ネオン色の恋
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『今日、仕事終わったら連絡して』
週の頭の月曜の昼休憩中。そんな内容のメッセージと、よく分からないゆるキャラのスタンプが届いた。
送り主の名前を見て、ため息がこぼれそうになる。ここ最近のストレスの原因のひとつになりつつある彼、悠仁さん。
まあ、そのストレスとも今日でおさらばなんだけど。お金さえ返せれば、彼も私も用はない。歌舞伎町には二度と行きませんって言って、ブロックと着拒しよう。そう心に強く決め、ご飯をかきこんだ。
前回、彼に空いてる日にちを送ると、彼のお店がお休みの日が月曜日らしく、なら、仕事終わりの月曜に会おう、ということになり、ひとつ週を跨いで、1週間ぶりに彼と会うのが今日。
その間、ぽつぽつと彼から連絡がきて、お金のこともあって無視出来ず、何だかんだで毎日連絡を取り合っている。連絡を取りあってて感じたのは、やっぱり彼は話すのが上手だし、人の懐に入ることに長けていることだった。
だからほんのたまに、彼は悪い人じゃないのかも、なんて思ってしまいそうになる自分がちょっと怖い。
「おい、戻り遅い。これやっとけよ」
「……はい」
自分のデスクに着くなり、投げるように渡されたファイルと私を見下ろす先輩。小さい声で返事をすれば、不満そうな顔をして先輩は自身のデスクへと戻って行った。
ここ最近、定時で帰れたことなんかなく、残業続きで最後に定時で帰ったのはいつだったか。社蓄、とはまた違う気がする。
事の発端は、先程私に仕事を押し付けた先輩の逆鱗に触れたことだった。
やけに近い距離、執拗に身体に触れてくる先輩の手。それが何を意味してるのか分からないほど、私は子供じゃないし、気付かない振りが出来るほど大人にもなりきれなかった。ある日、先輩からの何度目かの誘いを、初めてはっきりと「そういうのもうやめてください」と断れば、 彼は憎しみを色濃く染めた瞳で私を見下ろしていたのをよく覚えている。
それからだ、彼の態度が変わったのは。セクハラが無くなったかと思えば、それはパワハラへと姿を変えただけだった。
まあ、黙って仕事していればなんの問題もないし。正直、これ以上、彼の恨みを買う方が恐ろしい。大人しく仕事をこなせばいい。それに、もうすぐ人事異動の時期だ。その時に何か理由をつけて、別部署に異動させてもらえればなんとかなるだろう。
今日も、残業だろうな、と渡されたファイルに目を通し、悠仁さんをなるべく待たせないようにと、早急に仕事に取り掛かった。
「……やっと終わったぁ」
凝りをほぐすようにぐるりと肩を回せば、ごき、なんて嫌な音が鳴る。帰り支度を済ませ、スマホを確認すれば21時過ぎ。それに付け加え、数件のメッセージと不在着信。送り主はもちろん、悠仁さんで。まずい、と慌てて彼に電話をかける。
さすがに、怒られるだろうと背中に嫌な汗が伝う。私がお金を返したいと言って、都合をつけてもらったわけだし、それに彼にとっては貴重な休みの日。罪悪感しかない。まさか、こんなに時間が経ってるなんて思いもしなかった。
怒られるのを覚悟して、左耳に端末を当てながら会社を出れば、2コール目で、「もしもーし」と予想していたよりも、ずっと明るい声が鼓膜を揺らした。
「あのっ!ごめんなさい、私っ、」
「連絡してくれてありがとう。今どこいんの?」
彼の声がこの間と変わらない色と高さでえっ、と狼狽えてしまう。もっと怒っていると思ったのに、と困惑しながらも「すみません、今会社出たとこで……」と返せば、「え!?」と大きい声が耳元でして、思わずスマホを少し離してしまう。
「え、今仕事終わったとか言わんよな?」
「すみません、今終わったところで……もうお時間、ないですよね?」
「いやいやいや……え?昼職ってそんな感じなん?」
「あー……私、仕事遅くて……」
濁すようにそう答えれば、「んん、?」とあまり納得の言ってなさそうな声色が聞こえる。さすがに、知り合って間もない、それもあんな出会い方をしてしまった相手に、今の事情を話すなんてことは出来なかった。会社で先輩にいじめられてる姿を知られるより、まだ仕事が出来ない奴と思われてる方がマシだ。そっちの方が、惨めじゃない。
「駅前いるからゆっくりおいで」
「え?」
「言ってた会社の最寄り駅んとこいるから」
「な……まだ、居てくれてるんですか?」
「そりゃいるでしょ。せっかく名前ちゃんと会える日なんだからさあ」
すごくわざとらしいセリフなのに、言い方がすごく自然で、それが余計に私の胸の奥をきゅっと甘く痺れさせる。彼の言葉にきっと意味は無いし、社交辞令に決まってるのに、いちいち反応してしまう自分が悔しい。そんな気持ち全部を誤魔化すように、「すぐ向かいます」と彼の返事を聞かずに電話を切った。
小走りで駅に向かうと、駅前のロータリーに彼の姿をすぐに見つけることが出来た。
「ゆ、うじさっ、すみませっ、」
「名前ちゃんおつかれー。走んなくてもゆっくりでよかったのに」
息も絶え絶えで悠仁さんに声をかければ、ぱっと眩しいくらいの笑顔。前回のスーツとは違って、パーカー姿だからだろうか。なんだか幼く見える。
こうしてると、全然ホストに見えない、なんて無意識に彼を観察していれば、「ん?」と小首を傾げる彼。そんな彼と目が合って、はっと意識が戻ってくる。今日の目的を忘れてしまうところだった。慌てて鞄に手を入れて目的の封筒を取り出そうとすれば、それを制止するかのように、彼の大きな手が私の手首を掴んでいた。
「腹減ってない?」
「え?」
「もー、俺腹減ってやばいんよね。取り敢えずメシ行こーよ」
「えっ、ちょ、私、お金返しに、」
「後ででいーじゃん!なんか食いに行こー」
私の答えを聞く前に、いつかのように私の手を引っ張って足を進める悠仁さん。出会って間もないけど、無意識なのか意図的なのか彼は人の話をあまり聞かない、と思う。
「あの!手繋がなくても!」
「いいじゃん。俺、手繋ぐの好きだから」
「っ、」と動揺した私に気付いてか、前を歩く悠仁さんが楽しそうに笑う。慣れてる彼にとってはこれもなんともないことなんだろう。それにいちいち反応してしまう自分にやっぱりムカつくから、諦めたように彼に従うしかなかった。
彼に連れて来られたのは、少し暗めの店内のビアホール。会社の近くにこんなおしゃれなお店があったんだ。ここは彼の家からも、新宿からも少し離れているのに、やっぱり色々知ってるんだなあ、と少し感心してしまう。
ビールを飲みながら、テーブルに並んだ料理を口に運ぶ。料理も美味しい。これはビールが進む。
「いっつもこの時間に仕事終わんの?」
「そうですね、だいたいは」
「ふぅん。……名前ちゃん、寝れてる?」
じっと悠仁さんの綺麗な目が射抜くようにこちらを見ていて、なにか答えなきゃと頭では思うのに彼の目を見ていると、まるで何かに縛られたみたいに動けないし言葉も出てこない。
そんな固まっている私をよそに彼の綺麗な指が私の目尻を優しく撫でた。
「隈あんね。寝不足でしょ」
「あ、あのっ……」
まるで大事な物に触れるような手つきで、優しく繊細に触れる彼の指。こんな優しく触れられた経験なんて今までになくて、胸の音が徐々に大きくなるのを感じる。
彼に言われたように、確かにここ最近、残業続きで帰りは遅いし朝は早いから充分な睡眠は取れていなかった。化粧も崩れているからだろう、隈が目立つと思う。
「不眠とか?」
「や、そういう訳では無いんですけど、今、仕事忙しくてっ……というかあの、指、っ」
「……そっか。ちゃんと寝んとね」
緩く笑った悠仁さんは、ぱっと指を離した。彼の表情があまりにも色っぽくて、つい見惚れそうになる。うるさく主張してくる胸の音が、彼にまで聞こえそうだ、なんて思った。
この人にとってはなんでもないことなんだから、いちいち反応するな、と彼に出会ってから何度、自分に言い聞かせたんだろう。気付きたくない何かに私はずっと、蓋をしている。零れ出して欲しいけど、欲しくない。"何か"の正体も分からないくせに、漠然とそう思った。
「名前ちゃーん、起きてー。帰るよ」
「んん、おきて、ます……」
「立てる?やっぱ前も思ったけど酒弱いよなあ。そんで、相変わらず危機感がない」
耳元で悠仁さんの声がする。また何か失礼なこと言われてる気がするけど、脳が彼の言葉を処理出来ない。
単刀直入に言うと、私はまた酔っ払った。ここのクラフトビールがとにかく美味しかったし、それに悠仁さんはやっぱり会話が上手で、彼の話が楽しくて余計にお酒が進んでしまった。
ただ、今日はちゃんと家に帰って寝ないと。また悠仁さんと、この間のようなことになる訳にはいかないし、何より明日も仕事がある。寝坊して遅刻するのが、1番恐ろしい。
「帰り、ます」
「えっ、まじで大丈夫?俺も、タクシー乗り場まで一緒に行く」
耳元で少し低い声がした。私の体を支えるように腰に大きな手がまわる。いつもの私なら多分抵抗してるし、自分で行けると答えているだろう。ただ、アルコールに浮かされた頭では、そんなこと考える余裕なんてもう無くて、ぼんやりとした意識のなか、首をこくりと縦に振るしか無かった。
______________________________
2024.03.17