メイドさんの夢旅行

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この小説の夢小説設定
こちらのFF14用。デフォルトは絵理沙です。

 せっかく大きくなったのだからと、カロンは使われていない空き部屋をアトラに手配してくれた。
 アトラは恐縮したが、カロンはいつもの調子で「いいのいいの!」と言って聞かなかった。
 
 広さがあるとかではなかったが、静かで落ち着いた雰囲気のある部屋だった。
 前の住民が残した本など、ほこりをかぶっていたので掃除をする。
 通りがかりの住民に、魔法は使わないの? と聞かれるが、エーテルの薄さは分かりやすいらしく、これならしょうがないかとたまに手伝ってくれたりなど、アトラはたくさんの人に助けられた。
 
 大きさがこの世界の標準になっても、助けてもらって生きていくのには変わりないのだと、アトラは改めて思った。わがままかもしれないが、いっそヒカセンのようなパワーが欲しい。
 調理師でめちゃくちゃおいしいご飯を作ったり、レベルカンストで無双したり……それでも、ゲーム内で結局、たくさんの人に助けてもらったな。アトラはいつのまにか、思考がふりだしに戻っていることに気が付いて、無心で掃除をする。
 
 これから考えることはたくさんある。まさかのギルが現代と共通とはいえ、ちゃんとしっかり稼いで、家賃払わないと。
 あれこれと忙しいアトラだったが、その眼は充実した気持ちで輝いていた。

 アーモロートで生活した、数日後の晩。アトラは眠って、夢を見る。
 お決まりの影が、アトラに手を振った。

「やあ」
「でたな、案内人」
「やっと序章終了ってところだね」
「序章終了?」
「まだまだお話はこれからってこと。大きな自分になってハッピーエンド。ってわけじゃない。ハートの女王という名のピンチから逃げられたんだから、次は鏡の国? 潜り込んだあなたは、いったい誰の駒なんだろうね?」

 体の大きさが変わったことと、アリスの物語をかけているつもりだろうか。
 影の案内人は、くるくると回って、的を得ない言葉を繰り返す。

「あなたいったい誰? 駒だというなら、その駒の所有者は誰?」
「まあまあ。私もこの力が何から与えられたものなのか知らないんだって。私の正体は、いずれ知ることになるよ。それより言っておくことがあるんだ」
「またなに?」
「今度はお仕事に励んでよ。なんでも、皇帝の勢いを落とすとか?」
「何でも知ってるんだね。私を絵理沙と呼んだり、誰にも教えていないことを知っていたり」

 アトラは問い詰めるように尋ねた。
 相手は意にも介さない。
 
「そこにヒントはあるものさ。それじゃあね」
「そこは教えてくれないんかい」

 影の案内人は姿が霞の中に溶けていくように消えた。
 アトラは呆れながらも、一人残された夢の中で立ち尽くした。



 

 アトラは目が覚める。先輩使用人がアトラを起こす声だ。

 「交代の時間よ」
 
 アトラは、長い長い旅をしていたのに、まるで疲労を感じなかった。目が覚めたら、自分がもともといた時間に戻っていた。
 見覚えのある仮眠室。知っている先輩の顔。アトラの世界。

 ――やっぱり、いままでのはただの長い長い、夢だったのかな。
 
 あまりに不思議な感覚で、アトラはぼーっとした。

「しっかりしてよ。新人だからってたるんでるわよ」
「あ、はい。すみません」

 アトラは急いでベッドから飛び起きて支度を始める。
 首できらりとなにか光ったが、今は確認している暇はない。
 
「あ、そうだ」
「?」
「陛下、まだ眠っていらっしゃらないわ。それだけ。いってらっしゃい」
「はい。了解しました。おやすみなさい」
 
 先輩はアトラと交代で仮眠室に残る。
 支度ができたアトラは皇帝の隣の部屋で待機する。
 起きているとのことだったので、むやみに入室しないように、水入れなどの準備だけしておく。
 冷えて凍ってしまう日もあるので、水差しはヨーロッパよろしく陶器やガラスではなく、鉄製保温ポットだ。
 いつでも温かい水が飲める優れもの。ガレマール帝国の各店舗でお買い求めください。

 リン。

 使用人を呼ぶ鈴が鳴ったので、アトラは準備したポットを持って入室する。

 広くて、赤、黒、白を基調とした部屋。
 足音静かに入室すると、皇帝はこちらを見ることはなく、窓辺のへりに膝を立て、頬杖をついて座っていた。
 寒いはずであるだろうに、窓は全開で、着ているのは普通の寝巻。決して防寒できるとは言えない。平然としている皇帝に対して、アトラは寒さで身が震えた。

 寒さについて伺おうとも思ったが、寝所において勝手に口を利くことは、よほど勝手がわかっている使用人か、親しい間柄のみにしか許されていない。プライベートを尊重する意味もある。
 アトラは粛々と、皇帝の部屋に置いてあったポットと、持ってきた温かいポットを交換する。
 寝所は手を付けられておらず、綺麗にするべきところは見当たらないが、一応チェックしていく。
 アトラは一通り終えた後、「ほかにご用命がなければ、下がらせていただきます」とお辞儀する。
 
 顔を上げると、ぱちりと皇帝と目が合った。

「――それ、まだ持っていたのか」

 アトラは何のことかと目を瞬かせた。
 皇帝の視線は首元にあることから、首元を触ると、凹凸がある。
 それでアトラは、使用人服の下に例の首飾りがあることを思い出した。着替えたときの、先ほどの光。思わず「ああ!」と声が漏れる。
 この人には、自分の込めた魔力ぐらい、すぐにわかってしまうのだと悟った。
 なんだかほっとして、アトラは皇帝に返答した。

「……またあちらへお邪魔するとき、必要ですので」
「……そうか。好きにするといい」



 アトラは退出して、時がつながっていたことを知って、喜びに笑んだ。
 それが、彼にとっては悲しい現実でも。この喜びは本物だ。

 アトラは気を引き締めて、使用人用の部屋で机のライトをつけて、椅子に座る。
 手帳を開いて、書き出した。
 夢を見ている間の出来事を箇条書き。影の案内人の言っていた言葉。
 「そこにヒントはある」。
 おそらく影の案内人ははっきりと言葉にできない理由があって、あいまいな言葉を使う。
 絵理沙を知っていたこと。ディアナとのやりとりを知っていたこと。
 ディアナが裏切ったにしては、影の案内人のほうが怪しさ満載で、気になるところがある。ディアナの疑いは薄い。
 おそらく、影の案内人は自分と知り合いのはずだ。けれど、いったい誰?

 アトラはそこまでメモをして、文字のインクを乾かしてから、手帳を閉じた。
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