メイドさんの夢旅行

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この小説の夢小説設定
こちらのFF14用。デフォルトは絵理沙です。

 アトラは牢屋で、まだ寝てはいなかった。鼻水を袖で拭き取りながら、体を丸め寒さに耐えていた。
 胸元に隠したリンクパールに手を伸ばす。
 耳に近づけてみるものの、砂嵐のような音がするだけだった。

「無理か……」

 危ないときに使ってね。
 そう言われていたのに、使う隙もなかった。
 こちらを絶望に追いやったわりには、リンクパールや首飾りはそのままだ。
 
 そもそもここは帝国の牢屋なのだろうか。看守もいなければ、ほかの牢屋に人がいるような気配はない。

 眠れば死ぬかもしれないという不安、自分の不甲斐なさと牢屋入りという仕打ちに対する怒り。
 アトラは眠れそうになかった。が、自分にはそういった才能があるらしいと気付く。

 次の瞬間には、影の案内人が自分の目の前に現れていたからだ。

「うかつだったね」

 夢の中。現実の自分とリンクしているのか冷たい風が吹き込んでくる。
 現実の自分は、凍えていないだろうか。
 今は言ってほしくない言葉を、ピンポイントに差してくる影。アトラはしばらく黙って、つぶやく。

「……考えられなかった」

 自分に非がある。まじめで警戒心が強い相手に、馬鹿正直に返事したから。

「うん? でもそういう人が放っておけない人じゃん」
「へ?」
「あなたに首飾りをくれた人だよ」

 アトラはそっと首元に手を当てる。魔力が感じられるとかは全くないけれど、特別なものであることは感じる。

「うーん……」

 アゼムのように、諦めずになにかを続けるということだろうか。脱出とも違う。

「夢見の力でなんでもできるっていうのに、どうしたのさ」

 影の案内人がふらふらと歩きながら言った。周囲は不思議な風景が広がり、現実ではありえない色合いの空と、浮かぶ無数の島々が見える。アトラは立ったまま、その異様な風景を眺める。

「彼に対して、そんな卑怯なことしていいのかな」
「ぶは」

 影の案内人は吹き出す。

「彼は、あなたを警戒しているからとはいえ、殺そうともしてるんだよ」

 アトラはぎゅっと体を固くした。

「そうだよ、このままじゃ……」

 あせってもなにも解決しないことは、それなりにわかっている。けれど、いったいどうしたら……。
 アトラがすがるように影の案内人を見ると、真っ黒な体だというのに、サングラスをかけていた。明るいアロハシャツと浮き輪まで装着している。

「えっ? アロハ……えっ?」
「考えても無駄な時は、バカンスしかないでしょ。せっかくどこでもいけるようになったんだし」
「八方塞がりな状況で、バカンス?」
「どうせ死ぬなら思い切り楽しむほかないでしょ」

 あまりにも刹那的だが、一理ある言葉だと思ったアトラは、体の力が抜けていくのがわかった。
 力んでも仕方ない。
 正直、ディアナさんに夢見の力で会いに行き、夢見の説明をしてそのあと牢屋から出してもらえるように言うべきなのか、エメトセルクにまた会いに行って解決策を教えてもらうよう尽力すればいいのか、何から手をつけたらいいのかわからなくなっていた。
 それなら、心に整理をつけるために、いっそゆっくりできるところに行ってしまおう。
 たとえ死を先延ばしにしているのだとしても、バカンスでもして存分に悩んで答えを出してから戻ればいい。
 というか……古代の世界でも食べて寝て生きていたのだから、いっそ戻らないままでもいいかもしれない。
 うん、その答えを出すためにやはりバカンス。

 影の提案のおかげで力が抜けて、むしろあらぬ方向へ行ってしまったかもしれないが、アトラは意を決して影の案内人の提案に乗ることにした。

「バカンス、しよう! 正直逃げたいのは山々だったし!」
「おお、意外と思い切りが早いな」

 影の案内人は若干引きつつ、アトラの手を引っ張った。

「ちゃんとおすすめの場所があるから。こっちこっち」

 薄暗い夢は、少しずつ光が強まり、アトラは手を引かれるまま、目を細めた。




 カモメの鳴き声が響く。
 極彩色の鳥が飛び、緑が日光を反射する。
 エメラルドの海が風と太陽に遊んでキラキラと光る。

 アトラは気がつけば、まぶしい日差しを浴びて浜辺に立っていた。
 思わず腕をかざして、目元に陰をつくる。

「まぶしっ……」

 見渡すと、坂の上に続く道が見えたので、アトラはその道を上っていく。白い砂浜から続く細い道は、南国特有の鮮やかな植物に囲まれていた。

「ガレマルドで見ることはない植物ばかりだ」
 
 雪国仕様の服はすぐに熱がこもり、アトラは腕をまくりながら歩く。
 南国で定番の尖った葉の植物が風に揺れている。ヤシの木や大きな花が咲き誇るこの場所は、アトラにとって全く見慣れない風景だった。彼女はまだ、ここが夢なのか現実なのか頭では認識できていなかった。肉体は暑く感じていたが、ガレマール地下牢で冷えた体にはちょうどよかった。

 坂を上りきると、視界が開け、風通しの良い竹や木材を使った茅葺きの屋根が特徴の壁がない開放的な建物が現れた。
 開けた広場は、海風が肌を優しく包み、波の音が耳に心地よく響く。

 「ここは……どこなんだろう」
 
 アトラは立ち止まり、目の前の景色に見入った。青い空、輝く海、豊かな緑。すべてが新鮮で、どこか幻想的なこの場所に、アトラはしばらく立ち尽くした。
 
 アトラが呆然としていると、広場ではちょこまかと、小人たちが何人か歩き回って働いている様子が見えた。
 そのなかで南国の服装に身を包む青年が建物から出てきて、アトラに気付く。

 青年は親しげに近づき、アトラに話しかける。

「いいえ、その……国から逃亡してリゾートを探していたら、ここにたどり着きまして……」

 てっきりリゾート地なのだと思って聞いてみたら、ここは開拓中の無人島であるとのことだった。

 ……開拓。無人島。

 アトラはまさかと思い小人をよく見れば、彼らは精巧に作られた機械で、魔法人形であることがわかった。

 アトラは、アーテリスを救った英雄の開拓島にたどり着いてしまっていた。
 アトラは驚きと興奮が入り混じった表情で、その光景を見つめた。ここは英雄の島、伝説の地であることがわかり、アトラの心は高鳴った。
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