#かのじょのはなし

 コラボイベントは、無事に大成功を収めた。イベント効果もあってか、タクトのフォロワー数はどんどん増えてるし、SNSをエゴサするたびに目に入るのは嬉しい感想ばかりだ。『すごい!』『イラスト最高!』とか、そんな言葉が飛び交っていて、まるでわたしもその場で歓声を上げているような気分だった。配信中のコメント欄も終了後の反響も、どれも予想以上の熱気に包まれていた。この熱気の中に自分の描いたイラストがある。それって、最高じゃん。
 わたしが担当したメインビジュアルについても多くの人が言及してくれていて、それを見つけるたびに心が躍った。頑張って描いたイラストが、こんなにたくさんの人に見てもらえて、こんなにも喜んでもらえるなんて――わたしのSNSのフォロワー数もじわじわと増えていく。画面に映る数字が日に日に大きくなっていくのを見るたび、夢が現実になっていく手ごたえがあって、どうしても胸がドキドキと高鳴るのを感じずにはいられなかった。
 イベントの準備中に感じた不安やプレッシャー、そして怒りは、今となってはまるで別世界の出来事のようだ。あの時の苦労も、この結果を見ると報われた気がする。タクトの配信を見て、わたしのイラストを好きになってくれた人がいるなんて。フォロワー数の増加が、わたしの努力を評価してくれたようで、そのことが何よりのご褒美だった。
 だけども、その高揚感が薄れていくのは早かった。
 コラボ配信の後から、なんだかタクトの様子がおかしい。配信がその日を境にして急に短めになり、声もどこか元気がなくなっている。体調が悪いというより、まるでエネルギーが抜けてしまったみたいだ。もともとタクトは熱血なタイプじゃないんだけれど、この数日の配信はほがらかさも欠けている気がする。ライブ中のコメントも拾えてなくて、同じ話をすることもあるし。
「どうしたんだろう……」
 まだ心の中ではイベントの興奮が続いていたけど、タクトの元気のなさが気になって、なんだか自分のことを手放しで喜べなくなってしまった。わたしはどうにも気がかりで、今日も今日とて学校の休み時間を使ってここ数日のタクトのアーカイブをスマホで見返しているけど、決定的な理由を見つけられるわけでもなかった。
 体調が悪いのかな。それとも心配事でもあるのかな。ううん、なーんにもわからない。でも、ひとつだけ疑っていることがある。やっぱり詠美さんとの間に何かあったんじゃないかな……と。
 詠美さんとは、イラスト納品後から、大した会話を交わしていない。ときどきやっていたカフェ会、もといリアル打ち合わせのことも、最近は話題に上がらないし、三人チャットルームは事実上の休止状態だ。詠美さんと話すのがめんどくて、めんどい思いをなだめながらどう書きこんだらいいかわかんなくてわたしは気まずいのだけど、二人からしても同じ思いなのかもしれない。そうだとしたら、うれしい。そうでないとしたら、……そうでないとしたら、どうしようかなあ。
 それでも、わたしはどうすることもできず、ただ待つしかなかった。待てば待つほど、タクトと大翔さんの異変に対する不安が募るばかりだった。
 ……ん? あ。というか、直接連絡する手があるじゃん。
 詠美さんからは止められていたけど。いや止められてはないか。カップルに割って入ったとみられないようにって、勝手に空気を読んで止めてただけ。うん、大翔さんに直接聞いてみようじゃないか。なにより、このまま放っておくことはできそうになくて。
《大翔さん、最近どうですか? なんだか調子が悪そうに見えたけど、大丈夫ですか?》
 帰りの電車をホームで待っている間、一対一のチャットルームで、こう文章を打ち込んでから少しの間、画面を見つめたままわたしは固まっていた。
 遠慮がないと思われたらどうしよう。ただ「大丈夫だよ」とかそっけない返事がきたら、それもなんだか寂しいし。踏み込みすぎるのはやっぱり迷惑かも知れない。
 うーん、でも、ここまで来たら今さらじゃないかなぁ。ええい、なんとかなれっ。
 送信ボタンを押した後、わたしはスマホを握りしめ、ふっと息をつく。既読がつくまでの時間が、一分が一時間に思えるくらい長く感じられた。
 実際には五分くらいだったと思う。スマホが震え、大翔さんからのメッセージが届いた。
《心配かけてごめんなさい。コラボで燃え尽きちゃったかも、ちょっと疲れてるだけ。大丈夫だよ。早く体調戻すね》
 画面に表示されたメッセージを指でなぞりながら、やわらかい言い方にちょっとだけなごむ。それでも、少しだけ距離を感じさせる言葉遣いが気にかかってしまう。深呼吸をもう一度して、慎重に指を動かす。
《無理しないでくださいね。何かあったら、わたしでよければ相談に乗りますから》
 もっと踏み込んで聞きたい気持ちをぐっとこらえ、この一言だけを返して、わたしはやってきた電車に乗り込んだ。座席に腰を下ろし、スマホをそっと膝に置く。しばらく画面を見つめていたけれど、大翔さんからの返事はもう来なかった。
 その夜、ベッドに横になり、またスマホの画面を見つめてしまう。でも、既読がつくことはなくて、静まり返った夜だけが流れていった。
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