上司、ドSにつき
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オフィスのデスクに座り、ほんの少し右斜め前に視線を向けると彼がいる。
彼は今日も左手で頬杖をついて、パソコンに向かって薄い唇をキュッ結んで真剣な顔。
「三井さん。1番に電話です。」
電話を取り次がれ、彼はデスクの上の電話に手を伸ばした。
「お待たせしました。三井です。」
取引先と電話している時は、さっきまでの真剣な顔はどこへやら。
優しい目元が更に優しくなって、温かくて柔らかい表情に変わる。
彼の名前は三井寿。
彼は私より1つ年上で、この広報部で群を抜いて仕事が出来るから、広報部のエースなんて呼ばれている。
それでいて後輩の面倒見もよく、上と渡りあうのもうまい。
上司にも部下にも慕われている、まさにエースなのだ。
私は長い前髪を掻き分ける振りをして、その指の隙間からそんな彼の光景をさり気なく眺めていた。
その時、視線がぶつかった。
あ、ばれた。
咄嗟に視線を外して、目の前のパソコンに視線を移す。
「槙田さん。」
名前を呼ばれたので一旦手を止め、パソコンの画面から視線を上げて彼を見る。
そこにはいつもの優しい笑顔。
「…何ですか?」
「ちょっといい?」
「はい…」
私は渋々彼の後をついてオフィスを出た。
「視線が気になって仕事が手につかない。」
オフィスを出てすぐ右手側にある休憩スペースで、彼は缶コーヒーのボタンを押しながらそう言った。
長椅子に座っている私に1本手渡すと、彼は立ったままもう1本の自分の缶コーヒーの蓋を開けた。
「なぁ、咲。」
「槙田さん。」
「…槙田さん。」
「何ですか?三井さん。」
「寿でいいだろ。」
「三井さん。」
「何で付き合ってるの隠さなきゃなんねぇの?」
そう。
私と彼は付き合っている。
エースと付き合いだしてもうすぐ1ヶ月。
社内恋愛禁止なんて規則はないけれど、私は周囲に付き合っていることを秘密にしている。
どうやら彼はそのことが前々から気に入らない様子。
私は缶コーヒーを目隠し代わりに、寿に近付き小声で囁く。
「あのさ、本当にバレないようにしてね。特に広報部の人には。」
寿は怪訝そうな顔をしてコーヒーを一口飲んだ。
「何で?」
「…殺されるから」
寿は「は!?」と今度は眉をひそめて、さっきよりも一層怪訝そうな顔をした。
殺されるなんて大袈裟かもしれないけど、エースと付き合うということは女子社員全員を敵に回すことと同じなのだ。
「大丈夫。何があっても咲のことは俺が守るから。」
そんなことサラッと言って、彼は私の頬に手を当てた。
「なぁ、咲。」
「何?」
「キスしていい?」
また始まった。
S気質たっぷりな寿の攻撃。
「駄目!仕事中!」
私が怒鳴るように言っても、彼は子供のように無邪気に笑っている。
その顔は悪ガキそのもの。
私の決死の攻撃もまるで歯が立たない。
「あれ?咲ちゃん?」
その時、広報部に向かう廊下から聞き覚えのある声が聞こえた。
「仙道くん!」
「やっぱり咲ちゃんだ。久しぶり。」
同期の仙道彰。
同じ社内でも、部署の違う人事部の彼に会うのは久しぶりのことだった。
黒のスーツにストライプのシャツが、長身で細身の彼によく似合っていた。
「人事部がどうしたの?」
「ちょっと部長に書類渡すように頼まれてさ。」
「部長なら今会議中だよ。」
「え、本当に?なら…俺もここで待たせてもらおうかな?」
仙道くんは私ではなく、私の隣にいる寿に承諾を得るように彼の顔を見ながらそう言った。
「どうぞ。」
さっきの悪ガキはどこへやら。
いつの間にか紳士的な上司に早変わり。
「咲ちゃんの同期で、人事部の仙道彰です。三井さんですよね?」
「あ、はい。広報部の三井です。どこかで会ったことあったかな?」
「いやいや、誰でも知ってますよ!広報部のエースの三井さんって言ったら、社内じゃ有名ですから!」
仙道くんは、いつもとは比べものにならないほど声を張り上げている。
広報部のエースと話をすると言うことは、これほどまでに興奮することらしい。
男の仙道くんでこれなんだから、女子社員だったらと考えただけで末恐ろしい。
「羨ましいな!咲ちゃんは三井さんの下で働けて!」
仙道くんは長い腕を伸ばし私の肩にさり気なく回すと、バンバンと勢いよく叩いた。
彼は入社当初から誰にでもこういう奴なのだ。
良く言えば裏表がない、悪く言っても裏表がない。
私にはもう慣れた光景なのだが、何だか嫌な予感がした。
「仙道くん。」
「はい!」
「その腕、どけてもらってもいいかな?」
「はい?」
「腕、どけてくれる?」
予感的中。
寿は仙道くんの腕を、私の肩から笑顔で払い除けた。
唇の端をキュッと上げて笑っているけど、明らかに目が笑っていない。
寿は固まって動けない私の頭を片手で抱き引き寄せると、自分の胸に押し付けて言った。
「咲は、俺のだから。」
え?
突然投下された大型爆弾に、彼の胸に顔を埋めたまま唖然と固まる私。
もちろん目の前の仙道くんも。
やばい。
とりあえずこの場から早く立ち去らなければ。
「ごめん、仙道くん!また今度ゆっくり!」
震える唇からどうにか言葉を絞り出して、私は慌てて寿の腕を掴んで足早に歩き出した。
「何やってんの?言ったよね?秘密にしてって!」
「付き合ってるとは言ってねぇ。俺のだって言っただけ。」
「バカ!屁理屈!」
「言っただろ。咲を守るって。」
「守るって何から?」
「仙道くん。」
「仙道くん彼女いるし!」
「そんなんどうでもいい。」
寿はそう言って私に掴まれている腕を振りほどくと、今度は逆に勢いよく私の腕を引いて体を引き寄せた。
慌てて手を離して後退しようとするも彼の力には敵わず、そのまま2人で重なるように壁にもたれかかる。
彼は上目遣いで私の顔を覗き込みながら、ゆっくりと顔を近づけてくる。と、彼の動きが一瞬止まった。
「あ。やべぇ。」
「え?何?」
「部長だ。」
「え!?」
「嘘。」
不意を突かれて、彼の唇が私の唇に優しく触れた。
そして耳元に唇を寄せて、彼はまた悪戯っぽく笑って囁いた。
「やきもちやかせた仕返しな。」
結局S気質たっぷりなその笑顔には適わなくて、私達はもう一度隠れてキスをした。