*season 7* fin
夕食を食べ終わった私は
散歩を兼ねて、昼間の作業場所に向かった。
彼に踏み潰された花達が心配で
ずっと心がモヤモヤしてた。
あんな事のあった場所だ
気楽に行けるような心持ちじゃない。
だけど、花達には何も関係ないから。
「っ……。」
やっぱり、怖い。
もう彼はいないってわかってる。
頭では、わかってるけど………。
体がそれを拒絶する。
「大丈夫……もう……。」
「瑞稀。」
「えっ……越知さん……?」
「こんな時間に一人でどこに行く。」
「あ、あの……。」
「……責めている訳では無い。」
「え……?」
「花の様子を見に行くのだろう。」
「……はい。」
「手を貸せ。」
「手?」
そう言うと
越知さんは私の手を握る。
越知さんの手は大きくて
私の手なんて容易く収まってしまう。
さっきまで恐怖心でいっぱいだった筈なのに
越知さんの手はそれを無かった事にしてくれる。
それと同時に
鼓動が早くなるのを感じた。
「怖い時は、怖いと言えばいい。」
「越知さん……。」
「お前が俺に無理をするなと言った様に、お前も俺の前では無理をするな。」
「…はい、ありがとうございます。」
「それでは、行くぞ。」
さっきまで
その一歩が出なかったのに
この人とは簡単に前に進める。
毛利さんや種ヶ島さんとは対照的に
寡黙で、冷静で、馴れ合う事が嫌いで…。
でも
不器用だけど、凄く優しい人。
困っている時、いつも手を差し伸べてくれる。
「花壇は、そこか。」
「はい……あ……。」
「……これか。」
「酷い……。」
「……。」
「また、守れなかった……。」
「瑞稀……。」
「この子達は、懸命に生きているだけなのにっ………。」
「……我慢する必要は無い。」
「っ……お願いっ……こっち、見ないで下さっ……。」
もう泣きたくない。
越知さんや皆の前でこんな姿
もう見せたくない……。
思い入れが深いせいか
私は花達の事になると感情移入が過ぎる。
ダメになったのなら植え替えればいいだけ。
たったそれだけの事なのに
おばあちゃんの顔が頭に浮かんで
胸が苦しくて堪らない。
「お前は、頑固だな。」
「っ……。」
「こっちを向け。」
「えっ…。」
ギュッ
「きゃっ……越知、さん……?」
「こうしていれば顔は見えない。」
また、抱き締められてる……。
あの時はパニックになってたから
何とも思わなかったけど、今は違う。
越知さんの鼓動が聞こえる。
私の鼓動は越知さんよりもっと速い。
自然と頬が熱を帯びていく。
「お、越知さん……。」
「どうした。」
「っ……。」
「顔が赤い、熱があるのか。」
越知さんの手が私の頬を包む。
顔を覗き込み
私の表情を窺っている。
身体中の血液が一気に巡り、全身を駆け巡る。
鼓動が更に速度を上げる。
越知さんの瞳からは
プレッシャーなんて感じない。
なのに、体が動かない。
彼の瞳が私を離してくれない。
「っ……越知さんっ……。」
「具合が悪いのか。」
「そうじゃなくてっ…。」
「なら、何だ。」
「あんまりっ………見ないで……。」
「!」
「っ……。」
越知さんが私から離れ
後ろに向きを変える。
彼の温もりが離れてしまう。
自分で見るなと言ったのに
随分、身勝手な言葉だ。
この時の私は、その言葉が
どれだけ彼を傷付けたのか想像も出来なかった。
越知さんに対して恐怖心はない。
だけど、越知さんの瞳を近くに感じると
胸が締め付けられる様な感覚に襲われる。
この気持ちがなんなのか
私の経験値では見当もつかない。
「……戻るぞ。」
「あ、はい……。」
「………怖がらせて、すまなかった。」
「え……?」
そういうと越知さんは
来た道を戻って行った。
”怖がらせて、すまなかった”
そう言った彼の声は
悲しげなで、無機質だった。
言葉の意味を理解出来ない私は
越知さんに遅れて、来た道を戻った。