甘いワナ
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“三井先輩と駅前のコンビニの前にいるんだけど、リョータはどこにいる?”
これは私にとって一種の賭けのようなものだった。
送信ボタンを押す瞬間は自分でも驚くほど心臓が爆発しそうで、一丁前に淡い期待なんかもしてみた。
が、
“家”
その期待は脆くも砕け散る。
私はスマホを両手で握り締めながら、溜め息を吐いてコンビニの壁にもたれ掛かった。
何度見ても画面の文字は変わることはなく、まるで私のことを嘲笑っているかの様だ。
そして私の隣には、本当に私のことを嘲笑っている男が1人。
「報われねぇな。」
「三井先輩笑いすぎ。」
三井先輩は私のスマホの画面を見て呆れたように鼻で笑うと、私と同じようにコンビニの壁にもたれ掛かった。
「女って面倒くせぇ。」
「何で?」
「咲は、宮城にやきもち焼かせたいんだろ?」
さすがは先輩。
良くわかっているようで。
「そんなまわりくどいことしねぇで、素直に好きって言えばいいだろ。」
「そんな簡単に言えたらわざわざこんなラインしません。」
「わかんねぇな~。」
「三井先輩には一生わかんないだろうね。」
「言わなきゃ伝わらねぇこともあんだろ?」
「…わかってますよ。」
わかってる。
素直にリョータに“好き”の2文字が言えればどんなに楽なんだろうか。
私は自分自身がその人種に属さないことはよくわかっているから、そう素直に言えてしまう三井先輩が羨ましくて仕方ない。
今だって何かおもしろいことでも思いついた子供のような顔で、先輩は楽しそうにスマホを打ち続けている。
最近お気に入りの合コンで知り合った何とかちゃんにラインでも送っているんだろう。
“好き”
素直に言えないこの2文字を、人差し指で打ったのは何回目だろうか。
そしてそう打ってすぐに、送信ボタンではなくクリアボタンを連打するのも何回目だろう。
私はいつもの様に空白になった画面を見つめていた。
その時だった。
「…三井先輩。」
「何?」
「近い。」
気がつけば、すぐ目の前に三井先輩の顔があったのだ。
「嫌なのかよ?」
「嫌も何も近い。」
「顔赤っ。」
「だから近いってば!」
「何咲、意識してんの?」
三井先輩は顔を傾けてニカッと笑った。
先輩は両手を壁につけて私の体をその中に閉じ込めると、当たり前のように更に顔を近づけてきた。
「三井先輩!落ち着いて!」
「落ち着いてないの咲だろ。」
「先輩っ…」
ガンッ
と、私の声と重なるように物凄い音がした。
三井先輩の肩越しに目をやると、そこには自転車を薙ぎ倒して息を切らしたリョータが立っていた。
「あんた何してんだよ!!」
私のことなんか見えていないのか。
リョータは一直線に三井先輩の方に向かっていくと、彼の胸倉に思いっきり掴みかかった。
「何してんのかって聞いてんだよ!!」
「見ればわかるだろ。いいとこだったのに。」
「はぁ!?」
「そもそも俺が咲と何しようが、宮城には関係ねぇだろ。」
「あるわボケッ!!」
「何でだよ?」
「何でもだよ!!」
「何でもって何でだよ?」
「何でもは何でもだよ!!」
「好きだからだろ?」
「そうだよ!好きだからだよ!俺は咲が好きなんだよ!!だから関係あんだよ!!」
耳を疑うとはまさにこのことだ。
私は三井先輩に腕を引っ張られて、有無を言わさずリョータの目の前に連れて来られた。
「だって。咲、よかったな。」
三井先輩はそう言って、私の背中を思いっきり叩いた。
呆然と立ち尽くしている私と、やってしまったと言わんばかりに焦った様子のリョータを見て、三井先輩は1人楽しそうに笑っている。
きっと私の顔は真っ赤だと思う。
この火照り具合は尋常じゃない。
「三井さん。」
「あ?」
「気ぃきかしてこの場から帰ろうとは思わねぇの?」
「全然。だって宮城、咲に何するかわかんねぇじゃん。」
「はぁ!?あんたが言うなよ!!」
「うっせぇな。帰ればいいんだろ。」
「そうだよ!帰ればいいんだよ!」
「じゃあ咲、宮城に襲われないようにな。」
「襲うか、ボケッ!!」
三井先輩は相変わらず楽しそうに笑いながら、ヒラヒラと手を振りながら帰っていった。
何でリョータはここにやって来たんだろう。
今の私にはそんなこと考えている余裕なんてこれっぽっちもなかったが、まるで私の心を見透かしたように、リョータは黙ったままスマホを取り出した。
そして少し強引にそのスマホの画面を私の目の前に突きつけて、その答えを教えてくれた。
三井先輩とのラインのやり取りの画面だ。
“咲貰ってもいい?”
「こんなん送られてきたら、来るに決まってんだろ。」
それは…返信もせずに駆けつけてきてくれたってこと?
リョータが本気で考え込む悩ましげな姿が可愛くて、私は思わず彼の頭を優しく撫でた。
そして次の瞬間、気がつくと私は彼の腕の中にいた。
「…リョータ?」
「もっかい言ってもいい?」
「え?」
「俺は、咲が好き。」
彼にそう言われた時の心臓の高鳴りは、今まで生きてきた中で最高潮だったと思う。
それはきっとリョータだって例外じゃない。
彼の心臓の高鳴りが、私の体中にも伝わってきていたから。
「私も…好き。」
決して大きくはないけれど、骨張った広い彼の背中に手を回す。
「絶対三井さんにはめられたよな。」
「うん。はめられたね。」
いつもよりも早口でそう言うリョータが何だかおかしかった。
クスクス笑う私を黙らせるように、彼は私を抱き締めたままその唇を静かに塞いだ。
三井先輩の仕掛けた甘い罠にまんまとはまった私達。
だけど、唇が離れて、目が合って、リョータは私の大好きなはにかんだ笑顔でこう言った。
「まぁ、はめられてやったんだけど。」って。