それは突然、日常を。
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「咲、何やってんの?」
結衣にそう言われたのは、教室を出て購買へ向かおうと階段を降りている時だった。
「え?」
「いや、眉間に皺寄せて自分の顔見てるから。」
廊下の窓に反射して映る自分の姿を見て思う。
結衣の言う通り、眉間に皺を寄せて自分の顔を見ている私の姿は、傍から見たら何ともおかしな光景だ。
「いや、私の顔って面白いのかなって。」
「は?何言ってんの?」
「あの日彼に言われたことを思い出していた。」なんて言えるはずもなく、私は思わず苦笑いした。
「ごめん。何でもない。」
しかしどうやら私のその曖昧な表情が、結衣には何か裏があるように見えたらしい。
「咲、やっぱ何かあったでしょ?」
「何が?」
「流川くんと。」
先日の廊下での流川くんとのやり取りのおかげで、私は全校生徒の間でちょっとした有名人になってしまった。
あの後すぐに結衣からも散々尋問されたのはもちろんのこと、女子生徒達からは痛いほどの視線を浴び続けている。
「だから何もないって。」
「本当に?」
「ないない。ただの友達。」
彼の笑顔を見たことや、彼に触れられたことは、結衣にとっては何かあったことに入るんだろうか。
だけど流川くんにとったらそれはただ単に“友達”だからしただけのことで、特別意味のない行動だったのかもしれない。
その時、結衣が突然声を上げた。
「やばっ!」
「何?どうしたの?」
「財布、教室に忘れた。」
「貸すよ。」
「駄目駄目!私取ってくるから、咲待ってて!」
「一緒に行こうか?」の一言を言う暇もない程、結衣は勢いよく階段を駆け上がって行った。
聞こえているかはわからないが、「ゆっくりで良いよー」と叫んでみる。
多分聞こえていないだろう。
結衣に言われた通り、私は渡り廊下のドアの横に寄りかかりながら彼女を待つことにした。
夏の蒸し暑さはいつの間にか心地良い秋風へと変わっていて、私には今日の気温は少し肌寒く感じた。
「流川くんとどういう関係?」
知らない女子生徒4人組にそう声をかけられたのは、そんなことを考えている時だった。
彼女達は噂の親衛隊だろうか。
いや、ただのファンだろうか。
今までだったら自分に話しかけているわけではないだろうと思えたが、あの日以来そうもいかなくなった。
こんな状況になるだろうことは予想出来なかったわけじゃない。
だけど結衣と離れて1人のところを狙って声をかけてくるところが、さすが女子だなと思った。
「…友達、だけど。」
自分で認定しておいてなんだが、彼のことを“友達”と呼んで良いものか悩むところはまだあった。
だけど、そう言っておくのがやっぱり無難な気がした。
案の定“友達”と言うフレーズに、女子生徒達の表情が一瞬柔らかくなった。
が、これで尋問が終わるわけではない。
「最近仲良いよね。」
「友達だからね。」
「何で2人きりいたの?」
「友達だから。」
「友達だからって、手繋ぐとか意味わかんない!」
こういう場合、何と答えるのが正解なんだろう。
きっと正解なんてものはない。
何と答えても、“でも”、“じゃあ”の接続詞を振りかざして、彼女達は私の回答を不正解にするだろうから。
だったら無難な答えを選んだ方が、正解ではないにしろ、不正解を回避することぐらいは出来るかもしれない。
そう思って口にした“友達”と言うフレーズで、どうやら不正解は免れたようだが、彼女達が納得いくような正解ではなかったみたいだ。
その中の1人が言った。
「そもそも水戸くんと付き合ってるんじゃないの?彼氏いるなら流川くんに構うのやめて。」
“咲ちゃんって水戸君と付き合ってるの?”
中学の時に散々言われたその台詞が、また脳裏を過った。
束になって群がって、自分達を正当化して、何かと枠に嵌めたがる。
“恋人”、“友達”、“幼馴染み”、何かの枠に嵌めないと、何か理由をつけないと、女子達は特定の男子と一緒にいることを許してくれない。
そんなことは昔からわかっている。
「洋平とは付き合ってない。幼馴染みだから。」
流川くんは“友達”で、洋平は“幼馴染み”だ。
これ以上、私に何を言ってほしいんだろう。
この場をうまくやり過ごすために、他校に彼氏がいるなんて嘘を吐いておいた方が懸命なんじゃないかとさえ思った。
その時だった。
「咲、何してんの?」
タイミングが良いのか悪いのか、聞き慣れたその声が私の名前を呼んだ。
「洋平…」
洋平は目の前の女子達に目もくれず、ゆっくりと私の方へとやって来た。
「結衣は?」
「財布取りに行ってる。洋平はどうしたの?」
「俺はじゃんけんで負けて。飲み物買いに来た。」
洋平は笑ってそう言いながら、どういうわけか私の頭をポンッと軽く叩いた。
「咲は優しいな。」
「は?」
「さすが幼馴染。」
「何?」
「5人分持つのはさすがにキツイと思ってたんだよな。」
「…飲み物持つの手伝えってこと?」
「おっ、わかってるじゃん。」
そりゃあ満面の笑みでそんなこと言われたら、さすがにそうとしか答えられない。
洋平といつも一緒にいる桜木くん達5人分の飲み物を一人で運ぶのはさすがに不憫だし、もし私が逆の立場だったらぜひとも助けて欲しい状況だ。
「てことで、咲連れてくね。」
洋平は目の前の彼女達の返答を待つことなく、私の手を取りその手を引っ張った。
突き刺さるほどの痛い視線なんてお構い無しに、彼女達に「じゃあね。」なんて笑顔で手を振りながら廊下の角を曲がる。
角を曲がりきったところで、洋平は聞こえるか聞こえないかくらいの小さなため息を吐いた。
「相変わらず女子は大変だな。」
2つ並んだ自動販売機の前で、洋平が足を止めて言った。
「聞いてたの?」
「聞こえたんだよ。」
「洋平まで変なこと言われたらごめん。」
「何だよ変なことって。」
「槙田さんと付き合ってるのー?とか。」
「別に変なことじゃねぇだろ。」
洋平は財布を取り出し、自販機に小銭を入れた。
「何飲みたい?」
「私自分で払う。洋平、桜木くん達のも買うんでしょ?」
「え、あぁ。そんな話だったっけ。」
「え?」
「で、咲何が良い?」
あぁ、きっと嘘だ。
じゃんけんで負けて飲み物を買いに来たなんて。
あの場から私を連れ出すための、彼女達に反感を買わないための、一番良い口実だったんだ。
洋平には昔から助けられてばかりで、そんな不甲斐ない自分を呪いたくなる時がある。
「やっぱり私が払う。」
「いいよ。もう金入れちゃったし。」
「じゃあ、明日は私が払うから。」
「はいはい。咲は相変わらず強情だな。」
「うるさいな。」
せっかくの洋平の好意に甘えて一番下のカフェオレのボタンを押そうとしたその時、なぜか上の段にあるポカリが一瞬目に入った。
そういえば流川くんはポカリが好きだったな、と思った瞬間、私はまんまとそのボタンを押していた。
「あ。」
「咲、ポカリ好きだっけ?」
「間違えた。」
「そしたら俺飲むから。咲はカフェオレでいいんだろ?」
「いいよ。洋平甘いの飲めないじゃん。」
「花道にあげるからいい。」
洋平は自販機からポカリを取り出し脇に抱え込むと、もう一度小銭を入れカフェオレのボタンを押した。
「はい。」
「ありがとう。」
洋平は取り出したカフェオレを私に手渡すと、そのまま私の手を一緒にキュッと握りしめた。
握りしめたと言うよりもは包み込まれた感じで、洋平の手のひらはとても冷たかった。
「この間のあれ、何だったの?」
洋平は私の手を握りしめたままそう言った。
「あれ?」
「そう、あれ。」
「あれって何?」
「流川。」
一瞬、見透かされたのかと思った。
その名前を聞いて思い浮かんだのは、先日の廊下での彼とのやり取りだった。
結衣にはあの後散々尋問されたのだが、洋平には何も聞かれなかったから、今更その話になるなんて全く予想していなかったから少し驚いた。
「何もないよ。」
「本当に?」
「本当に。」
「何か流川強引だったじゃん。」
「ライン交換しただけ。」
「ライン、交換したんだ。」
「うん。それだけ。」
そう、ただそれだけだ。
あの笑顔も、言葉も、言動も、やっぱり彼にとったら深い意味なんかなかったんじゃないかと思う。
結衣の言う“何か”にはきっと当てはまらない。
“友達”だから。
「それだけ。ね。」
洋平は静かにそう呟いた。
彼の背中越しに見える廊下の窓に、自分の顔が反射して映っていた。
「私の顔ってさ、面白い?」
「は?何だよいきなり。」
確かにこれはいきなりすぎた。
だけど自分でもわからないけれど、無意識にポロッと口から出てしまった。
「ごめん。何でもない。」
「誰かに言われた?」
「え、いや…」
「流川?」
「え…あ、…うん。」
「面白いって?」
「面白いって。」
「それって、面白いの意味違うんじゃねぇの?」
「意味?」
「意味って言うか、言い回し?」
「言い回し?」
私には洋平の言っている意味がいまいちわからなかったが、洋平自身も何やら不確かな様子だった。
洋平は左の眉を下げて小さく笑うと、また私の頭をポンッと軽く叩いた。
「わりぃ。何でもねぇ。」
洋平はペットボトルを右手に持ち直すと、そのままゆっくりと歩き出した。
「じゃあ、俺先行くわ。」
「あ、うん。ありがとね。」
私がそう言うと、洋平はまた小さく笑って左手を上げた。
私は知っている。
洋平は無理して笑う時、昔からいつも左眉が少しだけ下がることを。