それは、恋の病
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俺は、病気かもしれない。
「あ、告白タイムだ。」
ヤスが突然そう声を上げたのは、冷たく暗い1階の廊下を歩いている時だった。
そこから丸見えの中庭に見えるのは、真剣に何かを伝える男と俯いてる女の姿。
ヤスの言う通りまさに告白タイムだ。
男の顔は知っている。
けっこう校内でも有名な男前で、名前はよくある苗字だった気がする。
一方、女の方は背を向けて立っているから、この位置からだと顔が確認出来ない。
が、俺にはあの後姿が誰なのかすぐにわかった。
「咲じゃん。」
槙田咲。
簡単に言えば男友達のような女友達。
そして、俺の病気の原因。
「あ、本当だ。」
「もてるな、あいつ。」
“ごめんなさい。”
その時、咲の口が確かにそう動いたのが見えた。
咲は少し迷惑そうに、だけど申し訳なさそうにずっと下を俯いていている。
そんな咲を見て、俺の心臓がまた小さく痛み出す。
俺は、やっぱり病気みたいだ。
「勿体無い。良い男だったのに。」
小学生みたいにからかう俺に、咲はまたかと言わんばかりに面倒臭そうに肩を落とした。
「リョータ見てたの?最悪。」
見てた。
と言うよりは、見えた。の方が正しい。
果たしてあれは覗き見になるのか。
俺からしてみればあんなところで告白するやつが悪い。
俺は心臓の痛みを打ち消すように、自分自身にそう言い聞かせる。
「とりあえず付き合ってみたらいいのに。」
「とりあえずって何?」
「とりあえずはとりあえず?」
「そのとりあえずの意味がわかんない。」
「付き合ってみたら好きになるかもしれないじゃん。」
「好きになれなかったら困るじゃん。」
咲から返ってきた言葉に、俺は何も言えなかった。
俺のことを好きだと言ってくれる、だから俺はそれを受け入れる。それを拒む理由が俺には全くないから。
だから、とりあえず。
それに付き合ってたらそこそこ好きになってくし、それでも駄目だったら別れればいいだけだ。
だから、とりあえず。
だけど、咲の真剣な顔を見たらそんなこととてもじゃないけど言えなかった。
「じゃあ、私そろそろいくね。」
ゆっくりと離れていく咲の後姿を目で追いながら思った。
何であいつのことは、どこにいてもすぐに見つけられるんだろう。
まるで咲専用のアンテナが挿入されているのかと思うほど、俺の体はおもしろいくらいに反応する。
また、心臓が痛み出す。
「…なぁ、ヤス。」
「ん?」
「心臓が痛くなるのは、病気だよな?」
「え、リョータ心臓痛いの?あんまり酷かったら病院行った方がいいんじゃない?」
「いや、いつも痛いわけじゃない。」
「急に痛くなるの?」
「…咲見てると、めっちゃ痛くなる時がある。」
ほら。また痛みが増す。
ヤスは俺の言葉を聞いて少し考えた後、小さく笑いながら言った。
「それ、病院行かなくて大丈夫だよ。」
「え?」
「診察結果です。」
ヤスはまだ思考回路の追いつかない俺に、人差し指を立てて小さな声で言った。
「それは、恋の病ですね。」
ヤスの指先が、俺の背中越しへとゆっくりと移動する。
その指先に導かれる様にその先へ目をやると、そこにあるのは小さくなった彼女の後姿だった。
心臓がキュッと音をあげる。
その瞬間、俺は無意識に走り出していた。
「手のかかる2人だな」とヤスが笑っている声が聞こえる。
走って。走って。走って。
「咲!」
やっと掴んだ彼女の手は、予想以上に小さかった。
「リョータ!何?どうしたの?」
「助けて。」
「え?」
「俺、病気なんだって。」
「え、リョータ病気なの?」
「ヤスに診察してもらった。」
「は?ヤスに?何で?何の病気?」
「恋の病。」
そう言って、俺は思わず咲の体を引き寄せた。
昇降口の目の前。
そんな目立つ場所でこんなことして、俺だってさっきの男と何も変わらない。
だけどもう、そんなことどうでも良かった。
「好きだ。」
そう言葉にして思った。
恋って、苦しくて。切なくて。だけど愛しくて。
自分で自分を抑えられないほど、胸が痛くなるものなんだと。
「…リョータ。」
「何?」
「この状況めっちゃ恥ずかしいんだけど。」
「だろうな。」
「離してくれるとかはないの?」
「咲が返事しないんだもん。」
「嫌ならとっくに離れてる。」
「え?」
「だから!…もう言わない。」
咲の顔を覗き込むと、その頬は綺麗なピンク色に染まっていた。
俯いて一向に顔を上げない彼女を見て、その言葉の意味がやっと理解できたわけで。
さっきの痛みが嘘みたいに、俺の心臓は正常に音を刻み始めていた。