行き止まりの道に音楽は鳴らない

「もうやめていいよ」

 朝のこと。私が食卓につくなり母はそう言うと、レッスン室へと去って行った。

 こうして私は、ピアノから解放された。

 母からの諦めの言葉を夢で反芻していたときは、ようやくだ、やったあ。と喜んでいた。なのに、実際に感じたのはどことも知れぬ不安。

 嬉しいはずなのに。心臓が掴まれたように痛い。

 ――母からピアノのことで褒められた記憶はあまりない。きっと、母にとってしてみれば、『自分の娘』が『上手に』弾いて『結果を残す』のは当然のことだったんだろう。

『たくさん練習して、ママの跡を継いでね』

 ……私が幼い頃、母はよくそんな風に言って、私の頭を撫でていたっけ。

 私も、母と同じ道を行くと信じていた。行けるものと、思っていた。

 母が私を見限ったのは仕方のないことだって、頭ではちゃんと理解している。解放してもらえた。本来は中学生のときに終わるはずだった私の人生が無理やり延命されていたのを、断ち切られただけ。あるべき運命に戻ってきただけ。

 なのに、私は母のあの感情のない目を忘れるときは、きっと訪れることはない。母の背中に一生届くことは、もうありえない。

 私は、どうしたらいいのだろう……?
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