そのままの君でいて
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もうすぐ帰りのホームルームが終わる。
俺は眠い目を擦りながら、窓際の一番後ろの席にうつ伏せになり窓の外を眺めていた。
別に何を観察しているわけでもない。
ただ中庭の草木も色付き始めたなとか、頬に当たる風が少し冷たく感じるなとか、早くバスケがしてぇなとか、そんなことを考えているだけだ。
だけどいつの間にか行き交う人々の服装も半袖から長袖に変わっていて、「もう秋なんだ」と思ったら、柄にもなく少しセンチメンタルな気分になった。
その時、淡くて甘い香りが鼻を掠めた。
「流川くん。」
透き通った綺麗な声で、彼女は俺の名前を呼んだ。
「…槙田。何?」
「何?じゃなくて。数学のプリント。流川くんだけ出てないよ。」
「数学のプリント…」
どうやらいつの間にかホームルームは終わっていたらしい。
俺はうつ伏せになっていた上半身を無理矢理起こし、引き出しの中に手を入れた。
クシャっと嫌な音がした。取り出したプリントは見事に真っ白だった。
「無理。やってねぇ。」
「じゃあ写す?私の。」
「は?」
「あの先生、提出しないとうるさいし。」
槙田はそう言って俺の真正面に腰を下ろすと、プリントの束の中から自分のプリントを引き抜いた。
そう言えば、この前も数学の課題を提出しないでいたら呼び出されて、おかげで部活に遅刻する羽目になったことを思い出した。
あんな事は二度とごめんだ。
俺は筆箱からシャーペンを取り出し、彼女の言葉に甘えて答えを写させて貰うことにした。
「ども。」
「どういたしまして。」
彼女はいつも、大きな瞳を細めて微笑むように優しく笑う。
「あ、流川くん。ここの問題間違ってる。」
「知ってる。」
「え、何で?」
「俺が全部出来るわけねぇだろ。写したのバレて、槙田が怒られたら洒落になんねぇ。」
「わざと間違えた答え書いたってこと?」
「ん。」
「流川くんてさ、実は優しいとこあるよね。」
そう頬杖をついて微笑む彼女の薬指のシルバーのリングが、窓から差し込む光を反射して輝いて見えた。
いつも思う。
その香りも声も表情も、彼女のすべてが俺のものならいいのに。
全部俺だけのために存在すればいいのに。
だけどそんな事は考えるだけ無意味なんだと、彼女に近づく度に痛感する。
その香りも声も表情も、俺のものではないと言うことを。
「…槙田、先帰っていい。」
「え、でもまだ問題残ってるじゃん。」
「あとは1人で適当にやる。」
「ここ、さすがに適当すぎ。」
そう言った槙田の指先がノートの左上に伸びて、俺は思わず彼女のその指先に触れていた。
頭で考えてやったことじゃない。
触れたいという衝動が俺をそうさせたのか、自分でもわからないほど無意識だった。
指先から感じる彼女の体温はとても心地良くて、これが全身に伝わったらどんな気持ちになるんだろうと思った。
槙田の彼氏が妬ましい。
「…流川くん?」
何を考えてるんだ、俺は。
「どうしたの?」
「いや…」
「何か変。」
「何でもねぇ。」
「何かあるんなら言って。」
じゃあ、俺のものになって。
槙田を近くで感じれば感じるほど募る独占欲。
そんな1人よがりな想いを打ち消したくて、俺は思わず彼女から視線を逸らした。
「さっきから窓の外ばっか見てるね。」
「あぁ…季節が変われば、色々変わるんだなって思っただけ。」
「変わるって何が?」
「日は短くなったし。風も冷たくなったし。色々変わる。」
「詩人みたいだね。」
「俺らは…」
「え?」
“俺らの関係は?”
「何?」
「…」
「何か言いかけたじゃん。よく聞こえなかった。」
「聞こえなかったなら別にいい。」
「何で。気になる。」
「大したことじゃない。」
「言ってよ。すごい気になる。」
「…槙田はアホだなって言っただけ。」
「は?」
「どあほう。」
「はぁ?」
季節が移り変わっていくように、俺の想いも他の誰かへ移り変わる日が来るんだろうか。
その日がいつか来たとしても、君だけは変わらないで。
そのままの君でいて。