夢見の旅人
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――目が覚めたら、異世界でした。
寒いベッドの上。鉄の頑丈な家。外はいつまでも降り続き積もる、雪。
稀に晴れることがあれば、星空にはふたつの月。
15歳の幼さが残る体。名前は「アトラ・アティウス」。額には第三の眼。ゲームで見た、ガレアン族の特徴。
その土地の名は、ガレマール共和国。
更にその国の、キャンプ・ブロークングラスと名を改められたラテルム村のような、小さな村だった。
――いったいどうして。
絵理沙はパニックになったものの、叫べもしなかった。
寒い中無駄なエネルギーを使うのは、死を意味する。
体はよく、それをわかっている感覚がした。
華やかな異世界転生物も真っ青の、ハードモード。
母娘。父親は行方不明。帝都のはずれ住まいながら、代々農家の家。
だというのに、働き手はいない。
八方塞がりの環境に、絵理沙――アトラは、どれだけひどい環境なのかを理解していた。
追い打ちをかけるように、母は病にかかった。
働きすぎた疲労。栄養失調。過酷な雪国で、子を抱えた母に残された道は少ない。
その少ない道をとれば、末路はわかっている。
わかっているのに、アトラの母は働いた。愚直と言えるほどに。
満足に食べられなくても。満足に寝られなくても。
子に必要な食料を、分け与える母だった。
「本当に、ごめんなさい。親戚もみんな、どこも厳しいみたいで……」
アトラの母はせき込んで、自分の両手を見た。ちいさくため息をつく。
農作業で荒れた手。しかし、爪は厚く頑丈。しわは土の色になり、骨も間接も頑丈な、仕事をしてきた人の美しい手だと、アトラは思った。
アトラの祖母の手に似ている、とも。
「この手はお母さんが頑張ってきた証拠だよ」
「――うん。ありがとう、アトラ」
他人とは言え、肉体からすれば親である彼女を、絵理沙は放っておけなかった。
絵理沙は、アトラとして決意した。
――この人を支える。
アトラは、家業を早々に捨てた。農家を続けた母の名誉のために生きるなら農家を続けるべきだが、12の娘になにができるだろうか。
体を売れるほど愛想もなければ体も足りない。なにより、母には秘密にする必要があり、隠していても高確率で感付かれるだろう。
病の母の心労を増やすわけにもいかず、できることは少ない。
「叔父さんに少しだけ助けてもらったから、これで食べ物を買ってきてくれる?」
「うん。わかった。待っててね」
母を支えると思ったものの、これといった案もない。
厚着をしてアトラは外出する。市場に行って、母に食べさせるものを買わなくてはいけない。
「ねえ、そこの子」
アトラは、女性に呼び止められた。
女性は180ほどの長身で、黒髪のポニーテイル。勝気な笑顔。
服装は黒いコート一枚で、下に着こんでいる様子はない。薄着であることがわかる。
アトラはこの異様さを、違和感があったものの気付かなかった。
今まで、日本人として生きていたからだろう。
アトラは素直に返事をした。
「なんでしょう」
「ちょっと頼みたいことがあってさ」
女性はひらりと封筒を取り出す。
蝋の封に、皇族のしるし。魔導城からの召喚状だった。
「これ、受け取ってくんない?」
「これ、何ですか?」
「来てくれるはずだった子が来られなくなったんだよねえ。どお? 魔導城の使用人に就職できるチケットさ」
魔導城の使用人。
最近、ガレマール城から、改名された城の名前。
つまりは王城。
階級こそ下級だが、名を変えられる。農家から下級役人に。
仕事のない少女には、まさしく天からの助け。
と同時に、アトラは警戒もした。
年端もいかぬ少女を、騙そうとする大人ではないかと。
「改めさせてください」
うなずいて女性は手紙を渡してくれる。
アトラは手紙を受け取り、細かい文字を読み上げる。
「いいねえ。文字、読めるんだ」
アトラはハッとした。
通う学校は上層部――つまりは貴族か、民間人でも特待生のみ。
部族が集まった共和国の環境で、農家が通える学校はない。
しかしアトラは、字が読めた。
「か、書くのはできません。」
――やったことがないだけで。
くしゃ。と力が入って、アトラは手紙を強く握っていた。
いったい、なぜ読めるのだろう。
「じゅうぶんでしょ。むしろその方が雇う側からすると手間が省ける」
この話に、乗らないというほど余裕があるわけでもない。
「――行かせてください。使用人になります」
こうしてアトラは、あっさり城の使用人として勤めることになった。
ほどなくして、ガレマール共和国は、『ガレマール帝国』となった。
寒いベッドの上。鉄の頑丈な家。外はいつまでも降り続き積もる、雪。
稀に晴れることがあれば、星空にはふたつの月。
15歳の幼さが残る体。名前は「アトラ・アティウス」。額には第三の眼。ゲームで見た、ガレアン族の特徴。
その土地の名は、ガレマール共和国。
更にその国の、キャンプ・ブロークングラスと名を改められたラテルム村のような、小さな村だった。
――いったいどうして。
絵理沙はパニックになったものの、叫べもしなかった。
寒い中無駄なエネルギーを使うのは、死を意味する。
体はよく、それをわかっている感覚がした。
華やかな異世界転生物も真っ青の、ハードモード。
母娘。父親は行方不明。帝都のはずれ住まいながら、代々農家の家。
だというのに、働き手はいない。
八方塞がりの環境に、絵理沙――アトラは、どれだけひどい環境なのかを理解していた。
追い打ちをかけるように、母は病にかかった。
働きすぎた疲労。栄養失調。過酷な雪国で、子を抱えた母に残された道は少ない。
その少ない道をとれば、末路はわかっている。
わかっているのに、アトラの母は働いた。愚直と言えるほどに。
満足に食べられなくても。満足に寝られなくても。
子に必要な食料を、分け与える母だった。
「本当に、ごめんなさい。親戚もみんな、どこも厳しいみたいで……」
アトラの母はせき込んで、自分の両手を見た。ちいさくため息をつく。
農作業で荒れた手。しかし、爪は厚く頑丈。しわは土の色になり、骨も間接も頑丈な、仕事をしてきた人の美しい手だと、アトラは思った。
アトラの祖母の手に似ている、とも。
「この手はお母さんが頑張ってきた証拠だよ」
「――うん。ありがとう、アトラ」
他人とは言え、肉体からすれば親である彼女を、絵理沙は放っておけなかった。
絵理沙は、アトラとして決意した。
――この人を支える。
アトラは、家業を早々に捨てた。農家を続けた母の名誉のために生きるなら農家を続けるべきだが、12の娘になにができるだろうか。
体を売れるほど愛想もなければ体も足りない。なにより、母には秘密にする必要があり、隠していても高確率で感付かれるだろう。
病の母の心労を増やすわけにもいかず、できることは少ない。
「叔父さんに少しだけ助けてもらったから、これで食べ物を買ってきてくれる?」
「うん。わかった。待っててね」
母を支えると思ったものの、これといった案もない。
厚着をしてアトラは外出する。市場に行って、母に食べさせるものを買わなくてはいけない。
「ねえ、そこの子」
アトラは、女性に呼び止められた。
女性は180ほどの長身で、黒髪のポニーテイル。勝気な笑顔。
服装は黒いコート一枚で、下に着こんでいる様子はない。薄着であることがわかる。
アトラはこの異様さを、違和感があったものの気付かなかった。
今まで、日本人として生きていたからだろう。
アトラは素直に返事をした。
「なんでしょう」
「ちょっと頼みたいことがあってさ」
女性はひらりと封筒を取り出す。
蝋の封に、皇族のしるし。魔導城からの召喚状だった。
「これ、受け取ってくんない?」
「これ、何ですか?」
「来てくれるはずだった子が来られなくなったんだよねえ。どお? 魔導城の使用人に就職できるチケットさ」
魔導城の使用人。
最近、ガレマール城から、改名された城の名前。
つまりは王城。
階級こそ下級だが、名を変えられる。農家から下級役人に。
仕事のない少女には、まさしく天からの助け。
と同時に、アトラは警戒もした。
年端もいかぬ少女を、騙そうとする大人ではないかと。
「改めさせてください」
うなずいて女性は手紙を渡してくれる。
アトラは手紙を受け取り、細かい文字を読み上げる。
「いいねえ。文字、読めるんだ」
アトラはハッとした。
通う学校は上層部――つまりは貴族か、民間人でも特待生のみ。
部族が集まった共和国の環境で、農家が通える学校はない。
しかしアトラは、字が読めた。
「か、書くのはできません。」
――やったことがないだけで。
くしゃ。と力が入って、アトラは手紙を強く握っていた。
いったい、なぜ読めるのだろう。
「じゅうぶんでしょ。むしろその方が雇う側からすると手間が省ける」
この話に、乗らないというほど余裕があるわけでもない。
「――行かせてください。使用人になります」
こうしてアトラは、あっさり城の使用人として勤めることになった。
ほどなくして、ガレマール共和国は、『ガレマール帝国』となった。