AM2:00より愛をこめて
「…っく、う、うぁ…」
押し殺したすすり泣きが聞こえ、ザップの意識はぱちりと覚醒した。
ベッドザイドチェストの上に置かれた小さな目覚まし時計の針は、丁度二時を指していた。外はすっかり深夜の闇に飲まれ寝静まっている。この安いアパートの部屋の中も例外ではない。霧に包まれたこの街では月明かりさえも入ってこないのだ。
「ひっく、ごめん、ごめんなさ…」
ああ、はじまったなぁ、とザップは腕の中で泣きながら眠る自身より幾分か小さな裸体をさらに引き寄せた。片手はあやすように背中を軽く叩き続ける。数時間前まで愛し合っていたのだが、気絶するように眠ってしまったレオナルドを清めてやったあと、レオナルドに何かを着せるのも自分が何かを着るのも面倒でそのまま裸でベッドに潜ることを選んだのだが、体温が伝わりやすくなって結果的には良かったのかもしれない。
レオナルドと夜を過ごすようになってからザップが知ったことであるが、レオナルドは時々夜中に魘され、酷く苦しそうに泣いている。やめろ、ごめん、なぜ、ミシェーラ。溢れてくる単語は大体決まっているので、どんな悪夢に追い詰められているのかは簡単に想像がついた。次の日になればレオナルドは何事もなかったかのように振舞っている。いや、実際「何事もない」のかもしれない。ザップがさりげなく聞いてみたところ、嫌な夢を見た、という記憶はあるものの、その内容までは覚えていないようであった。もちろん、全て覚えていて誤魔化されている可能性はあるが。
そしてもう一つ、最近ザップが気づいたことがある。レオナルドがこのように悪夢に魘される夜は、決まって「幸せな日」であった。
たくさんの人に祝福された誕生日。大好きなゲームの発売日。ダイアンズダイナーでオマケとしてハンバーガーのパティを一枚増やしてもらった日。今日のように、ザップの気まぐれで、通常の十倍ほど優しくて甘いセックスをした日。
レオナルドとともにいる時間が増えたザップだからこそ気づいた法則である。
(幸せになる資格がねぇとか、アホなこと考えてんだろうな)
レオナルドの強すぎる意志が、責任感が、罪悪感が引き起こす弊害なのだろう、とザップは考える。実際のところ、誰もレオナルドを責めてなどいないし、むしろ幸せになって欲しいとすら思っている。それは当事者であるミシェーラも同じであるはずだ。その思いが伝わっていないわけではないのだが、これはレオナルド本人の問題だ。いくら周りが伝えようと、レオナルドの心がそれを受け入れない。本人も理解しているのかもしれないが、強すぎる正義感を変えることなど不可能に近い上、レオナルドの長所でもあるのだ。きっと、これからも幸せな日が訪れるたび、それと同じ苦しみを背負うのだろう。
だからといって、ザップは自分の行動を変えようとは思わなかった。レオナルドが愛している自分が愛を返すことで、レオナルドの苦しみが深くなると、なんなら手酷く扱った方が楽になるだろうとわかっていても、だ。
そもそも、好きな人間を大切にしない、などザップの美学に反するのだ。一方的に手酷く抱くなど言語道断である。
苦しむのなら、さらに幸福を、愛を。それでさらに苦しむというのなら、苦しみの限界を超えるまで幸福でひたひたにしてやれ、とザップは考えている。
その行動が正解なのか間違いなのかはザップの知ったことではない。自分がしたいからしているだけだ。ただ、最期の瞬間に「幸せだった」と思えればいいと、そう思っている。
レオナルドの苦しみを背負うことはできない。同情する気もない。それでも、幸せになって欲しいと願うくらいの愛はある。気がつくのは最後の最期でいい。そうしたら笑ってやるのだ。おせーよ、と。
「ティラミスは苦い部分があるから美味しいんでしょ」とチェインが言っていたことを思い出した。そういえば、甘いパイ生地とクリームをを重ねたケーキは食べにくかった。苦味も案外悪くないのかもしれない。
(手のかかるガキだよなァ)
涙で濡れる皮膚の薄い部分にキスを送りながらあやし続けていれば、ようやくレオナルドの呼吸も落ち着いてきた。バーガーくらい奢ってもらわねぇと割に合わねえよなぁ?心の中で悪い笑みを浮かべる。幸せになってもらいたいのは本当であるが、それとは別に、レオナルドの財布は自分のモノだとも思っている。ザップとはそういう男であった。
レオナルドの呼吸が完全に落ち着いたのを確認して、ザップもようやくまぶたを下ろした。
幸福な朝と苦しみの夜を重ねて、最期に笑って。午前二時、一人の男の愛が夜の睡魔に溶けていった。
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