夢見の旅人
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ヘルメスに保護されて、一週間。
アトラは途方に暮れていた。
光の戦士のように戦えることもなく、それどころか常に誰かの助けがなければ生きていけないほどの存在。生物管理の生物たちと近い管理の対象。アトラは単独で動くことができなかった。
主に、メーティオンに世話を焼いてもらっていた。
小鳥にエサをやる人間の絵が逆転し、小さな人間に少女のような鳥が食料を与える。
「おいしい?」
「うん。ありがとう」
このやりとり、既視感があるアトラだった。
毎晩眠ってはみるものの、アトラは元の世界に帰ることはなく、メーティオンのそばの、小さなベッドの上で目が覚める毎日。
ヘルメスに時間があるとき、アトラは元の世界の話をした。もうひとつの世界。
絵理沙として生きた、魔法のない世界。
そこは今まで住んでいた雪国よりも、緑が多く、海に囲まれていて、湿度が高く、八百万の神々がいるとされる神秘の島国。
「アティウス。君に聞いてみたいことがあるんだ」
「はい。なんでしょう」
ヘルメスの改まった態度に、アトラは首をかしげる。
「生きる意味を考えたことはあるだろうか」
「生きる意味?」
ヘルメスは、生物を造っては、世に放ち、世界にとって『よくない』とされた存在は消されるというこの世界の摂理に疑問を持っているとアトラに心情を話した。
「自分は、このことに違和感があるんだ。命を、冒涜しているような……こう表現すると大げさに聞こえるだろうか」
この世界はそうするのが当たり前で、そうあるのが当たり前。
役目を終えれば星に還り、「死ぬ」という言葉は使われない。
アトラは答えた。命とは何かを。
「生きる意味も、人は作らないといけないんだと思う」
「意味を作る?」
「終わりなんてない。生まれて死んで、それを繰り返すだけ……もし世界を創った存在がいれば、あなたたちのような生物を造る者もいる。それらが繰り返しているだけ。私のような薄い魂は、想いを創る。創るなら、想いが消えることもある。なら、命や世界も同じように消えるかもしれません。だからこそ、意味だけでなく、いろんなものを創り続けるべきだと思います」
ヘルメスは、「創り続ける、か……」とつぶやいて、考え込んだ。
「ありがとう、アティウス。君の話、参考になった」
「これは、お粗末様でした。お力になれれば幸いです」
アトラはハッとした。
らちが明かない夢の世界。想いの力でどうにかなるのなら、今からなにかできるのではないだろうかと。
しかし自分は、なぜ過去に来たのだろうか。
どうしたかったんだっけ。
何ができるというのだろう。
夜、小さなベッドで考え込みながら、アトラはいつの間にか眠っていた。
影が語りかけてくる。
「これからあなたの案内をするよ。夢見の力を持つ人」
アトラは「これは夢だ」と、ぼんやり気付いた。影の方を見る。
「案内? 夢見?」
「そう。なにをしていいやら、よくわかっていないでしょ」
「そうだね」
知っている人のような、知らない人のような。好きなようで、嫌いなような。
不思議な感覚を抱かせてくる存在だとアトラは感じた。
「私が少しだけ助けるよ」
影はそれから咳払いをした。
「じゃあ、本題を言うね。そこから抜け出して」
「え?」
「そのままじゃ、ただのペットで終わるから」
アトラは衝撃で口をぽかんと開けた。
よく考えればわかることを言われたからだ。
適切な機関に保護された後はどんな扱いになる?
魔力もなく力もなく小さい。古代の人々と協調できる程度の肉体がなければ自由に歩くこともできない。
よくて監禁。しかし、星にとって生きていけないほど脆ければ、「よくない」ものとして星に還ることになる。
それは古代人には尊く素晴らしいことでも、死ぬ気はないアトラにとってまずい話だ。
「帝国に居る時よりヤバい気がする!」
「まあそういうこと」
「だからって、手立てなんてないよ」
「手立てに頼るなってこと」
アトラはギクッとした。
なにか手立てがあるなら、それに依存しようと無意識に思っていたからだ。アトラは気持ちを改めた。
「うさぎの穴に落ちちゃったんだから、あとは進むしかないでしょ? ハートの女王に捕まってたら、あとは首をはねられるだけ」
夢は薄らいで、現実の感覚がアトラの肉体とつながっていく。
目が覚めると、アトラはまったく知らない場所にいた。目の前に広がるのは、見たこともない美しい光景だった。
エルピスの緑豊かな光景とはまた違う、人工物による美しさ。
部屋中には、光り輝くクリスタルが整然と並んでいた。クリスタルは綺麗にカッティングされ、見事な装飾が施されている。壁一面に並ぶその光景は圧巻だった。アトラの体半分ほどのフラスコや試験管が、アトラのそばに並んでいた。
装飾のある硬い床で寝ていたアトラは、立ち上がり周囲を見回した。ここは「部屋」というより、広々とした「施設」と呼ぶべき広大な空間だった。
「どこ、ここ……」
エルピスのような自然の中であれば、開放的で美しかった空間に一時酔いしれた。
しかし、人工物で、圧倒されるほどの大きさの数多ならぶクリスタルを目の前にすると、アトラは心細くなり、美しい光景も、ひどく不気味に思えた。
影の案内人が言っていた「うさぎの穴」という言葉を思い出す。
この光景を生み出した存在の、渦中にいる。その存在は、いったいどんなものか。
「ここは帝国でも、ヘルメスの部屋でもない。メーティオンも見当たらない……」
もし夢を見てからここに移動したのだとすれば、影の案内人が言っていた「夢見の力」かもしれない。そういえば、アトラとして転生した時も、最後の記憶は眠りについた瞬間だった。エルピスに来た時も、城の夜勤で仮眠をとった後だった。すべて影の案内人が言う「夢見の力」なのだろうか。
だとしても、わからないことが多すぎる。
そういえば、夜勤の件はどうなったのだろう。アトラは今はどうでもいいことが頭をかすめた。
「おや?」
アトラは途方に暮れていた。
光の戦士のように戦えることもなく、それどころか常に誰かの助けがなければ生きていけないほどの存在。生物管理の生物たちと近い管理の対象。アトラは単独で動くことができなかった。
主に、メーティオンに世話を焼いてもらっていた。
小鳥にエサをやる人間の絵が逆転し、小さな人間に少女のような鳥が食料を与える。
「おいしい?」
「うん。ありがとう」
このやりとり、既視感があるアトラだった。
毎晩眠ってはみるものの、アトラは元の世界に帰ることはなく、メーティオンのそばの、小さなベッドの上で目が覚める毎日。
ヘルメスに時間があるとき、アトラは元の世界の話をした。もうひとつの世界。
絵理沙として生きた、魔法のない世界。
そこは今まで住んでいた雪国よりも、緑が多く、海に囲まれていて、湿度が高く、八百万の神々がいるとされる神秘の島国。
「アティウス。君に聞いてみたいことがあるんだ」
「はい。なんでしょう」
ヘルメスの改まった態度に、アトラは首をかしげる。
「生きる意味を考えたことはあるだろうか」
「生きる意味?」
ヘルメスは、生物を造っては、世に放ち、世界にとって『よくない』とされた存在は消されるというこの世界の摂理に疑問を持っているとアトラに心情を話した。
「自分は、このことに違和感があるんだ。命を、冒涜しているような……こう表現すると大げさに聞こえるだろうか」
この世界はそうするのが当たり前で、そうあるのが当たり前。
役目を終えれば星に還り、「死ぬ」という言葉は使われない。
アトラは答えた。命とは何かを。
「生きる意味も、人は作らないといけないんだと思う」
「意味を作る?」
「終わりなんてない。生まれて死んで、それを繰り返すだけ……もし世界を創った存在がいれば、あなたたちのような生物を造る者もいる。それらが繰り返しているだけ。私のような薄い魂は、想いを創る。創るなら、想いが消えることもある。なら、命や世界も同じように消えるかもしれません。だからこそ、意味だけでなく、いろんなものを創り続けるべきだと思います」
ヘルメスは、「創り続ける、か……」とつぶやいて、考え込んだ。
「ありがとう、アティウス。君の話、参考になった」
「これは、お粗末様でした。お力になれれば幸いです」
アトラはハッとした。
らちが明かない夢の世界。想いの力でどうにかなるのなら、今からなにかできるのではないだろうかと。
しかし自分は、なぜ過去に来たのだろうか。
どうしたかったんだっけ。
何ができるというのだろう。
夜、小さなベッドで考え込みながら、アトラはいつの間にか眠っていた。
影が語りかけてくる。
「これからあなたの案内をするよ。夢見の力を持つ人」
アトラは「これは夢だ」と、ぼんやり気付いた。影の方を見る。
「案内? 夢見?」
「そう。なにをしていいやら、よくわかっていないでしょ」
「そうだね」
知っている人のような、知らない人のような。好きなようで、嫌いなような。
不思議な感覚を抱かせてくる存在だとアトラは感じた。
「私が少しだけ助けるよ」
影はそれから咳払いをした。
「じゃあ、本題を言うね。そこから抜け出して」
「え?」
「そのままじゃ、ただのペットで終わるから」
アトラは衝撃で口をぽかんと開けた。
よく考えればわかることを言われたからだ。
適切な機関に保護された後はどんな扱いになる?
魔力もなく力もなく小さい。古代の人々と協調できる程度の肉体がなければ自由に歩くこともできない。
よくて監禁。しかし、星にとって生きていけないほど脆ければ、「よくない」ものとして星に還ることになる。
それは古代人には尊く素晴らしいことでも、死ぬ気はないアトラにとってまずい話だ。
「帝国に居る時よりヤバい気がする!」
「まあそういうこと」
「だからって、手立てなんてないよ」
「手立てに頼るなってこと」
アトラはギクッとした。
なにか手立てがあるなら、それに依存しようと無意識に思っていたからだ。アトラは気持ちを改めた。
「うさぎの穴に落ちちゃったんだから、あとは進むしかないでしょ? ハートの女王に捕まってたら、あとは首をはねられるだけ」
夢は薄らいで、現実の感覚がアトラの肉体とつながっていく。
目が覚めると、アトラはまったく知らない場所にいた。目の前に広がるのは、見たこともない美しい光景だった。
エルピスの緑豊かな光景とはまた違う、人工物による美しさ。
部屋中には、光り輝くクリスタルが整然と並んでいた。クリスタルは綺麗にカッティングされ、見事な装飾が施されている。壁一面に並ぶその光景は圧巻だった。アトラの体半分ほどのフラスコや試験管が、アトラのそばに並んでいた。
装飾のある硬い床で寝ていたアトラは、立ち上がり周囲を見回した。ここは「部屋」というより、広々とした「施設」と呼ぶべき広大な空間だった。
「どこ、ここ……」
エルピスのような自然の中であれば、開放的で美しかった空間に一時酔いしれた。
しかし、人工物で、圧倒されるほどの大きさの数多ならぶクリスタルを目の前にすると、アトラは心細くなり、美しい光景も、ひどく不気味に思えた。
影の案内人が言っていた「うさぎの穴」という言葉を思い出す。
この光景を生み出した存在の、渦中にいる。その存在は、いったいどんなものか。
「ここは帝国でも、ヘルメスの部屋でもない。メーティオンも見当たらない……」
もし夢を見てからここに移動したのだとすれば、影の案内人が言っていた「夢見の力」かもしれない。そういえば、アトラとして転生した時も、最後の記憶は眠りについた瞬間だった。エルピスに来た時も、城の夜勤で仮眠をとった後だった。すべて影の案内人が言う「夢見の力」なのだろうか。
だとしても、わからないことが多すぎる。
そういえば、夜勤の件はどうなったのだろう。アトラは今はどうでもいいことが頭をかすめた。
「おや?」