secret
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
おかしいことはわかってる。
異性を意識することが一般論であるならば、
今の俺は誰がどう見ても間違いなく非一般的な人間だ。
普通じゃない。異常だ。
この気持ちが何なのかはわからない。
きっかけが何だったのかさえわからない。
ただ、
なぜかあいつのことが気になって仕方ない。
_____________
「三井さん、ぶん殴られたんだって?」
宮城にそう言われたのは、ストレッチをしながら体育館の天井を眺めている時だった。
「は?」
「昨日、花道が言ってたから。」
その言葉に昨日のことを思い出し、俺は思わず苦笑いした。
まさかあの場を桜木に見られていたとは。
それはつまり、全校生徒に知れ渡るのも時間の問題だと言うことを意味している。
「ぶん殴られてねぇよ。ひっぱたかれたんだよ。」
「同じでしょ。あんたも懲りないね。」
「何が。」
「彼女何人目だよ。」
「そもそも付き合ってねぇし。」
俺のその一言に、宮城は呆れたような顔をした。
「最低だな。」
「知ってる。」
「あんたいつか刺されるよ。」
宮城はそう言って人差し指を突き出すと、それを俺の喉元に突き刺すように近づけた。
こいつが言うと洒落にならない。
「可愛い子だったらしいじゃん。勿体ない。」
「女は顔じゃねぇだろ。」
「あんたがそれ言う?友達が綺麗だから、感覚麻痺してんじゃないすか?」
「あ?」
「あ、噂をすれば咲さんだ。」
宮城の言う通り、体育館の扉から微かに咲の姿が見えた。
こんな時間に外を歩いてるってことは、今日は委員会でもあったんだろうか。
不意に、咲と目が合った。
隣の宮城が咲に向かって軽く会釈する。
それにつられるように、右手を上げて挨拶する俺に、彼女はいつもみたいに微笑んだ。
「三井さんさ、咲さんには手出してないよね。」
何気ない宮城のその一言に、俺は少なからず動揺した。
いや、何のことはない。
宮城は思ったことを、何も気にせず素直に口にしただけだ。
きっと深い意味なんて何もない。
そう自分に言い聞かせて、俺は冷静なフリをする。
「アホか。」
「本当に?」
「嘘吐いてどうすんだよ。」
「まじで付き合ってないの?」
「付き合ってねぇよ。何回言わせんだよ。」
「だって三井さん、咲さんにだけは心開いてるって言うかさ。」
「そりゃあ中学から一緒だからな。」
「いや、そういうの通り越してる感じ。」
「何だそれ。そもそも咲が俺のこと恋愛対象として見てねぇし。」
「そんなのわかんないじゃないすか。」
「三井、女子にひっぱたかれたの?」
突然後方から聞こえたその声に、心臓がドクンッと音を上げた。
「木暮さん。」
俺が振り返るよりも先に、宮城が振り返りその名前を呼んだ。
俺も少し遅れてゆっくりと振り返る。
「何で木暮さんがその話知ってんすか?あ、花道か。」
「いや、そんな大声で話してたら嫌でも聞こえるよ。」
そう言って、木暮は少し申し訳なさそうに微笑んだ。
そして宮城から俺へと視線を移す。
「三井、あんまり女の子泣かせるなよ。」
心臓がチクッと針に刺されたように痛んだ。
「木暮さんは彼女さんのこと、絶対泣かせたりしないっすもんね。」
「いやいや。俺の話はいいから。」
木暮の顔が笑顔に変わる。
きっと木暮は今、頭の中に彼女の姿を描きながら話をしている。
まるでそこに本人がいるかの様に、丁寧に、優しく、愛しそうに話す。
木暮の彼女は、木暮と同じクラスで、男に守られることを前提に産まれてきたような女だ。
木暮の唇が彼女の名前を呼ぶ度に、彼女のことを話す度に、俺はそれが苦痛で堪らなくなる。
「羨ましいよ。」
必死で絞り出した答えに、木暮はいつもみたいに柔らかい顔で笑った。
打ち明けたら楽になるのか。
まさか打ち明けられるわけがない。地獄だ。
じゃあ打ち明けないままいればいいのか。
それだって地獄だ。
だから咲のあの一言は、俺にはまるで救いの言葉のように聞こえた。
あの一言に、俺が絶望の淵から救われたのは確かだった。
今居るこの場所が天国じゃなくても地獄じゃない。
そう思うことができた。
誰も知らない俺の秘密を咲と共有することで、俺は辛うじて今ここに立っている。
不意に窓の外を見ると、咲の姿はもうなくなっていた。