眠れぬ夜は君を想う
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大切な人の死を受け入れるということは、自分自身に噓を吐くこととどこか似ている。
そう悟ったのは小6の夏だった。
なぜか大人達はみんな平然と言う鎧を身に纏い、他人の前では日常に戻れているフリをしていた。
無理矢理にでも時計の針を進めないと、足を動かさないと、そう自分自身に言い聞かせているように見えて仕方なかった。
そして、そうしないといけないんだと言われているように思えて仕方なかった。
あの頃の私は、自分だけが取り残されないように必死だったように思う。
自分ではコントロールできない嵐のような感情を、受け止めきれないのに無理矢理1人で受け止めた。
大人達と同じように平然と言う鎧を纏うことに決めた私は、中学生になった今も変わらず自分自身に噓を吐いて生きている。
が、その代償は思いもよらぬ形で私の身に降りかかっている。
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新緑も深まる5月の初旬。
少し開いた窓の隙間から入りこむ風と、体全体に降り注ぐ暖かい木漏れ日。
こんな風にうつ伏せになって窓の外を眺めていると、ここが教室であることを忘れてしまいそうになる。
連休明けの席替えで窓際の一番後ろの席なんて、我ながら本当についている。
教室の中がいつにも増して一段と騒がしく浮わついているように感じるのは、連休明けのせいだろうか。
なんてそんなことを考えている間も心地良くて、私の瞼はゆっくりと落ちていく。
「咲ちゃん。」
前の席から名前を呼ばれて、私は閉じかけていた瞼をこじ開けた。
うつ伏せのまま顔だけを前に向けると、目の前の彼はなぜか少し焦ったような顔をしていた。
「何?ヤス。」
「先生来たよ。」
ヤスは小声でいつもより少し早口でそう言った。
その言葉に、私はずっと眠っているような重い上半身を慌てて起こした。
この間もこんな風に寝ていて担任に怒られた私のことを、ヤスのことだから気遣って声をかけてくれたのだろう。
「ありがとう。」
「寝不足?」
「いつもね。」
私がそう言うと、ヤスははにかんだ様に笑った。
小6のあの夏から、私は満足に眠れなくなった。
ベッドに入ってから眠りにつくまでに朝になってしまうことも少なくなく、3、4時間眠れればマシな方だった。
これに不眠症という名前がついていることを知ったのは最近になってからだ。
自分を偽ることで得たこの代償は、思いのほか私を苦しめている。
時間がかかってもベッドの中で眠れれば良いのだが、それでも中々寝付けない夜が稀にある。
昨夜がまさにそうだった。
そんな夜は家を抜け出して海に行く。
全部空っぽにして、ただそこに座って目を閉じて、大きく深呼吸して海の音を聴く。
ただそれだけだ。
海の音を聴くと、なぜか自然と眠りにつくことが出来た。
「どんな子だろうね。」
ヤスは担任を気にしてか、顔だけ後ろに向けて呟くような声でそう言った。
「何が?」
「え、転校生だよ。今日来るって言ってたじゃん。」
そう言えば、昨日担任がそんな話をしていたのを思い出した。
だから教室がいつもより騒がしかったわけか。
随分時期はずれな転校生だな、と思った。
「男子かな?女子かな?」
「どっちでも、ヤスはすぐ仲良くなれるよ。」
ヤスは少し照れたように「そんなことないよ。」と謙遜したが、私は「そんなことある。」と本気で思っている。
ヤスとは小学校からずっと一緒だ。
クラスが離れたのも小3の時だけだったと思う。
彼は昔から誰に対しても優しく出来る人で、まさに彼自身が優しさで出来ているような人だ。
だから転校生がどんな人でも、ヤスならすぐに打ち解けてしまえるようなそんな気がした。
その時、担任の「入って」という声と共に教室のドアが開いた。
教室中が一気にどよめき、ヤスは慌てて前を向いた。
私もそんな彼につられる様に、頬杖をついたまま視線を正面に向けた。
担任に促され教室に入ってきたのは、俯いたまま黒板の前を気だるそうに歩く1人の男子生徒だった。
学ランに覆われた彼の華奢な肩が、踏みつけた上履きを引き摺る度にゆっくりと動いた。
彼は身体を前に向け、少し俯き加減で重々しく口を開く。
「…宮城、リョータっす。」
教室が先程よりも一層どよめいた。
上下ダボッと着崩した学ランにはみ出したワイシャツ。
柔らかい癖毛の人工的な茶色い髪の毛。
左耳には金色のピアスが光っていた。
小柄で幼く見える彼とは似ても似つかわしくない様なその出で立ちに、教室の所々で囁くような声が聞こえてきた。
そんな声が聞こえているのかいないのか、彼は自分の名前を言ってすぐに視線を床に落とした。
少しだけ開いていたカーテンの隙間から、春の柔らかい空気が入り込んできて頬を掠めた。
その春風に目線を上げた彼と、一瞬視線が交わった気がした。
時間にすればほんのわずかな時間だったと思う。
視線の先に何も捕えない様なガラス玉みたいなその瞳が、私の心をなぜかざわつかせた。