それは突然、日常を。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「好きです。付き合って下さい。」
何回聞いたかわからない聞き飽きたその台詞。
目の前には視線を落とし頬を赤らめた知らない女。
だけど湘北の制服を着て俺を呼び出したってことは、同じ湘北の生徒なんだろう。
「興味ない。」
俺の返事はいつも決まっている。
そしてそれを聞いた相手も顔を歪めて、いつも決まった言葉を返してくる。
「好きな人いるの?」
「いねぇ。そういうの興味ねぇ。」
このやり取りも何回目だろう。
いい加減に辟易する。
涙を堪えて肩を震わせるその女を、宥めるように他の女が駆け寄り慰める。
好きな人がいないということが、誰かと付き合う気にならないということが、まるで異常なことの様に思えてくる。
“流川くんには感情がない。”
中学の時、もう顔も思い出せない女子にそう言われたことがあった。
まさか感情がないわけがない。
自分で意識しているわけではないが、小さい頃から感情をあまり表に出さない子だとは言われた。
だけど家族や部活仲間とは必要以上にしゃべらなくても意志疎通はできたし、不便に感じたことなど一度もなかった。
むしろそうしなければ成り立たないような人間関係なんて、俺にとったら不必要だし煩わしいだけだった。
それを理解してくれないような相手なら、無感情と思われようと別に構わなかった。
だけど、あの日彼女は俺に言った。
“どこが無感情だ。”と。
初めて会った時から、彼女は他の女子達とはどこか違っていた。
いつも飾らず、流されず、群れず、俺の知っている“女”という生き物の生態とはひどくかけ離れていた。
それが新鮮で面白くて、気がつくと無意識に彼女を目で追うようになっている自分がいた。
そのうちに気づいたことがある。
彼女の近くにはいつも水戸がいるということだ。
幼馴染みだと言う水戸は、彼女の名前を当たり前のように呼び、優しく髪を撫で、手を繋ぎ、愛しそうに笑う。
それが許される水戸に苛立ち、それが許されない自分にもどかしさが募る。
そもそも幼馴染みとは何なんだろう。
友達とはどう違うんだろう。
俺だけを見て欲しい。
俺だけに触れて欲しい。
俺だけに笑いかけて欲しい。
そう思うのは、
「それ、友達じゃなくね?」
朝練前の部室だった。
Tシャツに袖を通しながら、俺の隣で三井先輩がそう言った。
「それ?」
「友達にはそんなん思わねぇだろってこと。」
先輩は着替え終わるのとほぼ同時にロッカーを片手で閉めると、Tシャツの裾を整えながら溜め息まじりで俺の顔を見た。
「お前、あん時すげぇ顔してたぞ。」
「あん時?」
「俺が槙田さんと一緒にいた時。」
三井先輩のその言葉に、文化祭1日目に食堂で槙田と三井先輩に会った時のことを思い出した。
俺がクラスの連中に無理矢理執事に引き戻されたあの時だ。
あの時は、何で先輩が槙田と一緒にいるのか、その理由が気になって仕方なかった。
俺は目の前のロッカーの扉を勢い良く閉めた。
「何かすげぇムカついた。」
「それ、何て言うか知ってるか?」
「は?」
三井先輩はなぜかニヤニヤしながら、俺の反応を面白がるかのようにそう言った。
そんな顔されてもその顔の意味が俺にはわからないし、別にこの感情が何て言うかなんてあまり興味もなかった。
ただムカついた。それだけだ。
「別に知らなくていい。」
「は?可愛くねぇな。」
「可愛くなくていい。」
「俺が槙田さんといてムカついたくせに。」
「うるせぇな。」
「何か新鮮だな。」
「は?」
「嫉妬する流川。初めて見た。」
「嫉妬?」
「嫉妬の意味ぐらいわかんだろ。」
「知らねぇ。」
「はぁ?じゃあ、スマホで調べろよ。」
三井先輩にそこまで言われたのが悔しくて、俺は一度閉めたロッカーをもう一度開けて中からスマホを取り出した。
“嫉妬”
と言う文字を打ち込み検索する。
「1、自分よりすぐれたものをうらやんだりねたんだりする気持ち。…俺、別に先輩のこと自分より優れてるって思ってねぇ。」
「そっちじゃねぇよ!2番目の方!」
先輩に言われるがまま、俺はスマホの画面をスクロールした。
「2、また、自分の愛する者の心が他に向くのをうらみ憎むこと…」
彼女が三井先輩の話なんてするからムカついて。
彼女が水戸といつも一緒にいるからムカついて。
彼女が俺のことを見てくれないからムカついて。
気づいたら、俺は彼女にキスしていた。
あの日教室で彼女に突き飛ばされるその瞬間まで、自分が無意識にそうしていたことに気づかなかった。
壁に当たった背中の衝撃で我に返って、その時にはもう走り去る彼女の後ろ姿しか見えなかった。
初めての感情に戸惑い、それを制御出来なかったことに驚き、1人取り残された薄暗い教室の中で思った。
俺だけを見て欲しい。
俺だけに触れて欲しい。
俺だけに笑いかけて欲しい。
俺だけのものになって欲しい。
そう思うのは、
友達だからなんかじゃない。