竈門家のお姉ちゃん
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翌日、老人のところに稽古をしにきた。季節外れの不思議な桃の木を眺めているとが老人が「帰りに持ち帰ってもいいぞ」と言う。
老人に視線を向けると孫を見るような優しい目をしていた。血の繋がりもない老人にそんな目を向けられる日が来るとは。なんだか居たたまれなくなってくる。それを誤魔化すように大声で返事をしたのはきっとバレたことだろう。
貰った桃は両親にあげるつもりだ。炭治郎はまだ食べれないので見えないところで食べようと思う。
老人と言うとなんだか嫌な顔をされたので師範と呼ぶことにした。師範と呼んだときは心からの喜びが顔に出ていたのでそれほど嬉しかったのだろう。
今日は呼吸をより深く理解する。全集中の呼吸とやらを習ったが、師範はどうやら雷の呼吸とやらを私に覚えさせたいらしい。だからこそ全集中の呼吸だけでなく色んな呼吸を知ってほしいと言った。
全集中の呼吸のように、雷の呼吸は身体能力を上げるらしい。雷というだけあって速さが他の流派より段違いだそうだ。そんな雷の呼吸の原理は至って簡単だった。そう、原理は。
まず酸素を肺に取り込み、肺を動かすことによって血液の循環を早める。そして回された酸素たくさんの血液によって身体能力を大幅に上げるというもの。
その際に他人からは光が見えるそうな。うん。どういうことか全くもって分からない。「凄く簡単なことじゃ」という師範を今だけ恨んだ。
とりあえず今までに習った全集中の呼吸をやってみろと言われたので、師範の前に立って腹に力を込めた。
すぅ、と鼻から寒い空気をゆっくりと取り込んでいく。寒いせいで鼻穴の粘膜がジンジンと刺す痛みがきた。
そして喉元から肺へと入っていく感覚がすると再び腹に力を入れる。全身に巡っていくように意識した。師範の方を見ると満足そうな顔をしていたので私は大方出来ているのだろう。
聞けばプロはどんなときでも全集中の呼吸を行っているらしい。全集中の呼吸、『常中』というそうな。それを聞いた途端に私は顔を青ざめた。
こんなにも肺が寒さで張り裂けそうなのをずっとやっているなんて無理である。そんなことを思っているとは露知らず、師範は私の頭を撫でて温かい目で私を見た。
「大丈夫じゃ。まずは体を慣らしていけばいい」
それが出来たら師範はいらない。不満げに眉を寄せてると師範の説明は進んでいく。もはやこちらの顔すら見ていなかった。集中力の高い師範は刀を私の手に持たせた。ずしりと昨日知った重みが再び甦った。
「次はワシが貸した刀を持て。そう、そうじゃ」
刀という単語で一瞬動きが止まりそうになったが師範の言う通りにする。師範は自分が褒められたように喜ぶと今度は刀を持つ私の手に触れた。
「呼吸を歯の隙間から出すように、浅くはくんじゃ」
真剣な眼差しの師範に言われるがまま、よく分からないがやってみた。スー、と歯の隙間から空気を少しずつ漏らしていく。
ふと、頭の中で何も聞こえない水中に居るイメージが出てきた。それは師範の息さえも聞こえないからだろう。じりじりと利き脚を後ろに下げていく。
なんとなく、いま刀を抜くのだろうと直感した。鍔を指で弾くと師範を居ることさえ忘れて刀を抜いた。風を切った音がした。その際にバチンッと静電気が走って手が弾かれた。
「!?」
驚いて刀を離してしまう。刀は師範の足元へと飛んでいき、師範はぎょっとして飛び上がった。師範は軽々と着地するとすぐに不機嫌なシワを眉間につくった。
「危ないじゃろうが!!」
「すみません!」
慌てて謝ると頭の中はすぐにあの静電気のことで一杯になった。あれが雷の呼吸なのだろうかと考えていると、師範が近付いてきて再度私に刀を握らせた。師範の顔は自分でもよく分からないという妙な顔だった。
「あれは雷の呼吸ではない……」
「え"」
唐突なカミングアウトにまた刀を落としそうになった。どうやら雷の呼吸ではないらしい。雷の呼吸ならば閃光のごとく黄色い光が現れるそうな。
なのに私ときたら、まるで小さな静電気のような青くて淡い光だったという。それも物凄く一瞬の。師範には「案じろ。一瞬なのは雷の呼吸と同じじゃ」と言われた。ちっとも嬉しくない言葉である。
師範曰く、「呼吸とは心の強さも反映される」という。
心の強さと考えて真っ先に思い浮かんだのは炭治郎だった。何故ならば、炭治郎のあのふにゃふにゃの顔を見るだけで心が癒されるからだ。
次に思い浮かんだのは笑顔で元気をくれる両親。大好きな存在だから、護りたいと思える存在だから心の支えになっていた。
つまりはそういう訳で。私の頭には心の強さイコール大切な存在という方程式が出来上がっていた。炭治郎と両親が大好きなのだと改めて心で言う。
心がぽかぽかと温まると、それは全身の骨の髄まで染み渡るように広がっていった。足先や指先まで温かい。まるで想いが体を抱き締めてくれている感覚だ。
私はもう一度練習用の木の前に立った。刀に手を当てて呼吸をする。鼻から吸って喉を通り、肺へと。指先まで意識した。
刀を抜いた。
先程とは違って刀を抜くのが速くなる。一瞬だった。蒼い火花が激しく散って、綺麗な白い一線が刀を追いかけるように引かれる。すると目の前の桃の木がぶっ飛んでいった。
_____ん?
「ぶっ飛んでいった!?」
隣では師範が驚いた顔で腰を抜かしていた。私もびっくりして大声で叫ぶ。ついでに刀もくるくると回って飛んでいった。驚いてついつい刀を持つ手が緩んだからである。
刀が地面に勢いあまって刺さると師範はやっとこちらに目を向けた。まずい。刀を手放したことをまた怒られる……。だけど師範は私のことを抱き締めた。何が起こったか分からなかった。
「よくやった!燈火!! あれはお前さんの呼吸だ!!」
脇の下に手を入れられて、ふわっと足が地面から離れていく。そのままメリーゴーランドのように師範はぐるぐると周り始めた。気持ち悪くなって手で口許を押さえていると師範はゆっくりと止まって私を降ろす。その目は子供のように光輝いていた。
「呼吸の名前は何にしよう!! あれか! 燈火の呼吸か!!」
「それは嫌だ」
即答すると師範が酷く驚く。自分の名前を付けるだなんてどんなメンタル強者だと言いたい。師範はそのあともいくつか候補をあげたが私が全て却下した。ネーミングセンスが壊滅的な師範に任せるのは大変危険である。
却下されて落ち込んでいる師範を宥めているとき、私は妥協案として師範が最初に言った言葉を使うことにした。師範はしばらく考えて本当にそれでいいのかと聞いてくる。
もちろん師範よりはいいに決まっているのだ。これから変えるつもりもないし、思い付く予定もない。師範は頑固な私を見て失礼にも溜め息をついた。呆れたいのはネーミングセンスが乏しい師範だというのに。
「……ではその『想いの呼吸』の型を作っていくか」
仕方ないという感じに頭を掻いている師範に私は微笑む。やっぱり師範は優しい人だと思う。最初は雷の呼吸を教えると言ったのに小一時間で新しい呼吸に変わってしまった。そしてそれを咎めはしなかった。本当に優しい師範だ。私は上を向いて先生の顔を見る。
「はい、師範」
小さな体には師範は頼もしく見えた。