三井
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三井さんと私は会社の先輩後輩だ。否、ただの先輩後輩の関係だと、胸を張って私は言えない。
私が入社した時から、教育係として傍にいてくれたのが三井さんだった。面倒見のいい彼は、沢山私に手を焼いてくれたと思う。いつだってサポートしてくれて、仕事終わりに予定が合えば飲みに行って。多分、私が三井さんと一番仲のいい後輩という位置に立てている。
そんな関係を築きながら、ひっそりと私は三井さんに恋をしていた。
カーテンから漏れる陽の光の眩しさに瞼を持ち上げれば、視界に広がる自分の部屋。
寝返りを打つと、何も身に纏わずに肌を晒している三井さんが眠っている。そして、私も彼と同じく、裸だった。
この気持ちは間違いなく私の一方通行な気持ちで、身を寄せあって眠るような関係性では無い。
昨日のことは、よく覚えている。
お酒で記憶が無くなった、なんてことは無い。むしろ、しっかりと全て記憶に残っている。
昨夜。いつものように、三井さんと行きつけの居酒屋に飲みに行った。
何故かは分からないけど、昨日はいつもよりお酒が回るのが早くて、所謂、ベロベロの状態だった。
「ったく、お前は酔いすぎなんだよ!ほら、送ってやるからちゃんと歩けって」
呆れたように笑いながらも、肩を貸してくれた三井さんは、私を家まで送ってくれた。
いつもより近い距離と、密着した身体。それと、逞しい三井さんの腕。その全てに胸が大きく鳴る。アルコールのせいもあって、私の脳は正常な判断なんて出来なくなっていたんだと思う。
「おい、家着いたぞ」
「ん〜……みついさん、中まで連れてって、ください」
アルコールに浮かされた私は、普段なら絶対に言わないであろうことを口にする。そんな私に三井さんは、「お前なぁ……わぁったよ!おら、鍵貸せ。入んぞ」と自身の頭を乱暴にかいた後に私の部屋に入り、ベッドまで運んでくれた。
三井さんが私の家にいる。そのことが、とてつもなく嬉しくて。もっと、もっと、三井さんといたい。もっと、三井さんに触って欲しい、と心の奥にしまってたはずの欲がどんどん膨らんで、私を侵食していく。
「 名字。俺、帰るぞ。ちゃんと服着替えて寝ろよ」
そう三井さんが口にして玄関の方へ足を向けたのと同時に、骨ばった大きい彼の手を自分のそれで掴んだ。
ずっと上手く隠して来たこの気持ちが、いっぱいになってこぼれ落ちていくような感覚だった。
「 名字?どうした?」
「帰っちゃ、やだ」
「は……?」
「泊まっていってください」
「は、はぁ?!お前酔いすぎだろ!何言ってんだ、」
三井さんが何かを口にしていたけど、それを脳が処理する前に、掴んでいた彼の手を引いて彼の唇を無理矢理に奪った。
「っ! 名字、おま、なに、してっ……」
「……抱いて」
「は……」
「お願いしますっ……私の事、抱いてっ……」
気付いた時には、そんなことを口走っていた。
そして、三井さんと私はベッドへと身体を沈めた。
それが昨晩の記憶だ。
私と三井さんは、先輩後輩の一線を超えた。それを思い出すと、ぶわっ、と顔に熱が集中していくのを感じる。
瞳を閉じて思い出されたのは、私に覆いかぶさった時の三井さんの表情、私の肌に舌を這わす姿、額に汗を滲ませた余裕のない表情。
あの三井さんが私で興奮してくれていた。
閉じていた瞳をもう一度あけて、隣で気持ちよさそうに眠る三井さんを見つめる。
昨日の三井さん、かっこよかった。彼を見つめていると、昨晩私の身体に駆け巡った熱がまた押し寄せてきそうで、寝返りを打とうと身体を動かせば、「……ん、」とくぐもった声が聞こえた。
「んぅ、 名字……」
「み、ついさん……」
寝ぼけ眼で私を見つめていた三井さんは、徐々に目が覚めたのかばっ、と勢いよく身体を起こした。彼の表情はどんどんと青ざめていってるような気がするのは、多分、気の所為じゃない。
「っ!わ、わりぃっ……!俺っ、」
「ま、待って!三井さん!」
焦りながらベッドを降りた三井さんを見て、咄嗟に彼の手をぎゅっと掴む。まだ、離れたくない。夢のような時間を味わっておきたい。けど、掴んだ彼の手をどうすればいいのか分からなくて固まっていると、私を見た三井さんが私の頭を優しく撫でた。
「……身体、大丈夫か?」
「あ……だ、大丈夫、です……」
本当は、大丈夫ではない。さっき寝返りを打とうとしたら腰が痛かったし、喉もガサガサしてるし、足の付け根には鋭い痛みが残っていた。それでも、本当のことを言ってはいけないような気がして。
「嘘つくな。いてぇんだろ」
「え、と……」
「お前、今日1日寝てろ」
「でも、いっ……」
起き上がろうとすれば、私の手から自分の手を引き抜いてぐっと私の肩を抑えた三井さんは「いいから寝てろ」と、何とも言えない圧を感じて、頷く他なかった。
「……取り敢えず、服、着るわ」
そう小さな声で言った三井さんは、私に背を向け、昨晩着ていたスーツを身に纏っていく。この静かな空間に、布の擦れる音がやけに響いたような気がした。
着替え終わった三井さんは、床に正座をしたかと思えば神妙な面持ちで私を見つめた。
「み、ついさん……?」
「……昨日のこと、本当に悪かった」
本当に悪いことした、と申し訳なさそうに目を伏せる三井さんに嫌な予感がして、どくどくと心臓は嫌な音を響かせる。
「三井さっ、」
「お互い、忘れた方がいい」
「えっ、」
「……昨日のこと、忘れて欲しい」
頭の中が真っ白になった。
もう三井さんの顔を見る勇気なんてなくて、今彼がどんな表情をしてるのかは分からないけど、きっと後悔した顔をしているんだろう。
私とえっちしたこと、後悔してるんだ。
当たり前だよね。だって、三井さんは私のこと好きでもなんともない。ただの後輩でしかないのに、私が抱いてなんて頼んだから仕方なく、手を出したんだから。
零れそうになる涙を必死に抑え込むように目に力をいれる。
だめ、泣くな。ちゃんと笑って、これ以上、三井さんが罪悪感を感じないように、振る舞うんだ、と無理矢理口角を上げた。
「ん、分かりました」
へらっ、と笑ったつもりだったけど、ちゃんと笑えていただろうか。鼻の奥がつんとして涙が零れそうになる。まだ、まだ泣くな。白くなる指先を強く握りながら、自分に言い聞かせる。
「……本当に、悪かった」
ぽつりと、もう一度謝罪の言葉告げた三井さんは、私の家を後にした。扉が閉まる音と共に、ぽろぽろと涙が溢れる。
彼が居なくなった部屋は、普段と何も変わってなくて。ただ、大好きな先輩が居なくなっただけなのに、迷子の子供のように、ただただ涙を流すしかなかった。
ずっと優しい三井さんが好きだった。けど、あんな残酷な優しさなんて、いらなかった。あんな風に優しくしないで欲しかったなんて、自分勝手な考えしか出来ない。恋人みたい、なんて浮かれてた自分が本当に馬鹿で惨めだ。
"悪かった"と、謝った三井さんが脳裏にこびりついて離れない。
なんで抱いてくれなんて言ってしまったんだろう。欲張らなければ、きっとこれからも仲のいい後輩の位置でいれたのに。もう元の関係に戻ることは出来ないんだと、悟ると涙を止める術を見失った。
「……腫れてる」
月曜日の朝。洗面所の鏡で自分の顔を見て絶望した。笑えないくらいに目が腫れてる。土日、涙が枯れることはなく1人で泣き続ければ、こうもなるか。
仕事、行きたくないな、なんて思うけど、社会人としてそれは許されないことで。目を出来るだけ冷やし、メイクで誤魔化す。いつも着ているスーツが、ずっしりと重く感じる。
三井さんに会いたくないな。
「……おはようございます」
「おー」
いつも通りの会社の雰囲気にほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、変わらず私の隣のデスクにいる三井さんを視界が捉えると、胸の奥を握られたかのような感覚になる。
いつも通りを意識して、口にした挨拶はすごく掠れてて情けないものだった。
「お前……」
何かを言いかける三井さん。傷が癒えてない今はあまり彼の顔を見たくなかったけど、無視するなんて出来るはずもなく、恐る恐る彼に顔を向ける。僅かに目を見開いて驚きを浮かべた彼と目が合う。
「み、三井さん……?」
「いや……」
じっと観察するように、私を見つめる三井さんに声を掛ければ、彼は少し考え込むような表情をした。
「今日、朝礼終わったら俺と外回りな。用意しといてくれ」
「え、」
そんな予定は無かったはず、と思考を巡らせる。三井さんは私の返答を聞くことも無く、「朝礼始まんぞ」と一言告げて席を立った。
朝礼の内容が全然頭に入ってこない。なんで、どうしよう、とそれだけが頭の中を埋め尽くす。
こんな精神状態で仕事なんか出来る気がしない。三井さんの前では泣きたくないのに。断る?いや、断るにしてもその理由を考えなければならない。そう頭を働かせるも、答えは見つからないまま朝礼が終わり、「行くぞ」と三井さんに連れられ彼の車に乗るしか無かった。
運転席に三井さんが座り、私は助手席。私が喋ることも、三井さんが喋ることもなく、しんと静まりかえる車内。彼は考え込むように、どこか一点を見つめていて、アクセルを踏む素振りもない。行かなきゃいけないなら、早く終わらして帰りたい。この気まずさに耐え切れず、意を決して口を開く。
「あの、三井さ、」
「……なんかあったか」
私が声を掛けたと同時に、こちらに顔を向け落ち着いた声で、三井さんは口を開いた。
「目、腫れてんぞ。それに、今日元気ねーだろ」
そんなに強く設定されていないはずなのに、エアコンの音がよく聞こえるような気がした。
今、何を言われたのか理解できない。三井さんは優しい。でもその優しさが、とても残酷だ。忘れようって言ったのは彼。それを了承したのは私。彼の中で、あの日のことは本当に無かったことになっている。そうしっかりと、分からされた気がする。私だけが、あの日に取り残されている。
「……なんでも、ないです」
そう言うしかない。なんでもないって言って、笑って、この気持ちにちゃんと蓋して、それで仕事終わらして、いつも通りの私でいれば、きっと、前みたいな関係に戻れる。三井さんも、それを望んでる。だから、笑え。
寒くもないのに震えて白くなる指先を強く握れば、手の甲にぽたり、と雫が落ちるの感じた。
「 名字っ……!?まじでどうした、お前っ……」
「……っう、」
ゆらゆらと滲む視界の先で、目を見開いた三井さんが見える。漏れる嗚咽と、頬を伝う涙に、自分が泣いてることをようやく悟った。
三井さんの前では絶対に泣かない、そう決めてたはずだったけど、もう限界だったらしい。そんな決意も呆気なく、ぼろぼろと出てくる涙は拭っても拭っても止まってくれなかった。
「なんで、泣いて……」
「三井さんのせいっ……」
「は、」
「三井さんが、優しくするからっ……もう優しくしないで……っ、これ以上好きにさせないで……!」
もう三井さんの顔を見る勇気はなかった。
前のような仲の良い関係に戻れたらどれだけ幸せだろう、と考えもした。けど、それは私にはできないってことも気付いてしまった。身体を重ねてしまった以上、この気持ちを隠すことも、捨てることも、私には出来ない。ならばもう全部吐き出して、きっぱりと振ってもらおう。
「ごめんなさい、好きですっ……ずっと、三井さんが好きだったから……!やっぱり、忘れれないっ……三井さんに抱いてもらったこと忘れれないです!!」
「ばっ、おまっ、声でけぇよ!」
私の口を覆うように、唇に当てられた三井さんの手のひら。恐る恐る顔を上げれば、顔を真っ赤にした彼と目が合ってすっと覆われていた手が離れた。
「え、ちょっと待て。 名字、おま、俺のこと、好きなのか?」
「はい……好きです。こんなこと、言われて困らせるの分かってるけど、好き……なんです……」
「……分かりにくすぎんだろ」
そう呟いた三井さんは、自身の顔を手で覆っていた。けど、指の隙間から見える彼の顔や耳は、見たことないくらい真っ赤で。
「あんな、抱いてくれとか、言う前にそれちゃんと言えよな……ふつーに、勘違いすんだろーがよ……」
「え……?」
「お前、俺に気ある素振りとかみせねえし、だから、そーいうの誰とでも出来んのか、とか……セフレ、みたいになんの嫌だしよ……んなら、忘れろとしか、俺も言えねーだろがよ」
普段の三井さんじゃ考えられないくらいの小さな声だった。「言葉足らなすぎんだよ、ばかやろー」と呟いた彼は、優しく私の手を握る。
思考はついていかないし、びっくりしすぎて涙もぴたりと止まっていた。相変わらず赤い顔をしていたけど、優しくて甘く蕩けそうな目をした三井さんが真っ直ぐに私を見つめる。
「泣かせて悪かった。 名字は俺のこと頼りになる先輩くらいにしか思ってねーって決めつけてたし、俺の片思いだってずっと思ってた」
「かた、おもい……?」
「俺も、 名字のこと好きだ。ずっと好きだった。俺だってよ、お前を抱いたこと、忘れらんねえよ」
好きだ、ともう一度甘く囁くように言った三井さんは優しく私の唇にキスを落とした。
「んっ、み、ついさ、」
私の言葉を飲み込むように、何度も何度も角度を変えて彼の唇が私のそれに合わさる。ここが、会社の駐車場だってことも忘れそうになるくらいに、飽きるまで私たちは唇を合わせる。
ゆっくりと唇が離れると、ふにゃりと幸せそうに笑う三井さんに、胸が大きく音を立てた。
「み、三井さん……ほんとに、わたしのこと……?」
都合のいい夢でも見てるんじゃないか、と。そう思ってしまう。だって、ただの後輩としか思われてないってずっとそう思ってきたから。何度も確認したくなる。「あぁ」と優しく返事をした三井さんは、指先で優しく私の頬を撫ぜた。
「好きだ。会社の後輩として見たことなんて1回もねーくらい、 名字のこと好きだ」
ずっと欲しかった言葉だった。三井さんに好きだと言われたいと、何度夢に見てきただろう。それが、今現実で起こってて、彼の唇から紡がれてる。こんな、嬉しいことあっていいのかな、とまた涙が零れた。
「おいっ、なんでまた泣くんだよ?!」
涙を流す私を見て、手を彷徨わせながら慌てる三井さん。そんな姿がちょっと可愛くて笑みがこぼれる。「だって、嬉しいんだもん」と素直に言葉にすれば、「ったく、ばかだな」と言いながらも三井さんも嬉しそうに目を細めていた。
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