メイドさんの夢旅行

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皇帝陛下は偉大なり
 ディアナの提案から、数日後。

 一体、皇帝陛下にどう話しかけたものかと、アトラは考えていた。これといったキッカケも、これから先の計画も特に練っていない。

 アトラは人気のない廊下の床掃除をしていた。
 暖房設備が青燐水のおかげで発達したとはいえ、要所以外は設備がない。
 雪国は湿気がなく、ほとんどがホウキやハタキなどの乾いた道具で掃除をする。
 どこもかしこも冷気対策と皇室の威厳のために、分厚いカーペットが敷かれている。
 アトラはゴム製のブラシのようなもので、カーペットのホコリを巻き取る。
 
 廊下のT字路に差し掛かる。
 フラワースタンドの上に花瓶が置かれており、温室で育てられた贅沢の象徴である花が飾られていた。
 その上には、威光を感じるほどのおおきな国旗が垂れ下がっている。

 血のつながりを表す鎖のシンボル。

 アトラは、その国旗を前にしたことにより、ここがファイナルファンタジーXIVの世界で、この身に起きている現実なのだと改めて実感した。

 ひざを折り、身を屈めた。

「皇帝陛下のご英断とご尽力により、この国が支えられておりますこと、深く尊敬いたします」
 
 練習も兼ねて、国旗によって敬服した気持ちを国旗を通して皇帝陛下に申し上げる。
 皇族の方々に会うこともあるだろうと、裏方の仕事をする傍ら、先輩方に城の最低限のマナーを教えてもらうことがある。
 アトラは、前世の絵理沙としての記憶も助けとなり、新社会人として立ち回れるくらいのマナーは身に付いたように感じていた。

 実際には、あこがれていたファイナルファンタジーの世界に入れただけでなく、なんとか無事に生きている今日を、この世界に自身を連れてきた存在に祈ったとも言える。
 誰が連れてきたのかは、わかりもしない事であった。

「君のような若者がめずらしい」

 重たく威厳を感じる声がして、アトラは周囲を確認する。
 そこには、魔導城で過ごす格好をした、見覚えのある人が立っていた。
 アトラは静寂そのものの空間で、まさかの人物に息を忘れた。

「君の挨拶がどれほど本心からのものか、興味深いものだな」

 星のように煌めく金色の瞳が、こちらを試すように流し目を送る。
 彼はゆっくりと、取るに足らない小物を、追い詰めるつもりもなく、弄ぶように歩を進めてくる。

 戦慄と、確かな尊敬。
 アトラの胸に、それらは渦巻いた。

「皇帝陛下、お、お目にかかれてこう、えいです……」

 とっさに礼をするものの、初めての皇族……しかもその頂点である皇帝ソル・ゾス・ガルヴァスを前にアトラは緊張してまう。自分でもわかるほどぎこちない挨拶になった。

 ――こんなとこでもハードモードかよ!

 アトラは転生したての境遇を、彷彿とさせるできごとだと感じた。心の準備もないうちに、現実から襲ってくる。

「それで? なぜ国旗に対して挨拶していたんだ。皇帝陛下ならこちらにいるが」

 アトラは血の気が引くやら、興奮するやらで胸中忙しかった。

 先ほどの挨拶を皇帝陛下に改めてするか。それはそれで不敬になるだろうか。
 と考えるが、そもそもアトラは混乱して、先の挨拶の言葉をさっぱり忘れてしまっていた。

 アトラが口をぱくぱくさせていると、皇帝は興味をなくしたようにアトラから視線を外す。

 「冗談だ」

 それこそ冗談じゃない。
 アトラは吹き出た汗をこっそりと拭った。

 護衛や部下も連れずに、なぜ皇帝陛下ともあろう人がひとりで歩いているのだろうか。
 アトラはそう思ったものの、「ああ、彼の城だから問題ないのか」とひとり納得した。

「名は何という?」
「はい。アトラと申します。陛下」

 ふむ。思案するような目で皇帝ソルはアトラを見る。一瞬、なにかが揺らぎ、皇帝ソルの視点が遠くを見つめるようなものになる。

「……うん? これは……」

 驚きの声が皇帝の口から漏れ出た。その声色は、威厳を示す皇帝としてのものとは離れた、個人的な驚きだった。皇帝の視線が一瞬だけアトラの目に鋭く向けられたが、まばたきをすればその鋭さはない視線に戻っていた。
 アトラはその鋭さに、怖いものは感じなかった。いったいなんだったのか、思わず聞いた。

「……なにか、ありましたでしょうか。陛下。」

 皇帝ソルは、ハッとしてアトラを改めて見た。

「……いや。そうだな……そのうち、お前を呼ぶことになるかもしれん。今日は失礼しよう」

 初対面の時とも、先程の驚きとも違う態度で、皇帝ソルはなにやら急いで去っていった。

「いったい、なんだったの……というか、呼ぶって、なにかしちゃった?」

 アトリはまたもや命の危機を感じることとなった。転生チート主人公が言いそうなセリフを言ったところで、欲しいパワフルなチートは手に入らなかった。
 アトラはしばらく力が抜けて、動けそうになかった。



 アトラの元を去ったあと、皇帝ソルは自室に戻り、側近を呼びつける。
 いわく。

「愛国心が強く、皇族のそばで働くのにふさわしい使用人を見つけた。名はアトラという。彼女の出自を調査し、必要な教育を施し、皇室の使用人として働けるようにしてやってくれ」

 と言い渡した。

 側近はすぐ業務に取り掛かり、部屋を後にする。
 皇帝ソルは、窓の外で降り続ける雪を見てつぶやく。

「あんな魂の色も、混ざりも見たことがない。あれはいったい何なんだ。知っているはずなのに、思い出せない……何なんだ、この感覚は」

 その顔には、警戒の色が濃く現れていた。
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