短編
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私の彼氏である角名倫太郎くんは、意地悪な人だと思う。
私には、すぐ馬鹿だの鈍臭いだのひどい言いようのくせして、他の女の子のことは簡単に褒める。それで私が拗ねれば、同い年のくせに「ほんとお子ちゃまだよね」なんて意地悪な笑みを浮かべて、優しく頭を撫でてくる。
それで私の機嫌が治るのを知っているから、彼は本当にタチが悪い男なのだ。
端正な顔立ちで、何を考えてるか全く分からないミステリアスな雰囲気、クールなところ、優しい声色。彼の持つ全てが、あっという間に私を夢中にさせて、直ぐに彼のことを好きになった。
彼に恋をして直ぐに猛アタックを重ねた結果、「うん。いいよ、名前ちゃんのこと俺のものにしてあげる」なんて、上から目線すぎるけど、まあ彼らしい言葉を貰ってようやく恋人になることが出来た。
「倫太郎って呼んでもいい?」
「うーん、だめ。それ良くない」
「え!?なんでっ...…!?」
「りんくんならいいけど」
そう意地悪く笑みを浮かべ、私の唇をふにふにと親指の腹で遊ぶように触れるりんくん。その日から、『角名くん』から『りんくん』と彼を呼ぶようになった。
少女漫画やドラマに出てくるような、甘い恋人関係をずっと夢に見てきたけど、現実はそう簡単にはいかないらしい。
りんくんは、意地悪だし、……たまに優しいけど、とにかく意地悪な彼氏だ。でも、そんなところも全部含めて私は彼のことが大好きだから、どうしようもない。
「りんくんってホントに私のこと好きなのかなあ」
「え?そんなん当たり前じゃん」
「……そういう言葉が欲しいんじゃないんですけどー?名前ちゃんはっ!」
「ふっ、なにそれ」
「酷い!最低!もう知らないから!」
「あーはいはい。ごめんってば。機嫌治してよ」
そう言ってまた意地悪な笑顔を浮かべた後にりんくんは、私の髪を指で優しくとく。私の欲しい言葉なんて分かってるくせに、いつだって彼は"それ"を私には簡単にくれない。
昼休み。私の視線の先に映るのは、私じゃないクラスメイトの女の子と楽しそうに笑うりんくん。じろり、と彼を睨み付けて見るけど、それに気付いてもくれなくて、彼は変わらず女の子と笑いあっている。
いつもならすぐに、私の所に来て2人でお昼を食べるのに、今日は全然こっちに来てくれないし、その気配すらない。それどころか、女の子と楽しそうに喋るし。もやもやとした気持ちが胸に広がって、何だか居心地が悪い。
「自分、えぐい顔してんで」
「それ失礼すぎない?」
失礼すぎる言葉に振り返ると、りんくんと同じバレー部の宮兄弟の片割れ、治くんがいた。
彼の言葉にキッと鋭い視線を送るも、あまり気にしてない様子なのがまた腹が立つ。
「昼食わへんの?はよ、角名んとこ行きや」
「……いい。行かない」
小さく呟くように返せば、ふはっと楽しそうに笑う治くん。本当にみんなして私に意地悪なことをいちいち言わないで欲しい。あんな楽しそうに話をする2人の間に入れるほど、私のメンタルは強くない。
「なんやねん。また角名におちょくられてんか?」
「ねぇ!いちいちそう言うこと言ってこないで」
「今日はえらい拗ねとんなあ」
拗ねてる、という言葉についむっとすれば、「んな顔せんでええやろ」と私の頭辺りに伸びてくる治くんの手。彼の手が私に到達する前に、後ろから強い力で肩を引かれ、ぐっと傾く私の体。こける……!と身構えるも、とん、と背中に感じた硬い何かに抱きとめられた。
「治、何してんの」
「うわ、顔こわ。寂しそうにしてたから、慰めたろ思ただけやろ」
「そういうの、余計なお世話だから要らない」
ぎゅっと私の後ろから肩を抱いていたのは、りんくん。聞こえた低い声と、背中に感じる温もり、そして、彼の香りに包まれただけで、胸の奥が大きく跳ねる。じわじわと顔に熱が帯びていくのを感じていれば、楽しそうに笑うりんくんの声がまた聞こえた。
「りんくん……っ、」
「ん、なに?」
「......さっきの子と、話さなくていいの?」
彼も大概意地悪だけど、私も素直じゃないのだ。
来てくれた事がすっごく嬉しいのに、さっきのもやもやがまだ晴れてなくて、こんな可愛くないことを言ってしまってる。もういいんだよ、私といたいからって、そう言って欲しい。名前だけだよって、りんくんの口から、その言葉を聞きたいだけだ。
「行っちゃおっか?好きなバンドの話できたしね」
「え……」
彼に他意はないと思う。いつものように、楽しそうに笑ってるところを見ると、多分いつもの意地悪をされてるだけだ。そう頭では分かっているのに、私には彼の音楽の趣味が分からないから、あの子の方がいいって思ってるのかな、とか、余計なことも考えてしまう。
しゅんと心が沈んでいくのを感じていれば、治くんがりんくんの名字を呼んだ。それに反応するように、私から手を離したりんくんの顔を見れば、またあの意地悪な笑顔を浮かべていて。
ほら、やっぱり意地悪じゃん、そう心の中で愚痴を零しながら、またむすっとしていれば、にやにやと笑う治くんと目が合った。
「角名はお子ちゃまなとこあるからなあ」
「え?お子ちゃま……?」
「治、余計なこと言うのやめてって」
遮るように放ったりんくんの言葉は、ちょっと強い口調でえっ、と目を丸くしてしまう。
普段、私が彼に言われまくっている『お子ちゃま』だけど、りんくんが言われる側なのもよく分からないし、彼を『お子ちゃま』だとも思ったことがない。寧ろ、彼は大人っぽいの部類じゃないんだろうか。
「あんまいじめとったら愛想つかされんちゃん。なあ?」
「えっ?」
「めっちゃへこんでたで。しょぼくれて、可哀想になあ」
あーあ、なんてわざとらしく肩を竦めるような仕草をする治くんに首を傾げる
悔しいけど、私がりんくんに愛想を尽かすなんてことは多分この先ないだろうし、可哀想に、なんて言ってもきっと、彼は気にも留めないと思う。そう自分でも理解してることに、ちくりと胸を痛ませていれば、「は?」なんて聞いたことないくらいの低い声が鼓膜を揺らした。
「なに?治、その顔見たの?」
「八つ当たりしてくんなや。自業自得やろ」
何故か不機嫌なりんくんと、飄々とした治くんのコントラストがすごい。ここまで不機嫌な彼を見るのは初めてだから、私が焦ってしまう。そわそわとりんくんと、治くんを交互に見ることしか出来ずにいれば、いつもよりずっと低い声でりんくんが私の名前を呼ぶ。
「名前」
初めて聞く彼の低い声に、体を固まらせていれば、次は優しい声色でもう一度名前を呼ばれた。
ゆっくりと、りんくんがいる後ろに顔を振り向かせれば、いつも私がするようなむすっとした顔をしていて、目を丸くしてしまう。
「行くよ」
私が返事をする間も与えずに、りんくんは私の手首を掴んでさっさと歩き出してしまった。
痛くないけど、振りほどくことは出来ないくらいの力。まあ、私が彼の手を振りほどく、なんてするわけないんだけど。
さっきからずっと機嫌が悪いりんくんに、不安と緊張で心臓をばくばくとさせていれば、いつも2人で一緒に昼食をとる空き教室まで来ていた。
「名前、おいで」
私から手を離したりんくんは、椅子に腰を降ろして腕を広げた。さっきまでの不機嫌な表情はそこにはなくて、優しく笑ってるけど眉が下がってて、ちょっと不安そうな顔にも見える。
ゆっくりと彼の元へ足を進めれば、強い力で腕を引かれて、私は彼の膝の上に座っていた。
「ちょっ!りんくん、これ、恥ずかしい!」
「いーじゃん。ここ、誰も来ないよ」
「でもっ......」
「怒ってる?」
「えっ」
「愛想、尽かす?」
ぽつり、と自信なさげな小さな声。普段の意地悪なりんくんはどこに行ったんだろうってくらいの声だった。いつもは、『俺のこと好きで仕方ないくせに』みたいな態度のくせに。
あぁ、もう。本当に角名倫太郎という男は、ずるい。こんなに好きにさせて、ずるい。胸の奥が、きゅっと甘く締め付けられてるみたいな感覚が止まない。
「......怒ってる」
いつもの仕返しだ。そう返せば、りんくんは目を見開いた。焦ったように、え、とか、あ、とか1文字しか喋らないりんくんが、珍しすぎてふふっ、と笑みがこぼれる。
「でも、愛想尽かさない」
「えっ、」
「無理だよ。りんくんのこと、大好きだもん」
「名前っ……おれ、」
「......でも、他の子と距離近かったりするの、やだ。私のりんくんだもん」
「は……、」
普段見れないりんくんを見たからだろうか。私も普段は絶対に言わないようなことを、すらすらと口に出来ていた。
嫉妬はいっぱいするけど、それをはっきりと彼に向かって口にするのは、今日が初めて。
「うん。俺は、名前のものだよ」
目尻をさげてへにょりと笑ったりんくん。
私が告白した時は、『俺のもの』って言ってくれたけど、まさか『私のもの』だなんて言ってくれると思わなくて。じわじわと頬に熱が集中していく。
「ごめん、名前が嫉妬してくれるの可愛くて調子乗った。もうしない」
「っ、ほんと?」
「うん。もう絶対しない。好きだよ」
何が彼の中のトリガーだったのかは分からないけど、可愛いとか、好きとか、そう言ってくれるのが珍しくて、胸が大きく音を立てるのを抑える術が分からない。
胸の高鳴りを感じていれば、りんくんの手が私の頬に伸びてきてするりと、優しく撫でられる。ゆっくりと近づいてくる彼の綺麗な顔。ゆっくりと目を閉じれば、唇に柔らかくて幸せな感触。
結局、どれだけ彼の意地悪に怒って、拗ねて、たまに悲しくもなっても、やっぱり私はどこまでいっても、りんくんが好きで好きでどうしようもないらしい。
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2024.3.21
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