夢見の旅人
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「お、元気にやってるみたいだね」
アトラが洗濯物を干して、カラの洗濯かごを抱えて廊下を移動していると、見覚えのある女性に声をかけられる。
黒髪のポニーテイルに、今日はしっかりとした役職を感じさせる服装をしていた。
「あ……あのときの! とってもお世話になりました。私、アトラといいます。よろしくお願いします」
「うんうん。よかった。」
女性はニカッと笑う。雪に囲まれた国で、珍しく快活な性格をしている。
魔導城への召喚状を譲ってくれた時と同じように快活で、カラカラと笑った。
「私はディアナ。私も城勤めなんだ。よろしくね」
「はい」
ディアナはひらめいたように眉を上げる。
「アトラちゃん。お仕事はどお?」
「覚えることも多くて大変ですけど、なんとかやってます」
「そお」
「はい。あの、ディアナさんは……」
どこにお勤めの方ですか。
アトラがそう尋ねようとすると、ディアナは言葉をかぶせた。
「ところでさ」
「は、はい」
「お願いがあるんだ」
「えっ。なんでしょうか。ぜひ、力になります」
ほかでもない、アトラにとっては好条件の仕事を紹介してくれた恩人である。
アトラは二つ返事で内容も聞かずに請け負った。
「んふ。頼もしーい」
ディアナは不敵に笑った。
アトラは急に悪寒をおぼえる。
「陛下を、籠絡してくれない?」
「……はい?」
籠絡。自分の思いどおりに操ること。
元の世界――絵理沙の記憶では、妲己。玉藻前。など。
つまりは悪女である。
「混乱を呼ぶ国父。どうしてそこまでカオスを起こすのか。まあそこはいいんだよ。そんなことより、この勢いを緩めてほしいんだよね」
「ど、どうしてですか?」
「うん。兵器をグレードアップさせすぎるとさ、土地ごと破壊されるかもしれないじゃない? たとえば、蒸発するとか。帝国の兵器なら、可能かもしれないでしょ」
アトラはぞっとした。シタデル・ボズヤ蒸発事件。
遠い未来の話だが、史実通りに行けば、それは現実になることをアトラは知っている。
ディアナの話を黙って聞いた。
「だから、やりすぎないように陛下には国を治めて欲しいんだけど……ちょっと手立てがないのよね。それでね、アトラちゃん」
「はいっ」
「籠絡ってのは言い過ぎたかもしれないけど、目的は変わらない。プロにお願いしたけど、もう何人もリタイアしちゃって。無理を通すと命も危ないから、リタイアするほかないんだ。プロでダメだった。だからアトラちゃん。よかったらお願い!」
ディアナはアトラの片手をとって、懇願する。
「かわいい、いたいけな女の子なら陛下の行き過ぎた行動を止められるかもしれない」
「は、はあ」
なんとも気の抜ける提案であったが、ディアナの顔は真剣そのものだった。
ぐっと力の入ったディアナの眉間。アトラは、頭をなんとか回転させながら思った。
ふつうなら、平和な人生を望むならこの依頼を受けないほうがいいことは明白だ。
だが。
――この世界の知識があって、この世界に来た。それがなぜなのかを確かめたい。エメトセルクがきっかけで、何かわかるかもしれない。
ただ平和に生きていければいいと思っていた。
しかしいまは仕事にも慣れて、少しだけ余裕も出てきている。
母の病は少しずつ回復している。
アトラは、自分がここにいる理由を少しでも知りたくなった。
少しの助力なら、可能かもしれない。
「――大した期待は、しないでくださいね」
情けなく思うが、アトラは保険をかけた。ディアナは喜びで顔が緩む。
「そこはそれ。なにもあなたひとりに負荷をかけるなんてことしないから。なにかあっても、他の作戦がある。危険を感じたら、そのための連絡手段も渡しておく」
ディアナはバッチ状にしたリンクパールを、アトラに手渡す。
バッチはアトラの手の中で、きらりと小さく光った。
「これは私の信念。すべては帝国のためにと思ってるの。これからよろしくね。」
くれぐれもみんなには内緒でね。とディアナは付け加えた。
「はい。よろしくお願いします」
アトラは洗濯かごの取っ手を握りしめた。