竈門家のお姉ちゃん
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私が七歳。炭治郎が二歳。禰豆子が一歳になった頃。
電車で東京府の荏原郡、駒沢村に出掛けることになった。
前世の関係で、昔の地名ではあるが行きたくなったからだ。なんとなく自分がそこに居たような記憶があった。そこで仕事をして色んな経験をしたような気がする。
だけど詳しくは思い出せない。両親は二つ返事でいいよと言ってくれた。怪しまれはしなかったのでホッとした。
駒沢村にはお父さんの旧友が居るらしく、今回はその旧友の家に泊まらせて貰うらしい。代わりに炭をたくさんあげるそうだ。だから両手にたくさん持っていたんだなと合点がいく。
その旧友の家は大きかった。部屋がいくつもあり、風呂もあっていかにも貴族という感じがする。それに私達を貧乏人だと罵らずに泊めてくれた。
炭治郎と禰豆子は見ておくから遊んできなさいとお母さんから言われる。返事をして私は大きな家から出た。
駒沢村は平和な街だった。すれ違う人みんなが笑顔で歩いている。そして自分が住んでいたところより断然と都会だった。田舎者ほど上を見上げると言うが私もそうらしい。
ぼけーっとしていたときだ。
泣き声がした。声の方向を見ると女の子が地べたに座り込んで号泣していた。周囲には見ぬフリをする大人たちばかりなので大方迷子といったところなのだろう。
大人たちは忙しいから仕方ないと私がその子に近付いていく。女の子は未だに泣きじゃくっていた。私はゆっくりと身をかがめた。
「迷子になったの? お父さんとお母さんの名前は分かる?」
女の子は肩をびくつかせ、私を恐る恐る見上げていた。
「分かんない……」
「そっか。じゃあお姉ちゃんと一緒に探そっか」
そう言うと途端に顔が明るくなっていく。涙は止まったので良かった。名前はカナエと言うらしい。女の子の手を離さないようにして繋ぐと人通りが多い道を歩き出す。
ここから探すとなると目印が欲しいものだ。何か父母しか持っていないものはあるかと聞くと蝶の髪飾りだと言った。あとは髪を団子結びにしていること。となると髪飾りを優先的に探しだした方がいいのだろうか。
カナエちゃんの手を繋いで寂しくならないように話しかけていく。え。カナエちゃん私より年下? 確かに私は年上だけど、もっと大人びて見えるの? そっかあ。そんなに老けて見えるかあ。
ぽつりぽつりと話していくと前方に蝶の髪飾りを見つけた。見つけたときにカナエちゃんが「お母さんッ!!」と張り裂けるように大きな声で言う。だけどあっちは遠すぎて気付いてはいない。
「走ろう、カナエちゃん」
ぎゅっと手を繋ぎあって走り出す。あと数十メートルってときに手の感覚がパッと消えた。目を見開いて後ろを振り向く。するとカナエちゃんが尻餅をついていた。目の前には大柄な男が四人立っていた。
直感から何かよからぬことが起きると思い、すぐに全集中の呼吸でカナエちゃんのところまで飛んでいく。腹回りを抱き締めるように掴んでバックステップで後方に下がる。さっきまで居たところには男の足があった。
「チッ。避けんじゃねぇよ糞餓鬼が。面白味の欠片もねぇ」
……は? こんな小さい子を苛めて面白いと? ブチブチと頭の血管が切れていく気がした。隣でカナエちゃんが青ざめている気がするがきっと男を見て怖くなったのだろう。大丈夫、私が倒してあげる。
怖さとは元凶さえ無ければ怖くないものだから。だからといって殺す訳じゃないけれど仕返しまでは許されるはず。にこりとカナエちゃんに笑った。
「大丈夫、お姉ちゃんがなんとかする」
_____想いの呼吸、零の型。『朝霧草』
ふぅ、と息を吐いた。刀は無いものの指がある。相手は人間だったので簡単に海馬や大脳皮質を刺激することが出来たみたいだ。ほら、手を出した男の顔が赤から青に変わっていく。まるで醜い信号機だ。
「あ、あ、嫌だ。俺は死にたくないぃ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!!」
頭を抱え、うずくまり始めた男に残りの男三人の笑顔が消えた。そして私を化け物みたいに見始めた。
「てめぇ……!! 何しやがった!!」
「別に。人間なら1日経てば治るから大丈夫だよ」
「糞餓鬼がッ!!」
____じゃあ、私とやっちゃう?
時が止まったように男たちが凍った。横に首を振り続けて踞った男を置いていって逃げ始める。踞った男は置いていかれたことに気付いて同じく発狂しながら逃げていった。
「……。よし」
「いや良しじゃないぞ」
びっくりしてカナエちゃんごと声の方向から距離を取った。見れば、私と同じくらいの男の子が立っていた。誰だこいつ。
あ、そんなことよりもカナエちゃんの親!! そう思ったときに後ろから駆けてくる下駄の音がする。
「カナエッ!」
美人がカナエちゃんを抱き締めていた。蝶の髪飾りにお団子髪。なるほど。確かに特徴がぴったりだ。だけど超絶美人が入っていない。
うーんと羨ましげに見詰めているとカナエちゃんのお母さんがお礼を言ってきた。それに笑顔で「よかった」と言う。
「私、お姉ちゃんに守られるってこんな気持ちなんだって知ったの。だからありがとう」
カナエちゃんが嬉しさいっぱいの笑顔で言った。それに微笑んでいるとカナエちゃんが私をお手本にすると言った。
はて? 何かお手本にされるようなことがあっただろうか。そう言うと「怖いところと妹を守るところ」と言われた。禰豆子は居ないはずだが……誰が妹だったのだろうか。もしかしてカナエちゃんは妹の気分を初めて味わったのだろうか。聞こうと思ったが既にカナエちゃん達は去っていた。
で、再度男の子を見る。律儀に待っていたりしてなんだと言うのだろう。怪訝な顔で見詰めていると男の子は口を開いた。
私は息が詰まった。
「貴様! 呼吸を使っていたな!!」
誰だこいつ。思っている合間に男の子の方へと飛んで首根っこを掴み、気付けば裏路地に引っ張っていた。逃げないように男の子の腕を掴んでおく。我ながら恐ろしい無意識行動だな。それにしても呼吸を知っているとは。その時点で普通の家庭じゃないことが分かる。それか、私のように奇跡的な出会いがあって知ったか。
「何故呼吸を知っている」
ぐっと力を入れると男の子が呻いた。やり過ぎたと思って緩めると男の子がこちらを睨む。
「貴様こそ何故人間に呼吸を使った!!」
「は?」
鬼に使うものだろう!!と怒られた。呼吸は手加減が難しいからむやみに使うものじゃないと。確かにそうだが私は使うときに使わないのは納得がいかない。だんまりとしていると男の子がついに血迷ったのか変なことを言い出した。逆にするっと私の手から抜けられ、腕をがっしりと掴まれた。
「そうだ!! 俺が使い方を教えてやろう!」
「はぁっ!?」
男の子の方を見るが既に遅く、男の子が尋常じゃないほどの力強さで引っ張った。痛かったので仕方なく自分も走ってあげると男の子が「その気になってくれたか!」と言い始める。違う。痛いからこうしてるの。
走り続けていると、男の子がスピードを落とし始めた。もうすぐ男の子の道場か、はたまた稽古場かに着くのだろう。この男の子の師範は誰だろうか。もし居たら文句を言ってやる。
機嫌を悪そうに見ていると男の子がある屋敷の前で止まった。私も止まって屋敷を見上げる。奥行きが自分の家の何倍もあって察した。金持ちの坊っちゃんかと。
別に金持ちが嫌いな訳ではない。ただ金持ちの子息に何かやったとなると両親に迷惑がいくかもしれないのだ。だからこそ今すぐ逃げ出したくなった。
表札があったのでそれを見る。
そこには『煉獄』という文字が達筆に書かれていた。