眠れぬ夜は君を想う
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宮城くんと海で会ったあの日から一週間が経った。
あの日以来、彼と海で会うことは一度もなかった。
学校での彼は相変わらずクールで、もちろん自分から敢えて関わるようなことは一切しなかった。
目も合わさなければ声もかけない。
お互いにあんな醜態を晒してしまったんだから、当たり前と言えば当たり前の話だ。
もしかしたら他人のそら似だったのかもしれないとさえ思ったが、そう思ってすぐに、彼の鼓動を感じたあの心地好い感覚を思い出す。
“ありがとう。槙田さん。”
そう言った彼の声は、確かに私の中に存在していた。
そんなことを考えながら、夜の海の波打ち際を歩いていると、小さな波が私のサンダルと足首を濡らした。
春と夏が入り混じったような生暖かい潮風が肌を撫でるから、足元だけがひんやりと冷たくて気持ち良かった。
空を見上げると星が疎らに散らばっていて、その中の1つが流れて消えたような気がした。
流れ星だったのかもしれない。
だけど願い事を言う暇なんてなかったし、願ったところで私の願いは絶対に叶うことはない。
誰に言うわけでもなく自分の心の中だけで呟いて、少し泣きたくなる気持ちを抑え込んで飲み込んだ。
寄せては引く波を眺めその音を聴きながら、脳裏に浮かぶのはいつかの自分だった。
その姿が、この間の彼の姿と重なった。
5つ上の姉はとても聡明で綺麗な人だった。
誰にでも優しく、どんな苦境にも屈することのない強さも持っていた。
私の自慢の姉だった。
だけど、誰かのために突然死んでしまうのはとてもずるい。
庇われたその誰かは、一生そのことを背負って生きていかなければならない。
自分だけがこうして生きていて良いのかと、自分が死んだ方が良かったんじゃないのかと、思わない日は一度もなかった。
別に死にたいわけじゃない。
だけど生きていて良いのかがわからない。
あの日の彼も、いつかの私と同じようにそんなことを思っていたんだろうか。
自然に海へと足を進めてしまった、いつかの私と同じように。
「何やってんの!」
その声と同時に突然誰かに手を引っ張られ、体がよろけて湿った砂浜に足を取られそうになった。
その体を支えるように私の手を強く握りしめていたのは、苦痛な表情を浮かべながら私を見ている宮城くんだった。
なぜ彼がここにいるのかということよりも、彼もこんなに大きな声が出せるのかということに驚いた。
「…宮城くん」
「槙田さん、何やってんの?」
まるでこの間のデジャビュのようだ。
ただ、今手を掴まれているのは私の方だった。
そしてどこか必死に私の手を握り締める彼の顔が、先程よりも悲痛に歪んでいるように見えた。
私もこの間彼の手を掴んだ時、こんな顔をしていたんだろうか。
あの日私の目に映った彼と同じように、彼の目には私が死にそうにでも見えたのだろうか。
そんな顔しなくても私は大丈夫だよ。
そんなことはもうしないよ。
そんな気持ちはもう随分前に全部飲み込んで無かったことにしたんだよ。
そんな気持ちとは裏腹に、私の頬には一筋の温かいものが伝っていた。
それが涙だと気づいたのは、3粒目の涙が砂浜に落ちた時だった。
何で涙が出たのかわからなかった。
わからないまま尚も溢れ出す涙に自分の不確かな気持ちが重なって、波打ち際を1人で彷徨っているようなそんな感覚に陥った。
怖い。と思ったその時、彼に掴まれた手のひらから伝う彼の鼓動と体温を感じたら、不思議と気持ちが和らいだ。
そうか。私はずっとこんな風に、誰かが傍にいてくれたらいいのにと思っていたんだ。
誰かに引き留めてほしいと、理解してほしいと思っていたんだ。
泣いて、泣いて、泣いて。
私の涙が出尽くすまで、彼は私の手を握り締めてくれていた。
そして気がつくと、なぜか彼も泣いていた。
「…なんで宮城くんが泣いてるの。」
「…泣いてない。」
「泣いてるじゃん。」
「泣いてないって。」
「泣いてるってば。」
「泣いてないってば。」
そう言い張りながらも細い指先で目尻を拭う彼の姿が可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
「やっぱり泣いてるじゃん。」と泣きながら笑っている私を見て、彼もそんな私が可笑しかったのか一拍置いて笑い出した。
微かに漏れた彼の笑い声が、静かな夜の海に響いた。
その声は多分実際にはそんなに大きくなかったのだろうけど、いつもの彼の声に比べたら想像出来ないほど大きかったように思う。
それは多分私も同じだ。
彼のガラス玉みたいな瞳が、星空の明るさと海の暗さを閉じこめたみたいで綺麗だった。
こんなにちゃんと真正面から彼の顔を見たのも初めてかもしれない。
「…ありがとう。宮城くん。」
あの時は一瞬しか交わらなかった視線が交わって、彼は柔らかく笑った。
それから、彼とは毎週金曜の夜に海で会うようになった。
別にどちらから約束したわけではなかったが、気がついたら自然にそうなっていた。
相変わらず学校での彼はクールだったが、海で会う彼はまるで別人のように良く笑って無邪気だった。
今週あったクラスの出来事や部活の話、担任の悪口も色々話した。
彼の兄が海の事故で死んだ話を聞いたのは、それから大分経ってからだったと思う。
彼の兄はバスケがとても上手で、彼の憧れだったこと。
そして喧嘩別れしてしまったことが今も心残りだと言う彼は、未だに自責と自尽の念が消えていないようだった。
私も姉が自分を庇って、交通事故で死んだことを話した。
喧嘩別れしたって、守られながら別れたって、大切な人の死を受け入れることは並大抵のことじゃない。
あの時の衝動やこの喪失感は、きっと他の人にはわからない。
見上げた空に流れ星が流れて、2人で目を閉じて叶わない願い事を願ってみたりしたこともある。
願っているうちに流れ星は消えていただろうし、大切な人に二度と会えないということもちゃんとわかっていた。
だけどもう涙は出なかった。
彼は大嫌いだった海が少しだけ好きになり、私も自然と眠りにつけることが以前よりも増えた。
いつの間にか私達は、男女間を越えた何でも分かり合える親友のような関係になっていた。
いや、同じ思いを抱えた戦友とでも言うべきだろうか。
いつの間にか月日は流れ、私達は17歳になっていた。