ネオン色の恋
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目を覚まして視界に飛び込んできた、見慣れない景色に昨夜の全てを思い出した。
頭と腰は痛いし身体中が重い。服も着てない。やってしまった、どうしよう、と今更後悔が波のように押し寄せる。
私は、セックスはあまり好きじゃない。過去に嫌な思いをしたわけでもないけど、気持ちいい行為という認識は私の中にはなくて好きでは無かった。そう、昨日初めて会った見ず知らずの人とするほど、好きな行為では無かったはずだ。それが昨日……と、昨晩を思い出して死にたくなった。頭を抱えていれば、隣から聞こえる、すぅすぅという寝息に胸がばくばくと嫌な音を立てる。
酔っ払って押し倒されて、彼が私の気持ちいい所を探るように触って、抵抗の言葉は彼の唇に飲み込まれていって、気付いたら彼によって与えられた快楽に溺れていってた自分に驚きである。やっぱり思い出すだけで死にたくなる。
夢だと思いたい。いや、紛れもない現実でしかないんだけど。
動揺していて確認してなかったけど、自分が寝ているベッドがやたらとでかい。2人で寝ても、まだ余裕がある。
この人は、1人でこんな広いベッドを使ってるんだろうか。もしかして、彼女と使ってるベッドとか、と考え背筋が冷えた。
ゆったりと視線を床に向ければ、そこに散らばる私の下着と服。
取り敢えず、服を着よう。それからこっそりとこの家から
出れば、無かったことに出来る、気がする。
隣で寝ているユウジさんを起こさないよう、そーっとベッドから抜け出そうと、ゆっくりとまず上半身を起こす。
「おはよ」
「ひっ、!」
まるで、拘束するかのように突然私のお腹に回された腕と、後ろから掛けられた声に、大袈裟な程、肩が揺れたし引きつった声が漏れる。
「どこ行こーとしてたん?」
「え、と……服を、着たくて、」
すぐ耳元で彼の声がする。耳たぶにかかる息がくすぐったい。もうどうしたらいいか分からなくて、身体がぴしと固まったままどうしよう、と頭をフル回転させていれば、「嘘つくのはだめでしょ」と何故か楽しそうに笑うユウジさん。
「え、?」
「逃げようとしてたくせに。ヤリ捨てとか、普通にショック」
「な……!?」
何を言ってるんだこの人は。まるで私が彼を襲ったみたいな言い方してるけど、逆じゃないか。それにどう考えてもヤリ捨てるのは、そっちの方でしょう。
咄嗟に振り向けば、想像よりもずっと近い位置に整った彼の顔があって、息を飲む。ユウジさんは、意地悪な笑みを浮かべていた。
「やっとこっち見てくれた」
「……ヤリ捨てする側なの、あなたですよね?」
「俺が?するわけないじゃん!え、なんかイメージ悪くない?!」
あんな酔ったところ無理やり襲ってきといて、何故悪いイメージがつかないと思えるんだ、と嫌味のひとつでも言ってやりたいくらいだった。けど、そんな根性を私が持ってるはずもなく、彼から目を逸らすことしか出来ない。我ながら、本当に情けない。
「風呂入る?」
「……や、家帰って入ります」
「入ってけばいーじゃん。まだ寝たりんでしょ。風呂入ってもう一眠りしてっていいよ。俺も、」
何かを言いかけたユウジさんの言葉を遮るように、メッセージの通知を知らせる音が何度か連続で鳴る。それに対して、はーっとうんざりしたような溜息を吐いた彼は、「ちょっと待っとって」と私の頭を優しく撫ぜて、下着を履いてからリビングへ、ぺたぺたと足音を立てて向かった。
なんだか、昨日のホストクラブで話した時と光景が被る。やっぱり女の扱い慣れてるんだなあ、とぼんやりと考えながら彼が居ない間にいそいそと服を着る。
「あれ、着替えてる」
連絡を確認し終えたのか、寝室に戻ってきたユウジさんがぽかん、と口を開けて私を見る。昨日も思ったけど、この人童顔だな、何歳なんだろう。まあ、それも私にとっては関係のないことだけど。
「……帰らないとなので」
「えっ、帰んの?ここ居たらいーじゃん」
何故そうなる。本当にこの人の考えてることが全く読めない。頭を混乱させながら、「帰ります」と返事をすれば、「えー」と不満そう声をユウジさんは漏らした。
「朝ごはんだけ食べて帰れば?」
「はい?」
「作り置きのになるけど。料理はまあまあ自信あるから安心して」
「いや、あの、」
昨日もそうだったけど、素なのかわざとなのか分からないが、ユウジさんはあまり人の話を聞いてくれない。
また彼に流されるまま、気付けば2人でテーブルを囲んで朝食を取っていた。お味噌汁が本当に美味しくて。自信があると言うだけはあるし、下手したら女の私より料理が上手いんじゃないんだろうか。
「どう?美味い?」
「はい。美味しいです……。料理、するんですね」
「うん、買ったり宅配とか栄養偏るじゃん」
もぐもぐと白米を噛みながら、そう答えるユウジさん。ホストって栄養とか考えるんだ……。そう言えば、筋肉も結構あった、気がする。と、昨日のことをまた思い出しそうになって思考を止める。
「予備の歯ブラシ無くてマウスウォッシュでごめんね。色々買っとく」
「え、色々とは?」
「俺のしかないから、歯ブラシとか化粧落としとかそーいうの。女物ってよーわからんし、合う合わんあるだろうから使ってるのまた教えて」
「な、……え?は?」
彼が何を言ってるのか理解出来ずに、進めていた箸をぴたりと止める。
それじゃ、まるでまた私がここに来るみたいな言い方をするユウジさんに視線を向ければ、楽しそうに笑う彼と目が合う。
ホストのこととか全然分からないけど、これも営業の一環なんだろうか。
「また来るでしょ?」
「いや、来ないですけど!?」
「え、なんで?」
「なんでって……!」
「これも縁?みたいやつかなーって俺は思ってるんだけど。1回はえっちした仲なんだしさ」
「ちょ!やめてください……!」
彼の口から出た言葉に思わず大きな声が出る。そんな私に驚いたのか、きょとんと目を丸くしたユウジさんは、ふはっ、と吹き出した。
「本当遊び慣れてないよなあ。顔真っ赤で可愛い」
「やめてください」
本当にやめてほしい。遊び慣れてないのは認めるけど、逆にあなたは遊び慣れすぎてると思う。ホストだから仕方ないんだろうけど、と冷めた目で彼を見返せば、テーブルの上に置かれた私のスマホが着信を知らせる音を鳴らす。
あれ、私こんなとこにスマホ出してたっけ。確か昨日、時間を確認しようと鞄を漁った時に、と首を傾げながら画面を確認すれば、"悠仁"と表示されていた。
「ゆう、じん?」
誰だ。こんな名前の人は知り合いには居ないし、登録した覚えもない。謎の名前に困惑していれば頭上から「ゆうじ、ね」と声が聞こえた。
「は、え?」
「ゆうじんじゃなくて、それでゆうじって読むよーって。俺の本名」
「え、え?なんで……私の携帯に?」
自身のスマホを片手に子供のような笑みを浮かべる彼。
本名で仕事してるんだ。源氏名とかつけたりするもんじゃないのか、と呑気なことを考えながも、背筋に嫌な汗が流れる。
「名前ちゃんが寝た後に登録しといた。パスワード設定せんと危ないよ?」
「ちょ……!!有り得ない……!!」
「これでまた会えるじゃん」
もう犯罪でしょこれ。悪気など一切なく無邪気に笑ってる所が本当にタチが悪いと思う。わざわざそこまでして、次を取り付けようとする彼に首を傾げた後に、あぁ、そうか、と合点した。
そういう手口なんだろう。こうやって繋がりを作って、自分のお客さんにするんだろう。
「……こうやって女の子引っ張ってるんですか?」
「え?」
「あんまりホスト楽しくなかったし、もう行く気ないんで」
気付けばそんな言葉がすらすらと、口から出ていた自分に困惑する。普段の私なら、こんな嫌味ったらしい言い方出来ない。さすがに、この言い方は怒らせたかもしれない。え、どうしよう、殴られたりしない?
自業自得だけど、重い空気に耐えきれず顔を俯かせれば、「は?」とさっきまでの明るい声とは、比にならないくらいの地を這うような低い声が私の鼓膜を揺らした。
「……俺が誰彼構わず女の子連れ込んで、ヤりまくってるって思ってんの?」
「あの、えと……その……ごめんなさ、」
「……ここ来た女の子、名前ちゃんだけだから」
「え?」
顔を上げれば、眉を下げたちょっぴり寂しそうな表情をした彼と目が合った。「まぁ、ホストのイメージなんかそんなもんだよなあ」と自嘲した笑みを零す彼。
「呼ばないから」
「え?」
「名前ちゃんのこと店には呼ばない。もし、来たいって言っても絶対店には入れない」
真っ直ぐに私を見つめたユウジさんは、はっきりとした口調でそう言い放つ。彼の瞳を見つめ返すけど、彼の真意を見ることは出来なかった。
「気を付けてね」
「いえ……タクシーありがとうございます」
いーえ、と目を細めて笑うユウジさん。
予定が入ったらしく、彼がアプリでタクシーを呼んでくれそのタクシーに私だけが乗り込む。「もうちょい一緒に居たかったけど」と笑う彼と、少しほっとした私。これ以上彼といると、私自身が知らない私を引っ張りだされそうで。それが少し、怖かった。
「家着いたら連絡ちょーだい」
「あー……はい」
「絶対連絡しないつもりじゃん」
ふはっ、と笑うユウジさんから目を逸らす。試を読むの、やめてほしい。「かわいい」とひとりごとのように呟いた彼は、目尻をさげ優しい目をしてくしゃり、と大きな手のひらで私の頭を撫でた。
「次はふつーにデートしよ。運転手さん、お会計これでお願いします」
「あっ、ちょっ!」
ユウジさんが運転手さんに差し出した1万円札にぎょっとして、静止の声を出そうとしたが、それも彼には読まれていたのか、バタンと扉は閉められ車は発進してしまった。
なんなんだ、一体。こんな、借りを作るみたいなの嫌なんだけど。もう居ないだろう、と顔を振り返れば意外にも彼はまだそこに居た。え、と目を丸くする私を他所に、緩く手を振る彼。遠くて表情は見えない。
本当になんなの。何をしたいんだ。彼の今日の言葉たちを、頭の中で再生して思考を巡らせるけど、彼が何を考えているのかやっぱり分からなかった。
彼に撫でられた部分が熱を持っていくのは、気の所為であれと願いながら、運転手さんに自分の住所を伝えた。
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2024.3.6