黒白のあわいを歩んで行く

 白い雲が空を覆っている。遮るような高い建物は周囲に無く、広い空がここにはあった。雲の隙間から差し込む日差しはカラリとしていて、夏が近いことを私に思い出させる。

 特急列車の到着までにはまだ間があった。

「これから乗ります、っと」

 メッセージを送るとすぐに返事が来た。『何事も楽しんで!』と。鹿野さんからだ。

 ご縁があって、次の就職先が決まった。今日は新しい家を探すために目的地へと向かっている。大学も新幹線に乗る距離だったけど、今度は新幹線と在来線特急を乗り継ぐ距離なので、さらに地元から離れることになる。

 教室は四十九日のあと、一か月間の引き継ぎ期間を経てから辞めた。辞めると聞いた時侑心は涙ぐんでいた。

 正直なところ、どうして彼女が私を信頼してくれたか理由に確信が持てるものは思いつかなかったけど、鹿野さん曰く『話を聞いてあげて、悩みながらも清葉先生から押し付けることはめったにしなかったからじゃない?』とのことだった。

 鹿野さんは変わらず教室を続けている。だけど、『清葉先生がいないならおれももっと本業に力入れて徐々にあそこからフェードアウトしようかな』なんて笑っていた。なんでも、シンパシーを感じていた私がいなくなるからだとか。

 もし鹿野さんもやめるなら、そのときには侑心を引き抜いてあげてほしいと伝えてある。作曲はあの教室で学ぶ必要なんてない。彼女にはあの教室はもったいなさすぎる。毒にも薬にもならない内に、彼女にはあのるつぼの外に出てのびのびとしていてほしい。

 そして私と鹿野さんはあの環境が毒になってしまった同士なのだろう。きっと、鹿野さんに預けた箱を開けた後も、縁が続きそうな気がしている。

 列車の到着を告げるアナウンスが一面二線のホームに響く。観光シーズンでもない平日の昼間とあってか、列車を待っているのは出張途中のサラリーマンや地元に帰ると思しき五名程度しかいない。

 到着すると、ボックス席の窓際に居場所を見つけた。これが新天地まで続く最後の乗り継ぎ。およそ一時間の旅になる。

 新天地となりうるかどうか……それは私次第なのだろう。でも、たとえ振り出しに戻ったということだとしても。私の心は軽かった。

 都合がいい? 逃げているだけ? いいじゃないか、私の人生なのでしょう? 私は私の都合を探し、それに沿って、生きていく。

 手持ちの鍵で開く扉など一つもない、ひたすらに答え合わせをするような旅の日々だとしても。ひたむきにただ、進んでいければいい。

 列車は駅を発つ。私はイヤホンをつける。あの子に贈ってもらった音楽とともに徐々に加速していく景色を見つめながら、私はもう一度心の中で呟いた。

 ──────行ってきます。
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