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多分、一目惚れだった。
彼女を初めて見た時の衝撃。
体中に電流のようなものが走って。
体中が言うことをきかなくなって。
体中が彼女に侵食されていくようで。
大袈裟なんかじゃなくて、
それほどまでに衝撃だった。
_____________
彼女を初めて見かけたのは、4月の夕焼けが染まる駅のホームだった。
今日は雨が降るかもしれないからと、いつもは自転車で通っている俺が電車で登校したあの日。
結局その日、雨は降らなかった。
夕方になると空には綺麗な夕焼けが広がっていて、その光に照らされるように駅のホームに彼女は立っていた。
彼女は真っ直ぐ正面を見つめていたから、俺が見ていたのは彼女の横顔だった。
だけど、そんな俺にもはっきりと見えていた。
彼女の頬を伝う一筋の涙。
涙の理由なんて気にならなかった。
ただ、綺麗だと思った。
彼女の横顔が瞼の奥に焼きついて離れなくて、その日から俺は無意識に彼女を探していた。
これが恋だと知ったのは、最近になってからのことだ。
いつもの部活終わりに、あの時と似た夕焼けが広がる駅のホームで彼女を見つけた。
あの時と違うところがあるとすれば、彼女が真正面から俺に笑いかけてくれることだ。
目が合って、彼女は手を振って俺に笑顔を向けた。
「流川くん。」
彼女の笑顔は、いつだって俺の心を掻き乱す。
「珍しいね。流川くんが電車なんて。」
「昨日、自転車パンクして。」
「それは最悪だね。」
「咲先輩は?」
「友達とマックで話し込んでたら、こんな時間になってた。」
彼女はそう言って、駅のホームから微かに見えるマックを指差した。
「流川くん1駅だっけ。」
「はい。」
その時、ホームに入ってきた電車のドアが開いた。
冷たい風が頬を掠め、パラパラと乗り込む人の波にのって、俺達も電車の中に乗り込んだ。
電車の中に入ってすぐに、何だかチラチラと視線を感じた。
こんな風に他校の女子生徒から見られることは良くあったりするのだが、未だに俺にはこの謎が解けない。
ドアが閉まってからもそれは変わることはなく、俺はこの謎を思い切って咲先輩に聞いてみることにした。
「…咲先輩。」
「何?」
「俺の顔、何かついてる?」
自分の顔を触り、乱れていない髪を整え、出てもいないワイシャツの裾を直してみる。
すると、咲先輩が小さく笑った。
「流川くんが目立つからだよ。」
「は?」
「流川くんが目立つから、みんな見てんの。」
「そうなんすか?」
「そうだよ。どこも変じゃないから大丈夫。」
「目やにとかついてないすか?」
「ついてないって。イケメン。」
微かに感じる周囲の視線に思った。
何も知らない周りの人達から見たら、俺達は恋人同士に見えたりするんだろうか。
いや、そんなのはただの俺の願望にすぎない。
その時、カーブに差し掛かったのか電車が大きく揺れた。
俺は握っていた手すりをギュッと強く握り直したが、彼女は少しよろけて咄嗟に俺の腕にしがみついた。
「ごめん。」
「大丈夫すか?」
俺は握られた左手で、先輩の体を少しだけ引き寄せた。
先輩の指先が触れている部分だけが、やけに温かく感じた。
「咲先輩って意外とドジっすね。」
「意外ってどういう意味?」
「クールに見えて、実は天然。」
「天然は流川くんでしょ。私は全然天然じゃない。」
「じゃあ鈍感。」
「鈍感も流川くんだから。」
その時、先輩のスマホが小刻みに震える音がした。
俺の腕にあった先輩の手が制服のポケットへと移動して、取り出したスマホの画面を確認する。
「寿からだ。」
“寿”
せっかく神様が与えてくれたこの一時でさえも、あの人は俺達の仲に容易く入り込んでくる。
知っていた。
咲先輩に好きだと伝える前から知っていた。
いつも彼女を見ていたから、彼女が誰を見ているかなんて知っていた。
いつも俺が彼女を目で追うように、彼女もまたあの人を目で追っているから。
だから、あの日彼女の頬を伝っていた綺麗なほど残酷な涙の理由も、全部あの人のせいだってことも知っていた。
“だったらどうなんだよ?”
だからこそ、三井先輩のあの一言が許せなかった。
その唇に、その髪に、その指先に、あの人はいったいどんな風に触れるんだろうか。
無理矢理に強引に傷つけるんだろうか?
それとも優しく丁寧に愛すんだろうか?
どちらにせよ、俺には耐えられない。
「何で三井先輩?」
何で?
そう問い詰めたところで、彼女が何も答えられないのはわかっていた。
人を好きになるのに理由なんてないし、人を好きになるのは理屈なんかじゃない。
それは俺自身が一番良くわかっていることだった。
なんで彼女なのか。なんで彼女じゃないといけないのか。
そんなことは俺にだってわからない。
ドアの開く音と重なって、俺の声が彼女に届いたかはわからなかったが、彼女の頬を伝う一筋の滴は俺にはしっかりと見えていた。
無意識だった。
気がついたら俺は彼女の手を掴んで電車の外へと駆け出していた。
冷たいコンクリートの上に温かい水滴が、ひとつ、またひとつと、不規則なリズムで落ちる。
「咲先輩…」
「ごめっ…何泣いてんだろ…」
まるでその涙に引き寄せられるかのように、俺は思わず彼女を抱きしめた。
初めて触れた彼女の体は、想像していた以上に華奢で細くて、今にも壊れてしまいそうだった。
だけど俺は、その腕を緩めることは出来なかった。
いっそ壊してしまいたい。そんな衝動すら頭を過ぎる。
彼女の小刻みに震える肩を必死で抑えながら、俺は込み上げる気持ちを必死で抑えていた。
「俺じゃ駄目すか?」
人間とは不思議なものだ。
今まで15年間、叶わぬ夢を見る事もなく、楽で無難なところだけを選んで生きてきたのに。
バスケのことだけを考えて生きてきたのに。
たった1人の人間の存在によって、そんなものはあっさりと引っくり返されてしまうのだから。