夢見の旅人
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『そうなの!? アトラちゃん、才能ありすぎ』
皇帝ソルとの出会いから、翌日。
ど偉い階級の方からアトラに「明日からあなた皇室付きに任命されたから。研修のために皇帝陛下の部屋近くに出勤してねよろしく」といった内容のことを聞かされ、なぜか皇帝陛下付きの使用人となった。そのことをディアナにリンクシェルで連絡する。
ディアナもアトラのサポートをするつもりでいたなか、アトラが早く結果を出したためにその成功を喜んだ。
「ありがとうございます。まだ陛下の前に出られる状態じゃないので、陛下と関わりを持つのは教育期間を終えたら、になりますが」
『もう関わりを持ってるも同然だよ。アトラちゃん。とはいえ、そんなふうに抜擢されるのも、あまりに急すぎるね』
「それなんですよねぇ」
目的に近付くのは嬉しいことだが、やたらと上手くいきすぎると、警戒もしてしまう。
アトラは、なにか、見定めをされるような、目に見えない危機が迫っているような気がしてくる。
『そっかそっか。大躍進だな〜』
「なんだかすみません。準備してもらっていたのに」
『いやいや! 謝んないで! むしろこっちはこっちで計画が早まって、ありがたいんだから。それはそれで、改めて計画を前倒しするだけだから』
「よろしくお願いします」
『こちらこそ、よろしくお願いします。急なのも気になるし、危ないことがあったらすぐに連絡ちょうだいね』
別れのあいさつをして、アトラは通信を切る。
「――本日から、皇室使用人です」
アトラは、備え付けの無骨な鏡の前で身なりを整える。タイをきゅっと締め、気合を入れた。リンクシェルは服の内側に留めた。
魔導城に出勤して、アトラは皇帝陛下直属の侍従が準備をする部屋を訪ねる。
誇りあるエリートたちの高い意識にアトラは圧倒される。
研修は、アトリの教育係であるプリシラ侍従長が務めることとなった。
「今は誰もが忙しいの。余裕なんてないわ。仕事は死ぬ気で覚えなさい」
アトラは城勤めにやっと慣れたと思えば、急な移動で侍従の花形皇室付きとなり、多忙を極めた。
皇帝ソルに仕えるといっても、新人が行うのはほとんどが雑用。かといって、いつ皇族に会うかもわからないので、どこに出しても恥ずかしくないよう教育された。
日本人生まれで一定の教養はあるものの、上流階級と関わりがなかったアトリはしごきにしごかれた。
「なぜ手が荒れてるの」
「え、水仕事をしたばかりなので……」
「ひどい手ね」
「……はい?」
「ちゃんと手入れしなさい。それだけの手当も出ているはずです」
プリシラ女史は、厳格な性格が現れる動きで次の仕事に取り掛かる。
アトラが慣れない仕事でもたもたしていれば、鋭い指摘に加えての鋭いお小言が飛んでくる。
仕事でいっぱいいっぱいになるなかでも、アトラは先輩たちの動きを見て勉強する。
そのなかでも、プリシラ女史の動きは簡単そうに見えるほど洗練された動きだった。特に、皇帝の服を整えるときは、ひときわ手入れをしているように見えた。
数日経って、アトラはなんとか追い出されないように仕事を徐々に覚えていった。
先輩方のしごきはまだまだ続いている。
プリシラ女史が、今度は皇帝の新しい衣装を手入れしていた。アトラはつい目で追った。
「気になる?」
「え?」
先輩使用人のひとりに声をかけられる。プリシラ女史を目で追っていたのを見られていたようだ。
「プリシラ様は皇帝陛下が即位したときからの方よ。陛下に服の手入れを褒めていただいてから、より丁寧に服の手入れをするようになったんですって。あなたも皇室付きになったからには、誇りを持って仕事をなさい」
ほら、わかったら手を動かす!
促されてアトラは返事をするが、先輩の姿はもうどこにもなかった。
アトラは、帝政に転換したばかりの皇帝ソルの影響をその身に感じた。
変わりたてというからには、共和国派なんてものや、元老院の反発もあるはず。
必然的に「権力に逆らえない者や給料の良さから務める者」も働いているのではないかと思っていた。
現状は、忠誠心を持つ者。誇りを持つ者たちの職場だった。
――忠誠心のある人たちだけを集めるのも簡単にできることではない。やり手過ぎる。
アトラは、皇帝ソルがこれほどの忠誠心を集め、危険分子を排除して厳格に管理する人物であることに内心驚いていた。対処の迅速さには無駄がなく、その背景には部下との強い信頼関係があることが見て取れる。
そうなれば、自分が呼ばれた理由も、なにかある。
アトラは職場の空気に影響され、誇りを持って働いた。
「ただいまー」
疲れ果て、アトラは家に帰ると荷物を置いて父親が使っていた我が家で一番立派なソファに座った。
母親のカミラは、大黒柱となったアトリに、いつもこのソファを開けてくれていた。
「つかれたあ」
「おかえり。夕飯できてるよ」
「え。ほんとだ、いい匂い」
農業をしなくなったカミラは、土地を農作業する近所の人に貸し出して、家の仕事をするようになっていた。
最近は忙しくなったアトラに代わって、家事をしたり食事を作るまでに回復していた。
「ねえ。ほんとに動いて大丈夫なの? むりしたらまた体悪くす……」
「はいはい。大丈夫です。早く食べて寝た寝た! 明日も早いんでしょ。早く座って」
無理していることを指摘されないためか、やかましく思ってなのか、カミラはアトラに食事を催促する。
「はぁい……」
アトラは鍋を温めようとするが、またカミラに座ってるよう言われ、大人しく食卓についた。
一度体を壊したなら、また壊さないかとひやひやするもの。しかし、カミラは体を壊した経験から、もう畑仕事を手放し、家事に専念すると割り切っていた。
娘にやっと気安くできるほど回復したので、余計な心配は無用とばかりにカミラは鍋を温めなおした。
「なんだか似てきたのかねえ」
「なにが?」
「心配ばっかりして、自分はくたくたなの、そっくりだよ」
アトラはさらに「なにが」と疑問を投げかけようとするが、カミラがよそいでくれたシチューを見て目を奪われた。
牛肉入りのビーフストロガノフ。属州となった国からの輸入品で、スパイスも潤沢。彩りが増した贅沢な食事。
アトラは目を輝かせた。
「うそでしょ。牛肉。牛肉だよ。お母さん」
「知ってます。私が入れたんだから」
そうは言いつつ、カミラも得意げな顔をして、アトラの前にパンを置いた。カミラも一緒に食べるために、自分の分のビーフストロガノフを持って席についた。
「これも陛下のおかげね」
安定したともいえる生活。親子は互いに、今夜は美しい世界だと思えた。
しかしアトラは、これが属州の犠牲によって味わえている……と思うと、複雑な気持ちになった。
皇帝ソルとの出会いから、翌日。
ど偉い階級の方からアトラに「明日からあなた皇室付きに任命されたから。研修のために皇帝陛下の部屋近くに出勤してねよろしく」といった内容のことを聞かされ、なぜか皇帝陛下付きの使用人となった。そのことをディアナにリンクシェルで連絡する。
ディアナもアトラのサポートをするつもりでいたなか、アトラが早く結果を出したためにその成功を喜んだ。
「ありがとうございます。まだ陛下の前に出られる状態じゃないので、陛下と関わりを持つのは教育期間を終えたら、になりますが」
『もう関わりを持ってるも同然だよ。アトラちゃん。とはいえ、そんなふうに抜擢されるのも、あまりに急すぎるね』
「それなんですよねぇ」
目的に近付くのは嬉しいことだが、やたらと上手くいきすぎると、警戒もしてしまう。
アトラは、なにか、見定めをされるような、目に見えない危機が迫っているような気がしてくる。
『そっかそっか。大躍進だな〜』
「なんだかすみません。準備してもらっていたのに」
『いやいや! 謝んないで! むしろこっちはこっちで計画が早まって、ありがたいんだから。それはそれで、改めて計画を前倒しするだけだから』
「よろしくお願いします」
『こちらこそ、よろしくお願いします。急なのも気になるし、危ないことがあったらすぐに連絡ちょうだいね』
別れのあいさつをして、アトラは通信を切る。
「――本日から、皇室使用人です」
アトラは、備え付けの無骨な鏡の前で身なりを整える。タイをきゅっと締め、気合を入れた。リンクシェルは服の内側に留めた。
魔導城に出勤して、アトラは皇帝陛下直属の侍従が準備をする部屋を訪ねる。
誇りあるエリートたちの高い意識にアトラは圧倒される。
研修は、アトリの教育係であるプリシラ侍従長が務めることとなった。
「今は誰もが忙しいの。余裕なんてないわ。仕事は死ぬ気で覚えなさい」
アトラは城勤めにやっと慣れたと思えば、急な移動で侍従の花形皇室付きとなり、多忙を極めた。
皇帝ソルに仕えるといっても、新人が行うのはほとんどが雑用。かといって、いつ皇族に会うかもわからないので、どこに出しても恥ずかしくないよう教育された。
日本人生まれで一定の教養はあるものの、上流階級と関わりがなかったアトリはしごきにしごかれた。
「なぜ手が荒れてるの」
「え、水仕事をしたばかりなので……」
「ひどい手ね」
「……はい?」
「ちゃんと手入れしなさい。それだけの手当も出ているはずです」
プリシラ女史は、厳格な性格が現れる動きで次の仕事に取り掛かる。
アトラが慣れない仕事でもたもたしていれば、鋭い指摘に加えての鋭いお小言が飛んでくる。
仕事でいっぱいいっぱいになるなかでも、アトラは先輩たちの動きを見て勉強する。
そのなかでも、プリシラ女史の動きは簡単そうに見えるほど洗練された動きだった。特に、皇帝の服を整えるときは、ひときわ手入れをしているように見えた。
数日経って、アトラはなんとか追い出されないように仕事を徐々に覚えていった。
先輩方のしごきはまだまだ続いている。
プリシラ女史が、今度は皇帝の新しい衣装を手入れしていた。アトラはつい目で追った。
「気になる?」
「え?」
先輩使用人のひとりに声をかけられる。プリシラ女史を目で追っていたのを見られていたようだ。
「プリシラ様は皇帝陛下が即位したときからの方よ。陛下に服の手入れを褒めていただいてから、より丁寧に服の手入れをするようになったんですって。あなたも皇室付きになったからには、誇りを持って仕事をなさい」
ほら、わかったら手を動かす!
促されてアトラは返事をするが、先輩の姿はもうどこにもなかった。
アトラは、帝政に転換したばかりの皇帝ソルの影響をその身に感じた。
変わりたてというからには、共和国派なんてものや、元老院の反発もあるはず。
必然的に「権力に逆らえない者や給料の良さから務める者」も働いているのではないかと思っていた。
現状は、忠誠心を持つ者。誇りを持つ者たちの職場だった。
――忠誠心のある人たちだけを集めるのも簡単にできることではない。やり手過ぎる。
アトラは、皇帝ソルがこれほどの忠誠心を集め、危険分子を排除して厳格に管理する人物であることに内心驚いていた。対処の迅速さには無駄がなく、その背景には部下との強い信頼関係があることが見て取れる。
そうなれば、自分が呼ばれた理由も、なにかある。
アトラは職場の空気に影響され、誇りを持って働いた。
「ただいまー」
疲れ果て、アトラは家に帰ると荷物を置いて父親が使っていた我が家で一番立派なソファに座った。
母親のカミラは、大黒柱となったアトリに、いつもこのソファを開けてくれていた。
「つかれたあ」
「おかえり。夕飯できてるよ」
「え。ほんとだ、いい匂い」
農業をしなくなったカミラは、土地を農作業する近所の人に貸し出して、家の仕事をするようになっていた。
最近は忙しくなったアトラに代わって、家事をしたり食事を作るまでに回復していた。
「ねえ。ほんとに動いて大丈夫なの? むりしたらまた体悪くす……」
「はいはい。大丈夫です。早く食べて寝た寝た! 明日も早いんでしょ。早く座って」
無理していることを指摘されないためか、やかましく思ってなのか、カミラはアトラに食事を催促する。
「はぁい……」
アトラは鍋を温めようとするが、またカミラに座ってるよう言われ、大人しく食卓についた。
一度体を壊したなら、また壊さないかとひやひやするもの。しかし、カミラは体を壊した経験から、もう畑仕事を手放し、家事に専念すると割り切っていた。
娘にやっと気安くできるほど回復したので、余計な心配は無用とばかりにカミラは鍋を温めなおした。
「なんだか似てきたのかねえ」
「なにが?」
「心配ばっかりして、自分はくたくたなの、そっくりだよ」
アトラはさらに「なにが」と疑問を投げかけようとするが、カミラがよそいでくれたシチューを見て目を奪われた。
牛肉入りのビーフストロガノフ。属州となった国からの輸入品で、スパイスも潤沢。彩りが増した贅沢な食事。
アトラは目を輝かせた。
「うそでしょ。牛肉。牛肉だよ。お母さん」
「知ってます。私が入れたんだから」
そうは言いつつ、カミラも得意げな顔をして、アトラの前にパンを置いた。カミラも一緒に食べるために、自分の分のビーフストロガノフを持って席についた。
「これも陛下のおかげね」
安定したともいえる生活。親子は互いに、今夜は美しい世界だと思えた。
しかしアトラは、これが属州の犠牲によって味わえている……と思うと、複雑な気持ちになった。