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行き着く場所がなくなった俺が、
行き着く場所はいったいどこなんだろうか。
逃げ場を失った俺が、
逃げ込む場所はいったいどこなんだろうか。
彼女を失った俺が、
この場所から脱出することができるんだろうか。
誰か、迷い込んだ俺を救い出して。
____________
「…っ」
気持ち悪い。
「ひさ…し」
気持ち悪くて吐きそうだ。
どうでもいい女を抱くことは、これほどまでに苦痛なことだっただろうか。
俺の下で体をくねらせて喘いでいる女の姿を見ても、今の俺にはただの性欲を満たす道具にしか見えない。
今にも吐きそうで思わず窓を開けると、冷たい風が頬に優しく触れた。
「寿。」
立ち上がりベルトを締める俺に、女は上目使いで俺の名前を呼んだ。
女は白いブラウスに袖を通しながら、尚も俺の方を見上げている。
「…何?」
「泊まってていい?」
「いや。帰って。」
「なんで?いいじゃん!」
女は半ば強引に俺の手を引っ張ると、俺の胸に体を埋めた。
駄目だ。
気持ち悪い。
「まじでいい加減にしろよ。」
「寿ってば恥ずかしがって。」
「悪いけど、やりたいからやっただけだから。」
相変わらずなんて理不尽な男だろう。
誘ったのは自分のくせに、事が終わればまるで紙くずみたいに簡単にゴミ箱に投げ捨てる。
偽者は偽者でしかないことはわかっているのに、一瞬だけでも本物を手に入れたような錯覚に陥りたくて。
だけど俺はそんな錯覚にすら陥ることが出来ない。
ただ、気持ち悪いだけ。
「最低!」
本当に俺には“最低”って言葉がピッタリだ。
女は堪えきれないほどの涙を目に浮かべながら、俺を睨みつけた。
ついに流れ落ちた涙。その涙に何も感じない俺は、やっぱり最低な男なんだろう。
女は両手で俺の体を力いっぱい突き飛ばすと、勢い良く部屋を飛び出して行った。
“私、好きな人がいる。”
真っ白になった。
頭の中も。目の前も。
全部真っ白になった。
いつか見た悪夢が現実になった瞬間だった。
逃げ場を無くした俺は、今日も他の女を抱き続ける。
どうしようもなく肥大する彼女への思いを吐き出すことができるなら誰でも良い。
この異常な感情から一瞬でも逃げることができるなら誰でも良い。
だけどなぜだろう。
気持ち悪くて仕方ない。
授業になんて出る気になんてなれず、俺は何の迷いもなく屋上を目指した。
無性にあの開放的な独特の空気を味わいたかったのもあるが、1人になりたいのが1番の理由だった。
上へ上へと進んでいって、その重い扉を開け放とうとした。
その時だった。
「三井!」
振り返らなくてもわかるその声に、俺は思わず足を止めた。
「…木暮」
振り返りその名前を呼ぶと、木暮は鋭い目つきで俺を見ていた。
その目つきはその容姿とは似つかわしくないほど、刺々しく俺に突き刺さる。
「三井に話があるんだけど。」
「何?どうした?」
「どうしたじゃないだろ?」
そう言い放つ木暮の瞳は、やっぱり鋭く冷たかった。
その真っ直ぐな視線を見て思った。
木暮はきっと、俺が話し出すまで次の言葉を発してはくれない。
「…また、咲のこと?」
俺は精一杯掠れた声で木暮の問いかけに応えた。
「またって何だよ。」
「お前最近そればっかだな。」
「槙田さん、本当に流川と付き合ってんのか?」
「知らねぇよ。そうなんじゃねぇの?」
「三井は何とも思わないのかよ?」
「関係ねぇだろ。」
「本気で言ってんのか?」
「本気も何も俺には関係ない!何回言わせれば気がすむんだよ!」
「何回でも言ってやるよ!」
ガンッと鈍い音と共に、勢い良く屋上の扉に打ちつけられた背中が痛い。
俺の腕を押さえつける木暮の力が次第に強くなって、木暮も同じ男だと言うことを思い知らされる。
やばい。
気持ち悪くなってきた。
「今の三井すごいかっこ悪いよ。」
「…」
「流川に嫉妬して、あからさまに槙田さんのこと避けて。」
「…は?」
「三井は恐いだけだろ。」
「…れ」
「三井は傷つくのが恐いだけだ!」
「…黙れ」
「初めて本気で人を好きになって、どうしていいかわかんないだけだろ!」
「黙れ!」
「何で素直になれないんだよ!」
「黙れって言ってんだろ!」
あぁ、気持ち悪い。
「三井が本当に好きなのは槙田さんだろ!?」
木暮のその言葉に、俺の中の何かが切れた。
抑えても抑えても溢れ出てくる感情。行き場のないこの感情。
葛藤。恐怖。欲望。全部。
気がつくと、俺は木暮の胸倉を掴み勢い良く壁に押し付けていた。
さっきよりも大きく、ガンッと鈍い音が響く。
「痛っ」と苦痛で歪む木暮の表情が、より一層俺の中の汚い感情を掻き立てる。
「じゃあお前が相手んなってくれよ。」
もう、めちゃくちゃにしてやりたい。
強引に口付けた唇。
思っていた通り木暮の唇は柔らかくて温かかった。
だけど温かく感じたのはほんの一瞬で、すぐに激痛が走り唇は離される。
少量の赤い血液が俺の唇を染めた。
目の前に立ち尽くす木暮の変わらぬ鋭い視線を見て思った。
ほら、絶望。
「最低だな。」
低くて太い木暮の声が、ずっしりと重く俺の中に入ってくる。
その言葉に何も返せず、木暮の背中を追いかけることさえも出来ず、俺は滲んだ血を拭いながら白く古びた壁にもたれかかった。
俺は幼い頃からずっと人に弱みを見せることが嫌いだった。
同情されるのは性に合わなかったし、牽制している事で自分の身を守っていた。
だけど、彼女にだけは違った。
「…咲」
咲に会いたい。
ただ、咲に抱きしめて欲しい。
抱きしめて、優しく頭を撫でて欲しい。
頭を撫でながら、俺の名前を呼んで欲しい。
なぜだろう。
なぜ、流川にこれほどまでに腹立たしさを覚えるんだろう。
なぜ、他の女を抱いても気持ち悪くて仕方ないんだろう。
なぜ、木暮よりも咲のことばかり考えてしまうんだろう。
思い返してみればいつもそうだった。
いつも必ず、咲の温かい手がすぐ側で俺を受け止めてくれていた。
咲の存在の大きさを否定し続けたのは紛れもなく俺自身だったんだ。
咲を木暮に対する感情の逃げ道にしておく事で、木暮への想いに浸っていることで、無意識にこの関係が崩れないように制御していたのは俺の方だったんだ。
何を失うことよりも俺が一番恐れていたことは、大切なその温かい手を失うことだったんだ。
“三井が本当に好きなのは槙田さんだろ!?”
木暮の言葉が頭を過ぎって、胸の奥をキュッと締め付けた。
木暮のことを想いながらも決して流れることのなかった涙が、咲を失って俺の頬を伝う。
込み上げる想いと共に溢れ出る涙が、地面にポタポタと落ちてはじけた。
「咲っ…」
咲に会いたい。