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元々仲は良かった。
女の煩わしさを嫌う彼が、
私とだけは男友達と同じ様に接してくれた。
だからもちろん淡い期待もした。
だけどそんなのとんだ勘違いだった。
そのことを、
今更ながら痛いほど実感している。
_____________
「咲…」
部屋中に響き渡る彼の声は、とっくに変声期を終えた完全な男の声で。
その声が無意識に何度も発する私の名前に、小さいながらも胸が締め付けられた。
私の名前を呟きながら、彼は頭の片隅で他の誰かのことを考えている。
“私を逃げ道にしていいよ。”
あの日、彼を救いたいと思ってそう言ったのは本心だった。
私にすべてぶつけることで、彼の気持ちが少しでも楽になるのなら。苦しさから解放されるのなら。そう思った。
だけど私は、自分が思っているよりも貪欲でちっぽけな人間みたいだ。
「誰のこと考えてるの?」
彼の耳元でわざとらしく独り言のようにそう呟いた。
耳の裏から首筋に伝う、彼の唇が動きを止める。
整った顔を歪めて悲痛を訴える様に私を見つめるその瞳からは、今にも涙が零れ落ちてきそうだった。
さっきの自分の一言に、ものすごい罪悪感を感じた。
「ごめん。何でもない。」
「…咲。」
「何でもない。ホント、何でもないから。ごめん。」
「咲。」
「…何?」
「ごめん。」
こうやってお互いに何度謝れば気が済むのか、それしか言えないことはわかってる。
だけどこれは彼と私の同意の上で成り立っていることだ。望んだのは私達だ。
だから彼が私に謝る理由なんてないし、私が彼に謝る理由もどこにもない。
彼の温かい腕が私の体を包み込んで、背中の辺りで交差する。
私の胸に顔を埋める彼の髪の毛に触れる。
「寿…」
そう呟く私の唇を塞ぐように、寿はその上から自分の唇を静かに重ねた。
私の唇はこんなに近くにあって、こんなにも簡単に重ねることができるのに。
私の体はこんなに近くにあって、こんなにも簡単に抱きしめることができるのに。
いっそ強引に傷つけてくれれば良いのに。
憎くて仕方なくなるほど傷つけてくれれば、今よりはもっと楽なのに。
2人だけの秘密なんて、言葉にしてしまえば何て簡単なことなんだろう。
「咲、この間なんかあった?」
寿の腕の中でうずくまっていると、少し掠れた彼の声が聞こえた。
その声に視線を上げると、彼は子犬みたいな虚ろな目で私のことを見ていた。
いつも思う。セックスの後の彼はとても可愛い。
「え、いつ?」
「部活で、俺が宮城と一緒にストレッチしてた時。変な時間に体育館の横通ったから。」
「あぁ、…職員室寄ってた。集めたプリント提出しに。」
「ふーん。」
「宮城くん良い子だね。あんな遠目だったのに、ちゃんと頭下げてくれて。」
「普通だろ。」
「廊下で会ってもいつも挨拶してくれるよ。」
「宮城ばっか褒めんなよ。」
寿はそう言って、私の右肩に顔を埋めた。
ほのかに香る彼の香りと、首筋に悪戯に触れる吐息。
甘えているのか、いじけているのか、彼の声がいつもよりも鼻にかかった様に聞こえる。
寿は、何でいきなりあの日の話をしたのか。
彼の変な勘の鋭さに、気づかれたのかもしれないと一瞬焦った。
あの日、あの時間に私が下校していたのは、職員室に立ち寄っていたからではなかったからだ。
あの日の、抑揚のない彼の落ち着いた声を思い出す。
「咲先輩。」
そう私を呼ぶ彼の顔は、いつ見ても羨むほど綺麗で。
黒く長い前髪の隙間から覗く端正な顔立ちに、私はまた目を奪われた。
「流川くん。」
流川楓。
彼と初めて話したのは、寿を待っていた体育館の入口だった。
だけど彼の事はそれ以前から知っていた。
流川楓と言えばバスケ部期待の新人で、その上かなりのイケメンだと女子の間では有名だったからだ。
彼は毎日のように女子生徒に羨望の眼差しを向けられ、時にはその群れに囲まれていた。
そんな流川くんと、あの日の放課後下駄箱で偶然会った。
「あれ、部活は?」
「担任に呼び出された。ずっと寝てたんで。」
「また?よく寝るね。」
私と流川くんには、これと言って何か繋がりがあるわけではない。
クラスも。学年も。出身校も。接点なんて何一つない。
寿のバスケ部の練習を見に行って、たまに顔を合わせるぐらいだ。
ただ。
「やっぱり俺、咲先輩のこと好きなんですけど。」
ただ。
私のことを好きだと言ってくれる。
2週間前、彼は“多分”私を好きかもしれないと言った。
誰かに興味を持つことも、誰かを好きになることも初めてで、この感情が恋なのか何なのかはわからないとも。
だから私は、きっと勘違いだと言った。
初めは冷やかしだと思っていたからだ。
何の繋がりもない他学年の男子からの告白、それが流川くんなら尚更そうだった。
だけど、勘違いしていたのは私の方だったみたいだ。
彼は今、“やっぱり”私を好きだと言った。
「“多分”じゃなくて?」
「“多分”じゃない。」
「何で“やっぱり”なの?」
「バスケしてる時以外、先輩のことばっか考えてる。」
彼はいつも真剣な眼差しと言葉を私に向ける。
決して視線を反らさず、油断したらその瞳に吸い込まれそうになるほど真っ直ぐに。
だからその瞳に身動きがとれなくなってしまう前に、ちゃんと私も彼に伝えなければいけない。
「ごめん。私は…」
「三井先輩が好き?」
間髪いれずに発せられた流川くんのその一言に、私は動揺を隠せなかった。
何か否定的な言葉を発しなければ。
何か否定的な態度をとらなければ。
平然を装うとすればするほどに、鼓動が早くなりうまい言い訳さえ思いつかない。
これじゃあ寿が好きだと言ってしまっているのと同じだ。
寿が私に対して恋愛感情を持っていないことはわかってる。
だけど、寿は私も自分に対してそうであると思ってる。
彼を想うと鼓動が不規則に音を刻み始め、彼に触れると全身が火傷したように熱くなり、彼に抱かれるとこの身が引き裂かれるほど苦しくなる。
それを恋以外の何と呼んだらいいのか。
流川くんの真っ直ぐな言葉と瞳が眩しすぎて、私は思わず顔を伏せた。
そんな私の混濁した気持ちを中和するように、流川くんは私の心の隙間に真っ直ぐ入り込んでくる。
「それでも、俺は咲先輩が好きです。」
一筋の光に目を塞いで、本当の気持ちを秘密にすることで、彼の側にいることが本当に幸せなんだろうか。
叶わぬ恋に溺れるれるよりも、自分を想ってくれる誰かの側にいる方が幸せなんじゃないだろうか。
流川君を好きになれたら、私は救われるんだろうか。