
ソファーから立ち上がり
迷いの無い足取りで玄関に向かう。
後ろから ”待ちなさいよ” と
彼の声が聞こえたけれど
そんな事どうだっていい。
私を迷惑だと言った彼の言葉なんか
もうどうだっていいんだ。
彼の制止も聞かずに
土砂降りの雨に吹かれながら
自宅に向かって全速力で走って行った。