優し、愛し、
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「何回言ったらわかるんだよ!」
いつもの如く宮城キャプテンに縛り上げられる桜木。
俺はそんな桜木を、5m程離れた位置からいつもの様に観察する。
飽きもせずにこんなことしているのは、もはや俺くらいなもんだろう。
もうこれはうちの部にとって当たり前の光景だから、聞こえるのは微かな含み笑いと溜め息ぐらいで、みんな気にせず黙々と練習を続けている。
縛り上げる側のキャプテンだって、何度言ったかわからないその台詞に半ば呆れ顔だ。
「花道、何か言うことは?」
「…すまん。」
桜木は唇を尖らせて不貞腐れたまま、謝罪の一言を吐き出していた。
そんな桜木とは正反対に、やつの隣には本当に申し訳なさそうに深々と頭を下げている人物がいる。
もう長いこと頭を上げない彼女に、さすがのキャプテンも「もう顔上げて。」と優しく声をかけた。
「流川!」
名前を呼ばれ視線を移すと、そこには三井先輩の姿があった。
「1年アップ終わったか?」
「うす。」
「しかし桜木も懲りねぇな。」
「そうっすね。」
「まぁ、気持ちはわかるけど。」
三井先輩は未だに不貞腐れている桜木と、その隣にいる彼女を見ながら言った。
「咲まで謝る必要ねぇけどな。」
槙田咲は、バスケ部のマネージャーだ。
リハビリ明けで無理をしがちな桜木のことを、注意深く見守る役目を任されている。
同じクラスの自分なら部活以外もサポート出来ると、立候補したのは彼女自身だった。
そのせいか、桜木が無理して練習に加わろうとしてキャプテンに怒られると、なぜかいつも彼女まで頭を下げる。
責任感が強い彼女らしいと言えば彼女らしいのだが。
まさに今の彼女は、桜木の専属マネージャーだ。
「流川は満足かよ?」
「は?」
「咲が桜木の専属で。」
「こればっかりは仕方ねぇ。」
「本当にそう思ってんのかよ?」
「思ってる。」
「流川お前、自分が思ってるよりわかりやすいな。」
三井先輩はニヤニヤして俺のことを指差すと、「まじでわかりやすっ。」と笑った。
そんな先輩の言葉に「うるせぇ。」なんて返してはみたものの、俺の胸の奥は暗転していた。
“流川は満足かよ?咲が桜木の専属で。”
俺が2人のことを気にしているのは、同学年だからじゃない。
ライバルと恋人。
だから気になって仕方ない。
「楓、今日何かへん。」
午前0時。
もう寝ようと言い出したのは咲の方なのに、薄暗い部屋の中で、彼女は俺の隣で布団に包まりながらそう言った。
「気持ち良くなかった?もっかいやる?」
「そうじゃなくて…」
「じゃあ何?」
本当は自分でもわかっていた。
今日の俺は明らかにいつもと違う。
咲に触れる時はいつも優しく、愛しいと思った時には常に彼女の名前を口にする。
だけど今日の俺はただ単に、自分の好き勝手にその行為を繰り返していただけだった。
男の特権である力を利用して、華奢な咲の体を押さえつけて。
自己満足なセックス。
その言葉がピッタリだった。
「何か…怒ってる?」
「怒ってない。」
怒ってるつもりなんてこれっぽっちもなかった。
どこか口調が強くなってしまうのは、胸の奥の暗闇の中にある何かのせいだ。それは間違いない。
だけど、その正体が何なのかがわからない。
そんな時だった。咲のスマホの着信音が鳴った。
「ごめん、ライン。…あ、桜木くんだ。」
"桜木"
その名前に、胸の奥の暗闇が濃く深いものになっていくのが嫌でもわかった。
その暗闇の中で何かが蠢いて、その何かが今にも飛び出してきそうで、その衝動を押さえ付けたくて。
気づいた時には、俺は咲の上に馬乗りになっていた。
「え?楓?」
「やめろ。」
「何が?」
「嫌だ。」
“桜木と咲が一緒にいるのが。”
その一言がどうしても言えなかったのは、彼氏である俺のプライド。
そして、咲に軽蔑されるかもしれないという恐怖。
男のプライドなんて名ばかりのエゴを押し付けて、今だって力で彼女を押さえ付けて。
「楓アホでしょ。」
思い詰めた表情の俺とは正反対に、咲は笑いながらそう言った。
訳がわからなかった。
なんでアホなんだよ?
その理由を理解しろと言わんばかりに、咲は自分のスマホの画面を俺の顔の前に突き出してきた。
“今日もありがとう。
あと、流川に言っといて。
お前の嫉妬うざいんだよ!”
…嫉妬?
嫉妬って…あの嫉妬?
漫画とかドラマとかでよく聞くやつ。
あ、これ…嫉妬なんだ。
俺はただ、桜木に嫉妬してるだけ。
え、そういうこと?
ただ、それだけ?
…なんだよ!
一気に全身の力が抜けて、俺はそのまま咲の上に倒れ込んだ。彼女はまだ笑っている。
何もかも初めから全部見透かされていたのかと思ったら、安堵の後に急に恥ずかしさが汲み上げてきた。
「…気づいてた?」
「何が?」
「俺が…嫉妬してるの。」
「うん。何となく。」
「俺は気がつかなかった。自分で。」
「楓。」
名前を呼んで、咲は俺の唇に短いキスを落とした。
「大好き。」
咲はそう言って、俺の胸に顔をうずめた。
俺はそんな彼女の華奢な身体を優しく抱きしめると、彼女の頭を柔らかく撫でた。
案の定、理性は吹っ飛んだ。
「…駄目だ。」
「え?」
「我慢できねぇ。」
「無理。明日早いし。」
「無理。これ限界。」
咲が次の言葉を吐き出す前に、俺は彼女の唇を少し強引に塞ぎ込んだ。
何度も何度も唇が重なっては離れ、気がつけば彼女も目を瞑ってその感触を味わっていた。
そして、俺は彼女の首筋に赤い痕を残す。
「…何考えてんの。」
「俺が考えてんのは、いつも咲のことだけど。」
そしてまた、君の中に入っていく。
優しく。愛しく。