#かのじょのはなし
あれから数日、わたしは着々とコラボ用イラストの制作に時間をつぎ込んでいた。
タクトはどこか無邪気な笑顔が合うけれど、鷹取さんはその場の空気を読んで微笑む感じがいい。表情を柔らかくしすぎるとキャラらしさが薄れるし、固すぎると鷹取ファンが求めているであろう、あの不遜にも見える余裕が伝わらない気がする。タクトのファンが見て、タクトらしいと思ってもらえる柔らかさと、鷹取さんのファンが期待する冷静でミステリアスな雰囲気をどう組み合わせるか……。ポーズも気をつけないといけない。ちょっとした手の位置や目線が、印象を大きく左右する。ほんとに難しい。
けれど、タクトと鷹取さんのコラボだからこそ、ファンが求める期待はさらに高い。それだけにプレッシャーも尋常じゃない。少しでもミスしたら、このイラストが全部だめになっちゃうかも――そんな緊張感がわたしの手を強張らせる。だけど、だからこそ燃える。自分が一番、これだ! と思える仕上がりにしたい。
「よし、これでどうかな……」
一息ついて、画面に表示されたイラストを見つめる。キャラクターの表情。ポーズ。うん、いいね。自分が納得のいく、ときめくものに仕上げたつもりだ。
今日も学校から帰ってくると、わたしはすぐにペンタブレットを握りしめて、サブモニターでタクトの過去配信を流しながら、ひたすら作業に向かっていた。今は、昨日詠美さんたちにOKをもらった線画をもとに色塗りをしている段階。キャラクターの立体感と色のバランスにこだわって、少しでも二人らしさを際立たせようと微調整を重ねる。最初はただ楽しかったイラスト制作も、ここまでこだわるともう、すっかり仕事って言ってもいいんじゃないかな。
もうすぐ完成が見えてきた。なんとなく胸の奥でざわざわした気持ちが収まらない。詠美さんが見たら、これでOKを出してくれるだろうか? タクトは――大翔さんは、気に入ってくれるかな?
少し手を休めようかなってマグカップを持ちあげると、中身が残っていなかった。飲み物を補充しようと椅子から立ったその瞬間、机の上のスマホが震えた。
詠美さんからのメッセージだった。《杏沙ちゃん、イラストの進捗どう?》という短い問いかけに、わたしはすぐに返信する。《もう少しで完成です。今日中にはお見せできると思います!》と。自信を持って画面に打ち込んだ。
だけど、そのすぐ後に返ってきたメッセージを見た瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられるような不安が湧いてきた。
《急ぎで悪いのだけど、キャラクターの表情をもう少し明るくできる? それと、背景にもう少し華やかさが欲しいかな……》
こないだ出したラフを見た詠美さんからのリテイクの依頼だった。一部は描き直ししないとどうにもならなさそう。
うへ、まじか。なんて出かかった声を飲み込む。ラフのときからいいね、これでいこうって言ってたじゃん! 昨日も同じやつをチェックして、いいって言ったじゃん。
……でも、プロならこれぐらいの修正は当たり前のことなんだろうな。わたしは、詠美さんが望むクオリティに応えたい。だけど、これまで気に入ってもらえてた部分に手を入れるのは、やっぱり勇気がいる。
「大丈夫、わたしならできる。もっと良くなるはず。いけるいける」と、自分に言い聞かせるように声を出す。
でも、ペンを握り直して制作を再開してみたものの、少し経つと、なにか心の中で噛み合わなくなっていく感じがして。何度も描き直すたびに、最初に感じていた自信がどんどんどんどん小さくなっていくみたい。やっばい。うーん。なんでだろうな。どうしてこんなにもペンが重たいんだろうか。
そんな中、またしてもスマホが震えた。大翔さんからだった。
《大丈夫? 無理してない?》
そんな優しい言葉が並んでいて、思わず胸がジーンときた。焦る気持ちを見透かされたみたいで、ちょっと涙ぐんでしまうくらいには。
でも、わたしはすぐに《大丈夫です! 今、詠美さんからリテイクの依頼が来てて、もう少しで完成します》と返事を打つ。焦ってるのとか、もやもやしてるのとか、今そんなことは感じ取られたくなくて。
すると、大翔さんから届いた次のメッセージは意外だった。
《完成間近でそれはさすがにきついね。よみにこっちからも聞いてみるよ》と。
画面に表示されたメッセージを読み返して、どこか詠美さんを疑っているような雰囲気が見えたから、わたしは思わず、え、って目を見開いた。
大翔さんが詠美さんに、聞いてみるって……? いつもなら、たとえ悩んでいても詠美さんの意見を受け入れて、最後には「詠美ちゃんが言うならそうしよう」ってあっさり合わせているイメージだったから、ちょっと……いや、かなりびっくりした。NGとかちょっとタンマとか、普段ならほぼ言わない大翔さんが、詠美さんに対してあえて疑問を投げかけるようなことをしてみるとか。
詠美さんは頭がよくて、いろいろ先を見通しているようなところがあるし、話し方だっていつもすごく落ち着いてて、考えかたもスッキリサッパリしている。大翔さんはおおらかで、あんまり人とぶつかるようなタイプではないし、詠美さんのことをめちゃくちゃリスペクトしている。だから、これまでのやりとりにない流れで、わたしは意外に思った。……もしかして、二人の間で何かあったのかな?
そういえば最近、三人でのチャットも、このイラストの件で盛り上がりだしてからはなんだか事務的なやり取りが増えてきている気がする。前はそこそこ雑談もあったのだけど。なんとなく、二人の間に漂うビミョーな空気が、わたしにまで影響してきているんじゃないかな、とかね。
……とはいえしかし、今は二人の間をなんかやんやと邪推する暇なんてないわけでして。
わたしは自分にまた言い聞かせた。大丈夫、大翔さんがいる。詠美さんもマネージャー目線の意見をくれているだけだ。今は変なことは考えず、いいイラストを完成させることにだけ集中しよう。わたしは自分を奮い立たせるように、再びペンを握りしめ、イラストの修正に取りかかる。
タクトはどこか無邪気な笑顔が合うけれど、鷹取さんはその場の空気を読んで微笑む感じがいい。表情を柔らかくしすぎるとキャラらしさが薄れるし、固すぎると鷹取ファンが求めているであろう、あの不遜にも見える余裕が伝わらない気がする。タクトのファンが見て、タクトらしいと思ってもらえる柔らかさと、鷹取さんのファンが期待する冷静でミステリアスな雰囲気をどう組み合わせるか……。ポーズも気をつけないといけない。ちょっとした手の位置や目線が、印象を大きく左右する。ほんとに難しい。
けれど、タクトと鷹取さんのコラボだからこそ、ファンが求める期待はさらに高い。それだけにプレッシャーも尋常じゃない。少しでもミスしたら、このイラストが全部だめになっちゃうかも――そんな緊張感がわたしの手を強張らせる。だけど、だからこそ燃える。自分が一番、これだ! と思える仕上がりにしたい。
「よし、これでどうかな……」
一息ついて、画面に表示されたイラストを見つめる。キャラクターの表情。ポーズ。うん、いいね。自分が納得のいく、ときめくものに仕上げたつもりだ。
今日も学校から帰ってくると、わたしはすぐにペンタブレットを握りしめて、サブモニターでタクトの過去配信を流しながら、ひたすら作業に向かっていた。今は、昨日詠美さんたちにOKをもらった線画をもとに色塗りをしている段階。キャラクターの立体感と色のバランスにこだわって、少しでも二人らしさを際立たせようと微調整を重ねる。最初はただ楽しかったイラスト制作も、ここまでこだわるともう、すっかり仕事って言ってもいいんじゃないかな。
もうすぐ完成が見えてきた。なんとなく胸の奥でざわざわした気持ちが収まらない。詠美さんが見たら、これでOKを出してくれるだろうか? タクトは――大翔さんは、気に入ってくれるかな?
少し手を休めようかなってマグカップを持ちあげると、中身が残っていなかった。飲み物を補充しようと椅子から立ったその瞬間、机の上のスマホが震えた。
詠美さんからのメッセージだった。《杏沙ちゃん、イラストの進捗どう?》という短い問いかけに、わたしはすぐに返信する。《もう少しで完成です。今日中にはお見せできると思います!》と。自信を持って画面に打ち込んだ。
だけど、そのすぐ後に返ってきたメッセージを見た瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられるような不安が湧いてきた。
《急ぎで悪いのだけど、キャラクターの表情をもう少し明るくできる? それと、背景にもう少し華やかさが欲しいかな……》
こないだ出したラフを見た詠美さんからのリテイクの依頼だった。一部は描き直ししないとどうにもならなさそう。
うへ、まじか。なんて出かかった声を飲み込む。ラフのときからいいね、これでいこうって言ってたじゃん! 昨日も同じやつをチェックして、いいって言ったじゃん。
……でも、プロならこれぐらいの修正は当たり前のことなんだろうな。わたしは、詠美さんが望むクオリティに応えたい。だけど、これまで気に入ってもらえてた部分に手を入れるのは、やっぱり勇気がいる。
「大丈夫、わたしならできる。もっと良くなるはず。いけるいける」と、自分に言い聞かせるように声を出す。
でも、ペンを握り直して制作を再開してみたものの、少し経つと、なにか心の中で噛み合わなくなっていく感じがして。何度も描き直すたびに、最初に感じていた自信がどんどんどんどん小さくなっていくみたい。やっばい。うーん。なんでだろうな。どうしてこんなにもペンが重たいんだろうか。
そんな中、またしてもスマホが震えた。大翔さんからだった。
《大丈夫? 無理してない?》
そんな優しい言葉が並んでいて、思わず胸がジーンときた。焦る気持ちを見透かされたみたいで、ちょっと涙ぐんでしまうくらいには。
でも、わたしはすぐに《大丈夫です! 今、詠美さんからリテイクの依頼が来てて、もう少しで完成します》と返事を打つ。焦ってるのとか、もやもやしてるのとか、今そんなことは感じ取られたくなくて。
すると、大翔さんから届いた次のメッセージは意外だった。
《完成間近でそれはさすがにきついね。よみにこっちからも聞いてみるよ》と。
画面に表示されたメッセージを読み返して、どこか詠美さんを疑っているような雰囲気が見えたから、わたしは思わず、え、って目を見開いた。
大翔さんが詠美さんに、聞いてみるって……? いつもなら、たとえ悩んでいても詠美さんの意見を受け入れて、最後には「詠美ちゃんが言うならそうしよう」ってあっさり合わせているイメージだったから、ちょっと……いや、かなりびっくりした。NGとかちょっとタンマとか、普段ならほぼ言わない大翔さんが、詠美さんに対してあえて疑問を投げかけるようなことをしてみるとか。
詠美さんは頭がよくて、いろいろ先を見通しているようなところがあるし、話し方だっていつもすごく落ち着いてて、考えかたもスッキリサッパリしている。大翔さんはおおらかで、あんまり人とぶつかるようなタイプではないし、詠美さんのことをめちゃくちゃリスペクトしている。だから、これまでのやりとりにない流れで、わたしは意外に思った。……もしかして、二人の間で何かあったのかな?
そういえば最近、三人でのチャットも、このイラストの件で盛り上がりだしてからはなんだか事務的なやり取りが増えてきている気がする。前はそこそこ雑談もあったのだけど。なんとなく、二人の間に漂うビミョーな空気が、わたしにまで影響してきているんじゃないかな、とかね。
……とはいえしかし、今は二人の間をなんかやんやと邪推する暇なんてないわけでして。
わたしは自分にまた言い聞かせた。大丈夫、大翔さんがいる。詠美さんもマネージャー目線の意見をくれているだけだ。今は変なことは考えず、いいイラストを完成させることにだけ集中しよう。わたしは自分を奮い立たせるように、再びペンを握りしめ、イラストの修正に取りかかる。