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苦痛だ。
たった数秒間。
通り過ぎるだけのこの空間が、
俺には苦痛で堪らない。
だからと言って回避する術もなく、
俺は今日もその空間へと足を踏み入れる。
俺に向けられる、
銃口の様な鋭い視線。
____________
「三井!」
購買に向かうため廊下を歩いていると、教室の中から急に名前を呼ばれた。
一瞬躊躇した。
この状況であいつに名前を呼ばれる理由が、全くと言っていいほど見当たらなかったからだ。
「何だよ、木暮。」
振り返った先には、いつも通り柔らかい笑顔の木暮がいた。
「赤木から聞いた?今日の部活のこと。」
「いや、何も。」
「赤木委員会だから、先に始めてて大丈夫だって。」
「おう。」
ほら、今日もまたあの女は俺に銃口を向けている。
銃口のような真っ直ぐな鋭い視線を向けながら、俺の行動を楽しんでいるのか。それとも疑念を抱いているのか。
彼氏が元不良と仲良さそうにしているのは、彼女としてはおもしろくないことはわかっている。
「近づくな」「離れろ」と言う銃弾を、今にも俺に撃ち込もうとしている。
だけど、向けられた銃の引き金が引かれることは決してない。
だからこそ不安を感じる。だからこそ恐怖を覚える。
本当は俺の気持ちが全部、見透かされているんじゃないかって。
だから木暮のクラスの前を通ることは、俺にとっては苦痛でしかない。
「三井?どうした?」
「いや、何もねーよ。」
「何もないって顔じゃないだろ。」
こいつは、何でこうストレートにこんなことを口にするのか。
無垢と言うか。素直というか。天然と言うか。
「お前の彼女のせいだ。」なんて言ったら、木暮はどんな顔をするだろう。
正義感の強いこいつのことだから、納得いくまで答えを求めるんだろう。
「俺はこういう顔なんだよ。」
「本当か?」
「本当だよ。」
「…そっか。ごめん。」
「じゃあ、また部活でな。」
いつの間にか彼女は銃口を下げ、まるで何事もなかったかの様な態度を見せていた。
木暮が俺から離れたからだ。
ああ、イライラする。
木暮の彼女が俺のことをどう思っているかなんて何の興味もない。
だから俺のイライラの原因はそんなところにあるんじゃない。
木暮に対する異常なほどのこの感情が、俺をイライラさせるんだ。
自分で自分がわからない。
信じられないし信じたくない。
だけどそれがすべて現実だと言う事実。
いっそすべて、めちゃくちゃにしてやりたいとさえ思ってしまう。
こんな俺を受け止めて受け入れてくれるのは、きっと咲しかいない。
購買の近くの自販機で、その咲を見つけた。
逃げ道と言う一筋の光に手を伸ばしかけたその時、俺はその手を咄嗟に引っ込めた。
咲の隣には、一際目を引くよく知る人物が立っていたからだ。
「…流川?」
流川は俺と目が合うと、ゆっくりと会釈した。
流川は会釈した後、隣にいる咲の肩を叩いて何か小さく呟いた。
「咲先輩、また。」流川の口は確かにそう動いていた。
流川は何事もなかったかのように、俺に背を向けて階段の方へゆっくりと歩いていく。
“咲先輩、また。”
何で流川が、咲の名前を知っているのか。
それだけならいい。
何で流川が、咲と一緒にいるのか。
それだけならいい。
何で流川が、咲に「また」なんて言うのか。
「寿?どうしたの?」
小走りで駆け寄る咲の手を、他人には見えない位置でしっかりと握りしめる。
たったそれだけで、咲には俺の気持ちがわかってしまうみたいだ。
彼女は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「寿、また苦しくなった?」
「…何で?」
「何でって、苦しそうな顔してるから。」
「何で流川と?」
「え?流川くん?あぁ、偶々会っただけ。そこで。」
「仲良かったっけ?」
「最近ね。偶然会うことが多くて。」
「ふーん。」
「流川くん、面白いよね。」
「…」
「寿?何か…怒ってる?」
「怒ってねぇよ。」
俺は今どんな顔をしてるんだろう。
本当に怒ってるつもりなんてこれっぽっちもなかった。
だけどいつもよりどこか口調が強くなっていることは、自分でもちゃんとわかっていた。
「…先行くわ。」
俺は咲の手を離すと、ゆっくりと教室へと足を進めた。
言葉ではうまく言い表せない、この怒りにも似た感情は何だろう。
木暮の彼女に感じる感情とも、自分自身に感じる感情とも違う。
胸の奥にモヤがかかって、そのモヤが次第に濃く深いものになっていく様な息苦しさ。
何なんだ。この不快感は。